第28話 蜃気狼

 物凄く強烈な思念をはなって、"蜃気狼"ちゃんが飛び跳ねる。これは、また話を聞いてもらえなくなるかな?

 彼女を誘うにあたって一番の難点は間違いなく、この臆病な性格だろう。ちょっとしたことで正気を失ったり、気絶したりと、まともに会話できそうにないい。


 「頼むから、落ち着いてくれないか?」

 〈何でここにいるの!?殺しに来たの!?食べに来たの!?怖いよぅ!?いやだぁあああ!?!?誰か助けてぇえええ!?!?死にたくない!!死にたくなぁあああい!!!〉


 相変わらず話を聞いてくれる気配が無いな。以前のように消えたり幻を出していないだけましではあるけども。仕方がないな。

 少し息を吸い、ほんの僅かに『落ち着く』、と意思を乗せてエネルギーを込める。


 「落ち着きなさいっ!!!」

 〈ひゅいっ!?〉


 怒鳴るように呼び掛けて、とにかく強制的にでも黙らせる。

 あまり褒められた手段ではないかもしれないが、こちらの話を聞いてくれないようでは話が進めようが無いからな。


 「まずはこちらの話を聞いてくれないか?決して君を殺しに来たわけじゃないから。」

 〈ひぃぃぃぃ・・・。〉


 物凄い怖がり様だな。というかこれ、ちゃんと落ち着けているのだろうか。恐慌状態になっているよな。このまま声をかけても聞き取られない可能性が高い。

 まずは彼女を宥めるとしよう。


 「いいかい。私は、君を、襲いに来たんじゃない。大丈夫だから、まずは落ち着こうね。」

 〈ううぅぅぅ・・・。あぅぁぁ・・・。〉


 かなり重症だな。この場合、撫でない方が良いだろうな。触れた時点で、再び騒ぎ出しそうだ。どうにかして触れずに、彼女の心を開いていくしかない。

 今の私に出来ることは、ひたすらに優しく呼びかけることぐらいか。


 「襲いに来たわけでも、戦いに来たわけでもない。聞きたい事があるなら応えるよ。」

 〈・・・う・・・ぅぅう。な、何しに来たのぉ・・・?〉


 彼女にとってはまず第一に知っておきたい内容か。正直に伝えたとして、彼女が信じるかどうかは別問題だけれど。


 「君を、誘いに来た。」

 〈・・・ボクを?〉


 良し。少しづつではあるが、彼女は落ち着きを取り戻し始めている。この調子だ。


 「君は、自分の実力をこの森の中でどのくらいだと見ているかな?」

 〈走る速さだけなら、誰にも負けない・・・〉


 良い、答えじゃないか。流石、レイブランとヤタールが認めるだけの事はある。

 それに、この娘は自分の取柄は走る事だけだといったが、実際に相手取った私から見れば、それだけではないのは明確だ。


 「私は、君のような実力者達を、私の住まいに誘っているんだ。一緒に暮らさないかってね。」

 〈一緒に・・・?・・・何のために?〉

 「私の我儘のためだ。」

 〈っ!?〉


 流石にこの返答は驚かせてしまったか。まぁ、正直に答える以上、こう答える他ないからな。話を続けさせてもらおう。


 「白状するがね、私はこの森の住民達と触れ合いたんだ。体を撫でてあげたり、一緒の食べ物を食べたり、話をしたり、遊んでいるのを眺めたり。まぁ、時には気持ちが抑えられなくなって、抱きしめたり、体に顔をうずめたりしてしまうかもしれないけれど。決して、意図して傷付けたりはしないよ。」

 〈だから、ボクを捕まえた時、あんな行動をとったの?〉


 抱きしめられたり、顔をうずめられたりしたことは覚えているようだ。彼女の問いに、黙ってうなずく。


 「改めて聞くよ?私の住まいに来て、一緒に暮らさないかい?もちろん、無理強いはしない。君が今の生活を手放したくないというのなら、この話を断ってくれていい。」

 〈どうして・・・?あなたなら、無理矢理言うことを聞かせられるのに・・・。〉

 「納得が出来ないからさ。」

 〈・・・納得?〉

 「無理矢理連れてこられて、相手の言うことを強要されることに、君は納得できるかい?」

 〈・・・嫌・・・。〉

 「だろう。私だって納得しない。そもそも、そんな生活は、楽しみが無いだろうからね。」


 たとえ、安全な生活だろうと、美味いものを食べられたとしても、楽しいと感じるには、自由が必要だ。強要されて得られるものでは無い。少なくとも、私はそこに、幸せを感じることは出来ない。

