第405話 明るい内からみんなでお風呂!
これから家に帰るわけだが、折角レイブランとヤタールが一緒なのだ。皆で空を飛んで帰ろうかと思う。
なんだかんだと一緒に空を飛び回った回数は少なかったからな。こうして会うのも久しぶりなのだし、一緒に空を飛んだらさぞ楽しいことだろう。
それはいいとして、その毎に家に帰る前にもう一つだけやるべきことがある。
カークス騎士団の時のように、彼等の集落を見つけられてしまう可能性が、無いとは言えないからな。
仮に集落が見つかったとして、それで今の彼等が人間達に後れを取るとは思っていないが、問題は強さの話ではない。
この集落にリガロウがいると人間達に知られるのを避けたいのだ。
リガロウが"楽園"にいると言うことは、私も"楽園"にいる。殆どの人間達がそう考える筈だ。
ならば、リガロウだけを隠蔽させてしまえば済む話なのかもしれないが、そうもいかないと私は考える。
"楽園"に挑む人間というのは、人間達の中でも上澄みの強さと感性を持っているのだ。蜥蜴人達の集落の中に、変わったドラゴンの姿を確認したら、確実にその正体を探ろうとする。というか、仕留めようとする可能性が高い。
それでリガロウが負けるなどとは思っていないが、情報が知れ渡り人間達がこぞって蜥蜴人達の集落に押し寄せたら煩わしいなんてものではない。リガロウにとっても、そして蜥蜴人達にとっても、だ。
そもそもの話、集落が見つからなければリガロウの存在も確認されることはないだろうからな。リガロウを集落の外へ出して"楽園"を好きに走らせてやれなくなるので、たまには顔を見せて"楽園"の外へ行き思いっきり走らせたり空を飛ばしてやるべきだな。うん、そうしよう。きっとあの子も喜んでくれる筈だ。
そうと決まれば、早速集落を隠蔽してしまおう。
隠蔽方法は魔法を使用する。これならば、そう簡単に人間達から集落を認識されることもないだろう。
…ついでだ。"ワイルドキャニオン"の時のように、許可した物以外の出入りを禁止する結界も追加で張っておこう。
これで集落を認識される可能性は、『モスダンの魔法』による認識ぐらいしか考えられなくなった。そしてその魔法の使い手であるモスダン公爵は"楽園"に足を運ぶことはないだろうし、エリザが大人になる頃には私は世界に私の素性を公開するから隠蔽する必要自体が無くなる。
完璧、ではないだろうが、これでひとまずは我慢しておこう。
魔法と結界を集落に施したら、レイブランとヤタールと共に家に帰ろう。
今回は噴射飛行を使用せず、彼女達と同じように風を起こす魔術と羽ばたきを併用させた飛行手段だ。
彼女達にあわせる、という意味もあるが、私が飛行をする場合、大体は噴射飛行だったからな。偶には羽ばたきをメインにして飛行をしないと、その内羽ばたき方を忘れてしまうかもしれない。
〈久しぶりにノア様と飛べるわ!いつぶりかしら!?〉〈ノア様と一緒に並んで飛べるのよ!嬉しいのよ!〉
「うん。私も君達と一緒に空を飛べて嬉しいし、楽しいよ。どうせだから、ゆっくり行こうか?」
できることなら、こういった時間をなるべく長く堪能していたい。皆のモフモフを堪能するのも勿論至福の時間ではあるのだが、一緒に好きなことをする時間というのもまた、至福の時間なのは間違いないのだ。
〈嬉しいけど、今は早く帰りましょ!〉〈みんな、ノア様が帰って来るのを待ってるのよ!〉
「そうだね。うん、帰ろうか」
一緒に長時間空を飛び回るのは、家に帰ってからもできることなのだ。慌てる必要はない。私には、『
あれもこれもと、やりたいことを一度にまとめてできるのだ。
レイブランとヤタールが出せる最大速度に合わせて、家に向かうとしよう。
家の広場が視界に入ると、既に皆が私を迎えるために家の前で勢揃いしているのが確認できた。
そして、ここまで移動してくる際に確認できたが、広場はおろか"楽園"全体に雪は降っていないようである。少し残念だ。
魔境やグラシャランの影響で、"ワイルドキャニオン"内では雪が降らないとティシアが言っていたからな。
より豊富な魔力と私やオーカドリアの影響が行き届いている"楽園"ならば、一定の状態で環境が固定されるのは、ある意味では当然の話だったのだ。
一年中、あらゆる恵みを存分に享受できる領域。だからこそ、この領域は"楽園"と呼ばれているのだ。
雪の原理は理解したのだ。私ならばやろうと思えば領域に雪を降らせることもできるだろうからな。
雪を楽しみたくなったら、自分で雪を降らせばいいのだ。
オーカドリアの樹の下で揃って待機している皆の元に着陸する。
〈ご主人!お帰り!今回は長かったね!〉
「ただいま、ウルミラ。うん、今回は長い旅行だったね。何度かこの場所に幻を出して、皆を撫でまわしたいと思ってしまったよ」
私が地面に足を付けた直後、私の元にウルミラが駆けつけてきたかと思えば、そのまま私に飛びついてきた。
真正面から受け止めて抱きしめてあげれば、彼女のフワフワでサラサラな毛並みが私の肌に触れ、久々の毛並みの感触に、私は多幸感を得る。
うっはぁあああ!コレだよ!コレ!この暖かさと肌触り!私が愛して止まないモフモフ!ようやく心行くまで堪能できる!
