第243話 "蛇"を追う龍の眼

 牢の内外での様子を『真理の眼』によって一通り確認した。


 これはちょっと、シェザンヌや総監にはショッキングな内容だろうな。

 勿論、私が見たままの内容を2人にも見せるが、正直この映像を私以外の者から見せられても、その内容を信じる事はできないと思う。


 アークネイトを脱獄させた手段はやはり"蛇"の行う転移によるものだった。そして牢の扉にまるで損傷が無かった理由も分かった。


 「ノア様、どう、でしょうか…?」

 「ああ。かなり信じがたい光景を見せる事になるよ?心の準備は大丈夫?」

 「…やはり、途轍もない手段を用いられたのですね?…分かりました。例えどのような内容を見せられたとしても、私はその映像の一切を疑わないと誓いましょう!」

 「無論、私もです!ノア様、どうか、我等に此処で何が起きたのか、その真実をお教えください。」


 2人揃って、深々と頭を下げて懇願してくる。

 そこまで言うのなら、もったいぶる必要は無いな。『投影プロジェクション』で私が先程見た光景を2人の前に映し出そう。


 「こ、これはっ!?」

 「ば、馬鹿なっ!?こ、こんなもの…こんなもの、一体どうやって防げばいいと言うんだ!?」


 二人が見た光景。それは、"蛇"が扉を開ける事なくアークネイトが幽閉されていた牢の内部に侵入する場面だった。


 壁を、すり抜けていたのだ。まるで壁など元から存在していないかのように。

 当然『モスダンの魔法』で解析したわけだが、この現象も古代遺物アーティファクトで引き起こしたものだった。

 その効果は自身の次元、空間を僅かにずらして、物質の干渉を無くす、というものだった。


 これではどれほど強固な壁だろうとも意味をなさない。総監が嘆いてしまうのも無理はないだろうな。少し気の毒に思えてしまう。


 とは言え、こんな事が出来る者がそうそういるとは思えない。それに、"蛇"も含めて"魔獣の牙"は私が潰す。あまり気苦労は掛けさせないさ。


 だが、映像はここでは終わらない。"蛇"がアークネイトに触れると、忽然と2人の姿が牢から消えてしまったのだ。


 転移である。"蛇"が所有し、私のまえで使用した古代遺物を使用して、断崖塔からアクレインの国境近くまで転移したのである。


 「そ、そんな!消えただと!?あのローブの侵入者は姿を消せるのか!?」

 「ノア様!コレは一体どういう事なのですか!?」

 「別の場所に転移したんだよ。」

 「て、転移ですって!?」

 「こ、この塔の中で可能な事なのですか!?そ、それにさっきの壁をすり抜けた現象も…!」


 疑問に思うのは当然だ。2人は"蛇"がどのようにして先程見せた現象を発現させたのか理解できていないのだから。


 「あの人物はこのメダルとは別に、塔の吸収機能の影響を受けない装備をしているみたいだね。あのローブ、見るからに怪しくないかい?」

 「い、言われてみれば…。」

 「な、何と言う事だ…。大きさはともかくとして、このメダルと同じ効果を持った装備があるなんて…。」


 断崖塔の関係者からすれば由々しき事態だろうな。何せ自分達にとって特権とも言える道具を、自分達が知らない者達が所持しているのだ。

 物が物だから余計に深刻な事態として総監は捉えている。


 実を言うと、"蛇"が纏っているあのローブ、アレも古代遺物だったりする。

 あの連中、どれだけ古代遺物を持っているんだ?まさか自分達で作れるとでも言うのか?では、連中は古代文明の末裔だったりするのか?


 まぁいい。それよりも、2人にはまだ見てもらいたい映像があるのだ。


 「2人共。あのローブの人物。以前からアークネイトに干渉していたようだよ?」

 「何ですって!?」

 「そ、その映像は、見せていただけるのですか!?」

 「勿論。今から見せよう。」


 "蛇"がアークネイトを連れ去る前、彼女がアークネイトの前に数日間かけて姿を現し、少しずつ焚きつけていたのだ。


 私が見せている映像には音声も流れている。最初は意気消沈し、自らの生が終わるのを待つだけだったアークネイトが、次第に"蛇"の言葉によって思考を誘導され、脱獄をする頃には殆ど理性を失っているような状態となっていた。


