第404話 眷属と配下の初顔合わせ

 こちらのことなどお構いなしに、ルグナツァリオとロマハは口喧嘩を続けている。

 この2柱、ダンタラがいないとこうまで喧嘩っ早いのか。


 どちらも非常に敬われている神だというのに、これでは幻滅されても文句は言えないぞ?それとも幻滅されたくてわざとやっているのか?


 まぁいい。とっととこの2柱に頭を締め付ける思念を送って下らない口喧嘩を止めるとしよう。私は早く家の皆に会いたいのだ。


 「あだぁっ!?」『い、痛いぃっ!?』

 「2柱とも、学習能力って言葉知ってる?前にもこのやり取りあった筈だけど?」

 「「だってコイツが!」」

 「コイツが?」

 「「アッハイ。ごめんなさい」」


 謝るぐらいなら最初からケンカなんてしないでもらいたいのだが…。

 こういう役目は、ダンタラのような所謂年長者的な存在が行うものじゃないのか?私はぶっちぎりの最年少なのだが?産まれたてなのだが?

 まぁ、魔力から産まれた魔物に産まれたても何もないのかもしれないが、この

2柱にはもう少し精神年齢を上げてもらいたいものだな。


 「あまり酷いようなら、今度ダンタラに貴方達にダメージを与えられる思念の送り方を教えるからね?」

 「む!そ、それでは我等の力関係が…!」

 『ゴメンナサイ!もうケンカしないからそれだけはヤメテ!』


 などと言っているが、多分今後もこの2柱は喧嘩をすると思う。

 とは言え、喧嘩と言っても兄妹のじゃれ合いみたいなものだし、嫌い合っているわけでも無いようなので、今のところは大目に見ておくことにしよう。


 「それじゃあ、私達はそろそろ"楽園"に行くよ?ドライドン帝国の動向、任せた」

 「任されよう。それまで、健やかな時を過ごすといい」

 『ノア!いつでも話しかけてきていいからね!』


 どういうわけか私はロマハに非常に気に入られているようだ。"楽園"にいる間は巫覡ふげきに神々の気配を察知されることもないし、普通に会話をしても問題無いだろうから、彼女と会話をするのも勿論アリだ。


 ただまぁ、そうなるとほぼ確実にルグナツァリオまで会話に加わってくるんだろうなぁ…。そうなると、2柱の間で口喧嘩が発生するのは容易に想像がつく。

 この2柱のやり取りを微笑ましいものとして眺められるようになれば、"楽園"で神々と談笑するのもやぶさかではないが、生憎と私はそれだけの余裕がまだ持てそうにない。


 ロマハには悪いが、当分の間お喋りは無しにしてもらおう。



 現在、私の目の前で数百体の宝麟ジュエルケイル蜥竜人リザードマン達が平伏している。私が彼等の集落に来るまでの間、ずっとこうして待ち続けていたようだ。


 「「「「「我等が主、ノア様!!!"楽園"にお帰りなさいませ!!!そしてようこそ、我等が集落へ!!!」」」」」

 「うん、ただいま。それと、お邪魔するよ」

 「ほ…ホントに一瞬で場所が…」

 〈おお…!彼等が幼子を預ける集落の住民達ですか…!流石は"楽園"の住民。"浅部"と言えど、我等に匹敵するだけの力を持つ者すらいるとは…!この地でならば、幼子も多くを学べることでしょう!〉


 ハイ・ドラゴンの魂が蜥蜴人達を見て感心しているな。

 この集落の住民達に限らず、"楽園"の住民達は漏れなくオーカドリアの影響を受けて以前よりも強くなっている。

 そんな彼等が自分と匹敵すると語ると言うことは、ハイ・ドラゴンの魂の生前は、やはりかなり強力な個体だったのだろう。


 それはそれとして、物凄い歓迎っぷりだ。彼等のこの勢い、人間達の歓迎を上回っている。


 私達は、ルグナツァリオの元から私の転移魔術によって即座にこの場に転移してきている。

 人間達の中には、強力な観測魔術を使用できる者がいるからな。私やリガロウが"楽園"に入っていく様子を観測されたりしては、堪ったものではない。

 ルグナツァリオに頼んで私達の存在を隠蔽してもらおうかとも思ったが、人知れず移動するというだけならば転移魔術を使用すればいいと思い付き、実行に至ったというわけだ。


 勿論、蜥蜴人達を驚かすわけにはいかないから、集落で待機していたレイブランとヤタールに事前に転移魔術で移動することは伝えておいた。勿論、リガロウやハイ・ドラゴンの魂にもだ。伝えた時点で驚かれてしまいはしたが。


 その結果が目の前の状況、というわけだ。


 なお、私の名前やこの森を"楽園"と呼ぶのは、"楽園"に住むすべての住民達に伝わっている。

 レイブランとヤタールが広めて回っていたからだ。それも随分と前に。

 私が"黒龍城"で"楽園"の住民達を迎えた時には、既に知れ渡っていたのだ。


 正直な話、"楽園"での私の影響力は、人間の生活圏内の比ではない。正真正銘、私がこの領域の主なのだからな。


 初めてゴドファンスから私が"楽園"の主だと指摘された時はなかなか受け入れられなかったが、今は違う。

 魔力から産まれた原初のオリジンドラゴンは、決まって王としての資質を持っているとヴィルガレッドから指摘されたからか、自分が"楽園"に対して始めから愛着を持つ理由にある程度納得ができているのだ。


