第242話 断崖塔
断崖塔
その名の通り隔離された断崖の上に聳え立つ巨塔であり、多くの犯罪者達を幽閉している施設だ。
塔のように高く聳え立つ巨大な水上岩の頂上部を平らに加工した後、そこからトカゲが尻尾を再生するかのように巨大な塔を建設したのだ。
建設中は強固なつり橋を設けていたのだが、建設が終わるとそのつり橋も撤去され、本土とは完全に隔離される事となった。
投獄のために本土から断崖塔へと移動する場合、断崖塔に設置された魔術具と搬送側からの魔術具を用いて魔力の足場を形成して道を作るらしい。
つまり、断崖塔側からだけでは本土へと続く道を形成できないのだ。
その上で囚人は魔力の操作を阻害される魔術具を身に付けさせられ、更に塔の内部では常時魔力を吸収する効果が発現し続けている。
それは隔離されている断崖塔の設備の動力源となり、そして囚人の無力化、及び沈静化に役立てられている。
ひとたび投獄、幽閉されてしまえば脱出は不可能。そんな風に犯罪者達から恐れられているのが、この断崖塔である。
事実、断崖塔から脱獄できたものは、歴史上一人もいなかった。
つい最近までは。
断崖塔の上層には、元は身分故に容易に処刑できない人物を収容するための特別区域がある。
アークネイトもそこへ幽閉されていたのだ。
そのアークネイトが断崖塔から姿を消し、しばらくした後、ファングダムにて目撃された。
この事実は、断崖塔の脱獄者が今まで一人もいなかった塔の関係者達にとって非常に由々しき事態だった。
脱獄者0と言う彼等にとって自慢すべき経歴に、傷が付いてしまったのだ。必死になってアークネイトの消息を探すわけである。
残念ながら彼は既に欠片も残らず消滅してしまったのだが・・・。やはり彼を消滅させてしまったのは早計だったようだな。
死してなお狂ったように笑い続ける彼が忍びないと思ったからなのだが、少し厄介な事になってしまった。
私がアークネイトが幽閉されていた場所で『真理の眼』を用いて見た光景を彼等に見せる事は容易だ。だが、果たしてそれを信じてもらえるかどうか、だな。
一応、世界中の人間から私に対する信頼はかなりのもののようだが、金の採掘に執着していたファングダムの高位貴族達のように、私が見せた映像や言葉を信じられない者もいるかもしれない。
少し慎重に行動した方が良いかもしれないな。
何にせよ、まずは断崖塔へ入れさせてもらわなければ話は始まらない。現在地は国境都市と呼ばれる場所であり、まだ海も見えない場所だ。この都市には調査を終わらせた後でまた来るとして、今は移動を優先させよう。
と言うわけで、早々に国境都市を出て断崖塔が最も近い町へと移動する。さっさと調査を終わらせて観光を楽しみたいので走って向かおう。勿論、道中の人間達に迷惑をかけないようにだ。
アクレイン王国はそのほとんどが非常に平坦な土地となっており、高低がある場所はそれこそ断崖塔がある辺りのみである。おかげで移動が非常にスムーズだ。
まぁ、私の場合、高低差があろうがなかろうがまるで変わらないが。
そして移動中の景色は草原が多く見晴らしが良い。そんな環境だからか、騎獣に乗って移動している人間が多く見受けられる。
騎獣は殆どが馬のようだが、中には人間よりも巨大な走る事に特化した鳥や、数は非常に少ないがランドランと思われる騎獣まで確認できた。
鳥もランドランも、軽く目にしただけだったが実に可愛らしかったな!この国でまた会えるだろうか!?先程の馬のように、是非とも撫でてみたい!
ランドランの方は私のドラゴンの因子を感じ取ったのか、此方を意識していたな。驚いたようにこちらを凝視していた。
距離が離れていたから、あの子もすぐに視線を戻していたが、直接会ったらどうなってしまうのだろうか?
