第272話 ジョゼットとお茶会

 午後になりジョゼットに一緒に話でもしながら茶でも飲まないか、と所謂お茶会というやつに誘えば、彼女は喜んで応じてくれた。

 その際、紅茶と茶菓子を私が用意すると伝えたのだが、尚の事彼女は私の提案に喜んでくれた。


 お茶会にはオスカーも同行している。

 彼の参加については私としてはどちらでも良かったのだが、ジョゼットとしては可愛い弟分とも会話がしたかっただろうから、どうせなら一緒の方がいいだろうと思ったのだ。


 勿論、オスカーが断る様ならば無理強いはしなかったのだが、彼は即答で参加を表明した。

 私とジョゼットの会話内容が作物の魔物化の件だった場合、彼にとってはタスクへの報告案件ともなるのだ。なるべくなら私達の会話は聞き逃さないようにしておきたいのだろう。



 お茶会はジョゼットの屋敷にあるテラスで行う事になった。普段から彼女が個人で紅茶を楽しむ際に使用する場所らしい。


 3人で席に着き、予め用意しておいた紅茶と茶菓子を『収納』から取り出してそれぞれテーブルに並べていると、非常に上機嫌な声でジョゼットから語り掛けられた。


 「まさか貴女の方からお茶会に誘ってくれるとは思わなかったよ。それに、紅茶や茶菓子まで用意してくれるとはね。こんな振る舞いを受けた者はそうはいないんじゃないかな?」

 「そうだね。そもそも私は、誰かとお茶をする機会そのものが少なかったからね。こうして誰かとお茶を楽しむ機会がある場合は、なるべく自分からお茶を淹れるようにしたいんだ」


 私が紅茶振る舞った人物はそれほど多くはない。せいぜいが両手で数えられる程度だろう。 


 個人で楽しむのも決して悪くは無いのだが、やはり自分で用意した物を喜んでもらえるというのは、嬉しいし気分が良くなるのだ。


 「世間には、貴女が紅茶を淹れられるということ自体、殆ど知られていないんじゃないかな?」

 「そうだね。私が読んだ新聞の記事には、私が紅茶を淹れられるという記事は記載されていなかったね」

 「だとしたら、私は今、大変栄誉な機会に立ち会っている事になるね。フフッ、まいったな。これは優越感が凄い。オスカー、君もそう思わないか?『姫君』様から紅茶を振る舞ってもらうだなんて、タスクですら経験していない事だろう?」


 確かにその通りだ。タスクと会話をする際にも紅茶を飲んだりはしたのだが、それらは全て彼が提供してくれたものだった。

 私が振る舞ってもよかったのだが、私達が部屋に入る前に彼が用意してしまっているのだ。


 タスクも紅茶が好きなのだろう。

 ジョゼットに確認を取ってみれば、どうやら彼は紅茶が好きどころの話ではないらしい。


 港町に勤めている事を利用して、個人で海外から世界中のお茶を取り寄せているらしいのだ。


 世界中のお茶…。何と心躍る響きだろう…。そんな事を聞かされては、私も飲みたくなってしまうじゃないか!


 「ふふっ、『姫君』様はやはり良い趣味をしているね。私も紅茶に限らずお茶には目が無くてね。タスクから、いくつか紅茶とは違ったお茶を融通してもらっているんだ。良かったら、後でどうだい?」

 「いいのかい?」


 なんとも嬉しい誘いをしてくれる。

 なにせ私は、紅茶以外のお茶と言えば気付け用のスメリン茶しか飲んだ事が無いからな。どのような味がするのか気になって仕方が無いのだ。


 「え゛っ…?の、飲んだのかい?あの、スメリン茶を…」

 「味がどうしても気になってしまってね。おかげさまで、私は初めて不味いという感覚を知る事ができたよ」

 「よ、良く飲めましたね…」


 私がスメリン茶を飲んだ事があると、2人共驚愕して目を見開いた。ジョゼットなど、おおよそ貴族が出していい声ではない声が出てしまっている。


 やはりあのお茶、一般的には飲料物として見られていないらしい。

 それはオスカーの声からのドン引きと称賛の感情が含まれている事からも頷ける。

 ちなみに、ドン引きが8割で称賛が2割だ。それほどまでにあのお茶を飲むという行為は常識的ではないと言う事なのだろう。


 「ま、まぁ、安心してくれていい!私が融通してもらっている茶葉は、そのどれもが自信を持って美味いと言えるものだからね!きっと『姫君』様も気に入ってくれる筈だよ!期待してくれていい!」

