閑話 とある腕利き冒険者達の新たな依頼

 アドモゼス歴1483年 鼠の月 8日


 ―――ニスマ王国センドー領の都市チヒロードにて―――


 時間は午前14時前。腕利きの"二つ星ツインスター"冒険者パーティ"ダイバーシティ"。今日は彼等にとっての休日であり、各々が好きなように生活を送っている。


 窟人の戦士であり魔術具師でもあるココナナは、自信が手掛けた魔導鎧機マギフレームの整備と改良プランを構想している。

 ファングダムからの膨大な報酬を得てからというもの、魔導鎧機の改良パーツを大量に買い込んでいたのである。

 あの依頼以降、彼女の素顔を知るパーティメンバー達は、口を揃えてにやけ顔が増えたと語っている。


 妖精人の魔術師兼錬金術師であるエンカフは、手に入れた珍しい素材で新しい錬金道具の開発を行う日々だ。

 彼の場合、暇を見つけては常に新薬や新しい錬金道具の開発を日常的に行っているので、いつも通りと言えるだろう。


 お喋り好きな庸人の少女ティシアはというと、自己鍛錬を終えた後は気に入ったデザインの服や小物を探して街を渡り歩いている。年頃の冒険者の女性ならばありふれた行動だ。


 そして、口の悪い女冒険者であるアジーとその恋人である矮人のスーヤ。この2人はいつもの飲食店で早めの昼食を取っている。

 アジーのメニューはいつも通り、肉と野菜をふんだんに用いて、一晩じっくりと牛の乳で煮込んだクリームシチューと焼き立てのパンを食べている。

 それに対しスーヤのメニューは自分の顔と同じぐらいの大きさはある、チーズの入った特大ハンバーグだ。600gはあると見て間違いないだろう。

 不可思議な事に、スーヤはこの量をペロリと平らげる。あれだけ大量の肉がどこへ消えていくのか、アジーが疑問に思うのはいつもの事だった。


 やはり今回もいつも通りにアジーの方から話題を振るようだ。シチューを染み込ませたパンを飲み込んだ後、スーヤに最近の出来事を語り出した。


 「そういや、あのスットコドッコイ、、らしいぜ?」

 「またぁ?懲りないねぇ…。いい加減、諦めればいいのに…」


 アジーの言うスットコドッコイ。それは、この国の第一王子であり一応王太子として認められているフィリップ王子の事である。

 外見はともかく内面はハッキリ言って禄でも無い人物である。ファングダムの第一王女リナーシェが嫁いでくるまでは、好き放題に生きてきた人物でもある。


 そう、あくまでリナーシェ王女が嫁いでくるまでの話である。

 彼女を直接ニスマ王国の王城まで送り届けた"ダイバーシティ"の面々は知っている。リナーシェ王女とフィリップ王子が出合い頭に何をしたのか。



 リナーシェ王女がフィリップ王子と顔を合わせた際にまず最初に行った行為。

 それは抱擁である。

 ただし、頭に"力いっぱいの"という言葉が付くが。

 抱擁をされたフィリップ王子は、比喩表現ではなく文字通り骨が砕けた。

 "一等星トップスター"級の実力を持つ人物が思いっきり抱擁をすれば、平凡な成人男性であるフィリップがどうなってしまうかなど、アジーはおろかスーヤにすら分かり切った事だったのだ。


 幸い、フィリップ王子はすぐさま魔術で治療を受たため一命を取り留めたが、彼の受難はそれだけでは終わらなかったのである。


 治療を受けた直後、リナーシェ王女からとんでもない事を告げられたのである。


 「ちょっと強く抱きしめただけであんなになっちゃうなんて鍛えていない証拠よ!これから毎日私と一緒にトレーニングしましょうね!」


 努力を嫌い、疲れる事を嫌うフィリップ王子にとって、リナーシェ王女の言葉は死刑宣告にも等しかったのである。


 フィリップ王子の災難は続く。その日の夜の事だ。


 大人と赤子以上に身体能力に差はあれど、リナーシェ王女は絶世の美女である。

 骨が砕けるほどの抱擁も、満身創痍になるほどの厳しいトレーニングも、全てはこの時のためと思い耐えていた。


 夫婦の夜の営みである。

 フィリップ王子は自他ともに認める女好きであり、暇さえあればしょっちゅう女性を口説いていたが、相手は皆彼の内面を知っていたため成功した試しがない。未経験だったのである。


 そんな彼の初体験が、絶世の美女である。しかもどういうわけか自分の事を好いている。しかも相手も未経験だと言うのだから、今まで女性を口説き落とせなくて良かったとすら思えていた。