私の場合、ハイドラゴンと呼ばれている人間では到底勝てないようなドラゴン達ですら、一目見たら平伏してしまっていたからな。
出来る事なら怯えさせないようにしたいが、果たしてどうなるだろうか?
そんな事を考えながら移動を続けていると、待望の景色が私の眼に映って来た!
海である!
本に記された文章でしか確認できなかった景色が、今私の目の前に映し出されているのだ。
これほどの感動をどう言葉で表現すれば良いのか、難しいものがあるな…。
一言で言って、美しい。
まだまだ海に面した町まで距離はあるが、それでも海面と水平線がこの目で確認できるのだ。
コレは是非とも、高い場所から見てみたい!
が、ここで跳躍をしてしまったら流石に目立つだろうし、町には展望台のような施設も確認できた。
はやる気持ちを抑えて、街の展望台で海の景色を存分に堪能しようと思い、少しだけ、私は走る速度を速めた。
町に到着した際の周囲の反応はいつもの事なので放っておくとして、この町からでも位置によっては断崖塔が確認できるようである。
一種の観光名所にもなっているらしく、断崖塔を一目見るためにこの町に訪れる者もそれなりの数いるのだとか。
町に入る際に断崖塔について門番に訊ねたら教えてくれた。
そして断崖塔と連絡を取っている、連絡棟と言う名の施設があるとの事なので、その施設の場所も案内してもらった。
連絡棟の職員は快く私を歓迎してくれた。とは言え、それは私が断崖塔に入りたい事を知らないからだろうし、私の事情を知った後も同じような態度をしてくれるかは分からない。
相手の機嫌を伺うつもりは無いが、だからと言って横暴な振る舞いはしないように気を付けよう。
やはり、アークネイトが幽閉されていた断崖塔の最上部の調査は簡単にはさせてもらえないようだ。
「『姫君』様の願いですから、出来る事ならばすぐにでもご案内したいところなのですが…。」
「色々とルールがあるのだろう?それに脱走者が出たばかりだ。管理が以前よりも厳しくなるのは当然だよ。なるべくなら急ぎたいけれど、ルールを無視するつもりは無いさ。」
強引に『幻実影』を用いて侵入してしまうのも手かもしれないが、真相を関係者に知ってもらおうとする場合、内密に調査をしてしまったのでは不信感を与えてしまうからな。
それに、断崖塔の魔力を吸収する機能を考えると、幻を塔の内部に出現させたとしても魔力を吸収されて幻が消えてしまう可能性が高い。
では転移魔術で内部に入れば、とも考えたが、吸収した魔力を塔の設備の動力にしていると言うのならば、私の魔力を吸収した際にどのような影響を塔の設備に与えてしまうか分かったものではない。
最悪、塔の設備を破壊してしまう可能性だってあるのだ。
そういうわけで、余計な事はせず、正規の手続きを経て断崖塔へ立ち入るつもりである。
「お手数をおかけして大変申し訳ございません。今、入塔のための確認と許可の申請を行っておりますので、どうか今しばらくこの場でお待ちください。」
「そうさせてもらうよ。」
それでは、私は未読の本でも読ませてもらって状況が変化するのを待たせてもらうとしよう。
読書を始めてから1時間ほどが経過したところ、騎士の装備を身に纏った女性が私の元まで迷わず歩み寄ってきた。
彼女は私の傍まで来ると片膝をつき、恭しい態度で入塔の許可が下りた事を知らせてくれた。
