第427話 ワイバーンの街・チバチェンシィ
酒の販売店を後にして街の景観を鑑賞しながらホテルへと向かえば、到着する頃にはちょうど夕食の時間となっていた。
一泊合計金貨10枚もする宿泊施設の提供する料理、どれほどのものなのか確かめさせてもらうとしよう。
………流石は高級ホテルが提供する料理の数々だ。どれも文句無しに美味かった。
それは認める。認めるのだが、まさか昼に食べたドラゴンステーキが再び出てくるとは思わなかったな。
料理人の腕の差があるため味は今回の方が上ではあったが、料理自体は全く同じ物が提供されたのである。
高級ホテルだとういうのなら、盛り付けや食べさせ方にもう少し違いを出して欲しかったな。
まぁ、昼に訪れた飲食店がこのホテルのドラゴンステーキを再現して提供している、という可能性もあるので文句を直接言うつもりは無い。それに、この街は明日には発つことだしな。
食事を終えたら自室に戻って検証を開始しよう。酒に酔う方法を探すのだ。
私が酒に酔わない理由は、五大神曰く元々酒に極めて強い体質であることに加えて私の異常なまでの再生能力、更には摂取した物を例外なく魔力に変換する機能が原因だとのことだった。
意思の力でそれらを一時的に弱めることは可能だとは思うが、一度に3つの機能を下げようともなれば途轍もない労力が必要になる。
やはりここは、魔法の出番だろうな。
まぁ、意思の力でどうこうしようという時点で、それは魔法を使用しているようなものなのだが。
とりあえず、一つずつ機能を低下してみよう。もしかしたらどれか一つでも機能を下げれば、少しだけでも酔えるようになるかもしれない。
酒は大量に購入したのだ。足りなくなれば次の街で購入すればいいだけの話なのだし、ここは飲み干しても構わないという気持ちで検証してみよう。
………なるほど。どれか一つの機能を低下させるだけでは、私は酒に酔うことができない、と。
まぁ、この可能性は想定していたとも。あわよくば、酔えたらいいな、という程度だったから、別に落胆はしない。
別に[一つの機能を下げるだけで酔えるようになれたら楽だったのになぁ…]などとは、少しも思っていないとも。
納得がいかなくて周囲に防臭結界を展開したうえでラフマンデーの蜂蜜酒やオーカムヅミの果実酒を飲んでみたりもしたが、それでもなお酔えなかったことも、想定の範囲だったとも…。
大量の酒を飲んでいたからか、すっかり遅い時間になってしまったようだ。
部屋に充満する酒の匂いを『
高級ホテルというだけあって、非常に質の良いベッドを用意してもらっている。心地良い眠りを堪能させてもらうとしよう。
翌日、新聞を読みながらビュッフェ形式の食事を満足するまで堪能したら、早速次の街へと移動だ。
朝食の味は問題無く美味かったのだが、やはり客により多くの金を払わせようという意思が感じ取れたな。多分、もう利用しないと思う。そもそも、今回のような貴族が宿泊するような高級ホテルに宿泊する気は無かったのだ。
〈『次は一般人用の、それでいて上質な宿泊施設を紹介してね?』〉
〈『承知したよ。しかし、貴女はああいった宿泊施設の方がよく似合うと思うのだけどねぇ…』〉
似合う似合わないよりも、快適に過ごせるかどうかが私にとっては重要なんだ。
確かに設備は良かったし設備を使用している間は快適だったが、それに対して人間の態度が気持ちの良いものでなければ、利用しようとは思えなくなる。
ただでさえ帝国の民度は選民思想的なものが強いうえに強欲な者達が多いようだからな。ああいった高級ホテルではより一層、そういった意思を感じ取ることになってしまった。正直言って、あまり気持ちの良いものではなかったのである。
〈『む…確かに、私の個人的な感情を優先させてしまったね…。済まなかった。今度はしっかりと貴女の要望に沿った施設を紹介しよう』〉
本当に、頼むぞ?"囁き鳥の止まり木亭"や"白い顔の青本亭"とはいかずとも、それに近い宿はある筈だろうからな。
無いようなら、その分この国の評価が下がるだけだ。次期皇帝とやらに頑張ってもらうとしよう。
リガロウの元へ向かい、様子を確認してみる。
昨日の預り所の従業員の反応や、竜酔樹の実を提供していた行動を考えると、あの子を手に入れるために夕食にも大量の竜酔樹の実を提供していたんじゃないかと考えたのだ。
「おはようございます、姫様。早速出発しますか?」
「うん。昨日の食事、どうだった?」
「やけに大量の竜酔樹の実を出されましたね。食べなかったら変に怪しまれそうでしたし、ヴァス爺が口の中に『収納』を発動して回収するって方法を教えてくれなかったら、面倒なことになっていたかもしれません」
ほう。私のリガロウに、随分なことをしてくれたものだな?まぁ、無償で竜酔樹の実がそれなりの量手に入ったと考えれば悪くはない、のか?
