第151話 マコトの秘境

 服を人間用のものに着替えて角と翼を体の内側に仕舞う。

 尻尾を通常の長さに戻して鰭剣に尻尾カバーをかぶせたら、解除してしまった寵愛の強さの詐称や『瞳膜』の魔術を施し直す。

 これで人間社会で活動する際の格好に戻っている筈だ。


 一応、『我地也ガジヤ』によって姿見を作り出し、今の自分の姿を確認しておこう。


 ・・・・・・良し、この状態なら街に戻っても訝しがられる事も無いな。

 それじゃ、王都に戻るとしようか。

 結界は・・・しばらくはこのままにしておこう。周囲の状況は私が手加減抜きに暴れまわったせいで人の、と言うよりもほとんどの生物が生活できるような環境ではなくなってしまっている。

 流石に、いきなりこんな事態になったら大騒ぎになるのは間違いない。せめて空間の歪みが収まるぐらいまでは、結界は張り続けておく事にしよう。


 うん。正直、感情に任せて暴れてみたのだけれど、ここまで酷い事になるとは思わなかった。


 途中まではまだ良かったんだ。そこまで魔力を用いた行動はしていなかったし、直接的な攻撃魔術も施設を覆う程度の火球や、温度を下げて液化させた空気をぶつけた程度だった。

 その後、職員の一人に死を懇願されたが、当然拒絶した。


 彼等には予め『不許死シヌコトヲユルサズ』、『不許コワレルコトヲユルサズ』、『不許狂クルウコトヲユルサズ』、そして『強制認識』の意思を乗せた魔力を纏わせて、容易に死ぬ事の出来ない状態にしていた。

 彼等は一般的な人間だったからな。冒険者で言うならば、精々"中級インター"程度の肉体強度しかなかった筈だ。

 そんな人物達が一切の制限を掛けない私の前に立てば、その時点で命を落とす。

 それでは被験者となって命を落とした村人達が浮かばれないし、何より私の気が済まない。


 彼等は、死を懇願した被験者達の願いを無下にして外道な実験を繰り返し続けたのだ。それなのに自分が同じ願いをした時に成就されるなど、虫が良すぎる。

 その虫の良さに腹が立ったので、そこからは更に容赦無く暴れさせてもらった。


 ちなみに話は変わるが、、マコトの後継者候補を神々に訪ねていた際に、折角だからロマハに死後の世界の有無について尋ねてみたのだが、死後の世界というものは存在しないらしい。


 彼女の仕事は、死後、肉体から離れた魂を回収して、一度魔力や生命エネルギーともまた違う、純粋なエネルギーへと変換、そこから星に還す事なのだとか。魂が所有していた意識や記憶などは、この段階で消えてしまうらしい。


 星に還した純粋なエネルギーは、星を通じてあらゆる存在に宿っていく。植物は勿論、水や石、土などにも。

 そしてそのエネルギーはあらゆる存在へと行き渡る。土から植物へ、植物から動物へ、そして再び星へと還って行く。


 では、生物の魂はどうやって生み出されるのか?

 それは子供が作られた際に親から子へと伝わったエネルギーが徐々に形成していくのだと言う。子供が宿った時点では、まだ魂は出来上がっていないのだとか。


 それどころか、人間の場合は母親から生まれた後も、まだ完全には魂が出来上がらない事すらあるらしい。

 その辺りは個人によって大きく差が出るそうなのだが、最初から魂が存在してそこから子供に宿る、と言うわけでは無いようだ。


 つまり、人間達の言う転生と言う概念は実際には成立しないし、罪を犯した者が死後に罰せられるという事も無いのだ。


 その事をロマハから伝えられていたため、私はあの職員達を必要以上に苦しめたのだ。さっきも言ったが、簡単に死なれてしまっては私の気が済まないからな。


 話を戻すが、腹を立てた私は、結界を張っている事を良い事に、それはもうここぞとばかりに自分が出来そうだと思いついた事は何でもやってみた。


 手加減抜きの『真・黒雷炎』は勿論の事、私が変動できる限界まで周囲の温度を上昇、低下させたり、口と六つの翼指の孔から全力で魔力を照射したり、重力を極大まで増加させたり、空間を消去させたりと、やりたい放題である。

 最終的には、職員達に掛けた魔法が耐え切れずに、職員達が消滅してしまった。

 おかげでこの研究施設があった場所、と言うよりも結界を張った場所全体がメチャクチャな環境になってしまったのだ。


 周囲の気温は同じ場所であるにも関わらず安定せずに常時激しく変動し続けるし、私の家の周辺が可愛く思えるほど魔力量と密度が高くなってしまっているし、至る所に小さな重力塊が発生してしまっているし、空間も先程述べたように歪曲してしまっている。