 フィリップ王子は、まさに幸せの絶頂の中にいたのだ。


 行為が始まるまでは。


 先程も説明した通りリナーシェ王女は"一等星"冒険者と同等の身体能力を持つ。勿論、体力も言わずもがなである。一度や2度の行為で満足する筈が無かったのだ。


 翌日、2人に朝を伝えに寝室に足を運んだ侍女が見たのは、生気が抜けきりやつれたフィリップ王子と、彼の傍で満足げな表所で眠るリナーシェ王女の姿であった。


 噂によれば、午前と午後はリナーシェ王女にみっちりと体を鍛えられ、夜は夜でやつれるほどの営みを行う。

 そんな生活が結婚当日から毎日続いたらしい。


 結婚してから1週間後。フィリップ王子は城から忽然と姿を消した。

 このままではいつか自分は干からびて死んでしまう。そう感じたフィリップ王子が結婚生活3日目にして早々に決断、隙を見つけて脱走を計画したのである。


 いつも通りの生活を続けて安心させておけば、気付かれる事は無い。そう信じて準備を重ね、8日目にして決行したのだ。


 計画は順調に進み、フィリップ王子は無事、誰にも気づかれる事なく王城を脱出する事ができた。1週間ぶりの自由の空気を味わえたのである。


 ただし、10分間だけ。


 城を抜け出し、自由の空気を味わい、気ままに街をぶらつこうとしたその時、フィリップ王子は右腕に柔らかいものが当たる感触を覚えたのだ。


 恐る恐る視線を自分の右腕に移せば、自分の右腕にしがみついているリナーシェ王女の姿があったのである。


 「フィリップったら、珍しく早起きをしたのね!気を遣わなくても、起こしてくれればよかったのよ?今日はこのまま街で早朝デートでもする?良いわよ!私達の仲が良い事を見せつけてあげましょう!」


 もはや、乾いた笑いしかこみあげて来なかった。

 その日のフィリップ王子の様子を、街の人々は借りてきた猫のように大人しかったと語っている。


 そんな事があったので、フィリップ王子ももう城から抜け出すような事も無いかと思われたのだが、そんな事は無かった。

 意外な事に、彼は未だに自由になる事を諦めずに、城からの脱出を繰り返していたのだ。そして、脱出するたびにリナーシェ王女に確保されるのである。



 そう。スーヤの言う、とはフィリップ王子の脱走と、リナーシェ王女による確保の事である。

 リナーシェ王女が嫁いでから3ヶ月が経過しようとしている間に、既にこのやり取りが8回も行われていれば、彼等が呆れてしまうのも無理が無いのである。


 「ま、あの姫様に目ぇつけられたのが運の尽きだよな」

 「多少は同情するけど、ちょっと自業自得なとこあるしねぇ…」


 毎回リナーシェ王女に確保された時のフィリップ王子は涙目になっているので、同情の気持ちが全く無いワケではない。

 だが、やはり冒険者というものは自分の身が可愛いのである。


 下手にフィリップ王子を庇おうものなら、今度は自分達がリナーシェ王女に振り回されるのは目に見えているのだ。  

 既にいやというほどリナーシェ王女の恐ろしさを知っている2人は、なるべくならリナーシェ王女とは関わりたくは無かったのだ。


 だが、その願いは虚しくも打ち砕かれる。

 いつもの調子で、残りのメンバーがこの飲食店に入って来たのである。


 「ハァ~イ。御機嫌いかが~?」

 「ぼちぼちってとこだな。なんだよ、全員揃ってるって事は、まぁたアタシ達抜きで依頼受けやがったな?」

 「まぁな。だが多数決で決める以上、仕方がないだろう」

 「そういう事。ていうか、今回は断れそうになかったのよ」

 「あん?」


 普段ならば席に着く前にティシアが席に着く前に素早く食事を注文する筈なのだが、今回は食事の注文もせずに疲れた表情で椅子に腰かけている。


 不穏な空気を感じ取り、アジーがやや不機嫌気味に聞き返す。


 「指名依頼よ。依頼主はリナーシェ様。内容はいつものアレよ」

 「うげーっ!よりによって今日!?」

 「巻き込まれたくねぇって話してた矢先にこれかよ…」


 アジーもスーヤも辟易とした表情を隠そうともしない。

 当然だ。彼等もリナーシェ王女に振り回されている側の人間達だからである。


 リナーシェ王女の護衛依頼を引き受けてからというもの、彼女は"ダイバーシティ"一行をいたく気に入った。

 パーティメンバーの平均年齢が自分とそれなりに近く、それでいて鍛えがいのある、伸びしろのある者達だったからだ。

 彼等を鍛えれば、彼等との模擬戦や試合がより充実したものとなる。


 初めて模擬戦を行った時からそう確信したリナーシェ王女は、ニスマ王国の王城にもファングダムの訓練場と同じ設備を設置させ、定期的に"ダイバーシティ"一行を呼び出して模擬戦を行っていたのである。