 「その点は疑っていないとも。楽しみにしているね」


 変に気を使わせてしまったらしい。自分の所持する秘蔵とも言える茶葉を慌て気味に保障してくれた。楽しみにしておこう。


 それにしても、まさかこういう形で話題を振る事になるとはな…。


 「しかし、海外から取り寄せた茶葉と言う事は、やはりこの大陸では…」

 「ああ、お察しの通りだよ。当然のように魔物化してしまった」


 やはり変質してしまうか。しかもジョゼットの表情を見たところ、味も良いものではなかったようだ。


 残念だな。海外のお茶を魔大陸でも栽培できるようになれば、もっと気軽に様々なお茶を楽しむ事ができるというのに…。


 魔物化の話を聞いて、私はよほど残念そうな顔をしていたのだろう。 

 優しい口調で、ジョゼットが私を慰めてくれた。


 「そう気を落とさないでほしい。私が植物を研究しているのは、まさに海外の植物をこちらでも栽培できないかを調べるためでもあるんだ」

 「やっぱり、お茶を楽しみたいから?」

 「ふふふっ、それも勿論あるがね」


 なにやら含みのある笑い方をするものだ。

 ジョゼットが楽しみたい海外の作物は、お茶だけではないと言う事だろう。


 「コレに関してもタスクから融通してもらっていてね。近い内に貴女にも振る舞わせてもらうとしよう」

 「ジョ、ジョゼット様…。ひょっとして、アレを提供するのですか…?アレは人を選ぶと思うのですが…」


 ジョゼットがお茶以外で私に振る舞いたいものは、オスカーの口には合わないものらしい。


 だが、そんなオスカーの声を聴いても、ジョゼットは余裕のある態度をまるで崩さない。

 むしろ、可愛いものを見るような目で彼を見つめている。


 「ククク…ああ、ゴメンよオスカー。以前君に提供したのは、確かに子供には厳しいだろうからね。だが、心配はいらないよ。今度振る舞う時は、きっとオスカーも気に入ってくれる筈だ」

