第226話 無干渉のままでは終わらない
リナーシェがカインに自分の思いを打ち明ける事で長々と続く予定だったオリヴィエ語りが止まった。
その期に乗じて、今度はオリヴィエが自分の気持ちを語るつもりのようだ。
「お父様、レーネ母様、ネフィー母様、お姉様、それにカイン。皆様のお気持ちは、とても良く理解しました。改めて、私は幸せ者なのだと思います。私の事を大切に思って下さり、ありがとうございます。」
「…っ!…うむ…!」
「ふふふ~、良いのよぉ~。娘を愛するのは当然ですもの~。」
「あああああ…っ!やっぱり、オリヴィエ、可愛い…!」
まだ話の途中だと言うのに、礼を言われた3人は思い思いに感激している。オリヴィエの気持ちを今まで知らなかったがゆえに、初めてその胸中を少しでも知ることが出来て嬉しいのだろう。
カインは普段碌に話す事が出来ない2人姉と会話が出来て、それだけでとても満足しているようだ。満面の笑みをしている。
レーネリアもネフィアスナもリナーシェも、オリヴィエに視線が向かっているため確認できていないが、今のカインの表情を見たら3人共いつぞやの時のように悶えてしまいそうだ。少なくとも、後でこの映像を見たカンナは悶えるだろうな。
礼を述べたオリヴィエではあるが、彼女はまだ話したい事を話していない。本題はここからなのだ。
「だからこそ、白状し、謝罪します。私は、皆様と関わる事を、意図的に避けていました…。」
彼女の告白に先程まで舞い上がっていた3人が押し黙る。避けられていた事は理解していたからだ。
「私は、自分の行動が原因で他者に、親しい方から疎まれ、不快に思われる事を恐れたのです。例えそれまでとても良くしていただいたとしても、ふとした事がきっかけで正反対の態度に変わってしまうと思うと、今まで通りに皆様と接する事が、出来ませんでした…。」
「オリヴィエ…。」
「人を頼る事すらできなかった、私の臆病さが招いた事です。レーネ母様やネフィー母様、そしてお父様には、多大なご心配をおかけしたかと思います。その想いに感謝するとともに、謝罪します。申し訳ありませんでした。」
オリヴィエは心配を掛けた事に対して、心配してもらった事を有り難く思いながらも、心配と言う負担を掛けた事に申し訳なさを感じていた。
謝罪の言葉と共に頭を下げようとしたところで、レオンハルトが立ち上がり、彼女の行動を遮った。
「待つのだ、オリヴィエ。そなたが謝り、頭を下げる必要などない!そなたが他者の反応を恐れるようになってしまったのは、私が…私の責なのだ!どうか、頭を下げないでくれ!」
「お兄様…。」
「すべては、この不甲斐無い兄が悪かったのだ!そなたの才覚を知り、将来自分も、ラディニカやアークネイトのように、そなたに破滅させられてしまうのではないかと恐れた、私の臆病さが悪かったのだ!謝罪と言うのであれば、私がそなたにすべきなのだ!…許せ…!この通りだ!」
レオンハルトが自分の思いを吐露して、オリヴィエが何かを言う前に深く頭を下げて陳謝する。
結局のところ、どちらも親しい者に対して必要以上に臆病になってしまった事が今回の問題の原因だ。
そして真に責められるとするのなら、レーネリアが以前言っていたように禄でも無い事をしでかした、かつてのレオンハルトの婚約者であるラディニカと、多大な不正を働き、彼女と深い関係を築いていたアークネイトの2人なのだ。
尤も、残念な事にどちらも既にこの世を去っているため、責任を負わせる事など出来はしないのだが。
「お兄様…。ですが、私がお兄様に一歩でも踏み出せたのなら…。」
「それを言うのであれば、私も同じだ。そして、その役目は兄である私がすべき事だったのだ!不甲斐ない兄と笑ってくれて構わん…!」
自分がオリヴィエを傷付けていたと言う事実は、レオンハルトにとってとても衝撃的な事だったのだろうな。
私から見た今のレオンハルトは自責の念にとらわれ過ぎてしまっている気がする。
オリヴィエに対する態度はともかくとして、彼とてこの国のために努力し、尽力してきたのだ。その姿を知らないオリヴィエではない。
「お兄様!どうか、ご自分をそのように責めないでください。私は、お兄様を尊敬すべき立派な方だと思っています!誰もが次期国王として相応しいとお認めになっているのは、例え苦しくとも、辛くとも、決して弱音を吐かずに努力をし続けて来たからである事を、私は知っています!次期国王として相応しいと考えているのは、私とて同じ事なのです!」
