第36話 私とみんなのやり方の違い

 どうやら日が昇ったようだ。いつものようにレイブランとヤタールが私の頭をつついて、角を引っ張っている。

 そういえば、この光景を初めてゴドファンスが見た時は卒倒しそうになっていたな。二羽を凄い剣幕できつく叱ろうとしていた。

 まぁ、そうでもしないと私が起きないから、むしろありがたいのだ。あの時は興奮していたゴドファンスを宥めるのに苦労したものだ。


 〈ノア様!朝よ!日が昇ったのよ!〉〈今日もいい天気よ!日の光が気持ちいいのよ!〉


 いつもの事だが、彼女達の私を起こす行為には遠慮が無い。勿論、最初からこうだったわけじゃない。

 初めて彼女達と寝た日は、私を気遣って体を揺するようにして起こそうとしてくれたらしい。だが、その程度の刺激では私の意識はまるで目覚める気配は無かったというのだ。

 まぁ、私は自慢じゃないが、誰かに起こされなければ三日間ほど眠り続けていた事がある。彼女達が無遠慮に私を起こすのも無理は無いし、推奨もする。

 だが、他の皆は私に気を使っているからか私を優しく起こそうとする。レイブラン達みたく遠慮なしに起こしてもらった方が起きられる、と伝えた上でだ。彼ら曰。


 〈好きなだけ眠れば良いと思うよ。私はノア様の気持ちよさそうな寝顔を見るの、好きだし。〉

 〈おひいさまに対し、無礼な真似は出来ませぬ。〉

 〈私も姫様自身が許可しているとはいえ、姫様に対して粗雑な対応をするのは恐れ多く感じます。〉

 〈いや無理。寝返りに巻き込まれて大怪我したらヤだし。〉

 〈ウルミラではないが、我は一度、主を起こそうとした際、尻尾で前足を叩かれてな。それ以降は済まんが、主を起こすのはレイブランとヤタールに任せている。〉


 好きなだけ寝てればいいと言ういう者、恐れ多くて手が出せない者、怪我を警戒する者、に分かれた。

 フレミーの言い分はともかく、他の意見はなんとなく気持ちが分かってしまうので、遠慮なしに起こしてくれる二羽の存在は本当にありがたい。それとフレミー、私はグータラにはなりたくないんだ。

 というか、ホーディ、君は私に叩かれていたのか。初耳である。寝ぼけていたり、寝ている最中の事を制御できるわけではないけれど、それでも一言、言ってくれた方が私は有難いぞ。


 「ホーディ、私のせいで怪我をしたのなら、教えてほしかったよ。意識が無い状態とは言え、自分のやったことは把握しておきたい。怪我はもういいのかい?」

 〈叩かれたと言っても、大した怪我ではなかったのでな。直ぐに再生は済んだ。〉



 体を起こしながらそんなやり取りがあったことを思い出す。レイブラン達も私を起こした後は日課の上空巡回、と言って良いのだろうか?とにかく、飛び立つために窓へと向かおうとしている所だった。

 そうだ。彼女達にも聞いておきたい事があるんだった。


 「レイブラン、ヤタール、君達に聞きたい事があるんだ。今日は私に付き合ってもらえるかい?」

 〈いいわよ!おしゃべりしましょ!〉〈おやつが欲しいわ!何を聞きたいのかしら?〉


 窓へと向かおうとしていた彼女達に訊ねれば、快く返事をしてこちらに戻ってきてくれた。

 ヤタールがおやつをねだって、瞼を閉じながら私に体を摺り寄せてくる。後からレイブランも来た。軽くて柔らかな羽毛が、とても気持ちいい。

 君たちは本当に可愛いな。いいのかい?そんなにあざとく甘えて。限度無く甘やかすぞ?食べ過ぎてまた飛べなくなるぞ?私は抑える気が無いぞ?


 寝床から降りて、体を摺り寄せてくる二羽を優しく撫でながら、果実を取りよせて切り分け、食器に乗せて二羽に差し出す。

 そういえば、以前ヤタールがテーブルが欲しいと言っていたが、作っていない。いや、家の床が真っ平らだから必要性を感じないのだ。河原でテーブルを作ったのはあくまで平面に食べ物を置きたかったからだ。元から平面ならテーブルはいらないだろう。せいぜい、床が汚れないように食器を用意すれば、それでいい。