「『姫君』様。大変お待たせいたしました。入塔の許可が下りましたので、この私、大騎士・シェザンヌが断崖塔をご案内させていただきます。」
「うん。ありがとう、お願いするね。よろしく、シェザンヌ。」
まさか大騎士を宛がってくるとは。私の来訪はこの国にとって、かなりの大事として捉えているようだな。
「いえ、勿論それもあるのですが、我々もアークネイトが幽閉されていた場所は一通り調査をした後ですので、何か見落としていた点や新たに分かった事があればすぐにその情報を精査したいのです。」
なるほど。まぁ、シェザンヌとしては、新たな情報など見つからないと思っているだろうな。彼女達もプロだし、そもそも断崖塔はこれまで1人も脱獄者を出してこなかったのだ。
脱獄した者が現れたとなれば、現場をくまなく隅々まで調査する事は当然だ。
私も現場に未だに証拠や手がかりが残っているとは思っていないとも。
「ところで、貴女達が調査をした時の現場は、どんな状態だったの?」
「はっ、不可思議な事に、アークネイトがその場にいないこと以外は、異常が何もありませんでした。」
「何もない?」
「はい。鍵を開けた痕跡も、まして破壊した痕跡もありませんでした。それどころか扉を開けた様子すらも…。」
つまり、牢の扉には何もしていない、と?ならば、アークネイトは転移によって移動した可能性があるか?"蛇"ならば出来ない事ではない。
「牢に窓はあるの?」
「換気のために天井付近に1つ。ただし非常に小さく、
窓からの侵入、脱出も不可能、と。となれば、やはり廃坑の時のように転移で移動したと考えるのが妥当か。
"蛇"とアークネイトの脱獄の方法を思案していると、シェザンヌから声を掛けられた。声色はやや申し訳なさそうだ。
「『姫君』様。無礼を承知で申し上げますが、現場には既に何も残っていないかと…。」
「うん。分かっているよ。貴女達が隈なく捜査した後だろうからね。」
「それでは、何故…?」
シェザンヌとしては、私が現場を調べたいと言う態度は、自分達の捜査に不備があると言われているようなものだろうからな。
申し訳なく思うと同時に、彼女からはほんの僅かではあるが、憤りを感じられた。
シェザンヌ達の捜査を疑っていない事を告げれば、今度は困惑してしまった。何も手がかりも証拠も無いと予測される場所で、一体何を調べるのか?
彼女には理解できない、と言った表情で私に訊ねた。
「この事はあまり広めて欲しくないのだけど、私は最近、過去に起きた事象を観測する事が出来るようになってね。」
「な、何とっ!?ほ、本当ですか!?」
『真理の眼』を使用する事で過去の出来事を見れる事が分かると、シェザンヌは目に見えて驚愕し、その瞳はとても輝いていた。
「うん。私は現場の捜査をしたいと言うよりも、あの場所でアークネイトが脱獄した時に、何が起きたのかを確認したいんだ。おそらく、私ならそれが分かるだろうからね。」
「ノ、ノア様!そ、その映像、わ、我々も見る事は出来るでしょうか!?」
「私が見た後でならね。」
「是非!是非我々にもその映像を見せていただけないでしょうか!?勿論、報酬はお支払いします!」
物凄い食いつきだな。私達は今普通に町中を歩いている最中での会話なので、そんな風にいきなり跪いて頭を下げられると、注目が凄い事になるよ?と言うか既になっているよ?
