第178話 提示された報酬と新たな理由
果たしてオリヴィエはどう答えるだろうか?
正直なところ、対価を求めはしたが私がオリヴィエに求める物って殆どなかったりするんだよなぁ・・・。
だからと言って無償で彼女を助けるつもりも無いのだが。
確かにオリヴィエには好きなだけ甘えて良いとは言ったが、それはあくまで個人的な人付き合い程度の話だ。
甘えても良いからと言って何でもしてあげる、というわけにはいかない。彼女もその事は分かっている筈だ。
「・・・・・・私は・・・・・・。」
「うん。」
しばらく沈黙を続けたオリヴィエは何かを決心したようだ。決意を固めた瞳を私に向けて、ハッキリと語った。
「約束します。ノア様がこの国で健やかに過ごせるよう、私が出来る事を全霊をかけて行います。このファングダムを、ノア様が何度でも訪れたいと思っていただけるような国にして見せます。」
素晴らしい。
私にとって、最上の報酬だよ。私はオリヴィエの事を見くびっていたようだ。
失礼な話だが、オリヴィエが私に支払えるもので私が満足できるものは無いと考えていた。
だから、彼女が大切にしている物でも預かろうかと思っていたのだが、予想を遥かに上回る報酬を用意してくれたものだ。
「貴女がその報酬を用意しようとした場合、決してあなた一人で出来るような事では無いよ?」
「はい。多くの人々の、何より家族の助けが必要不可欠となります。」
「家族と向き合う決心がついたんだね?」
「ノア様が、決心させてくれました。私はもう、家族から、誰かに嫌われる事から逃げません。」
いい答えだ。まさか、さっきの今でオリヴィエからそんなセリフを聞く事が出来るとは思わなかった。
想像以上に嬉しい答えを聞かせてくれたおかげで、こちらとしてもやる気が湧いて来るというものだ。
「その決意、確かなものとして受け取ろう。報酬も申し分ないよ。改めて貴女の、ひいてはファングダムのために、この力を振るうとしよう。」
「ノア様・・・!ありがとうございますっ!私も、必ず家族と打ち解け、この国をノア様が愛せる国にして見せます!」
今のオリヴィエに先程までの泣きはらしていた面影は無い。誇りと気高さを併せ持つ、一国の姫に相応しい姿だ。
「そうと決まれば、ファングダムを知り尽くすためにも、もう少しこの街に留まる必要があるね。後でジャックに言って、宿泊期間を延ばしてもらおう。」
「はい。それとノア様。この街にも図書館はあります。今の時間は・・・17時25分ですか・・・。」
そう言ってオリヴィエは懐から丸い形状をした銀色の板を眺めて時間を語る。
あれは、懐中時計というやつか。非常に精巧な作りをしているから、かなりの高級品だと記憶しているが、そんなものを普段使いできている辺り、流石は一国の姫、と言ったところか。
「なら、図書館へ行くのは夕食後にしようか。それにしてもリビアは凄い物を持っているね。それ、あまり人に見せて良いものじゃないんじゃないかな?」
「えっ?そうなのですか?あまり人前で使っていても驚かれなかったので、問題無いと思うのですが・・・。」
「・・・懐中時計ってかなり高価な道具の筈だよ?そりゃあ、リビアが何者なのかは皆分かっていたからね。一国の姫ならば持っていてもおかしくないと思うだろう。だけど、今の貴女は"オリヴィエ"では無いだろう?」
「あっ!?」
「一般人がそんなに高価な物を、それも一国の姫と同じ物を持っていたら、訝しがられてもおかしくは無いよ?」
決意を固めたとは言え、やっぱり自分の事に関しては抜けているなぁ。少し微笑ましくなってしまう。
「え、えっと、人前では使わないように心掛けます・・・。」
「それでも良いけど、普段使いしているのだろう?それなら、無意識の内に人前で使ってしまいそうだね。」
「あうぅ・・・ど、どうしましょう・・・。」
