第426話 お宅訪問打ち合わせ

 店長の話を聞き終わった後は、彼の熱意に感化されたため、ジョージの姿を描かれた絵画を購入させてもらうことにした。

 ふと思ったのだが、モデルになった当の本人は、この絵画が掛かれていることを知っているのだろうか?


 「いやぁ、どうでしょうかねぇ…?殿下はご自身の周囲のことに聡い御方ではありますが、この絵画を描かれた画家は、ワイバーンに騎乗する殿下の姿を確かに見てはおりますが…。その後は想像で描いたと聞き及んでおりますから…」


 そのうえ最近完成した作品ならば尚更か。そうなると無断で姿を描かれたことになるのだが、その辺りはどうしようもないのかもしれないな。

 この国の情勢を考えると、姿を描く許可を申請しただけでもそれを快く思わない皇族などもいそうだからな。黙って描き上げるしかないのだろう。


 多分だが、私も他人のことをとやかく言えないと思う。人知れず私の姿を描いている画家は大勢いそうだ。

 そもそも、写真によって私の姿は世界中に知れ渡っているのだから、気にするだけ無駄なのだ。


 うん。もしもジョージが好感の持てる人物だったら、この絵画を見せてみよう。どんな反応をするか、少し楽しみだ。


 店長からは随分と長く話し込んでいたな。店を出るころには、時刻は午後4時となっていた。

 正直、微妙な時間である。どうせならもう1,2時間話し込んでいればよかったと思ってしまうほどである。


 夕食までの時間、どのように過ごそうかと考える。

 そうだ。あれだけ竜酔樹の実が料理に使われているのなら、酒にも使われているんじゃないだろうか?

 酒を扱っている店へ行こう。少し早いが、皆へのお土産と、ヴィルガレッドの分も買っておくか。


 ああ、ヴィルガレッドに顔を出すのに連絡無しというわけにはいかないな。今のうちに連絡を入れておくとしよう。


 〈ヴィルガレッド、ちょっといい?〉

 〈む?ノアか、何用であるか?そなた、今はこの辺りに来ているようだな〉

 〈うん。近い内に顔を出そうと思ってね。事前に伝えておこうと思ったんだ〉

 〈ほう、良い心がけであるな。そなたには龍脈を整えてもらった恩もある。あれからというもの、余の住処で魔力嵐が発生することも無く実に快適での。褒美を取らせる故、遠慮せずに来るがいい〉


 そう言えば、以前ヴィルガレッドの住処から私の城へ転移する際にそんなことを言っていたな。

 何を用意してくれるんだろう?何であれ、ありがたくもらうつもりではあるが、多分人間達の前には出せないような代物なんだろうなぁ…。


 ヨームズオームに自慢のコレクションを見せていた時も、途轍もない力を持った品々しかなかったし、多分その中から渡されるだろうからな。

 貰ったらすぐに家に幻を出して、幻を経由した『収納』を使って移動させてしまった方が良いかもしれない。


 用件も伝えたし『通話コール』を切ろうと思ったのだが、ヴィルガレッドは未だ話したいことがあるようだ。


 〈これこれ、待たんか。そなた、余の元に顔を出すのであればな、アレじゃ〉

 〈アレ?〉

 〈ええい、みなまで言わずとも分かるであろうが!坊のことよ!ヨームズオームを連れて来ぬか!〉

 〈うん、分かった。あの子も貴方に会えるって知ったら喜ぶだろうし、連れて行くよ〉

 〈うむ!それならばよい!〉


 相変わらずヨームズオームを可愛がりたくて仕方がないようだ。

 リガロウもヴィルガレッドに合わせてやりたいところだけど、あの子の力ではまだヴィルガレッドの前に立つことすらできないだろうからな。今回は見送らせてもらうとしよう。


 ヴィルガレッドに私の眷属を自慢するためにも、リガロウにはこれからもドンドン強くなってもらわないとな。


 あ、そうだ。

 ヨームズオームを連れて行くのなら、以前の続きをやりたいな。ルイーゼも連れて行っていいか聞かせてもらおう。


 〈ほう?あの娘っ子も連れてくるつもりか?良いぞ?あの時はうやむやに終わってしまったでな。連れてくるが良い。坊もルイーゼのことは気に入っておったようだからの〉

 〈うん。それじゃあ、ルイーゼには私の方から伝えておくよ〉

 〈うむ。それとな、どうせ転移によって余の前に現れるのであろう?こちらに来る前にもう一度連絡を入れるのだぞ?〉

 〈分かってるよ。それじゃあ、また〉


 ひとまず、ヴィルガレッドへの連絡はこんなものだろう。一度『通話』を解除して、今度はルイーゼに掛けるとしよう。

 そう思い魔術を発動しようと思ったところで、彼女が多分多忙な魔王であることを思い出す。


 こんな中途半端な時間にいきなり『通話』を掛けても大丈夫だろうか?先に龍脈を経由した『広域ウィディア探知サーチェクション』でルイーゼの状況を確認した方が良さそうだ。


 それに、気になることがある。

 ルイーゼの周りに、私との関係を知っている者はどれぐらいいるのだろうか?

