第100話 未来ある若者達
大人数での旅というのも、悪くは無いな。
最初の村から馬車に乗り込んだ若者達が、今日馬車に乗り込んだ若者達に昨日私が説明した話を同じように伝えている。微笑ましい光景だ。
私が読書をしているので気を遣ってくれたようだ。彼等には読書をしながらでも会話は出来ると伝えてはいるのだが、それでも邪魔をしていると判断したのかもしれないな。
良し。ここは一つ、余計なお世話かもしれないが冒険者の先達として、未来ある若者達に私なりに出来る事をしてあげよう。
体感での現在時刻は午後3時頃と言ったところか。私は馬を休憩させている間に若者達に稽古をつけている。
頼まれたわけでは無いのだが、彼等が午前の休憩時間中に自主的に訓練を行っていたのを目にしたため、その向上心に手を貸したくなってしまったのだ。
彼等の訓練に協力したいと申し出れば、快く歓迎してもらえた。
稽古の内容は彼等
ただし、彼等には悪いが私は『
目標はいたって簡単、『我地也』で作り出した砂時計の砂が落ちきる前に、尻尾を掻い潜って私の読んでいる本に攻撃を当てる事。砂時計の時間は約10分。別に私の手から本を落とす必要はない。触れた時点で目標達成とみなす事にした。
達成出来たら報酬として銀貨一枚を一人ずつ渡すと伝えれば、彼等は皆やる気をみなぎらせていた。
勿論、力加減はちゃんとする。彼等の約2倍程度の膂力で尻尾を振るう事にした。これはやや劣る膂力を持った植物型の魔物を参考にしたものだ。この力加減で彼等に尻尾をぶつけたとしても、防御に集中してしっかりと踏ん張れば、吹き飛ばされずに耐えきる事が出来るだろう。
初見では難しいかもしれないが、連携をしっかりと取れれば出来ない事では無い難易度の筈だ。
私は稽古をつけようと思ったその時から、彼等に銀貨一枚を渡そうと思ったのだ。所謂、餞別というやつだな。
馬鹿にされていると思われても仕方が無いが、彼等はそうは思わなかったようだ。終始油断も激高もせずに真剣な表情で私に武器を打ち込んできていた。
しかし、やはり連携を取った訓練はあまり行った事がなかったのだろう。どの一行も装備も動きも似通った物だったし、初回は尻尾の動きを警戒してまごついていたりもした。
一度、稽古を終えた後、役割分担の重要性を説いた。それぞれの適正に合わせて最低でも攻撃役、防御役、補助役の役割を持って行動する事を勧めれば、彼等は素直にその教えを実施すると言ってくれた。
それならば特別サービスだ。『我地也』で軽貨と同じ材質で出来た簡易的な武具を作り出して彼等に使わせる事にした。
喜んでもらえたのは此方としても嬉しいが、所詮は軽貨と同じ材質だ。軽いのはともかく、頑丈では無いので簡単に破損してしまうだろう。あくまでも訓練用だ。実戦では使い物にならないという事を事前に注意しておいた。
休憩が終わるまでの間にどの一行も目標を達成する事は出来なかったが、明日も同じように稽古をつけると告げれば手放しで喜んでくれた。此方としても甲斐があるというものだ。
外の景色は色とりどりの花に囲まれている。とても広大な花畑だ。
これほどの光景はそうそう見られるものでは無いだろうな。良い目の保養になる。それに花の香りも良い。複数の種類の花が咲き乱れてはいるが、それらは種類ごとにきっちりと纏められている。花の香りが不均一に混じってしまうような事は無く、時間によって変わる花の香りがとても心地良かった。
そうして馬車に揺られて読書をしながら時折外の景色を楽しんでいると、若者達から声を掛けられた。
「ノアさんって"
「おっ前、馬っ鹿だなぁ。ノアさんがランク通りの強さなわけないじゃんか。俺達に見せてくれた魔術、どう考えても"中級"どころか下手したら"
「まぁ、そんな難しい魔術を平然と使えるような人が、ランク通りの強さなわけないわよね。で、実際のところ、ノアさんの強さってどれぐらいなんですか?」
これは素直に答えても良いのだろうか?そういえばイスティエスタの冒険者ギルドマスターが王都の冒険者ギルドマスターに連絡を入れて私の事を伝えておいたと言っていたな。
だとしたら、私の実力が王都の冒険者達に"
それなら、彼等にも教えてしまっても問題ないか。
「詳しくは自分でも分からないけれど、イスティエスタのギルドマスターからは"一等星"級だと言われたよ。」
「「「「「ええぇーーっ!?!?」」」」」