なに、そこまで深刻に捉える必要は無いさ。要は人前で使用しても問題無いと思われればいいのだから。
「その時計、外観を変えても良いかな?外側から木製のカバーでも嵌め込もうと思うんだ。」
「えっと・・・?」
「私から一時的に渡された物だと触れて回れば、説得力が付くんじゃないかな?ついでだから、後で私も同じ物を用意しておこう。」
私も時計が欲しかったしちょうどいい。
そう言えば、レイブランとヤタールに朝起こしてもらうようになってしまったため、音が鳴る時計の事がすっかり頭から抜けてしまっていたな。
「よ、よろしいのですか!?ノア様からいただいたものだと知られたら、余計に・・・」
「勿論。必要な事だからよろしいよ。それと、取り付けるカバーには座標記録の魔術を施しておこう。」
「座標記録?」
言いながら『収納』から尻尾カバーに使用した木材の余りを取り出し、右手人差し指から『
ただのカバーだと味気ないし、絵でも彫り込むとしようか。そうだな・・・ここは一つ、ヴィルガレッドを模したドラゴンの絵でも彫り込んでおこう。
オリヴィエには座標記録と言う言葉に聞き覚えが無いようで、その単語を繰り返して私に説明を求めた。
「分かり易く言うと、その魔術を掛けた対象がどこにあるのかが分かるようになる魔術だね。間接的に所有者の居場所を知る事も出来る。つまり、例えリビアと離れた場所にいても私は貴女の居場所がわかるから、何かあっても直ぐに駆けつけられる、という事さ。」
「それはまた、護衛職の方々が是非とも欲しい魔術を・・・。って、ノア様!?カバーにそこまで細かい絵を彫り込むんですか!?」
木材を取り出して加工を始めたところでそちらに興味が移ったのか、オリヴィエは私の手元を眺めていたのだが、それが瞬く間にヴィルガレッドの姿になっていくと、驚愕の声を上げて私に問い詰めてきた。
「こうしておけば真似されるような事もそうそう無いだろう?後、こういう工作はやってみるとなかなか楽しくてね。・・・良し、出来た。リビア、カバーをはめ込むから、時計を貸してもらえる?」
「ど、どうぞ・・・。」
少し委縮しながら懐中時計を手渡してくれる。うん。大きさはピッタリだな。上手く嵌った。まぁ、多少のずれがあったとしても、魔法でカバーを変形させて嵌め込んだが。
「はい、どうぞ。木製と言っても"楽園"由来の素材だから、下手な金属よりも頑丈だと思うよ。私のこの尻尾カバーも同じ木材だしね。」
「あの素材でこれだけの彫刻を!?あ、あの、ノア様?それだけでこのカバー、私の時計よりも高価な物になってしまっている気がするのですが・・・。」
「なに、気にする事は無いさ。そのぐらい、ティゼミアなら多少の奮発すれば手に入る素材だからね。」
「い、いえ、そっちよりも装飾の内容だったりノア様が直接加工したという事の方が価値が高くなる理由になるのですが・・・。」
あー、今の私は姫扱いだからなぁ・・・。それでオリヴィエすら感心するだけの彫刻が彫り込まれているというのは、価値が高くなるものなのか?
「まぁ、建て前はあくまで私が貸し出しているという体だから。本来の持ち主は私という事になる。そしてリビアが私に信頼されている証にもなるわけだ。」
「建て前って言うのは・・・」
「時計自体はリビアのものだろう?一通り問題が片付いたら、そのまま貴女の物にして良いよ。」
「・・・ティゼム王国の頃からですが、ノア様は気前が良すぎます・・・。」
「そうかもしれないね。だけど、誰に対してもここまでするつもりは無いよ。私はこう見えて結構贔屓をするタイプなんだ。気に入った相手には良くするけど、気に入らない相手には無関心でいるか容赦しないかのどちらかだよ。」
「・・・ノア様の不興を買わないように努めますね・・・。」
軽い冗談のつもりで言ったのだが、今のところ嘘ではないからなぁ・・・。少し怖がらせてしまったか?
