閑話 とある皇子に降りかかる苦難
ワイバーンは良い。
騎乗している間は、余計なことは考えずにいられるから。
ウチの国のワイバーンは、物凄く良い。
調教が行き届いているから従順だし、何よりアイツ等が持つ毒をちゃんと使いこなせているから。
そのおかげでむやみやたらに毒を振り撒くこともないし、親愛の表現で顔を舐められても、唾液に毒が含まれないから体に影響がない。問題無く触れ合えるんだ。
風を切り、大空を舞い、自宅、つまりはこの国で一番デカい建築物を一望できる。
あちこちに金色や銀色の装飾が施されていて、眩しいぐらいにピカッピカに光を反射している。
もう十年近くこの光景を見ているけど、見るたびに思う。
相変わらず、クソッタレな城だ。
風圧を防護するゴーグルに光をある程度遮断する効果もあるおかげで、光の反射も大して影響がないから、城の様子がはっきりと見える。
だからこそ言える。あの城の装飾は、悪趣味としか言いようがない。
あんな装飾を施すために、どれだけの金がかかったのやら。
アレを考えて実行した奴が言うには、ウチの国の近くにある大魔境・"ドラゴンズホール"に生息しているハイ・ドラゴン達の機嫌を取るためだとか言うらしいが、絶対ただの建前だ。
ウチの国の歴史だってそれなりに長い筈なのに、あのクソ悪趣味な装飾は俺が産まれた後に施された物だからな。今の今まで問題無かったんだ。やる必要なんてない。
しかも、装飾を施してから御機嫌をとったハイ・ドラゴン達から何か恩恵があったかと言えば、当然そんなものは何もない。
偶に離れたところにギラついた鱗のハイドラゴンがチラッと見えるだけだ。まぁ、装飾を施す前から見えてたけど。
最悪なことに、あの馬鹿野郎は[恩恵が無いのは装飾が足りないからだ]とかほざいて、さらに城の装飾し続けてる。
未だに大金を支払って世界中から金や銀をかき集めているんだ。そんな金があるなら少しは民の生活向上に活用すればいいのに。本当に腹が立つ。
「クワワーゥ…」
「ん?ああ、ゴメンな。いつ見ても俺にとっちゃ、アレは不愉快の象徴でしかなくってさ…」
俺に背中を預けてくれているワイバーンに、不快感が伝わってしまったか。心配そうな鳴き声で俺に声を掛けてくれる。
可愛い奴め。首筋を優しく撫でて、何でもないって伝えておこう。
今日は久々にワイバーンに騎乗できたんだ、嫌なことは考えずに、思いっきり空を飛び回らないとな!
飛行訓練を時間いっぱいまで楽しんだ後、城に設けられた着陸場に着陸すると、見たくもない顔が揃いも揃って早速俺の元に近づいて来た。
「いやぁ、お見事ですなぁ。兵達も殿下の動きに舌を巻いておりましたぞ?」
「はっはっはっ!普段あまり飛行訓練をなさらない殿下がここまでワイバーンを乗りこなしてしまえば、竜騎士達の立つ瀬がありませんなぁ!」
「いやはやまったく、仰る通りで。流石はドライドン帝国始まって以来の天才と言われるだけのことはありますなぁ!」
揃いも揃っておべっかを使って…!さっきまでのいい気分が台無しだ!少しぐらいは余韻に浸らせてくれよ。
「やはり次期こ」
「用件はなんなのだ?世辞を言いに来たわけではないのだろう?」
その先は言わせねぇよ?どこで誰が何聞いてるか分からないんだぞ?また毒入りのワインやらスープやらを提供されてたまるかって言うんだ。
「はっ!陛下より招集が掛かっております!」
親父が?招集?つまり、呼んでるのは俺だけじゃないってことか。
この連中以上に顔を合わせたくない奴等と顔を合わせなくちゃならないのかよ…。気が滅入る…。
「分かった。すぐに向かう。その程度のことを伝えるために、わざわざご苦労なことだな」
「はっ!お褒め頂き、光栄に御座います!」
褒めてねぇよ!皮肉も通用しないほど無能なのかよ!?
本当に、なんでこんな連中がこの城の中でデカい顔してられるんだか。
やっぱり、この国には長居したくないな。もうすぐ成人を迎えるわけだし、面倒なことになる前にさっさと皇位継承権なんて捨ててこの国を出て行きたい。
そのための準備はこれまでもしてきたわけだし、このまま行けば半年後には晴れてこんな国からはおさらばだ。
どう考えても同郷の人間としか思えない、超絶有名人のあの人がいるあの国にさえ入国できれば、生活は厳しくなるだろうけど心は平穏でいられる筈だ。何より、自由になれる!