流石に同乗していた冒険者が"一等星"級の実力者だとは思わなかったそうだ。少女の一人が余計なトラブルが起きる事を警戒して、情報を開示してしまってよかったのかを訪ねてきた。
「そ、その事、私達に教えて良かったんですか?」
「問題無いよ。イスティエスタのギルドマスターは王都のギルドマスターに私の事を伝えてくれたそうだからね。余計なトラブルが起きないように王都の冒険者達にも情報を伝えていると思うよ。だから、君達が知っていても問題は無いさ。」
「ひえぇ~、何だってそんな人が"中級"なんだ・・・?」
「実を言うと、私が冒険者になったのは今月の1日だったりする。それまでは森の奥で人間と関わらずに生活をしていたよ。この国には旅行で訪れたんだ。」
「えっ・・・それじゃあ、この馬車がイスティエスタを出たのが九日になる筈だから・・・ま、まさかたったの8日間で"中級"になっちゃったのかっ!?」
正確には活動を始めてから二日間なのだが、言えば余計に驚かす事になってしまうだろうから、黙っておこう。
「まぁ、その通りだけれど、私はあまり冒険者として活動する気が無くてね。この国に来たのは家から一番近い場所にあったからだし、冒険者になったのも身分証が欲しかったからなんだ。だから"星付き"に成るまではそれなりに活動はするけど、それ以降はたまに活動するぐらいだよ。」
「ええっと、"星付き"になると、何か変わったりするんですか?」
若者達が不思議そうに首を傾げている。そうか。彼等はギルド証のルールなども詳しくは知らないのか。それなら、説明しておいた方が良いだろうな。
「まず、冒険者ランクが低いと、街の人達からあまり良い目で見られないんだ。冒険者ランクはその人の実力だけでなく、人となりも示すからね。相手から一目置かれる境目が"星付き"かそうでないかと私は判断しているよ。」
「そっか・・・。いくら強くてもランクが低かったら下に見られて余計なトラブルに巻き込まれるのか・・・。」
「その通り。ただ、それだけでなくてね。冒険者は三ヶ月間、活動が認められないとランクダウンしてしまうという制度があるんだ。」
「ええっ!?そ、それ、初めて聞いたんですけど!?」
この情報も知らなかったようだ。彼等の村に訪れた冒険者達は、そんな事を忘れてしまうぐらいにはまじめに依頼をこなしていたのだろうな。
「まぁ、三ヶ月間も活動をしない冒険者なんて滅多にいないだろうからね。しかし、私は基本的に自分の家で暮らすつもりでね。この国にも長居はしないし、他の国にもその内旅行に行こうと思っているんだ。」
「ノアさんみたく長い時間ギルドに行かないかもしれない人にとっては、大変な事なんですね?」
「うん。最初にこのルールを聞かされた時は少し困ってしまったよ。だけど、その問題を解決するのが"星付き"さ。」
「"星付き"になると、ランクが下がらないようになったりするんですか!?」
「惜しい。流石にランクが下がらなくなるとまではいかないけれど、ランクダウンまでの猶予が一年間に伸びるんだ。それだけ時間に余裕があるのなら、たまにふらりと適当な街を訪れて依頼を片付けるだけで良いからね。だから私は"星付き"になっておこうと思っているんだ。」
「「「なるほどー・・・。」」」
皆納得してくれたようだな。まぁ、自分でも人間の価値観からしたら酔狂な事だとは思っている。が、何と言われようとも私は自分の方針を変えるつもりは無い。変える理由も必要もないからな。
その後は村に到着するまで読書をしながら彼等とイスティエスタでの活動を説明したり、彼等の質問に答えて時間を潰していた。
ちなみに、次の村は話に聞いていた養蜂が盛んな村だ。ハチミツをふんだんに使用したお菓子とハチミツから作られた酒、ミードを特産品としている。
この事は冒険者志望の若者達も知っていたらしく、夕食をとても楽しみにしていたようだ。彼等の村は、養蜂の村からイスティエスタへと向かう行商人からハチミツを購入しているらしく、皆ハチミツを口にした事があると語っていた。
村に近づくにつれて甘い匂いが漂い始めてきている。
実を言うと、私はまだハチミツを口にした事が無い。本から得られた情報や、若者達から話に聞いた内容では、とても濃厚な甘味を味わう事が出来るらしく、人によっては砂糖よりも好きな甘味だという意見もある。
そうまで言われてしまえば、とても楽しみになってくるのも当然というものだろう。購入できるのならば、家の皆へのお土産として購入しよう。