 幸せの定義は、個々によって変わるだろうが、生き方を強要されて幸せを感じる者は少ない、と信じたい。


 〈意図して傷付けたりしないって言ったよね・・・?じゃあ、意図せず傷付けることは、あるかもしれないってこと?〉

 「そうだね。絶対に傷つけない。とは確約は出来ない。私の力は、この森において規格外のようだからね。」

 〈・・・・・・。〉


 "蜃気狼"ちゃんが黙ってしまった。それはそうだろうな。

 仮に私が彼女を抱きしめたり、撫でている最中に最中に、いつぞやのようなクシャミをしてしまったら、いかに彼女とて、無事では済まないだろう。


 「怖いかい?」

 〈当たり前じゃん・・・。前に抱きつかれた時、分かったもん・・・。あの、何もかもを消し去ってしまう光の柱。あれを放ったのは・・・あなただ・・・。〉


 ズバリ正解だ。何もかもを消し去る、か。森の住民達からもそう見えていたのか。

 なるほど。それが分かったから、この娘は抱きつかれて、エネルギーを上乗せされた時にあれほど怖がったのか。合点がいった。


 〈責めてるわけじゃないんだ・・・。あの光が無かったら、今頃ボク達は、みんな凍え死んでいたから・・・。ボク達、森に生きる者達はみんな、あなたに助けられたんだ。〉


 "蜃気狼"ちゃんが、いつぞやの雨雲に対する考察を口にする。やはり、あの雨雲は、そういった効果があったのか。 


 〈凍え死んでしまうかもしれないって、もう駄目かもしれないって思った時に、あの光の柱が雨雲を消して、暖かい日の光が差し込んだ時、本当に嬉しかったんだ。もう大丈夫だって、助かったんだって。〉


 まさか"蜃気狼"ちゃんですら危ない状況だったとは。私がもう少し、力の制御に時間が掛かったら危なかったかもしれないのか。


 〈だから、あなたの事はとっても怖いけれど・・・とっても感謝してるんだ・・・。あの時、ボク達を助けてくれて、ありがとう。〉


 相変わらず怖がられてはいるが、それでも感謝の言葉を送ってくれる。頭に来て行った行為ではあるし、それによってかなりの範囲で森の樹木達を消し飛ばしてしまった。それでも、誰かを助けることになって、その相手に感謝もしてれた。

 私にとってそれは、これ以上ない救いだ。感動できる内容だが、話はこれで終わらなかった。


 〈だけど、文句もあるんだよ?〉

 「何かな?」

 〈絶対、もっと弱い威力でよかったはずだよ!!あの光の柱自体が、すっっっっっごく怖かったんだからね!!!〉


 凄い剣幕で怒られてしまった。うん。確かにその通りだろう。何せ、エネルギーの奔流を放ってから割と直ぐに、雨の降る感覚は無くなっていたのだから。

 おそらく、十分の一程度の力でも確実に、あの雨雲を消し去ることが出来ただろう。怖がらせてしまったようだし、謝っておこう。


 「ごめんよ。あの雨雲は、どう見てもこの森全体に対する攻撃だったからね。頭にきてつい、力んでしまった。」

 〈・・・森に対して、過保護すぎじゃない?ボク達、生まれたての子供じゃないんだよ?〉

 「返す言葉も無いよ。つい最近、仕えてくれている娘達に森の住民達を甘やかすなと言われたばかりでね・・・」


 森の攻撃に対して腹を立てたことで、力を込めすぎたことを伝えると、過保護すぎると窘められた。昨日も似たような事を言われた旨を伝えると、私に仕えてくれている、という言葉が気になったようだ。


 〈もう、あなたに仕えている者がいるんだね・・・。ひょっとして、さっきからずっとボク達の頭の上を飛んでるカラス達?〉

 「そうだよ。あの娘達が、最初に私に仕えたいと言ってきてくれたんだ。そして、彼女達が私の背を押してくれたおかげで、こうして君を誘いに来ている。」

 〈そろそろ話はまとまるかしら!?飛び続けてちょっと疲れてきたわよ!?〉〈もう私達降りてきていいわよね!?お腹もすいたのよ!〉


 いい感じに話が進んできたからか、レイブラン達が降りてきて、私の左右の肩に留まる。


 〈相変わらず、喧しい・・・。〉

 〈何ですって!?あなたこそビビりじゃない!?〉〈言ってくれるわね!?あなたこそ怖がりじゃない!〉

 「こらこら、仲良くなさい。」


 "蜃気狼"ちゃんも、レイブラン達の事を知っていたようだ。フレミーと言い争うような声色だから、本当に険悪な関係。というわけでは無いのだろう。


 〈私がレイブランよ!いい名前でしょ!?〉〈私ヤタール!ノア様がつけてくれたのよ!〉

 〈名前・・・・・・。みんなで暮らすなら、あった方が良いんだろうね。何だか特別な感じもするし。〉

 「ヤタールが先に行ってしまったけれど、私が、ノア。それで、答えを聞かせてもらって良いかな?」


 自己紹介を終えた所で、"蜃気狼"ちゃんに答えを促す。まぁ、今すぐでなくても良いのだけれど。


 〈もし、怖いやつが、私を襲ってきたら、助けてくれる?〉


 "蜃気狼"ちゃんが私に訊ねる。彼女は怖がりではあるけれど、十分森の強者だと思うのだがね。


 「約束しよう。君が森の住民である以上、君にとっての危険を排除しよう。もちろん、レイブラン、ヤタール。君達も同じだ。」

 〈やっぱりノア様って優しすぎるわ!でも嬉しいわ!〉〈狼!あんただって強いんだからノア様に頼り切っちゃ駄目よ!〉


 レイブラン達が私の答えに反応する。


 〈分かったよ。ボクも、あなたに仕える。ご主人って呼んで良い?〉

 「呼び方なんて、どう呼んでくれても構わないよ。

 〈それならご主人。早速、ボクに名前を付けてくれる?〉


 良かった。この娘も、私と一緒に来てくれるそうだ。それでは、彼女の名前は。


 「"ウルミラ"。というのはどうかな?」

 〈うるみら・・・。"ウルミラ"・・・。それが、ボクの名前。ボクだけのもの・・・。なんだか嬉しいね!ご主人!〉


 尻尾を振りながら私に語るウルミラの声は弾んでいる。彼女も喜んでくれたようで何よりだ。

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