 だから、数百体の蜥蜴人達が私の前で平伏している姿を見ても、今はたじろいだりはしない。彼等の忠誠や敬意を真正面から受け止められる。


 そろそろ用件を伝えさせてもらうとしよう。

 リガロウに私の隣に立ってもらい、この子に蜥蜴人達の視線を集めさせる。


 「レイブランとヤタールから話は聞いているね?紹介しよう。私の眷属でスラスタードラゴンのリガロウだ。貴方達には、私が次の旅行に行くまでの間、この子の世話を頼みたい」

 「し、しばらく、世話になる…!」

 「ははぁーっ!我等が主命、我等一同しかと聞き入れました!!」


 私だけでなく、リガロウにも彼等は敬意を向けている。実力的には、この集落の戦士長の方がまだリガロウよりも上の筈だが、私の眷属だからだろうか?まぁ、悪い扱いをされることは無さそうなので、その点は嬉しい。


 それでは、次の同居人を紹介させてもらうとしよう。


 「それともう一つ」

 「はっ!」


 私が身に付けている耳飾りからハイ・ドラゴンの魂が宿っている器を取り出し、魔法によって縮小していたサイズを、元のサイズに戻す。

 そしてリガロウの下げている首飾りの元まで持って行く。この子の首飾りは、このために購入したと言っていい。


 直径16㎝ほどの球体であるリガロウの首飾りを手に取り、2つに割る。そして内側にハイ・ドラゴンの魂の器を治めて再び接合する。

 これでリガロウとハイ・ドラゴンの魂は、常に一緒にいる状態と言っていいだろう。

 私が与えた首飾りを、この子が外すとは思えないからな。


 「姫様?それって確か、ハイ・ドラゴンの…」

 「うん。今日から、彼が君の先生だ。良識のあるドラゴンの在り方というものを、しっかりと学ぶといい」

 〈よろしく頼むよ、幼子。いや、リガロウ〉

 「んえぇっ!?あ、頭の中に勝手に声が!?」


 リガロウも思念による会話ができないわけではない。フーテンの思念は読み取れていたからな。

 だが、この子は今の今までハイ・ドラゴンの魂の思念を認識していなかった。それは何故か?


 〈このように、思念というものは伝えたい相手にのみ伝えることも可能なのです。私はいと尊き姫君様に保護されてからというもの、それなりにあの御方と会話をさせていただいていたのですよ?〉

 「ええっ!?」


 早速リガロウの教師役を全うしようとしているようだ。

 この子は驚いているようだが、実を言うと特定の相手のみに向けてはなっている思念も、傍受することは可能である。


 その証拠に、蜥蜴人達の中でも思念の扱いに長けた者達、レイブランとヤタールに私との取次ぎを頼んだ者達だな。彼等はハイ・ドラゴンの魂の思念を問題無く読み取れているのだ。


 蜥蜴人達にもう一つの用件も伝えるとしよう。


 「私が今リガロウの首飾りに施したのは、私が保護したハイ・ドラゴンの魂だ。彼はある事情で望まぬ形で強制的に"蘇った不浄の死者アンデッド"にされていてね。ロマハから魂を星に還さなくてもいいと伝えられたから、こうしてリガロウの教育係になってもらった」

 「その方は、随分と永い時を生きておられたようですね。さぞ、多くの知識を身に付けておられるのでしょう…」


 集落の長がハイ・ドラゴンの魂について語り出す。彼にはハイ・ドラゴンの魂の性質が見えているのだろうか?

 どうやらそのようだな。やはり長を務めるだけあって、特殊な感性を持っているのだろう。


 「以前この"楽園浅部"に来た者達とは比べるべくもありません。そちらの方からは、敬うに値するだけの何かを感じ取れるのです」


 その何かまでは分からない、と言ったところか。

 ともあれ、蜥蜴人達はリガロウと同様にハイ・ドラゴンの魂も問題無く受け入れてくれるようだな。


 ならば、彼も私達の仲間であり一員だ。いつまでもハイ・ドラゴンの魂と呼ぶわけにもいかない。


 『モスダンの魔法』や『真理の眼』でハイ・ドラゴンの魂を観た際、彼は人間達から昔は"新緑の大賢者"と呼ばれていたらしい。当時はドラゴンだとは思われていなかったし、固有名詞は無かったようだ。

