第425話 国民の第五皇子に対する評価

 6人の冒険者達と別れ、冒険者ギルドを後にする。あの6人には一応、『幻実影ファンタマイマス』による監視を付けておこう。

 もしかしたら、"超人スペリオル機関"に再び魔力増加装置を取り付けてもらいに行くかもしれないし、逆に"超人機関"の方から彼等に接触してくるかもしれない。


 とりあえず、現段階では様子見に留めておくとしよう。そんなことよりも昼食だ。


 依頼達成の報告をする際に、受付に評判の良い飲食店の場所を聞いていたのだ。竜酔樹の実を使用した食事が提供されるらしいからな。少し楽しみだったりするのだ。

 というか、竜酔樹の実がこの国ならばどこでも取れるためか、何処の飲食店でも必ずと言っていいほど竜酔樹の実を用いた料理が提供されるらしい。


 実を回収している最中に私も考えた、実の中身に塩を振っただけの料理も、酒のつまみとして提供されているらしい。

 どうやらこの国では塩ゆでした豆と同じぐらい定番のつまみらしく、多くの国民に愛されているのだとか。

 甘じょっぱい味のためか、大人だけでなく酒を飲めない子供にも親しまれているようだ。ならば、私も注文させてもらうとしよう。



 流石に昼食の時間と言うこともあってどの飲食店も混雑しているし、受付から聞いた評判の良い店に至っては、他の店よりも2割増しで客が入っていた。

 当然のように満席であり、入店を望む客が列を作って待機している。


 流石にニスマ王国の時のように優先して入店させてもらえる、と言うことはないようだ。大人しく待たせてもらうとしよう。

 最近は待っている間に読書をする機会も減っていたし、丁度良かったのかもしれない。


 注目を浴びてはいるが、気にすることはないだろう。五大神のおかげで相変わらず周囲の者達から声を掛けられるような気配もないし、順番が来るまで快適に読書をしていられそうだ。


 〈『ノアちゃんってば、最初のころと比べて随分と変わったよねー。初めて人間達と関わった時は、注目を集めるだけでもたじろいでたのに』〉

 〈『大した適応力だよなぁ!』〉

 〈『これも偏に私がノアに寵愛を授け、称賛される立場にしたおかげだな!』〉


 実際にそのおかげで私は必要以上に注視されるようになり、そのことに耐性が付いたので、否定はできない。

 否定はできないが、それはそれとして煩わしい思いには散々させられたので、軽く頭を叩く思念を送っておこう。後、問題がないとは言え、普通に読書の邪魔だ。


 〈『痛だだだ!えっ!?なに!?ルグって毎回こんな目に遭ってるのに、懲りずにノアちゃんに叩かれたり締め付けられたりするようなことしてんの!?』〉

 〈『…コレ、軽く叩いてこの威力なんだよな?つか、確かにうるさかったかもしれんが、ちとヒドくねぇか?』〉

 〈『ははは!この程度の痛みでだらしがないな、お前達。ノアがその気になったらもっと酷い目に遭っているぞ?』〉

 〈『少し弱くし過ぎたか?読書中はなるべく静かにしてほしいんだが?』〉


 余計に騒がしくなってしまったので、今度はもう少し強めに叩く思念を送ろうかと思ったが、流石に危機感を抱いたのだろう。謝罪の思念と共に静かになってくれた。これで心置きなく読書ができるというものだ。