 「ま、また飲まされるんですか…?」

 「大丈夫。君の分は今度は甘くまろやかなものにしてあげるから」


 ほうほう。オスカーの好みではないらしい"アレ"とやらは、本来は甘く無い飲み物らしい。

 だが、甘くも出来る、と。それもまろやかな口当たりにする事も可能ともなれば、紅茶とそう変わらないようにも思えるな。


 別にオスカーは甘く無い飲み物が飲めないわけではない。

 現に、今彼が口にしている紅茶にはミルクも砂糖も入っていない。勿論、味の好みがあるだろうから、その辺りは一通り用意させてもらっている。


 それでも、オスカーは特に何かを加える事も無く紅茶を口にしている。この飲み方がこの子の好みなのだろう。


 つまり、ジョゼットが気に入っているであろうお茶ではない飲み物は、元の味がオスカーの口に合わない、と言う事だ。


 「随分と面白そうな飲み物のようだね?」

 「ああ、私としてはお茶に勝るとも劣らない、素晴らしい飲み物だと思っているよ。アレもまた、奥が深いんだ」


 未知の飲み物について語るジョゼットは本当に楽しそうだ。

 彼女自身が淹れているわけではないようだが、同じ材料でも淹れ方によって味が大きく変わるのは、紅茶と変わらないらしい。


 ならば、私も好きになれる可能性が高いな。

 是非、最初から最後まで淹れる過程を見せてもらい、自分で用意出来るようにしたいものだ。


 ジョゼットが提供しようとしてくれているお茶や未知の飲み物は非常に興味深いが、それよりも今は魔物化の話だ。


 タスクから受け取った手紙から得た情報を元に、何やら試してみたい事ができたらしい。


 「手紙で指摘されるまでまるで気付かなかったのだけどね。まずは土を変えて育ててみようかと思っているんだ」

 「つまり、海外から他大陸の土を取り寄せるってこと?」

 「その通り。これまで私達は、この魔大陸の土地で、魔大陸の土でしか輸入した作物を栽培してこようとしなかった。彼の手紙通り、この魔大陸そのものに魔物化の原因があるとしたら、まずは植物が根を張る場所、土壌から変えるべきだと思ってね」


 流石は植物研究家だ。既に予測を立てて行動を起こしていたとは。

 しかも土を取り寄せるために動いたのは、私から手紙を受け取ったその日からだ。


 手紙を受け取りその内容を確認したジョゼットは、すぐさまタスクに海外の土を自分の元に送るように手配してもらうよう、手紙を書き、彼の元へと届けたらしい。


 だが、残念な事に、すぐに土がジョゼットの元まで届くというわけでは無かったりする。


 当然だ。海外の土を必要とする理由など、いままで全く無かったのだから。


 土という資源はいくらでもあるのだ。

 それこそ、用意しようと思えば魔術によっていくらでも生産してしまう事が可能である。


 自分達のところでいくらでも手に入る資源を、いちいち海外から取り寄せるわけがない。


 むしろ魔大陸の土が建築資材として海外へと輸出されているほどである。


 魔大陸の土壌は複数の大魔境の存在が影響しているためか、例え人間の生活圏であっても他の大陸の土壌よりも多くの魔力を含んでいる、という検証結果が既に証明されている。


 そして魔力を多量に含んだ土は魔術との親和性が高いため、建築資材に使用すると強固な建造物を建てやすいのだ。

 それは、土だけでなく、他の建築資材でも変わらない。


 そうそう。マクシミリアン含めカークス騎士団の団員達が"楽園"に来た際、大量の石ころを回収していたわけだが、その理由も同じと言っていい。


 魔力が豊富な大魔境では、例えその辺りに転がっている石ころですら多量の魔力を含んでいる。建築資材として最適なのだ。

 尤も、カークス騎士団が"楽園"の石ころを回収していた理由は、それだけでは無かったのだが。


 これもティゼミアの図書館で分かった事だが、"楽園"の石ころには、ごく稀に内部に高純度の魔石が埋まっていることがあるらしいのだ。

 しかも、石ころの中に埋まっている魔石は非常に品質が良いのだとか。その価値は下手な宝石よりもずっと高い。


 ただでさえ建築資材になるというのに、更に宝物が入っている可能性があるとなれば、なるほど。ああも大量に集めるのも頷けるというものだ。


 実際、彼等が回収していた石ころには2個だけ魔石が埋まっていたのだ。

 最も、彼等が回収した石ころは数千個はあったのだが。


 魔石が埋まっている事を確認するのは、私や家の皆ならば容易に行える。

 たとえ石に埋まっていようとも、魔力を知覚する事ができるからだ。


 しかし、如何にカークス騎士団と言えども、"楽園"の魔力が浸透した石から魔石の魔力を分別して知覚する事はできなかった。

 魔石が埋まっているかどうかは、ユージェンのような一流の鑑定士が鑑定する他なかったようだ。


 話がそれてしまった

 まぁ、何が言いたいかと言えば、魔大陸の建築資材が海外に行く事はあっても、海外の建築資材が魔大陸に来る事はまずない、という話だ。


 魔大陸が海外から建築資材を取り寄せるのは、アドモゼス歴始まって以来の出来事ではないかとジョゼットは語る。それほどまでに珍しい事なのだ。


 当然、用意するのにも時間がかかるので、例えデンケンに海外の土の輸入を依頼したとしても、次に彼等が魔大陸に来た時に運搬されているとは限らないのだ。


 検証を行うには最悪の場合、1年以上先の話になるかもしれなかった。

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