 そしてハイ・ドラゴンと認識されるようになる頃には、今度は"新緑の大賢者"として認識されなくなってしまったようだ。


 ならば、そこから名前を取らせてもらおう。リガロウの首飾りを手に取り、ハイ・ドラゴンの魂に声を掛ける。


 「さて、これからは貴方も私達の仲間であり身内だ。リガロウのこと、頼んだよ?ヴァスター」

 〈おお…!?な、なんと過分な…!この私が…!いと尊き姫君様より名を授かれるなど…!なんという栄誉…!〉

 「長い付き合いになるだろうからね。仲良くしてね?」

 〈委細、承知いたしました!人間からは勿論、あらゆる種族から畏れ敬われるような立派なドラゴンに育てて見せましょう!〉

 「アンタも、姫様から名前を貰ったんだな…。その、よろしく…」


 相手が元とは言え自分よりも格上のドラゴンだからか、リガロウの態度が何処かしおらしい。

 少しだけ恥ずかしいのかもしれないな。反発されるよりはずっといい。


 ドライドン帝国に向かう際に再びこの子達に会った時、どれだけ成長しているか実に楽しみだ。


 一通り私の用件が終わったと判断したのだろう。私にとってとても馴染み深い魔力が集落全体を覆いだした。


 〈もう出て来てもいいわよね!?ノア様!お帰りなさい!〉〈終わるのを待っていたのよ!会いたかったのよ!お帰りなさいなのよ!〉


 白と黒の大きなカラスが、私の両肩にそれぞれ止まる。

 私の最初の配下になってくれた、レイブランとヤタールだ。


 この娘達、いつのまにやら魔力をある程度抑えられるようになっていたのである。私が今回ティゼム王国に向かおうとする時までは、まだここまで魔力を抑えることはできていなかったのだが、コツでもつかんだのだろうか?


 フワフワな翼の羽毛を私の頬に密着させながら、2羽が私の帰宅を喜んで迎えてくれている。


 ああ、久しぶりの感触…!思わず2羽を思いっきり抱きしめて顔を埋めたくなったが、今は我慢しておこう。

 止め時が分からなくなるからな。私の帰りを待っているのは、この娘達だけではないのだ。


 「ただいま、レイブラン、ヤタール。蜥蜴人達への通達、ご苦労様」

 〈これぐらいお安い御用よ!〉〈こういう仕事は私達にピッタリなのよ!〉


 蜥蜴人達へ事前に連絡を行ってくれたことに感謝の言葉を伝えれば、とても嬉しそうにして私の頬に羽毛をこすりつけてくれている。


 ああ、もう、本当に可愛い。我慢しきれなくなってしまう。

 それでも、今は我慢だ。耐えるんだ。

 家に着いたら『幻実影ファンタマイマス』も使って好きなだけひたすら皆を全力でモフモフするから、それまで我慢だ。そう自分に言い聞かせて今は我慢する。


 そんな私の葛藤など知ったことではないと言わんばかりに、2羽の興味がリガロウへと向かっている。


 〈アナタがノア様の眷属ね!可愛いじゃない!アナタ将来いい男になるわよ!〉〈初めましてなのよ!アナタ将来有望なのよ!頑張って強くなるのよ!〉

 「こ…この方々が…姫様の…」

 〈な、何と言う並外れた魔力…!"楽園"の奥地とは、これほどまでに隔絶した力を持った方々が住まうのか…!〉


 レイブランとヤタールが放出した魔力に、リガロウだけでなくヴァスターすらも驚いている。

 ここまでの魔力を持った者と直接会話をするのは、流石の彼も初めてなのかもしれないな。


 なにせヴァスターは、ドラゴン達の巣窟である"ドラゴンズホール"も含め、魔境や大魔境に訪れたことは無いみたいだからな。

 そうなると、グラシャランのような魔境の主に相当する者にも直接出会ったことはなかったと言うことになる。


 「リガロウ、君は私の眷属だ。いつかきっと、彼女達や他の配下達に並び立てると信じているよ?」

 「は…はい!いつか必ず、姫様の住まいに足を運べるよう頑張ります!」


 私の言葉に、リガロウが緊張しながらも力強く答える。その目はやる気と闘志に満ちていた。

 では、次はヴァスターだな。視線を落とし、リガロウの首飾りに向けて声を掛ける。


 「ヴァスター」

 〈はっ!〉

 「リガロウは今、とてもやる気に満ちている。だけど、そのやる気が空回りしてしまう可能性もある」

 〈確かに、今のリガロウは少々力み過ぎているようにも見えますね〉

 「強くなることだけでなく、貴方がこれまで得てきた娯楽なんかも、あの子やここにいる者達に教えてあげて欲しい。案外、貴方のためにもなるかもしれないよ?」

 〈なるほど…。それは、とても面白そうですね。承知いたしました〉


 こう伝えておけば、リガロウも息抜きというものを覚えてくれるだろう。

 ドラゴンの寿命は永い。それにこの子はまだ子供なのだから、慌てずにのびのびと成長していけば良いのだ。


 ヴァスターがリガロウや蜥蜴人達にチャトゥーガのような対戦型の娯楽を教えれば、彼自身の息抜きにもなるだろう。

 もしも彼が蜥蜴人達に教えた娯楽が蜥蜴人達の間で流行れば、面白いことになりそうだ。


 さて、これで蜥蜴人達の集落での用件は済んだ。


 そろそろ、家に帰るとしよう。

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