 読書を続けること40分。随分と読書が捗ったものだ。

 読み終えた本を『収納』に仕舞い、次の未読の本を取り出そうとしたところで、ようやく私の順番が回ってきたようだ。


 店員から長く待たせてしまったことを深く謝罪されたが、読書に集中して特に不快な感情を持つことも無かったので、気にしないように伝えておいた。


 行列のできる店というだけあって、流石に提供された料理はどれも美味かった。特に、ドラゴンステーキが良かったな。

 鋭利な牙のような前歯と強力な顎を持つ私が言っても仕方がないかもしれないが、肉がとても柔らかかったのだ。

 そのうえ竜酔樹の実を用いたソースも肉の味を損なうことがないどころか、肉の味を一層引き立てていた。まさに絶品料理だったのである。


 この店に訪れる客の殆どは、私も口にしたドラゴンステーキを目当てにしているようだ。どこもかしこも同じ料理ばかりが目に付いている。


 ドラゴンステーキとは言っても、人間達から恐れられている一般的なドラゴンを討伐して手に入れた肉、というわけではない。

 全ては500年近く昔に、命知らずな冒険者が"ドラゴンズホール"から持ち帰ったドラゴンの卵から始まったことだ。

 孵化したドラゴンを手懐け、食用に適したドラゴンに品種改良していったらしいのだ。


 そのドラゴンは今も健在であり、私も口にしたドラゴンステーキは、そのドラゴンの尻尾を用いられているようだ。

 トカゲのように尻尾の自切が可能らしく、更に再生力も非常に高いため、尻尾を切り離した後でもすぐに同じ尻尾が生えてくるらしい。


 随分と人間に協力的なドラゴンだとは思うが、それを実現させているのが竜酔樹の実である。

 あの実をただ食べさせるだけでなく、魔術を用いた儀式を経由することで、従魔契約に近しいことができているようだ。


 勿論、ドラゴンに与えているのは竜酔樹の実だけではない。例にもれず巨大な生物のため、大量に食料を提供しなければならないし、ドラゴンという生き物は総じて酒好きだ。

 契約に近しいことができるほどに知性があるので、当然のように酒を要求したりもしている。


 ここで粗雑な食料や酒を提供しなかったのは、英断と言わざるを得ないだろう。

 高品質な食料や酒はドラゴンの体調を健康にさせ、その肉質は脂の乗った上質な物へと変化していったのだ。


 かのドラゴンを同族が見たら、きっと蔑んで笑いものにするか、嘆き憐れむかのどちらかになるだろうな。なにせ、とても丸々と肥え太っているらしいから。

 一部の人間から言わせると、愛嬌があって大変可愛らしいそうだ。是非一度、私も件のドラゴンに会ってみたいと思った。


 ドラゴンを従えさせた竜酔樹の実と儀式を用いた契約なのだが、これこそがドライドン帝国がワイバーンを使役している方法なのだ。

 ワイバーンはドラゴン程強い自我を持っていないからな。より従順に従えられるのだろう。

 そうして従えたワイバーンを繁殖させ、最初から人間に慣れ親しませることによってさらに儀式契約を行いやすくしていき、現在の竜騎士団用のワイバーンが確保されていったのである。


 従順になったワイバーンは自身の毒も自在に操ることができ、唾液や血液に毒を含ませないようにもできるそうなのだ。

 しかも大抵の個体は人懐っこい性格になるらしく、有識者曰く[大きさが気にならなければランドランにも劣らない愛嬌だ]、とのこと。

 そんな情報を知ってしまったら、何度かワイバーンを斃している私でも触れ合ってみたくなってしまうじゃないか。

 ロヌワンドの城には確実にワイバーンが待機しているだろうから、期待しておこう。



 ドラゴンステーキの味に満足して店を出たら、次は夕方になるまで街の散策だ。

 今回の旅行は街を案内してくれる地元の人間がいないため、適当に街を歩き回って目に付いたものを片っ端から調べて楽しませてもらおうと思う。

 碌に見る物が無いようなら、その時は正真正銘の神頼みだ。面白そうなものが無いか、ルグナツァリオに尋ねさせてもらおう。

 まぁ、神頼みをする前に『広域ウィディア探知サーチェクション』で街の様子を確認するのだが。


 自分の直感に任せて適当に足を動かしていると、雑貨を扱っている地区に到着したようだ。お土産になるような物は期待していないが、掘り出し物のような物が見つかるかもしれない。

 そんな期待を込めて、私はこの地区を重点的に見て回ることにした。


 やはりというか何と言うか、ワイバーンに関係する雑貨が多いな。私が見て回っている場所は、雑貨の中でもとりわけ土産物に関連の場所のようだ。実用性よりも見た目にこだわっている品の方が多い。


 この国ではワイバーンに対して忌避感があまりないらしい。

 まぁ、国の最高戦力である騎士団達が騎獣にしているのだから、嫌悪の対象にはならないのだろう。


 ワイバーンをモチーフにした品物が大量に陳列されているわけだが、そのどれもが不快感を与えないような顔の作りになっている。凛々しい表情だったり、愛嬌のある顔だったりだ。