 王女からの指名依頼、しかも相場よりも遥かに高額の報酬を用意されてしまっては断るわけにもいかず、"ダイバーシティ"の面々は不本意ながらも依頼を受注してたのだった。


 「ぼやかないの。もらうものもらってるんですから、それ食べ終わったらさっさと行くわよ!」


 悪い事ばかりではない。

 リナーシェ王女の見立ては正しく、ニスマ王国で彼女の指名依頼という名の模擬戦を繰り返す事で、"ダイバーシティ"一行は確実に鍛えられてた。


 それだけでも嬉しい話なのだが、移動時間を短縮させるために、王女は彼等に報酬として人数分のランドランを与えたのである。

 しかも世話をさせる厩舎との契約も込みである。この報酬が指名依頼を受注する決め手となった。


 ランドランは基本的に馬より速く走れるため、馬よりも高価な騎獣である。しかも馬よりも食べるため、世話をするための費用が馬鹿にならないのである。


 そういった面倒とも言える部分をリナーシェ王女側で負担してくれているため、"ダイバーシティ"一行はランドランのメリットだけを享受できた。


 「定期的に移動する事になるから、アイツ等も俺達に懐いてくれてるしな」

 「ああして懐いてくれると、可愛く思えてくるから不思議だ」


 ランドランは走ることが好きな生き物だ。頻繁に自分を走らせてくれる者には、例え自分の身の回りの世話をしなくても好意的な態度を取る。

 "ダイバーシティ"一行は定期的に自分達を結構な距離走らせてくれるため、気に入っているのだ。


 「はぁ…。姫様のおかげでアタシ達も強くなってるけど、あの人も強くなってんだよなぁ…」

 「おかげで模擬戦は全戦全敗なんだよねぇ…」

 「確かにしんどいが、鍛えられるうえに多額の報酬ももらっているんだ。他の冒険者達からしたら羨ましいなんてものじゃない話だぞ?」


 実際のところ、"ダイバーシティ"一行はリナーシェ王女に稽古をつけてもらっているようなものなので、本来ならば報酬を払う側なのだ。

 他の冒険者達に彼等の事情とぼやきが耳に入ったら、間違いなく非難の嵐を受ける事になるだろう。


 アジーとスーヤが食事を終え、席を立つ。


 「まぁ、実際アタシらの言い分は贅沢ってか罰当たりなのはその通りだよな」

 「だね。じゃ、そろそろ行こっか!」


 既に何度も受注している依頼なので、文句自体はひとしきり言うものの、結局は素直にリナーシェ王女の元へ向かい、模擬戦を行って来る。


 "ダイバーシティ"一行は、今回もいつも通りだと思っていたのだ。



 模擬戦を終え、5人が疲労のあまり横たわっていると、ご機嫌な表情のリナーシェ王女から一つの報告を受ける事になった。


 「ねぇ!見てよコレ!この手紙!誰からだと思う!?ねぇ誰からだと思う!?」

 「姫様よぉ~、ちったぁ休ませてくれませんかねぇ…」


 疲労困憊の状態から質問をされても、手紙もハッキリと見えず頭も働かないため、普段ならば堪えられそうな質問も答えられないでいる。


 そんな"ダイバーシティ"一行の様子などお構いなしに、リナーシェ王女は手紙の説明を続ける。


 「なんと!オリヴィエからよ!あの子から手紙が届いたの!その手紙の内容がもうホントビッグニュースなのよ!」


 拙い…。この場にいるリナーシェ王女以外の全員、"ダイバーシティ"一行だけでなく、リナーシェ王女に強制的にトレーニングをさせられているフィリップ王子もそう思った。


 リナーシェ王女は自分の妹である聖女オリヴィエ王女の事となると、非常に、非常に話が長くなるのだ。この場にいる全員が知っている事実である。

 疲労困憊の中、長々と妹の話を聞かされることになるかと思うと、全員が辟易とした表情をする事になった。


 だが、今回は少し違うらしい。


 「ノアよ!」

 「はい?」

 「ノアがこの国に来るわよ!それも多分2,3日後に!貴方達、ノアにこの国を案内してあげなさい!それで最終的にこの城に連れて来なさい!」

 「「「はぁーーーーーっ!!?!?」」」


 かの『姫君』の次の旅行先は、この国になるそうだ。


 突然の知らせに、その場にいた全員が悲鳴を上げる事しか出来なかった。

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