おおよそ2ヶ月ぶりだからな!みんなまとめて撫でまわすぞぉ!
他の皆にちゃんとした挨拶もしないまま、私は『幻実影』による幻を皆と同じ数出現させて、ある者は抱きかかえ、ある者には全身で抱きつき、そしてある者には優しく触れる。
オーカドリアにの樹にも触れて、私の魔力を渡しておこう。好きなだけ取って行って良いよ。
ありがとう 久しぶりの魔力 とっても嬉しい とっても美味しい
喜んでくれているようでなによりだ。そして皆のモフモフや鱗と言った感触が、一度に私に伝わってくる。
し・あ・わ・せぇ~!!
皆と離れていた時間が長かった分、得られる多幸感も今まで以上なのだ。
今の私、幻も本体も間違いなく全てだらしいの無い顔をしている。自分でも表情が緩んでいるのが分かる。
しかし、何を取り繕う必要があるものか。この場所には私達しかいないのだ。遠慮する必要も理由も、何処にもないのである!
〈ノア様、凄く幸せそう。今日は1日中、このままかな?〉
〈この様子では、そうなりそうですね。ですが、悪い気はしません〉
〈お…おおぉ………!!主様の!主様の魔力が…!主様が妾触れるたびに、主様の魔力が妾に…!!〉
こうして皆と触れ合っていると、皆の喜びの感情も私に伝わってくる。それがたまらなく嬉しい。
今の私の行動は、間違いなく私の我儘であり自制の利いていない勝手な行動だ。
だが、それを嫌がるどころか喜んでくれているのだ。嬉しくない筈がなかった。
この子達にもっと喜んでもらいたい。それでいて、私ももっと幸せな気持ちになるには、どうすればいいだろうか…?
そうだ!今回の私の旅行の目的!洗料だ!新しい洗料で皆の体を隅々まで洗ってあげよう!
風呂上がりには、今以上の、今まで以上の毛並みになっている筈だ!その触り心地は…!
こうなっては居ても立っても居られないな!
夜はまだまだ先ではあるが、そんな事知ったことではない!今から皆と一緒に風呂に入るのだ!
〈今から…ですかの?〉
〈主は、新しい洗料を試したくて仕方がないようだな。以前のものよりもよほど質が良いのだろう。楽しみではないか〉
「うん。旅行先で仲良くなった鳥の魔物に試してみたけど、凄かった」
〈だったら少なくとも私達には効果覿面なのね!〉〈早くお風呂に入りたいのよ!もっとキレイな羽根になりたいのよ!〉
〈おおお…!なんという尊い光景…!聖域が…!聖域が幸せの感情で満たされておりますぅううう…!〉
ラフマンデーは感激しているようだが、少しだけ羨望の思いもあるようだ。あの娘にはモフモフした毛がないから、自分は洗われないと思っているのだろうか?
そんなわけがないだろう!ここに住む者達は、等しく私の身内なのだ!全員等しく洗うとも!