相変わらず村に着いた際の反応は前二つの村とあまり変わらなかったが、この村は他の村よりも規模の大きい村だった。
多くの人間がハチミツを求めてこの村に訪れて来るため、自然に村の規模が大きくなっていったようだ。
夕食までにはまだ時間に余裕があり、少し村を見る時間があった。勿論、ハチミツを購入できないか聞いてみたとも。
問題無く購入できるとの事だったので、思い切って私が両腕で抱えるほどの大きさの、一番大きいサイズの壺に入っているハチミツを購入させてもらった。支払いの際に目の前で『収納』から代金を取り出すところを見せていたので、持ち運びで心配される事は無かった。
更についでとばかりにハチミツをそのまま練り固めた、直径1センチほどの飴玉が小壺に大量に詰められたものが売られていたので、それも購入させてもらった。個数にして200個近く買ってしまったんじゃないだろうか。
夕食には期待していた通りハチミツをふんだんに使用した料理の数々が振る舞われた。勿論、デザートもだ。
お菓子だけでは無く料理にすらハチミツを振る舞ってもらう事になるとは、流石は養蜂の村と言うだけの事はある。馬車に乗って移動したのは正解だったな。
ハチミツはとても甘くて濃厚な味わいだった。その甘さの強さは私が最初に口にした果実に勝るとも劣らない。
酸味も味わえる果実と違い、ハチミツは只々ひたすらに濃厚な甘味を舌に伝えてくれる。しかも、強い粘り気ととろみがあるため口の中に残り続け、長時間甘味を堪能できるのだ。
これは甘いもの好きにはたまらない食材だろうな。しかも砂糖とは異なり花の蜜を原料としているためか、花の香りも楽しめる。多くの者がハチミツを求めてこの村に来るのも頷けるというものだ。
冒険者志望の若者達もこの村特産のハチミツを利用した焼き菓子を購入していたようだ。明日以降の道中で楽しむつもりらしい。我慢できずに今日の内に食べてしまわないようにな。
そういえば焼き菓子も私は食べた事が無いな。流石にもう店仕舞いしているし、明日も店が開く前にこの村を出発してしまうだろう。
残念だが、またの機会としよう。
聞けば王都でも扱っている店があるらしいので、見つけた時には是非とも購入させてもらうとしよう。
さて、相も変わらずレイブランとヤタールに起こしてもらい集合場所まで集まれば、今回は皆同じぐらいのタイミングで集まっていた。意外な事に、この村から王都へと向かう者達はいないようだ。馬車の同乗者は昨日と全く同じという事になる。
何でもこの村が所有する敷地は非常に広く、年中人手不足らしい。その為冒険者になろうとする者が極めて少ないのだとか。
納得は出来る。何せこの村のハチミツは実に美味かったからな。危険な思いをせずに毎日この甘味を堪能できるとなれば、この村に残ろうとするのも無理はない。
今日は午前中の休憩時間も昨日と同じ稽古をつけている。彼等は冒険者になるために日々体を鍛えていたと言うだけあって、身体能力は悪くない。特に男性陣は木で作った模造刀で試合形式で切磋琢磨していたらしく、女性陣よりも思い切りが良い。
その思い切りの良さが功を成して、男性陣はどちらの一行も午前中の休憩時間の内に目標を達成できてしまった。筋が良いようでなにより。
私の見立てでは午後の休憩時間までは掛かると思っていたので、この結果には少し驚かされてしまった。
女性陣が少し悔しそうな表情をしていたのだが、だからと言って甘やかしてしまっては彼女達のためにならない。それに彼女達は男性陣と違って三人の一行だ。どうしても難易度は男性陣よりも上になってしまう。
この稽古は相手の攻撃を掻い潜り的確に弱点に攻撃を当てるための稽古だ。
この稽古の目標を達成する事が出来れば、"
と言うのも、参考にした植物型の魔物が、私の中では"初級"の魔物の中で最も厄介で強力な魔物だと判断したからだ。
イビルプランタンと言う、頑丈な蔦を鞭のように叩きつけて来る植物型の魔物が存在する。
外見は上にまっすぐ伸びた蔦の塊に二本の腕が生えたような、比較的人に近い外見をしている。全高も大体成人の
人で言うところの心臓部にランタンのように淡く発行した部位を持ち、その場所がそのままこの魔物の弱点になるのだが、それ以外の部位は"中級"の冒険者達ですら破壊に手間取るほどの頑丈さを持っている。そしてその膂力も"初級"相当の魔物の中では最も高い。