それはそうと、ヴァスターのことを褒めてやるべきだろう。良い判断をしてくれた。
〈お褒め頂き、恐悦至極に御座います!人間とは欲深く知恵が回る者が多いですからね。この国では特にそれが如実に感じましたので、この地に訪れた時より対策を考えておりました!〉
こうして人間達に存在を知られない旅の同行者がいるというのは、非常に心強いな。それが長い年月を生きて大量の知識を持つ者ならば尚更だ。今後もヴァスターには頼りにさせてもらうことになるだろう。
〈お任せください!恐れ多くもいと尊き姫君様よりリガロウの教育係を任されました身なのです!今後もこの子にとって、有益になる知識と知恵を授けて行こうと思います!〉
「あの連中、どうにも俺にこの街に留まって欲しかったみたいですね。俺が姫様以外の誰かに従うことなんてないって言うのに、滑稽な連中です」
まぁ、リガロウが従業員に対して辛辣な態度になるのも無理はないな。この様子だと、この子は従業員に対して何かしたのかもしれない。
「馴れ馴れしく近づいてきたところに目の前で軽く吠えてやっただけですよ。尻もちついて倒れた後、慌てて逃げ出していきました」
酔っぱらって従順になっていると思い込んでいたところにそれでは、驚くのも無理はないだろうな。さぞ怖い思いをしたことだろう。それに免じて、今回のリガロウへの態度は大目に見てやるとしよう。
ただ、今後もこの子の食事に竜酔樹の実を混ぜられたら、この子はこの国では碌に食事を食べられなくなってしまうな。
それでは困るし、変に怪しまれてしまうだろう。
「リガロウ、私が作った料理を出すから、自分の『収納』に仕舞うといい。この国での食事は、基本的にそれを食べるといいよ」
「良いんですか!?ありがとうございます!」
料理を出すと言ったら、物凄く喜んでくれた。リガロウは私の作る料理をとても気に入ってくれているようだし、蜥蜴人達の集落にこの子を預けてからというもの、私の料理を食べさせていなかったからな。久しぶりに口にできることに喜んでいるのかもしれない。
ならば、この子を飽きさせないためにも、様々な種類の料理を渡しておこう。
ただ、この方法にも問題が無いわけではなく、ヴァスターがその問題点を指摘してくれた。
〈いと尊き姫君様、素晴らしいお考えだとは思うのですが、このままリガロウがいと尊き姫君様の料理を食べだしたら周囲の者達がその匂いに反応してしまうのではないでしょうか?〉
「勿論、分かっているよ。そこでヴァスター、君の出番だ。君は防臭結界は使用できるかな?」
〈防臭結界、ですか…。申し訳ございません。防音結界ならば使用可能ではありますが…〉
「それなら、これから私が教えよう。防音結界とそう難易度は変わらないから、君なら問題無く使えるようになるはずだ。リガロウが私の料理を食べる時は、防臭結界をこの子の周りに展開して、周囲に匂いが行き届かないようにして欲しい」
リガロウの実力では、自分の周囲だけに特定の結界を張るという行為ができないことはないようだが、まだ難しいようだからな。
折角だから私の料理を堪能してもらいたいし、食事中に結界を張ることに意識を集中して欲しくは無いのだ。
ヴァスターに防臭結界を教えると伝えれば、私から何かを教われることに対して非常に喜んでいた。
〈おお…!いと尊き姫君様から直接その叡智を授けていただけるとは…!このヴァスター、より一層の忠誠をいと尊き姫君様に捧げるとともに、御身のお役に立てるよう精進いたします…!〉