―わーい!久しぶりのノアと一緒のおふろー!ウロコがピカピカになるよー!―
「うんうん。今まで以上に綺麗な鱗になるとも。私の鱗で実証済みだからね。さ、ラフマンデー、君も一緒に入ろう」
〈わ…妾もご一緒してよろしいのですか…!?〉
「当然だろう?君もこの地に住まう、私の身内なのだからね」
私の返答を聞き、ラフマンデーが小刻みに震えている。どうやらいつものあの状態になってしまうようだ。
今のところ以前と比べてかなり静かだったから、落ち着いていたと思ったのだが、そうでもないらしい。
〈ひょおおおおおーーーーー!!!〉
またしても奇声を上げながら上空を縦横無尽に飛び回り出してしまった。あの娘にとっては、それだけ嬉しい返答だったのだろうな。
しかし、これではあの娘を洗ってあげることができない。近くまで来たら、両手でしっかりキャッチしてしまおう。
〈ふぉおおおおおーーーーー!!!あ…主様の御手が…妾に主様の御手がぁあああああーーーーー!!!〉
ラフマンデーの反応、他の皆は特に気にしている様子はない。この娘のこの反応はこの広場に置いて日常茶飯事であることに加えて、一体につき私の幻を一体付けているのだ。視界どころか意識すらしていないのだろう。
なお、ラフマンデーは蜂の魔物であり当然虫の魔物だ。
虫という生き物は口ではなく胸部や腹部にある気門と呼ばれる器官で呼吸をしている。その点は蜘蛛であるフレミーも同じだ。
で、その気門なのだが、本来は洗料を用いて体を洗ってしまうと気門が塞がって呼吸ができなくなって窒息しまう。
虫達にとって、洗料は危険な物質なのだ。本来であれば。
フレミーもラフマンデーも、その程度のことで窒息することはない。しっかりと魔力でカバーできるのだ。そもそも、あの娘達は多少呼吸ができなくても、問題無く活動が可能だったりする。おかげで私は、何も心配することなく彼女達の体を洗ってあげることができるのだ。
まぁ、仮に彼女達が呼吸できずに命の危険にさらされることになろうとも、私が魔力であの子達の気門をカバーするまでなのだが。
皆の体も洗い終わり、それぞれが浴槽の好きな場所で、思い思いに風呂に浸かっている。なお、私は幻を消さずに皆の傍で風呂に浸かっている。
風呂に浸かりながらの会話も、風呂の醍醐味だと思っているからだ。
〈はぁあああ~~~。そういえばこうして明るい内に風呂に浸かるのは、初めてのことでしたなぁ~〉
「うん。そうだ。どうせだから、このまま酒でも飲む?本で読んだ内容だったけど、風呂に浸かりながら酒を飲む風習もあるそうだよ?」
〈なんと!?それはとても心地よさそうですなぁ~!〉
皆の中で誰が最も風呂好きなのかと問われたら、ゴドファンスだろうな。ホーディも風呂が好きなようだが、ゴドファンスほどではない。
ゴドファンスが風呂に浸かっている時間は、私達の中で一番長いのだ。
全身が温まる感覚が、非常に心地良いのだとか。
まぁ、それは聞かなくても表情を見れば分かる。風呂に浸かった途端、目を閉じてとてもうっとりとした表情をしているからな。
後足を曲げ、上を向いて口を開けたままゆったりと佇む姿は、眠っているかと思えるほどに安らかなのだ。
風呂も酒も好きなゴドファンスにとって、私が先程出した提案はあまりにも魅力的だったようだ。
ならば、早速用意させてもらうとしよう。
水面に木の盆を浮かべ、そこに直径50㎝ほどの大杯を乗せて酒精の強い酒を注いでいく。酒の匂いが立ち込め、ゴドファンスがとても嬉しそうな表情をしている。
〈ほう!主よ、面白そうなことをしているな!我にも頼めるか!?〉
〈お酒♪お酒♪ニスマ王国の、お酒♪〉
そしてその匂いを嗅ぎ取ったホーディやフレミーも当然酒を所望しだした。
まぁ、分かっていたことだ。
フレミーの風呂に対する好感度はそれほど高くはないが、酒ともなれば話は別なのだろう。早速お土産の酒を所望して来た。
焦らす理由などどこにもないので、当然2体にも同じように酒を振る舞うとしよう。
他の皆はと言えば、レイブランとヤタールは5分もしない内に風呂から出て、魔術によって自分達の体を乾かしている。
早く、今まで以上にツヤツヤのフサフサになった自分達の羽根を見てみたくて仕方がない、といった様子だ。
ラビックは浴槽の浅い場所、壁に背を預け人間が座るような姿勢で風呂に浸かっている。この子も目を閉じて気持ちよさそうにしていて、とても可愛らしい。
あまりにも可愛らしいので抱きかかえたい気持ちになるが、純粋に風呂の気持ちよさを味わってほしいので、我慢しておいた。辛かった。
ウルミラはアクレイン王国で購入した船の玩具を動かし、自分もそれを追っている。ファニール君だけでなく、あの玩具も気に入ってくれたようだ。
ある程度船を移動させた後、それを咥えて戻ってきた得意気な表情と言ったら、抱きしめて少し乱雑に顔を撫でまわしたくなるほどだった。というか、実際にやった。
ヨームズオームは私の体に巻き付きながら風呂に浸かっている。私の魔力と風呂の感触を味わえて、とても気持ちよさそうにしている。
今更な話だが、蛇は本来爬虫類であり変温動物。急な温度の変化に弱いのだが、そこは伝説の魔物だ。何ともない。
というか、"楽園"に住まう住民達は、基本的に人間の一般常識に当てはまる弱点は通用しない。
フレミーが普段食べているであろう虫達も、彼女やラフマンデーのように洗料で窒息することがないし、"楽園浅部"の蜥蜴人達だって風呂を用意してやれば問題無く楽しめるだろう。
"楽園"の住民達は伊達ではないのだ。ちょっと、誇らしく思う。
ラフマンデーには小さな桶を用意して、そこに7割ほどの湯を入れて小さな風呂にしてある。当然この子も風呂を楽しめる。表情自体に変化はないが、発している魔力からは皆と同様、快感と喜びが感じられる。
私が家で生活している時に見ている、いつもの光景だ。
ああ、帰ってきたんだなぁ…。
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