 私が見たことがあるような、だらしなく涎を垂れ流していた表情だとか獲物を見つけた時のような凶悪な表情をしているデザインの物は、一つもなかった。


 なるほど。こうしてみればワイバーンという生き物も親しみが持てる見た目をしているものだ。

 俄然、竜騎士団が使役しているワイバーン達に会うのが楽しみになってきたな。


 少し離れた場所では、美術品を扱っている店もあった。

 その中でも特に目を惹かれたのは、年端もいかない身なりの良い少年がワイバーンに跨り、毅然とした態度で空を見上げながら剣を掲げている絵画だった。


 他の品物よりも長い時間絵画を眺めていたのだろう。店の従業員、いや店長か?が私に声を掛けてきた。


 「おお、『姫君』様は、そちらの絵画にご興味が?」

 「うん。この絵画、最近描かれた物みたいだね。モデルになっているのは、実在の人物?」

 「はい。この国始まって以来のワイバーン乗りの天才と言われている、ジョージ第五皇子殿下の御様子を描かれた絵画でございます」


 絵画の説明をする店長の姿はとても誇らしげである。

 どうやら、マコトの後継者候補は国民からの人気が厚いようだ。

 まさか、皇帝になることを望まれていたりするのだろうか?本人にその気はないようだが…。そもそも彼はこの国を出たがっているようだしな。


 「ジョージ皇子というのは、国民からの人気が高いの?」

 「ええ、それはもう!才能に溢れているだけでなく、幼い頃より非常に勤勉な御方なのです。最近はあまり御姿を見かけませんが、少し前まではよく国中を視察という名目で見て回ってくださったのですよ?私も一度お目にかかる機会があったのですが、とても国民想いで気さくな御方でした。まだ成人前だというのに、それはそれは立派な御方でしたとも!」


 随分と褒めちぎるものだな。

 国を出たがっている割に国民に対してあれこれ考えていると言うことは、ジョージは根が善人なのだろうな。彼の前世の記憶がそうさせているのだろうか?

 ルグナツァリオに聞けば、ジョージの前世は推定、マコトや千尋と同じく"日本"という国の人間らしいのだ。

 マコトや千尋がそうであったように、"日本"と言う国は国民全体に情操教育が行き届いているらしい。


 では、もう少し踏み込んだ話をしてみようか。


 「国民から見て、次期皇帝として一番人気が高いのは誰なのか、教えてもらっていいかな?」

 「え!?ええと、ですね…それはぁ…」


 少し踏み込み過ぎてしまっただろうか?次期皇帝の話題を出した途端、店長は慌てた様子でしきりに周囲を気にしだした。

 自分の会話が聞かれていないか、警戒しているようだ。


 なるほど。どうやら一部の皇族は、かなり物騒な考えの持ち主らしい。

 自分の意にそぐわない言葉を発する者には、何かしらのペナルティを与えるつもりのようだ。


 私達の周囲に防音結界を施して店長の心配を取り除くとしよう。

 ついでに『モスダンの魔法』でこの辺りを見回し、盗聴されていないかも確認しておこう。


 「周囲の音を遮断したから、これで誰かに私達の会話を聞かれる心配はないよ。そしてこの辺り一帯に音を読み取るような仕掛けが施されている様子もない。思ったことを述べて欲しい」

 「は…はい!」


 とても感激したような様子で見つめられてしまった。どうやら相当息の詰まる生活を続けていたらしい。

 店長の口からは、休まることなく矢継ぎ早に言葉が繰り出された。


 「これは私個人の意見なのですがね?誰が次期皇帝陛下になって欲しいかと聞かれれば、それはもう、ジョージ殿下に他ありませんよ!聡明で勇ましく、民に優しく国想い!非の打ちどころがありません!絵画をご覧ください?とても端正な御顔をしておられるでしょう?数年後には数多の女性の視線を釘付けにするような美丈夫になられることでしょう!ここだけの話、既に殿下よりも年上の女性を虜にしているという話も耳にしたことがあります!ただ…非常に残念な話なのですが、ジョージ殿下御自身には次期皇帝の座にご興味がないご様子。あの御方としては同じ母君の兄上であられるジェームズ殿下が次期皇帝の座に就くことを望まれているようなのです。ジェームズ殿下も決して悪い御方ではないですし、むしろ良き指導者になられる素質は十分にあるのですが如何せん武力の方が―――」


 凄まじいな。

 この多弁さ、リナーシェがオリヴィエを語る時のような勢いだ。よほど自分の次期皇帝に関する話を他者に話したくて仕方がなかったのだろう。もしかしたら、この国の国民は皆して同じような考えを持っているのかもしれない。


 私にとっても非常に有益な情報に違いないので、一字一句聞き漏らさずに聞かせてもらうとしよう。

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