 基本的に"蛇"が話しかけないと言葉を発していなかったため、看守達もアークネイトの変化に気付けなかったようだ。


 「声からして…あのローブの人物は女性でしょうか?彼女の目的は一体、何なのでしょう…?」

 「ノア様!?ファングダムは大丈夫なのですか!?あの者の目的はどう考えてもファングダムの滅亡です!このままアークネイトを放置しておいたら…!」

 「その点は大丈夫。こっちにも新聞に出てなかったかな?ファングダムで何が起きて、誰がどうなったのか。」


 "蛇"とアークネイトの会話を聞けば、彼等が何をしようとしているのか具体的に分からなくとも、ファングダムにとって非常に良く無い事なのは2人ならば容易に理解できるだろう。


 ここで馬鹿正直にヨームズオームの事を話すつもりは無い。

 そんな事を話さなくとも、ファングダムは国が滅びかねないほどの魔物の襲撃に遭ったのだからな。


 2人も既にファングダムで何があったのか知っていたようで、安堵と歓喜に満ちた表情をしている。


 「そういう事でしたか!すべて繋がりましたな!いやはや、ノア様に掛かれば世界中の犯罪者を全員捕らえることも出来てしまうでしょうなぁ!」

 「総監。先程もそうだったが、ノア様に不敬ではないか?確かにノア様は冒険者ではあるが、聞けばノア様は身分証のために冒険者になったと言う。我々の都合を押し付けるのは、ノア様にとって不都合では無いのか?」


 この場に向かう途中でも似たようなやり取りがあったが、シェザンヌはあまり私の力に頼るつもりは無いらしい。


 それは決して私に対して悪感情を持っているからではない。

 むしろ、彼女は私を非常に気遣ってくれているし、それだけではなく、自分達のためにも私に頼り過ぎるのを良しとしていないようなのだ。


 「む、むぅ…しかしだね、シェザンヌ君…。」

 「しかしも何も無いだろう。いざとなればノア様が何とかしてくれる、などと甘ったれた考えを持ってしまっては、我々は瞬く間に堕落してしまうぞ?」

 「う…うむ…。」


 なるほど。シェザンヌは騎士らしく高潔な精神を持ち合わせているようだ。流石は大騎士という地位まで上り詰めただけの事はある。


 総監もシェザンヌから圧を掛けられてたじろいでしまっているな。

 まぁ、冒険者としての活動の範囲でなら、協力する事もやぶさかでは無いさ。あまりにコキ使う様なら文句も言うだろうがな。


 冒険者の依頼も"星付きスター"になるまでは積極的にこなしていこうと思っていたのだ。

 ファングダムにいる間は殆ど依頼を受けなかった事もあるし、アクレインではそれなりに依頼をこなしていくとしよう。


 「ギルドに指名依頼でも出してくれれば引き受けるさ。まぁ、シェザンヌの言う通り、頼りにされ切ってしまうとこちらとしても観光が楽しめないから困るけどね。」

 「お、おおおおお!!?あ、ありがとうございます!」

 「ノア様。お気持ちは大変ありがたいのですが、彼を甘やかすのは如何なものかと思います。」


 何と、今のも甘やかしになってしまうのか!?流石にあれぐらいは大目に見てあげてもいい気がするのだが…。


 「いけません。人というものはそうした軽い気持ちの譲歩が積み重なって、気付けば取り返しのつかないところまで堕落してしまうのです!」

 「自制するのが難しいなら、初めから与えなければ良いって事?」

 「その通りです!」


 気持ちは分からないでも無いが、そうなってしまうと随分と窮屈な生活を送る事になりそうだな。

 まぁ、シェザンヌはああ言いはしたが、それに従わなければならないと言うわけでもない。決めるのは私だ。それに、もう約束してしまったからな。


 「シェザンヌには悪いけど、私は約束を違えるのは嫌いなんだ。引き受けると言った以上は責任は持とう。」

 「ノア様…。」

 「尤も、どの程度まで協力するかは私の気分次第だ。度が過ぎればどうなるかは、その時に知ってもらうとしよう。」

 「は、ははは…!肝に銘じておきます…。」


 これまで発刊された新聞によって、私がどれだけの力を持っているかは世界中ほぼすべての人間が把握しているだろう。

 そんな私の不興を買った場合、どのような目に遭うのか。私が魔力を解放しなくとも理解してくれたようだ。総監が冷や汗をかいていた。


 特に問題が起きることも無く目的も果たした事だし、断崖塔を出るとしよう。



 やはり『モスダンの魔法』と『真理の眼』は非常に相性の良い魔法だな。


 この2つの魔法のおかげで"蛇"がどこから転移してアークネイトの元に訪れ、何処へ転移したのかも分かってしまった。

 転移先が分かったのならば、今度はその転移先へ赴き再び2つの魔法で"蛇"の動向を探れば、いずれは"魔獣の牙"の拠点も突き止められるだろう。


 ここからの調査は『幻実影』の幻にまかせて、私はアクレイン観光を楽ませてもらうとしよう!