オリヴィエと話し込んでいたら夕食の時間が近づいてきた。下に降りて夕食としよう。後、ジャックに宿泊期間を延ばしてもらわないとな。出来るだろうか?
一階に下りれば、非常に上機嫌のジャックが私達を出迎えてくれた。
「おおっ!これはノア様!ちょうど夕食の準備が整ったところで御座います!ささ、お席にご案内いたしましょう!」
「ありがとう。けど、その前に少し予定を変更したいのだけど良いかな?」
「ご予定を?」
「少しこの街を見て回りたくなってね。2日間、宿泊期間を延ばしたいんだ。可能かな?」
「な、なんと!?ありがとうございますっ!モチロン!勿論でございますっ!!当宿を気に入っていただいたようで何よりで御座いますっ!それでは、手続きを致しますので、此方へどうぞ・・・!」
良かった。問題無く宿泊期間を延ばす事が出来るみたいだ。追加で銀貨10枚を支払い、今度こそ食事の席へと案内してもらう。
昼食が見事だったからな。夕食にも当然期待が持てるというものだ。
夕食は昼食とは違い、複数のメニューから料理を選ぶこれまでの宿と変わらない形式だった。美味そうだと思った料理を5品ほど頼むとしよう。
「そう言えばリビアが以前この宿を利用したのは、一泊だけなのかな?」
「はい。観光や視察と言うわけではありませんでしたし、ティゼム王国へ急いでいましたから。」
「となると、夕食も口にしたのは一品だけなのか・・・。」
「ええ、ですが見ての通り、他の利用客の方々が様々な料理をご注文しますから、匂いだけは良く知っています。だから、今度は別の料理を口にしたいと、再び訪れたいと思っていました。」
確かに。昼食の時は時間も関係しているのか、それほど利用客がいたわけでは無かったが、今はちょうど夕食時なのだ。
私達が席に着いてからというもの、次々と宿の入り口や客室へ続く階段から夕食を求めて多くの客が食堂へと足を運んできている。
誰が料理を作っているのか知らないが、やるものだなぁ。オリヴィエがもう一度訪れたいと思えるような食事を提供できるのは、誇って良いと思うぞ?
おっ、早速私が頼んだ一品目が運ばれてきたな。肉と香辛料の匂いが私の鼻孔を刺激して食欲をそそる。
運ばれてくる料理を見れば、私がこれまで見た事が無いほど分厚い肉の塊が熱した鉄板の上に乗せられているではないか!
「お待たせ致しました。サウズ・ビーフの厚切りステーキに御座います。実を申しますと此方の料理、お忍びでご宿泊いただかれたオリヴィエ殿下が大変お気に召していただいた料理に御座います。きっと、ノア様のお口にも合い、お気に召していただけるかと。」
「それは期待できるね。ところで、サウズ・ビーフと言うのは?」
態々ビーフの前に何らかの名称を付けるのだから、特別な意味がある筈だ。おそらくは、他の牛肉よりも美味いとは思うのだが・・・。
「サウズ・ビーフとは、このサウゾースの近辺にあるサウレッジで飼育されている牛を用いた牛肉です。特別な育成方法をしており、その味は牛肉の質を競うコンテストで何度も優勝した経験もある、実に栄えある牛肉なのです。」
「牛肉のコンテストがあるんだ・・・。そしてそのコンテストに優勝・・・。」
ますます持って期待が持てるじゃないか!と言うか、先程から目の前の皿から発せられる暴力的な香りが私の鼻孔を刺激し続け、涎が止まらなくなってしまっているんだ!は、早く口にしたい・・・!
「はい。ノア様は大変な美食家でもあらせられると聞き及んでおります。御都合がよろしければ、審査員として選ばれるやもしれませんね。」
審査員!?それはつまり、この牛肉と競えるほどの味の牛肉を他にも味わえるという事じゃないか!?