「オリヴィエ…。兄を…私を、許してくれると言うのか…!?」
レオンハルトは、ずっとオリヴィエに裁かれてしまう事を、愛想を尽かされてしまう事を、王として相応しくないと思われてしまう事を恐れていた。
だからこそ、彼女本人から次期国王として相応しいと認められたことはこれ以上なく嬉しい事だし、安堵した事だろう。
思わずオリヴィエの傍まで足を運び確認を取った。
そもそも、オリヴィエはレオンハルトに対して恨みを抱いているわけでもなければ、怒ってもいない。
つくづく似た者同士だ。このままいけば、堂々巡りだろうな。2人だけで話をしていたら一向に話が進まなかった事だろう。
2人だけで話をしていたのならば。
「私は、許しを必要とする行為を、お兄様がしていたとは思っていません。先程も言った通り、私自身の心が弱かった事が原因なのですから…。」
「それを言うのであれば」
「いい加減に、しなさぁーいっ!!アンタ達どっちもどっちよ!姉弟だって言うのに、2人とも私以上に似た者同士なんだから!傍から見てたら笑っちゃうわっ!」
「お、お姉様!?わ、笑い事ではありません…っ!」
「そうです!私の臆病さがオリヴィエを傷付けていたのは紛れもない事実!笑って済ませられるような事では無いのですっ!」
リナーシェが机を飛び越えてまで2人の間に割って入ってくれたのだ。まぁ、正直彼女の言い分はとても共感が持てる。
レオンハルトもオリヴィエも似た者同士なのだ。お互いに思いを譲らない頑固なところも、責任感が強すぎて思いを自分の胸に留めてしまうところも、そして他人に対して臆病なところも。
2人の態度がそっくりなのだ。ある意味ではおかしく見えたとしても、なんら不思議ではない。
一度や二度くらいならば見ていられるかもしれないが、どちらも同じやり取りを終わる事なく繰り返しそうな空気だったため、リナーシェが割って入ってくれたのだ。
まぁ、彼女の場合、兄妹で仲良くしているのに自分だけのけ者にされているような気がしたのだろうな。
2人に、どちらかと言うとレオンハルトの方に嫉妬の感情が出ている。
「だぁーかぁーらぁー!分かってないわねぇ!そこはもういいのよ!アンタ達がいつまで経っても同じやり取りしてるのが笑っちゃうって言ってんの!悪いと思ってるのならごめんなさい!良いですよ!で良いじゃないのよ!?2人とも難しく考え過ぎなのよ!」
「む…。」
「そう、なのでしょうか…?」
ここは謝罪の会場ではなく、お互いの思いをぶつける場所だ。それを想い違ってはいけない。謝罪したところで、話し合いが終わるわけでは無いのだ。
リナーシェはここぞとばかりにオリヴィエと沢山話をしたがっているし、なんならカインだって普段話が出来ない兄や姉達と話がしたいだろう。
この会議に参加しているのは、私を除き全員が主役だ。遠慮など、微塵もする必要が無いのだ。
「そうなのよ!お互いに申し訳ないと思ってるんなら、お互いスパッと謝ってこの話はそれでお終い!せっかくこうして皆で集まったんだから、ここからは楽しい話を沢山しましょ!」
「………その、辛い思いをさせて、済まなかったな、オリヴィエ。」
「わ、私の方こそ、ごめんなさい。ずっと、お兄様から婚約者の命を奪ってしまった事を、謝りたかったのです。」
「アレはそなたのせいではない。むしろ、あの件ではずっと感謝していたのだ。私は、そなたの様な素晴らしき妹を持って、誇りに思っている。」
「お兄様…!」
「オリヴィエ…!我が妹よ…!」
こういう時、リナーシェの快活さは本当に頼りになる。多少強引なところはあるが、2人のわだかまりを解き、仲直りさせて見せたのだ。
ただ、ここで一つ問題が発生してしまった。
仲直りしたのは良かったが、その事で感極まったレオンハルトがオリヴィエを抱きしめようとしたのだ。
とても微笑ましい光景になる筈なのだが、それを良しとしない人物が現れた。
レオンハルトの両肩に、巌の様な巨大な手と、一見武術とは無縁さを感じさせるほどの可憐な手が乗せられる。
「レェオォ~ン?私、楽しい話をしましょうとは言ったけど、オリヴィエを抱きしめて良いなんて一っ言も言った覚えは無いわよぉ…?」