当然、大人しく弱点に攻撃を当てさせてはくれない。束ねられた頑丈な二本の蔦を巧みに操って敵対者を襲い、また自分に向けられる攻撃を防いでくる。
なかなか動きが精密で、真正面からぶつかるだけでは二本の蔦を掻い潜って弱点に攻撃を当てる事は至難となるだろう。しかも弱点以外の部位は全て魔術にも耐性を持っているため、"初級"相当の実力で討伐するには、どうしても蔦の妨害を掻い潜る必要があるのだ。
しかし、蔦の動きは必ず片方は攻撃を、もう片方は防御のみを行っている。
しかも本体はしっかりと地中深くに根を張ってしまっているため、碌に移動する事が出来ない。
蔦の動きをしっかりと見極めて防御役が攻撃を受け止め、補助役が防御を誘発させ、その隙をついて攻撃役が弱点に攻撃を叩きこめば討伐は容易だ。
何だったら、私が昨日渡した訓練用の武具を使っても斃す事が出来てしまう。それほどまでにイビルプランタンの弱点部位が脆いため、この魔物のランクは"初級"相当となっている。
今回の稽古での尻尾の動きは、そのイビルプランタンの動きをより機敏に、精密に、そして力強くしたものだ。
この稽古を突破できるのなら、十分にイビルプランタンを討伐できるだろう。
私が何を言いたいかと言うと、実在している魔物を想定しての稽古のため下手に手を抜いてやるわけにはいかないのだ。
甘いかもしれないが、どうしても女性陣が稽古の目標を達成できなかったら、昨日村で購入したハチミツの飴玉を渡しておこう。
なに、まだ時間はあるんだ。彼女達の目はまだ諦めていない。きっと達成できると信じよう。
結構激しい運動になってしまったからか、若者達は皆汗だくだし、転んだりもしたので土汚れもついている。流石に女性陣は汚れが気になるようだ。
稽古を提案したのは私だからな。責任を持って綺麗にするとも。若者達に加えてついでに馬車と御者、馬にも『
「ノアさん!ありがとうございます!」
「あんなに汗でベタベタだったのに凄くサッパリしてる・・・。これが、魔術・・・。絶対に覚えなきゃ!」
「俺達にも使えるようになるなら、覚えない手は無いよな!王都に行ったら絶対文字を覚えるぞー!」
「「「「「オーーーっ!!」」」」」
うんうん。『清浄』の大切さや便利さをしっかりと分かってくれて何よりだ。彼等は皆やる気に目を輝かせている。
きっと、一人一人が『清浄』を習得してくれるだろう。
午後の休憩時間には私の想定通り、女性陣も稽古の目標を達成する事が出来た。女性陣だけが不満を持つような結果にならなくて良かった。
だが、休憩時間にはまだ余裕がある。若者達が残りの休憩時間は剣術を教えて欲しいと私に頼んできた。熱心な事で何よりだ。
それ自体は快く引き受けられるのだが、さて、どうしたものか。
一応、図書館に蔵書されていた剣術所には目を通してはいるが、それよりも効率的な動きを私は出来るし、彼等にも教える事が出来るだろう。
しかし、それをやった場合、目立つ可能性が高いだろうな。分かる者には分かるだろうし、剣の心得がある者なら誰に教わったのかも訊ねられるだろう。その結果、私に辿り着く、と。
面倒事の臭いしかしないな。良し。図書館の剣術書の内容を教えよう。
残りの休憩時間に行った剣術の稽古は、型と素振りの稽古だ。見た目は地味なので不満が出るかとも思ったが、若者達は皆真剣に稽古に取り組んでくれた。こうまで真面目ならば、彼等はきっと良い冒険者になるだろう。
彼等が今のまま健全でいてくれるのならば、窮地の時には手を貸しても良いと思えるぐらいには好感が持てる。
そんなこんなで四つ目の村だ。今回の馬車の移動ではこの村が最後になる。
三つ目の村ほどでは無いが、一つ目と二つ目に引けを取らないほどの歓迎を受ける事となった。
この村から王都までの距離はそれほど遠くないため、この村から冒険者になろうとする者は馬車を待つ事なく、自分の足で王都まで向かうらしい。逞しい事だな。さぞ、足腰を鍛えられているに違いない。そして、明日の馬車の移動も同乗者は変わらなそうだな。
日が変わって早朝、いつもと同じ時間に馬車は村を出発する事になった。ここから王都までは正午になる事には到着するらしい。
やや時間は掛かったが、得るものは沢山あった。良い旅だったと思う。
さぁ、いよいよ王都に到着だ!この国の誇る中央図書館まであと少しだ!
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