やりたい!是非ともその審査員引き受けたい!
・・・いかんいかん、美味そうな料理を目の前に、魅力的な情報を耳にして、若干理性が吹き飛びかけた。ここは冷静に、余裕を持って詳細を聞かなければ。
「それは是非とも受けてみたい役目だね。ちなみに、そのコンテストの周期はどうなっているのかな?」
「牛肉の質を競うワールド・ビーフ・コンテストは、3年に一度、このファングダムの王都で開催されております。お気の毒ですが、今期のコンテストは4ヶ月前に開催したばかりでして・・・。」
・・・ショックだ・・・。実にショックだ・・・。4ヶ月前となると、私が家の皆と出会い始めた頃じゃないか。それでは知る由もないな。
と言うか、ティゼム王国の新聞には牛肉のコンテストの情報何て何も乗ってなかったぞ!?自分の国の事じゃないからって、杜撰じゃないだろうか!?
・・・またしても理性を失いかけてしまった。気を付けないと。
「まぁ、仕方が無いさ。その情報が知れただけでも大収穫だよ。教えてくれてありがとう。」
「いえいえ!もったいないお言葉です!では、ごゆっくり。」
ウェイターが踵を返した事でようやく目の前の肉塊をいただける。存分に味わわせてもらうとしようか!
一言で言ってサウズ・ビーフのステーキは最高だったな!食事の最後にもう一度注文してしまうぐらいには気に入った!
思わず向かいの席にいたオリヴィエの事が意識から抜けてしまうほどには、大変素晴らしい味だった!
肉の味は勿論の事、それだけでなく、肉の脂の味すらもあそこまで味わい深いだなんて・・・。これも特別な育成方法とやらがなせる業なのだろう。
そして肉の食感。これがまた凄いんだ!以前にもティゼム王国でも牛肉のステーキを食べた事があるが、全然食感が違った!
確かな歯ごたえがあるというのに、とても柔らかいんだ!しかも噛めば噛むほど旨味が溢れ出て来て、いつまでも噛んでいたくなってしまう!
それでも肉が柔らかいから最終的には噛めなくなって飲み込んでしまうんだが、だからこそ次の一口を食べてしまう!
仕上げはステーキを食べ終えた後だ。このステーキの肉汁を使用して米を炒めると、米に肉の旨味がしみ込んでいくら食べても飽きない味となって私を魅了した!
他に注文した料理も勿論美味かったが、やはりこの宿の食事の中では、サウズ・ビーフのステーキが私にとって最高の味だったな!
「ふふふ、ノア様もとても気に入ったみたいですね。」
「リビアは良かったのかい?とても食べたそうにしていたけど・・・。」
「その、あのお肉、とても美味しいのですけど・・・美味しすぎて食べ過ぎちゃって・・・。ただでさえ最近・・・あっ!いえっ!何でもありません・・・!」
あー、そうか。私は食べようと思えばいくらでも食べ物を口に入れる事が出来るが、他の者はそうはいかないものなぁ・・・。
食べたいものを好きなだけ食べられないというのは、少しだけ気の毒だ。まぁ、その分私は満腹感というものを味わえないのだが。
ただ、オリヴィエが食べようとしなかったのには、他にも理由があるらしい。何かを気にしている節があったのだが、何なのだろうか?
慌てて話を切り上げようとした辺り、他人には知られたくない事のようだな。
だとしたら、無理に聞くのは失礼だ。オリヴィエが深刻に悩んでいたら、改めて聞いてみる事にしよう。
さて、食事も済んだ事だし、そろそろオリヴィエに案内してもらい、図書館へ行くとしようか!
この国の事を徹底的に調べ尽くすんだ!じゃないと魔物がこの国を滅ぼしてコンテストが開かれなくなってしまう!
私がこの国を救う理由がもう一つできてしまったな!
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