「レオンよぉ…。流石にソイツは実の兄であっても認められんよなぁ…?オリヴィエはもう18なんだぜぇ…?年頃の娘を抱きしめるってのは、良くないよなぁ…?」
「姉上!?父上まで!?」
その人物は2人。傍にいたリナーシェといつの間にやらレオンハルトの背後に現れたレオナルドである。成人男性がオリヴィエと密着する事を認められないらしい。
「あ、あの!お2人とも!わ、私は大丈夫ですから!」
「駄目よ!レオンには婚約者がいないのよ!?勢い余ってオリヴィエにヘンな事をしないとは言い切れないわ!」
「流石に酷過ぎませんかっ!?」
「オリヴィエよ。そういう行為は信頼のおける人物、そう、例えばこの父にだブフゥッ!?」
「父様ぁ?今、なぁにを言おうとしたのかしらぁ?」
おそらく抱きつくなら自分に抱きつけ、的な事を言おうとしたレオナルドに対して、リナーシェが即座に裏拳打ちを彼の顔面に当てたのだ。
いよいよ家族会議が喜劇じみて来たな。
わだかまりが解け、お互いに遠慮なく思いを口に出す事が出来るようになった事で少々会話の内容が俗なものになってきている。
そこにリナーシェが直接的な行動を起こした事で、私から見ると喜劇のように見えてしまったのだ。
いや、喜劇はまだ続くな。リナーシェに遮られたレオナルドの言葉の先を読み取ったレーネリアとネフィアスナが自分の夫に音もたてずに近づいて、彼の両肩を掴んでいたのだ。
「私も気になるわねぇ…。あなたぁ?今、リヴィエになんて言おうとしていたのかしらぁ…?」
「レオナルド様…。いくら親子であっても、年頃の自分の娘にして行って良い行為とは思えません。少し此方で、3人で仲良くお話をしましょう…?」
「えっ?えっ?ちょっ!えっ!?」
一体どこにそれほどの筋力があるのか。二人とも華奢と言える体型である筈なのに容赦なくレオナルドの巨体を引きずって自分の子供達から遠ざけている。
「カイン、お兄様やお姉様達とお話ししたいですよねぇ?遠慮する必要は無いのですよ?貴方はもっと皆に対して甘えて良いのですから。」
「おはなし、してもいいのですか…?」
「勿論です!さぁ、いってらっしゃい…。皆、貴方の事が大好きですよ。」
ここまで殆ど会話に参加する事が無かった、と言うよりも参加できなかったカインに、ネフィアスナが優しく語り掛ける。
そうでもしなければ孤立してしまっていただろうからな。良い判断だと言える。皆が楽し気に話をしている中、自分だけ会話をしていなかったとしたら、さぞ寂しい思いをするだろうからな。
特にカインに対して何もフォローが無かった場合、私が少しだけ介入しようかとも思ったが、やはり余計な心配だったようだ。この家族、想いを伝え話内だけで、お互いをとても大切に想い合っているのだから。
カインもゆっくりと自分の兄弟たちの元へと歩んでいく。
それに気づいた3人がカインの元へと集まっていき、リナーシェがカインを抱き上げた。先程あの子を大好きだと言っていたように、頬擦りをして可愛がっている。
カインは、少し照れてしまっているな。リナーシェも器量の良い女性なのだし、あの子自身も綺麗だと言っていたからな。
さて、ここからは楽しい会話が続く事になるだろう。気配を希薄化させ、彼等の邪魔をする事なくゆっくりと見守らせてもらうとしよう。
静観すると決めた以上、私は家族会議が始まってから一切彼等に関わっていないし口も出していない。そして私の考えも表情から読み取れないように現在は無表情に勤めている。
時折私の方を見てレーネリアが楽し気にしているのだが、多分無表情を保てていない時があると思われる。
兄弟たちの会話を見ていると、とても微笑ましい時があるのだ。そんな光景を見て、自然と表情が崩れてしまっていたのだろう。
リナーシェの不安も、あれから解消されたようだ。オリヴィエの口から、直接尊敬できる人物だと言われ、感極まって彼女を抱きしめている。
オリヴィエはオリヴィエで家族会議が始まるまではリナーシェからどのように思われているか不安に思っていたわけだが、割と直ぐにリナーシェの思いは彼女の口から告げられていたからな。
そしてカインから見れば、自分の兄や姉達は3人とも尊敬に値する立派な人物だったようだ。形は違えど、3人とも若くして大勢の人々から頼られ称えられているのだ。カインからしたら憧れない筈が無かったのだ。
