第35話 ゴドファンスと話そう

 移動を開始して日が昇り切ったころ、目的地に到達する。

 岩塩の山の場所は広場からかなり遠くに離れていた場所にあった。いやまさか、森に入ってから全速で走り出すとは。


 猪だけあって、流石にウルミラほどではないにしろ、ゴドファンスの足は速い。

 その上、多少の障害物ならものともせずに突き進んでしまう突進力がある。つまり、ここにたどり着くまでほぼ一直線だ。

 それにもかかわらず、目的地までに日が昇り切るまで時間が掛かったのだ。結構な距離だろう。


 岩塩の山、とゴドファンスは言っていたが、崖と一つになっている岩塩の採取場は正しく山であった。この辺り一帯の崖の成分は全て塩なんじゃないだろうか。

 これならば、この辺りの一塊でも持ち帰れば当分は私達が塩に困るという事はまずないだろう。

 岩塩の採取に誇りを持っているゴドファンスには悪いが、出来る事なら彼には他の皆と同様、私のためよりも自分の事を優先してもらいたい。

 岩塩を一塊くり抜いて持ち帰ってしまおう。


 「ゴドファンス。この辺り一帯の岩塩をくり抜いてまとめて家まで持って行こうと思うよ。」

 〈おひいさまがお望みであるならば、どうぞ、いかようにでもなさって下され。儂に気遣う必要など御座いませぬとも。〉

 「なら、そうさせてもらうよ。あぁ、それと、君には聞きたい事があるんだ。」

 〈儂が答えられる内容であれば。〉


 ゴドファンスに聞きたい事があったんだ。彼と初めて出会った時、彼は同族と思われる"蘇った不浄の死者アンデッド"である"死猪しのしし"と対峙していた。

 アレを排除した際、彼は黙って"死猪"の死骸を引きずってどこかへ去ってしまっていた。彼と"死猪"の関係を以前から知りたいと思っていたのだ。


 「私が君と出会った日に君が相手していた"蘇った不浄の死者"だけど、アレとはどういう関係なのか教えてもらって良いかい?」

 〈・・・アレは、儂の父だったもので御座います・・・。〉

 「確か、自分の種の恥部だと言っていたね?それはやはり、"蘇った不浄の死者"となったからかい?」


 "蘇った不浄の死者"の発生には条件がある。複数あるが、そのいずれかが満たされれば死者は"蘇った不浄の死者"となる。

 私の知識に当てはまるものとしては、生への執着か、生前への未練といった所か。


 〈おひいさま。アレは生前から、褒められたような者では御座いませんでした。〉

 「嫌われ者、というやつかな?」

 〈はい。アレは、あまりにも我欲が強かった。欲望のままに力を振りかざし、弱者をいたぶり、絶望させてから喰らう。強者にあるまじき振る舞いで御座いました。〉

 「あまり気分のいい話ではないね。この森では、強者が幅を利かせる。その振る舞いが出来るだけの強さがあったという事か。」


 ゴドファンスの父親は、確かに強者だったのだそうだ。だが、その力の振る舞い方は、私から見ても気持ちのいいものでは無いな。


 〈アレには力を思うままに力を振るう事、そして痛めつけた相手を喰らう事、それしか頭にありませんでした。おひいさまの様に森の脅威に立ち向かう事など、まずなかったでしょうな。〉

 「自分の力に責任を持つ事は無い、と?」

 〈ありませんな。アレは自分の肉親のためにも、番のためにも、力を振るう事はありませんでした。それに、もしも当時ホーディがいたならばアレを実力で排除する事も出来たでしょうが、アレは自分よりも強い者に対しては、絶対に戦いを挑みませんでした。〉


 いろいろと我儘をさせてもらっている私が言うのも何だが、確かにゴドファンスの父親は、褒められた性格ではなかったようだ。ゴドファンスの名誉のためにも、"死猪"を指す際、ゴドファンスの父親、として扱うのはやめておこう。


 「アレは、どういった経緯で"蘇った不浄の死者"になったのか、教えてもらってもいいかな?」

 〈我欲のために暴れ回り続けたツケが回ってきたのです。〉

 「君が話していたような振る舞いを続ければ、恨みを買うのは当然か。」

 〈はい。力が全ての我ら森の住民とは言え、我らにも情はあります。身内をいたぶられ、尊厳を踏みにじられれば、恨みも募るというもの。アレは、自分の蒔いた種によって滅ぼされました。〉