 〈幸せだわ!この味!ノア様がいてくれないと味わえないのよね!〉〈いつ食べても、どれだけ食べても飽きがこないわ!これだけでもノア様に仕える意味があるわ!〉

 「私は君達が望めば望むだけ甘やかすけれど、他の子達がそれを許容するわけではないことを忘れてはいけないよ?」


 彼女達は一度、ラビックとゴドファンスに叱られている。いくら許されているからと言えど厚かましすぎる、と。

 その際、私までゴドファンスから二羽をあまり甘やかさないでほしい、と苦言を言い渡されてしまった。


 無理だろう。私が意識を覚醒させてからずっと望んでいた生活が、今この場にあるのだ。この生活を守り、堪能するために、私は全力を尽くすとも。ゴドファンス。君が望めば君にだって私は全力で甘やかすとも。


 いかん。肝心な事を忘れる所だった。未だ果実を啄ばんでいる二羽に問いかける。


 「ヤタール。君は以前、私が魚を持ち帰る時に器に汲んだ水を凍らせたのを見て、意思の力で複数の事象を発生させすぎだ、と言っていたね。普通は違うのかい?例えば、君達が私と戦った時に使った、空気の刃はどうなんだい?」

 〈普通はあんな事は出来ないのよ!意思を力に乗せる事は出来ても、大抵の奴は効果の増幅くらいにしかならないわ!〉〈私達の『空刃』は意志の力だけで起こしているものでは無いのよ!威力を上乗せするために意思は込めたのよ!〉


 彼女達が言うには私が今まで行ってきたエネルギーに意思を乗せて事象を起こす、という行為は異常な事だったようだ。

 それにしても、『空刃』か。なかなかカッコイイ響きじゃないか。


 〈使える奴が全然いないわけじゃないのよ!凄く少ないのよ!〉〈使える奴は最初から種族の特性として一つの事象を起こせる程度だったり、とっておきの切り札にしている奴ばかりよ。〉

 「まさに、私は規格外だった、というわけか。それなら、君達の使っている『空刃』というのはどうやって発生させたのか、教えてもらって良いかい?」


 なるほど。エネルギーを意志に乗せて事象を発生させることが出来るものは多くはいないのか。しかも、そういった者達でも使用できる種類は一つか二つほどだ、と。

 だとしたら、彼女達が使用した"空刃"の発動方法が気になる。教えてもらったら私にも出来るようになるのだろうか。


 〈勿論、良いわよ!役に立てて嬉しいわ!外に行きましょ!〉〈ノア様に『空刃』のやり方を教えるのよ!口で言うよりも見せた方が早いわ!〉


 実際に放つところを見せてくれるというので彼女達を連れて外へ出ることにした。


 二羽とも、まだ果実一つ分ほどしか食べていないが、彼女達は私が抱えている。可愛かったからね。私が触れていたいんだ。

 家から少し離れた所で、名残惜しいが二羽を地面に降ろして『視る』意思をエネルギー乗せて眼に送る。


 それでは見せてもらおう。彼女達がどのようにして事象を発生させているのか。


 〈力を使って出来る事象には法則があるの!力を決まった形に変えると事象が起きるの!〉〈扱うモノ、大きさ、量、勢い、向き、それらを意味する形があるの!それを綺麗に組み立てると事象を発生させられるの!〉


 視れば、彼女達の目の前にエネルギーが複雑な円の形状の図形を模っていく。出来上がった図形に更にエネルギーが込められ、図形を上空に傾ける。

 その後、図形の中心へ小さなエネルギーがぶつけられると、図形から、エネルギーの宿った空気の刃が勢いよく上空へと放たれた。

 これが、彼女たちが言う"空刃"という事象なのだろう。見たところ、最初に私に放ったものと威力が同じように見える。

 

 〈今撃ったのが『空刃』よ!一番よく使う事象よ!〉〈一番使いやすいのよ!一番効率が良いの!〉


 なるほど。これは、面白いな。法則の形状を覚えれば、意思をエネルギーに込めずとも色々な事が出来るだろう。

 その気になれば、水も生み出せるんじゃないだろうか。

 それにしても、彼女達と戦っていた際にはこの図形が見えなかったのはどうしてだろうか。聞いてみよう。


 「君達と戦っていた時は、その円状の図形は見えなかったよね。図形は隠せるものなのかい?」

 〈法則の形を見れば、どんな事象が発生するか大体分かるのよ!〉〈手の内を晒さないようにこの辺りの奴らはみんな隠すわよ!〉


 図形は隠せるようだ。という事は、だ。ラビックの高い身体能力やウルミラが生み出した幻は図形を隠した上で事象を発生させていたのだろう。

 おそらく他の皆も私が知らないだけで、様々な事象を発生させる事が出来るのだろう。少し、わくわくするな。

 今は各々やりたい事のために家から離れてしまっているが、そのうち皆からも法則の形状を教えてもらおう。

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