「だけど、大丈夫?その映像を貴女達は真実として受け入れられる?私が映像に加工をして貴女達に見せる、と言う可能性は考えないの?」
「何を仰いますか!天空神様から極めて強い寵愛を授けられた御方が、そのような事をする筈がございません!仮にそうであったとしても、それはきっと、我々の事を思っての行動なのでしょう!少なくとも、私はノア様を信用します!」
シェザンヌにとっては、調査が劇的に進む可能性があるため、非常に喜ばしい事なのだろう。
いつの間にか私の呼び方が『姫君』様からノア様に変わっているし。
「それなら、現場には他の騎士や捜査員も連れて行く?」
「いえ、断崖塔にはノア様も知っての通り、魔力を吸収する機能が搭載されています。その影響を受けない装備があるのですが、数に限りがございますので…。」
なるほど。そういった装備が大量に会ったら横流しをされて囚人の手に渡りかねないしな。数を少なくして厳重に管理した方が良いのだろう。
「現場にはノア様と私、それと断崖塔の総監で向かいます。」
「魔力の吸収を無効化する装備は?」
「こちら側に断崖塔の職員が来ていますので、彼から受け取る事になります。」
手はずは整っている、という事か。シェザンヌが私の元に来るまで1時間近くかかったのは、そういった段取りを済ませていたからでもあるんだろうな。
そう考えれば、なかなかに迅速な対応であり、見事な手腕と言えるのではないだろうか。
断崖塔へと続く道を形成させる場所まで到着すると、
手にはメダルを括りつけた首飾りが二つ。アレが吸収効果を無効化する装備なのだろう。
彼も同じ物を首から下げているし、間違いなさそうだ。
「ご来訪、お待ちしておりました。此方の首飾りをどうぞ。」
「うむ。ノア様。コチラが吸収の影響を受けなくする首飾りです。」
「ありがとう。」
首飾りを受け取り、メダルを眺める。
メダルには塔の彫刻が彫られている。断崖塔をモチーフにしているようだ。
素材は金属を使用しているらしく、鈍い光沢を放っている。悪くない輝きだ。手入れは行き届いているようだな。
まじまじとメダルを見ていたからか、妖精人の青年からメダルを欲しがられていると思われたのか、お土産の話を出されてしまった。
「一応、そのメダルのレプリカでしたら、お土産として販売していますよ?」
「そうだね。後で記念品として買わせてもらうよ。」
「ありがとうございます。それでは、断崖塔までの道を用意します。」
崖の先にある台座まで地被くと、彼は手を挙げて『
その後、剣の柄のようなものを取り出すと、それを台座に突き刺した。
するとどうだろうか。断崖塔とこちら側の両側から透明な魔力の足場が現れ始め、最終的に二つの魔力の足場は結合したのだ。
これで本土と断崖塔までの道が出来たという事だな。それでは、断崖塔へと足を踏み入れるとしよう。
断崖塔には、私の城にあるような昇降機は無いようで、最上階まで階段で進む事となった。
まぁ、ここに勤める者達からすれば、階段での移動など造作も無いのだろう。
私もシェザンヌも勿論、断崖塔の総監も特に疲れる事なく最上階に到達できた。
「移動中に聞かせていただきましたが、過去の出来事を観測する…。可能でしたら、今回の件だけでなく難解な事件があった際には、是非ともご協力願いたいところですな。」
「気持ちは分かるが総監。ノア様は捜査員では無いのだ。此方の我儘に付き合わせるのはあまりにも不敬に思えるが?」
「問題は私の見た光景を映像として皆に見せて、それを見た者が内容を信じられるかどうかだね。認めたくない者は認めようとしないだろうし。」
「「ははは!またまたぁ…!いるわけないじゃないですか、そんな不届き者なんて。」」
いや、2人共私の事を好意的に捉えてくれているうえに、立場上信頼のおける人物だと思ってくれているからそう言ってくれているんだろうけど、実際にはいたんだよなぁ…。
というか、2人共息ピッタリだな。
「仮に私と同じ事が出来る者がいたとして、その人物が同じ映像を見せた時、貴方達は信用できるのかな?」
「それを言われると弱いですなぁ。我々はノア様の言葉だからこそ信じるのでありますから。」
「そうですね。不愉快に思われるかもしれませんが、ノア様以外の者が同じ事をしたとしても、ノア様ほど信頼はしないでしょうね。」
つまり、一般的な証拠としての信憑性は無いという事だ。まぁ、過去を正確に観る事が出来るのは今のところ私だけだろうし、そんな事を考える必要は無いのかもしれないが。
「ノア様。此方が、アークネイトを幽閉していた独房となります。」
「…なるほどね…。確かに、特に何かを破壊したような痕跡は、どこにも無さそうだね。」
「はい。我々には如何様にしてアークネイトが消えたのかまるで想像がつかず、正直お手上げの状態でした。」
「それではノア様。お願いできますか?」
「うん。早速調べさせてもらうよ。」
シェザンヌと総監の懇願するような視線を受けながら『真理の眼』を発動させる。
さて、"蛇"はどのようにしてアークネイトを連れ出したのか、教えてもらおうか。
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