少なくとも、赤ん坊のころから一日中監視されたり暗殺されかけたり毒入りの食事を毎日のように出され続けるような、クソの掃き溜めみたいな生活からは別れを告げられる筈だ。
なんだったら、あの人に俺も同郷の人間だって教えて、保護してもらうって手段も取れる。
まぁ、それは最終手段だな。
折角一応は裕福な境遇の産まれになったなんだ。俺のちっぽけな権力、自分を鍛えるためにとことん利用させてもらった。
と言っても、そのせいで何人かの兄貴姉貴達どころか、一部の弟からも警戒されるようになっちゃったんだけど。
仕方がなかったんだ。そうでもしなきゃ、折角新しい人生をスタートできたって言うのに、速攻で新しい人生が終了するかもしれなかったんだから。
ウチの国の竜騎士部隊は確かに強力ではあるけど、何百人と騎士を抱えてるあの大国を相手にケンカを売るほど、ウチの国も愚かじゃないと信じたい。仮にそんなことになったら、俺はなりふり構わずこの国から出てく。
問題は、これから親父が何を言い出すか、だよなぁ…。
もう生い先短いんだから、さっさと後継者を決めればいいのに…。
そうもいかないのが、ウチの事情なんだよなぁ…。
流石に親父からの招集ってこともあって、謁見の間には俺も含めた兄弟が全員揃っていた。姉貴達や妹達も例外なくだ。正直、さっさとこの場所からいなくなりたい。
場の空気が最悪なんだよ。
腹違いとは言え、全員血を分けた兄弟だって言うのに、殆どの連中は自分以外の兄弟を親の仇のように見てるんだ。少なくとも片方の親は一緒だっつーの!
コイツ等全員、そんなに親父の跡を継ぎたいのかねぇ?俺は嫌なんだが…。
謁見の間の玉座に腰かけているのは、当然俺達の親父である皇帝陛下サマだ。
もうしわしわでヨボヨボな爺さんではあるけど、未だに引退していない。家督を譲って余生をのんびり過ごそうとは思ってないらしい。俺とは正反対だ。
いや、それだけ国のことを思ってるのならいいんだけど、だったらなんで民は貧しい生活をしている者が多いんだって話だよ。
他の国の民の裕福度を親父だけじゃなくてこの国の政治家共は知ってるのか?
少なくとも外交官は知ってるだろ?それ見て何とも思わないのかよ?
俺としては、2番目の兄貴であるジェームズ兄に皇帝の座についてもらいたいんだよなぁ…。
一番上の兄貴、ジェルドスはダメだ。自分のことしか考えてないからな。
いや、国を抜け出して自分だけ自由な生活を謳歌しようって考えてる俺が言うのも何だけど、ジェルドスはまぁ、一言で言ってクソ野郎なんだよ。
一応、アイツにも皇族としての自覚はあるけど、とにかく横暴なんだ。
[オレ、ツヨイ。オマエ、ヨワイ。アトハ、ワカルナ?]
そんな感じ。蛮族かよ!?あんなのが皇帝になったら、絶対今よりもこの国駄目になるって!
下手したら余所の国に考えも無く戦争仕掛けるような、世紀のアホ国家になりかねないぞ!?
親父どころかこの国の政治家共もそれぐらいわかってるとは思うんだけどなぁ…。頭が悪い分、傀儡にし易いとでも思ってるんだろうなぁ…。クソがよ。
正妻の長男ってことに加えてアホみたいに強いせいで、アイツを推す家臣達って結構な数いるんだよ。ホント、クソがよ。
ああ、いつまで経っても親父が何も言わないから、ジェルドスが親父に何か言うみたいだ。
「父上ぇ!!そろそろ本日我等を招集した理由をぉ!!伺わせてもらってもよろしいですかなぁ!!?」
声デケェ。そんなバカデカい声で言わなくても聞こえるってば!
ああ、いや、親父には聞こえないかも。ヨボヨボの爺さんだし。
だけどそれはそれとして、一応公の場ではあるんだから皇帝陛下って言わなきゃ駄目だろ!?アンタ子供の頃どういう教育受けてたんだよ!?