「うん、ありがとう。ついでだからリガロウ、君も一応覚えておくといい」
「分かりました!」
リガロウに跨り、噴射飛行で次の街に移動しながら、この子とヴァスターに防臭結界の魔術構築陣を教えておく。
魔術の扱いに関してはどちらも人間以上に上手く扱えるようだから、次の街に着く頃には問題無く使用できる筈だ。
リガロウもヴァスターも非常に物覚えが良く、次の目的地であるチバチェンシィに到着する頃には問題無く防臭結界を使用できるようになっていた。所要時間は僅か7分である。
街に到着してリガロウを預けるために厩舎へと向かったのだが、噂通りの巨大な厩舎に、少し驚きを隠せなかった。
なにせ世界最大規模の厩舎だからな。上にも横にも縦にも、全体的に巨大な建築物だったのだ。
それもその筈、この厩舎には主にワイバーンが預けられるからだ。
この国の最大戦力である竜騎士団が騎乗するワイバーン達は、この街で調教を受けているらしい。
人間達と触れ合えるだけの十分な調教と、騎士と連携できるだけの最低限の訓練を終わらせた後、彼等は竜騎士のかけがえのない相棒となるらしい。
尤も、騎士となれる人間の数はそれほど多くはないし、ワイバーンの数も一度に大量に用意することはできないので、厩舎の中に大量のワイバーンがいるわけではないのだが。
巨大な厩舎にはワイバーンを最大で20体住まわせられるそうなのだが、今までの歴史上、この厩舎にワイバーンが満たされたのは、一度たりともないのだ。現在この厩舎に預けられているワイバーンの数は、僅か3体だけである。
さて、そんなワイバーン達なのだが、どうやらあの子達は"力だけはあるアホ共"ではないようだ。
私達がチバチェンシィに到着する少し前から私達の気配を把握していて、その時からずっと頭を下げて身動き一つ取っていないのである。
急なワイバーン達の反応に、飼育員達が困惑してしまっていた。
「邪魔をするよ。私の騎獣を少しの間、ここに預けたい」
「っ!?あ、貴女様は!?よ、ようこそお越しいただきました!はい!そちらのドラゴンを預からせていただく、と言うことでよろしいでしょうか!?」
私が顔を出したことで、困惑していた飼育員達も事情を察したらしい。
彼等は、私がニスマ王国に訪れた際にランドラン達が私に対して平伏していたことを知っているようだ。
そのため、ワイバーン達も同じような反応をしてもおかしくないと判断したのだろう。
しかし、こうして調教の行き届いたワイバーン達を実際に目にしてみると、納得がいく。
なるほど、確かにこの子達は私が倒してきたワイバーン達よりも、遥かに愛嬌のある姿と言えるな。
その体は飼育員達が毎日清潔にしているからか、少しの汚れも見当たらない。健康管理も行き届いているようで、均一の取れた肉体をしている。野生の、かつ異性のワイバーンがこの子達を見たら、迷わず求愛行動をとってしまいそうなほどこの子達は同族にとって見目麗しい姿をしていると言っていいだろう。
「この子達、随分と良い子にしているみたいだね?触ってみても良いかな?」
「は、はははい!ど、どうぞ可愛がってやってください!」
心配しなくても、この子達を可愛がるついでに配下にするつもりなどは無いから、安心して欲しい。ただ、可愛いと思った子達と触れ合いたいだけなのだ。
許可も得たことだし、平伏して撫でやすくなっている顔を早速撫でさせてもらうとしよう!
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