ただ、あの子は照れ屋な性格のようだ。直接話をするのが恥ずかしかったらしい。兄弟達が皆忙しそうにしていたのも話しかける事が出来なかった理由の一つだな。
3人とも、これを機にカインにもかまってあげられるようになるだろう。何せあの子の事情を知った3人はかなりショックを受けたようだからな。危うく先程のオリヴィエとレオンハルトの謝罪合戦が始まるところだった。
ちなみに、レオナルドは二人の妻に懇々と説教を受け、すっかり意気消沈している。最近どこかで見た光景だな?例えば魔術具研究所の所長室とかで。
やはり血縁によるものなのだろうか?そして、レオンハルトもいつかはああなってしまうのだろうか?まぁ、それは彼次第だろうな。
このまま平和で微笑ましい時間が過ぎ去るものだと思っていたのだが、最後の最後で私に話が向けられる事になってしまった。
それと言うのも、カインのレオンハルトに対する要求が原因である。
「にいさま、だっこしてほしいです…。」
「む?わ、私が、か・・・?」
「ほらほら、愛する家族を抱きしめられる機会よ?良かったわねぇ?」
リナーシェは未だにレオンハルトがオリヴィエを抱きしめようとしていた事を根に持っているらしい。たっぷりと皮肉を込めて自分の弟をなじっている。
彼に兄妹としての親愛以上の感情は無かったのだが、それでもリナーシェは納得がいかなかったようだ。
「お姉様、抱きしめるのと抱きかかえるのはまた別なのでは・・・?」
「一緒よ一緒!後でリヴィエも抱っこしてあげると良いわ!カインったらとってもあったかくて抱き心地が良いのよ!母様がしょっちゅうカインを抱っこしてるのも分かるわ!」
「は、はい…!カイン、後で私も貴方の事を抱きかかえて良いですか?」
オリヴィエもカインの事は可愛い弟だと言っていたし、抱きかかえてみたかったのだろう。やや躊躇いがちに抱きかかえて良いか訊ねている。
「う、うん…。ぼく、リ、リヴィエねえさまにも…だっこ、してほしい、れす…。」
「はぅう…!」
「くぅ~~~っ!かんっわいいーーーっ!」
こうしてカインの可愛らしさに悶えているところは母親とそっくりだな、2人とも。やはりオリーガが存命していた場合、彼女も同じようなリアクションをしていたのだろうか?
それはそれとして、レオンハルトとしては断る理由など無いのだから当然カインを抱き上げるわけだ。
「わぁ…!にいさま、おっきいです!ぼくも、にいさまみたくなりたい!なれますか?」
「う、うむ…!な、なれるとも…!うむ!」
「アッハハッ!レオン~、緊張してるの~?それとも照れてる~?」
「ふふっ、良かったですね、カイン。」
そこには戸惑いながら楽し気にしているカインを抱き上げるレオンハルトと、それをからかい気味に笑いかけているリナーシェと、抱きかかえられた弟を愛おしそうに見つめているオリヴィエの姿があった。
それ自体はいい。とても微笑ましい光景だ。だが、その光景を見た親の三人は反応せずにはいられなかっただろう。
「ん゛ん゛ぅっ!!?」
「ふぉあああ゛あ゛あ゛ーーーーーっ!!?嘘でしょう!?こんな、こんな事って、実際にありえるのっ!?」
「マジかよ…。なぁ、ノア、そなた、予知能力でもあるのか…?」
ネフィアスナは胸を押えて蹲り、レーネリアは奇声を上げて両手で顔を押さえて激しくのけぞり、レオナルドは思わず私に率直な疑問をぶつけてきたのだ。
そう。今しがた兄弟達が見せた光景は、数日前にレーネリアとネフィアスナの依頼で私が描いた、兄弟達の仲睦まじい絵画と瓜二つだったのだ。
「ノア様?どういう事ですか…?」
「ああ…うん、ちょっとね…。」
まいったな。自分の姿を描かれる事をとても恥ずかしがるオリヴィエにあの絵画の事を知られると、後で何を言われるか分からないぞ?
「リヴィエ!ノアちゃんに聞くよりも、実際にその目で見た方が早いわ!とっても、本当にとっても素敵なのよ!」
「ああ…!私の感覚は間違っていませんでした…!この光景を、こうしてみることが出来た事、五大神とノア様に深く感謝申し上げます…!」
ああ、駄目だ。レーネリアもネフィアスナも、4人にあの絵画を見せる気満々だ。
仕方が無い、頼まれた事とは言え、無断で描いてしまったのだ。彼女達の不興を買ったら、素直に謝ろう。
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