うっわ、周りの空気がさらに悪くなってきた。全員ってわけじゃないけど、殆どの兄弟達がジェルドスのこと恨みがましく睨みつけてる。
まだ10才にもなってない弟や妹までそんな眼をするなんて、兄さんは悲しいです。
親父の傍に立ってる側近かつ宰相のアインモンドが親父の口の前で耳を立てて、俺達にその言葉を伝える。
「皇帝陛下に代わって、私が用件をお伝えいたしましょう」
正直、俺はこの国ではアイツが一番嫌いだ。何を隠そう、城を悪趣味に改装した張本人だからな。というか、現状この国の実権を握っているのはアイツなんだ。
アイツだけが親父の傍にいる。アイツだけが親父の声を聞ける。アイツ以外は誰も親父の声をここ数年まるで聞いていないんだ。
アイツは皇帝陛下に代わってって言ってるけど、それを信じてる兄弟がどれだけいることやら。殆どの兄弟がアイツが勝手に言ってることだと思ってるだろうな。
まともに信じてるのは、アホのジェルドスと、一番下の弟のジャンソンぐらいか。
「次期皇帝陛下を決める方法が、決定いたしました」
「おおっ!!!誠か、宰相殿!!?」
だから声デカいってば。宰相もうるさそうにちょっと顔しかめてるじゃん。狙ってやってんの?だったらグッジョブ!って言いたいけど、絶対アレ素だよ…。
だけど、流石に今日まで多くの政治家を相手取ってきただけのことはあるな。
大抵の兄弟は宰相が顔をしかめたことにも気づかなかったんじゃないか?それぐらい、変化は小さかった。
「それで?その方法は?」
話の進行が遅いと思ってたんだろうな。せっかちな次女、マルギット姉が苛立たし気に宰相に話の続きを求めてる。
あの人、美人ではあるけど性格がなぁ…。姉弟だからありえないけど、恋人とか伴侶とか、いやぁキツイっす。そういうのは遠慮したいです。ってタイプの女性だ。
まぁ、それ本人の目の前で言ったら嬲り殺しにされかねないから、絶対に言わないけど。
話を促された宰相がペースを崩さずに話を続ける。
「皇帝陛下は、お世継ぎに純粋な強さを求めるようです」
「ほほぅ!!!」
「強さ?」
マジかよ。ジェルドスが大喜びしてるじゃん。もう自分が次期皇帝になるって信じて疑ってない顔してるじゃん。
それはそうと、流石にそれだけの説明だと分かり辛い。他の兄弟達も揃って宰相に詳細を求める。
「正確な日時やルールはまだ不明ではありますが、貴方様方で己の強さを競い合っていただきます。代理は不可。一対一の決闘で、総当たり戦だそうです」
「うぉぉおおおおーーーーーっ!!!!!」
み…耳が…耳が壊れる…!さっきまでのが最大音量じゃなかったのかよ!?鼓膜が破けたらどうしてくれるんだ!?…まぁこの世界、治癒魔術だのポーションだのがあるから、すぐに治せるけど。
ああ、もう。弟や妹が怯えてるじゃないか。長男なら長男らしくしてくれよ。みっともない。
それはそれとして、こればっかりは聞いておかないとな。
「アインモンド宰相、質問よろしいか?」
「どうぞ。ジョージ殿下」
「その決闘というのは、強制参加なのか?我等は全員が全員、戦いの才がある者達では無いのだぞ?」
無いとは思いたいけど、一番幼いジャンソンがジェルドスと決闘なんてことになったら目も当てられない。
というか、今のアイツの雄叫びで怯えてしまった弟や妹達は、もう不参加で良いだろ。無理だって。
後、俺も皇位を継ぐ気はないから、辞退したいです。
「ふむ…。陛下、ジョージ殿下はそのように訊ねられておりますが…」
さも親父に意見を求めるようなそぶりをしているが、あれ絶対自分で考えてるって。だって親父ずっと上の空だもの。
「ふむ…。ふむ…。なるほど…。よろしいのですね?…分かりました」
何が分かったのやら。絶対禄でもないこと言いだすぞあのクソ宰相。
「決闘の参加に拒否権はないそうです。それと、ついでとのことで、他のルールも教えていただきました。決闘の際に生死も問わぬそうです。そして本日より、皆様方には他国への移動を一切禁じるそうです」
「なっ!?」
「なんですって!?」
「お伝えしたいことは以上だそうです。正確な日時や決闘のルールはまた後日伝えられることでしょう。陛下は御加減がよろしくありません。皆様方、お下がりくださいませ」
宰相の言葉に、しばらくその場で突っ立ってることしかできなかった。そしてそれは俺だけじゃなかったようだな。
何事もなく謁見の間を出て行ったのは、四半分にも満たない。
皆、あのクソ宰相が言った言葉を受け入れられなかったんだ。
最悪だ。最悪だよ畜生。
あのクソ宰相、今後の余計な芽を摘み取るために、ジェルドスに兄弟を皆殺しさせるつもりだ。
このままじゃ拙い。
俺が国から抜け出すどころの話じゃなくなってきた。
マルギット姉辺りがジェルドスを毒殺しようとするかもしれないけど、多分、いや十中八九通用しない。
アイツはワイバーンの毒をモロに浴びて、ワイバーンの血液を1リットル一気飲みしても平気でいられるからな。そんじょそこらの毒じゃ何の成果も得られない。
仮にアイツに通用するような強力な毒を用意しようとしても、すぐバレるに決まってる。クソ宰相が保護って言うか管理してるだろうからな。
決闘が始まるのはいつだ?すべてはそれ次第だ。
もしも決闘までの時間が長ければ、一応まだ希望はある。
だけど、それだけじゃ確実性が何もないし、賭けというにも烏滸がましい願望だ。
この国の未来のため、何より俺の自由な異世界生活のためにも、こんなところで死ぬわけにはいかないんだ。
何とかして、生き延びる方法を考えよう!
正直、ジェルドスなんて目じゃないくらいの強さを持った善人が、この国を訪ねてくれるのが一番なんだけどなぁ…。
まぁ、正直この国ってあんま魅力ないから、無理だろうなぁ…。
とにかく、俺が生き延びるためにも、今できることを精一杯やるとしよう!諦めるのは、全部をやり切ってからだ!
一度死を経験した転生者の吹っ切れ具合を舐めるなよ!?
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