 まぁ、任せるとは言ったが、調べるのは私自身なのだが。



 断崖塔から出て魔力の橋を渡り、本土に到着したところで、シェザンヌから今後の予定を尋ねられた。

 この後は純粋にアクレイン観光を楽しむ事を伝えれば、何と彼女がガイドを買って出てくれたのだ。


 「とは言え、私も職務がありますから、ノア様がこの町に滞在なさっている間だけとなってしまいますが…。」

 「十分だよ。この町の案内を頼めるかな?」

 「はい!お任せください!」


 騎士と言う役職は、王族や高位貴族に仕える事に憧れでもあるのだろうか?

 この町の案内を頼んだら、非常に喜ばれてしまった。


 確かに小説でも騎士が王族に傍に仕えるという内容はよく目にしていたが、シェザンヌもそういった物語に憧れているのかもしれないな。


 シェザンヌは庸人ヒュムスで年齢も20代後半とまだまだ若い。小説の一説に憧れるのも無理はないのかもしれないな。


 とりあえず、手始めに先程返却した、断崖塔のメダルのレプリカを販売している場所を案内してもらった。

 レプリカの価格は1つ銅貨1枚。大きさを考えるとなかなかいい値段だが、本物と同じ素材を使用しているだけでなく、本物同様の輝きも放っていたので特に気にはならなかった。


 レイブランとヤタールが好みそうな光り具合だ。フレミーに渡したら、金貨や銀貨の時のように、このメダルと同じ金属の性質を持った糸を吐き出せるようになるのだろうか?

 面白そうだな。あの子達の分も購入しておこう。きっとこれも新聞に記載されるんだろうな。先程記者らしき人物を目にしたし。


 メダルのレプリカを購入した後は海を一望できる展望台を案内してもらった。

 やはり高所から見る海の景色と言うのは人間達から見ても一見の価値があるらしく、観光客と思われる者達が海の景色を楽しんでいた。


 男女一組の組み合わせが非常に多いのわけだが、彼等は恋人同士、所謂カップルというやつだろうか?


 そう言えば、景観の良い場所に恋人同士で訪れ、景色を楽しむという内容は、恋愛小説でも良くあるシチュエーションだったな。

 それが現実を参考に小説に反映されたのか、小説と同じ体験をしたいからなのかは分からないが、この場で海の景色を楽しんでいる者達は皆して楽しそうである。


 ただ一人、シェザンヌを除いては。

 彼女はカップル、に対して妬みにも近い羨望の感情を込めた視線を送っていた。シェザンヌには恋人がいないのだろうか?

 彼女は特別器量が悪いと言うわけでも無い筈だが、騎士と言う役職上、やはり恋人を作る時間も無い、という事だろうか?


 「…ええ、まぁ、騎士を目指した時から忠告を受けましたし、覚悟もしていましたが、まさかこれほどとは…。」

 「だけど、騎士を辞めるつもりは無さそうだね?」

 「勿論です!自分の選択に後悔はありません!ただ…これ見よがしにああいった光景を見せつけられてしまうと、流石に羨ましいと思う気持ちが湧いてしまいます…。」


 大変なのだな。騎士と言う役職は。

 そういえばティゼム王国の同じく大騎士であるミハイルも独身だったな。マコトが言うには彼はアイラに思いを寄せているため結婚しなかったと言っていたが、彼がアイラへの気持ちを若かりしときに振り切ってたとして、無事所帯を持つ事が出来たのだろうか?


 もしかしたら、難しかったのかもしれない。なんにせよ、シェザンヌに良き出会いがある事を望んでおこう。


 さて、一通り海の景色を楽しんだら、シェザンヌに今日宿泊するための宿を紹介してもらうとしよう。

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