 流石に彼女の側近ぐらいは事情を把握しているような気がするのだ。


 …ルイーゼはのんびりと紅茶を飲んでいるみたいだし、『通話』を掛けても大丈夫そうだな。ついでだから今の疑問も聞かせてもらうとしよう。


 〈ルイーゼ、ちょっといい?〉

 〈あらノア、久しぶりね。またアンタの住まいで劇的な変化でもあったの?精霊樹だっけ?アレ、なんかいきなりデッカくなってない?〉


 いきなりオーカドリアのことに関して突っ込まれてしまった。まぁ、確かに私が家に帰ってから急激に成長したからな。

 あれからもオーカドリアは成長を続け、今では樹高がゆうに200mを超えているのだ。将来的に"黒龍城"の高さを超えるほどの巨大樹になったとしても、私はもう驚く気はない。というか、多分超える。


 〈ニスマ王国から帰って好きなだけ魔力を取って行かせたら、次の日には一気に成長してね。それからもちょくちょく魔力を与えていたらああなったよ〉

 〈ああなったって、アンタねぇ…。まぁ、それはいいわ。何か用があるから、こうして『通話』を掛けてきたんでしょ?〉

 〈うん。今回はドライドン帝国に旅行に来ていてね。この国の近くに"ドラゴンズホール"があるだろう?ついでだからヴィルガレッドに顔を出そうと思ってね〉

 〈もしかして、私も一緒にってこと?〉

 〈うん〉


 ここまで言えば、流石に『通話』を送った理由も察してくれたようだ。魔王という役職上、決して暇ではないだろうから来てくれるかどうかはルイーゼ次第になる。

 彼女の都合に合わせようにも、できることならヴィルガレッドに顔を出すならロヌワンドに着く前に済ませたい。特に理由があるわけでもないが、気分の問題だ。


 私の心配をよそに、ルイーゼからの返答は非常に色よいものだった。


 〈それじゃ、私も参加させてもらおうかしらね。ひょっとして、ヨームズオームも一緒なのかしら?〉

 〈うん。ヴィルガレッドが連れて来いってさ〉

 〈あの可愛がりっぷりだったものねぇ…。あの時のヴィルガレッド様の御様子、小さい頃のお爺ちゃんを思い出したわ〉


 ううむ、祖父の孫に対する対応というのは、大体あんな感じなのだろうか?私の実例がモスダン公爵ぐらいなものだから、良く分からない。

 ルイーゼが幼い頃は、相当に祖父に甘やかされたそうだ。もしかしたら、私に譲ってくれたあのぬいぐるみも、ルイーゼの祖父がルイーゼに与えたものかもしれない。


 〈よく分かったわね?結構大事にしてたんだから、大切に扱いなさいよ?〉

 〈うん。もちろん大事にしているよ。ところでルイーゼ、貴方に聞きたいことがあるんだけど…〉

 〈なにかしら?〉


 ルイーゼにとって大切なぬいぐるみだったのは分かっていたからな。勿論大切に扱っているし、万一のことがあっても言いように常に『不懐こわれず』の魔法を施している。触り心地に変化がないように魔法を施すのに、始めは少しだけ手間取った。


 それはそうと、用件はルイーゼの招待だけではないのだ。彼女の周りに、どれだけ私との関係を知っている者がいるのか確認を取らせてもらおう。


 〈私とノアの関係ね?知ってるのは2人よ。私の側近と魔王国の巫女ね。側近の方に至っては、アンタの情報が新聞で出回った時点でアンタが"楽園"の主だってことも知ってたわ。っていうか私が教えたわ〉