 私に仕えてくれるみんなを見れば分かるが、森の住民達にも知性はある。力にものを言わせて好き勝手に振る舞えば、より大きな力に潰される。

 それは、一個体によるものとは限らない。むしろ、知性があるのならば、違う種族間で共通の敵がいるのならば協力をする方が自然だろう。


 「奴に恨みを持つ者達が徒党を組んだか。」

 〈その通りで御座います。異なる種族の者達がアレを森の脅威と判断し、罠を作り、誘い込み、動きを封じて嬲り殺しにされました。もう、随分昔、儂がまだ若かった頃の話で御座います。〉


 少しだけ懐かしむように語るゴドファンスの表情は、安堵と無念、そして自責の念が複雑に絡まっているように見える。もしかしたら、"死猪"を討伐するのに関与ないしは手引きをしたのかもしれない。

 "死猪"の事を"アレ"と呼ぶゴドファンスの声色は侮蔑の感情が見て取れるし、あり得るだろうな。

 それにしても、それだけの強者を排除できるだけの力を持っているとは、ホーディが森で最も強いと言われるのも頷ける。


 ん?ゴドファンスが若い頃に討伐された者が、今になって"蘇った不浄の死者"になったのか?

 だとすると、アレが"蘇った不浄の死者"となった原因は、先程私が予想した生への執着という事ではなさそうだな。


 「確認するけど、アレが"蘇った不浄の死者"になったのはつい最近かい?」

 〈はい。例の雨雲から降り注いだ雨の影響で"蘇った不浄の死者"になったかと。〉


 あの雨にはエネルギーが含まれていたからな。"死猪"の死骸に残ったエネルギーに雨水のエネルギーが作用して、"蘇った不浄の死者"となっても不思議はないか。となると、理性も知性も無いと考えてよさそうだな。


 「大体の経緯は分かったよ。話してくれてありがとう。」

 〈感謝を申し上げるのはこちらの方で御座います。おひいさまは死してなお、森に還元される事を拒み、卑しくも"蘇った不浄の死者"として再び森の脅威として顕現した者を、力の根源ごと瞬く間に排除して下さったのですから。〉

 「あの時、アレを倒した時に君が私に対して敬意を持っていたのはそういう理由だったのか。」

 〈身内の恥であります故、自身の力で排除しようと試みたのですが、力及ばず、無念のままアレに斃されると覚悟した時に、おひいさまに助けて頂きました。敬意を払わぬはずが御座いませぬ。〉


 むず痒い話ではあるが、彼の言い分は理解できる。ゴドファンスの事情が知れて良かった。



 さて、聴きたい事も済んで岩塩もくり抜いた事だし、そろそろ家に帰るとしょう。


 「それじゃ、家に帰るとしようか、ゴドファンス。持ち上げても良いかな?」

 〈先程も申し上げましたが、儂を気遣う必要は御座いませぬ。おひいさま。どうか、お好きなようになさって下さいませ。〉

 「ありがとう。ただ、了承を得ないまま行動するのは気が進まなくてね。今後も確認はとらせてもらうよ。」

 〈仰せのままに。〉


 岩塩をくり抜く際も、ゴドファンスに確認を取って好きなようにすれば良いと言われたな。

 だが、私の精神衛生上、親しい者に確認を取らないまま行動をするのは気が引ける。彼には煩わしく感じるかもしれないが、これも私の我儘として、受け止めてもらいたい。



 ゴドファンスと岩塩を抱えて、家に帰ってきた。が、ここで岩塩を保存しておける場所が無い事に気付く。

 野ざらしにして、後々雨でも降られたら厄介だ。まだまだ外は明るいし、木材だって潤沢にある。

 いつか、岩塩の他にも貯蔵しておきたい物を見つけた時のために、かなり大きな倉庫を建設するとしようじゃないか。今回の扉はスライド式にして、ホーディ以上に巨大な物でも問題無く物資を出し入れできるようにしよう。

 出入りを容易にするために扉に、小さい扉を作っておくのも忘れない。


 家を建てたノウハウのおかげで日が沈む前までに、とはいかなかったが、それでもかなり短い時間で倉庫を作り上げることが出来た。

 一仕事終えた事に満足感を覚え、気分の良いまま今日は寝るとしよう。


 今日は、色々と話を聞かせてもらったゴドファンスの寝床にお邪魔させてもらう。

 伏せるようにして寝床に身体を預けて寝息を立てるゴドファンスに、体を寄せて横になる。

 体毛は確かにゴワついてはいるが、それでも彼の高い体温は暖かく伝わってくる。


 彼の生命の暖かさに包まれて、私は意識を手放した。

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