 〈そういえば、ヴィルガレッドを鎮めた時に、ルイーゼもあの近くにいたんだったね。私の正体もそこで知ったみたいだね?〉

 〈ええ、そうよ。まったく、いきなり魔局色数が2色から7色に増えたから気が気じゃなかったわよ?〉


 あの時のルイーゼの立場は、"楽園最奥"にちょっかいを掛けて私の怒りを買った者、だからな。

 自分のことがバレたと思えば、一目散に逃げだしのも分からないではない。

 まぁ、既に終わった話だ。あの時の件に関しては既にルイーゼから直接謝罪をしてもらっているし、私達は互いに友と認めあう関係になっているのだ。


 しかし、事情を知っているのは僅か2人だけか。これではルイーゼの部屋に転移で移動してヴィルガレッドの元へ連れて行くという方法はできそうにないな。


 〈当たり前でしょうが。ちゃんと歓迎の準備もするから、前に言った通り街の入り口から入ってきてよね?それと、間違っても"楽園"側から来ちゃダメよ?〉

 〈?どうして?〉

 〈今までずっと、空からでも"楽園"を通過できた存在は、何一つとして確認されていないのよ〉


 ルイーゼは"楽園"の上空を突破できたものは何一つないと語っていたが、彼女は自国から"楽園"の上空を通過してヴィルガレッドの元へと向かっている。そのことはカウントされないのだろうか?


 〈自分のこと棚に上げてない?〉

 〈私は良いのよ。実際に観測されなかったし。とにかく、"楽園"を突破して魔王国に到着できちゃったら、その時点で注目の的よ?それに、アンタの眷属のリガロウ?だっけ?あの子じゃ"楽園深部"を超えてくることは無理でしょ?間違いなく面倒なことになるから、海側から入って来なさい〉

 〈うん。分かった〉


 確かに、今のリガロウの力では"楽園最奥"はおろか"楽園深部"の上空を飛行することも厳しいだろう。

 魔王国に旅行へ行く際は、素直にルイーゼに従って海側から訪れさせてもらうとしよう。


 〈さて、これで用件も済んだわね?それじゃ、ヴィルガレッド様の所に行く時は改めて『通話』で連絡をしてもらえる?魔王城の上空で待機しておくわ〉

 〈うん、確認でき次第すぐに迎えに行くよ。そうだ。折角だからヴィルガレッドの住処に行く前に、ついでにウチに寄ってく?〉

 〈えっ!?良いのっ!?………嬉しいけど…っ!嬉しいけど止めておくわ!絶対に移動できなくなっちゃうもの!それでヴィルガレッド様を待たせたら、どんなお叱りを受けるか分かったもんじゃないわ!〉


 あー、そうか。確かに。これから向かうと伝えておいて家の皆を2人でモフモフしていたと知ったら、流石にヴィルガレッドも怒りそうだな。

 ルイーゼを家に連れて行くのは、別の機会にしておくとしよう。


 ルイーゼとの『通話』も解除して、酒の販売店に移動するとしよう。


 それにしても、以前ヴィルガレッドの住処でオーカムヅミの果実を渡した時も思ったが、ルイーゼはどうも小さな勘違いをしているようだ。

 大した問題ではないかもしれないが、ルイーゼが"楽園深部"と言っている場所は"深部"ではなく"最奥"だ。というか、彼女は"深部"と"最奥"をひとまとめにしてしまっている気がする。


 その2つの場所は明確に魔力濃度や住民達の強さが異なるのだ。一緒にしてはいけない。ヴィルガレッドの住処に集まった際にでも訂正しておこう。



 酒の販売店に訪れてみれば、やはり竜酔樹の実を用いた酒が陳列されていた。この国の名物の一つのようだ。


 「よろしければ、試飲していただくことも可能ですよ?」

 「それじゃあ、その言葉に甘えるとしようか。頼める?」

 「畏まりました。少々お待ちください」


 試飲できると言うことなので、早速味見させてもらうと伝えれば、店の者は非常に嬉しそうに店の奥へと下がって行った。

 嬉しさの下に、店の者からほんの僅かに邪な感情が読み取れたので、少し警戒しておくとしよう。


 「お待たせしました。此方が我が国の名物となっているドゥラールと呼ばれる品種の酒です」


 提供されたのは、ショットグラスに2割ほど注がれた、無色透明の液体だ。

 酒なのは間違いないし、強烈な酒精の香りも漂っているので、酒に弱い者は匂いだけでも酔ってしまうかもしれないな。


 見たところ、ドラゴンを酔わせる魔力の波長も健在だ。普通に竜酔樹の実を食べるよりも、より容易にドラゴンを酔わせられるだろうな。


 店員の邪な感情は、私を酔わせたいとでも思っていたのだろう。期待のまなざしをこちらに向けている。

 酔った異性の姿というのは、人によってはいつも以上に色香を覚える姿となる、と本で読んだことがある。

 つまるところ、店員は私の色っぽい姿というものを見たいのだろう。その期待には応えられそうにないが。


 とりあえず、グラスに注がれた酒を飲み干すとしよう。


 うん、やっぱり何ともないな!


 ヴィルガレッドの住処に顔を出したら確実にみんなで酒を飲むことになるし、何とか酔う方法を身に付けたいところだ。


 酒も大量に購入できたことだし、夕食後に色々試してみるとしよう。

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