 今、結界を解除したら世界中で大騒ぎになるのは目に見えているのだ。

 とりあえず、この場にある尋常じゃない魔力を回収してしまおう。気温の変化や重力塊は・・・うん。これはもう、すぐにはどうにもならなさそうだ。

 これを直そうとしても、新しい騒ぎの原因が出来上がるだけな気がする。時間を掛けて、ゆっくり戻すしかないだろうな。


 空間の歪曲は・・・うん、コレが一番速く収まるな。

 空間は弾性、つまるところ変化した際に元に戻ろうとする力が極めて強いから、周囲に酷い破壊をもたらす事になるとは思うが、1時間も放置しておけば空間の歪み自体は無くなると思う。その後が凄い事になっていそうだが。


 その頃を見計らって結界を解除するとしよう。


 では、いい加減街へと戻るとしよう。時刻は既に午前7時40分。

 幻に対応させればいいとは言え、冒険者達をないがしろにする事は出来ない。子供達の事は気になるが、マコトやモスダン公爵への報告は、稽古の後にしておこう。

 尚、ヘシュトナー邸で回収した数々の不正の証拠書類は既にモスダン公爵に提出済みである。


 いつもよりも遅くなってしまいはしたが、今日も数件の依頼をオリヴィエに斡旋してもらい、冒険者達への稽古は問題無く終わらせる事が出来た。



 時間は過ぎて午前12時。私は余裕の出たと言うマコトの元まで来ている。時間に余裕があると言うのなら、是非子供達の様子を見せてもらおうと思ったのだ。


 「お待たせ。ちょっと時間は掛かったけど、終らせて来たよ。」

 「終わらせて来たって、ノアさん、一体何をしてきたんですか・・・?」

 「まぁ、それについてはまた後で。それよりも、折角子供達を助けたんだ。私もあの子達の様子を見せてもらっても良いかな?フウカも会いたがっているようだし。様子を確認したら、彼女にも伝えようと思っているんだ。」

 「ふぅ・・・。分かりました。じゃあ、案内しますね?ノアさん、一応、これから僕が見せるもの、他言無用でお願いしますよ?」


 つまり、子供達を匿った手段は、やはり普通の方法ではなかった、という事だ。

 静かに頷くと、マコトは胸元から小さなカギを一つ取り出し、何の変哲もない壁に鍵を突き刺した。

 するとどうだろう、瞬く間に壁が扉へと姿を変えて、扉が開かれたのだ。



 扉の先は、かなりの広さを持つ土地だった。無人島というやつだろうか?周囲は海で囲まれているし、子供達とマコト以外の人間の気配を感じられない。

 まぁ、人間以外の気配なら感じる事は出来るのだが、どうやら子供達に対して非常に友好的なので、これといった問題は無いだろう。

 土地の中心には貴族の屋敷にも比肩しうる大きな館が建てられている。子供達はあの館でしばらく生活する事になるのだろう。


 しかしなるほど。他言無用を要求するわけだ。これは、一種の転移用の魔術具という事か。


 「凄い魔術具があるものだね。それにここまで過ごし易く、誰にも知られそうにない環境へ移動できるなんて。これもピリカが作ったのかな?」

 「えっ!?ノアさん、彼女の事知ってたんですかっ!?って、あー、確か稽古の報告にやたらすばしっこくて、鬱陶しい球を捕まえる内容がありましたね・・・。まさかとは思ったんですが・・・。」

 「うん。ファニール君だよ。慣れてしまうと、なかなかどうして、可愛く思えてきてね。最近はあの子に懐かれていくような気がしないでもないんだ。」

 「ええぇ・・・アレを可愛いって・・・。」


 マコトもファニール君の事は知っていたようだ。辟易とした様子を見るに、彼も一度は私用してみて、その鬱陶しさを体験した事があるようだ。


 「慣れてしまえば、だよ。私だって最初からそうは思わなかったさ。どちらかと言うと、玩具相手に少しムキになってしまったぐらいだよ。だけど、なかなかに楽しめたのは事実だったからね。迷わず購入させてもらったよ。」

 「そう言う事があったんですね・・・。ああ、そうだ。さっきの鍵なんですけど、アレは彼女が作ったわけじゃないんです。と言うか、多分魔術具でもないんじゃないですかね。」

 「どういう事かな?」


 魔術具ではないとな?それはつまり、その鍵の事が良く分かっていないという事だし、誰の手によって製造されたかも分からないという事かな?


 「この鍵は、僕が若い頃に古代遺跡から見つけたものでして、あんまりにも便利だったんで、他人に教える事なくそのまま使わせてもらってるんですよ。いざという時の避難用としてね。」

 「なるほど。たまに遺跡から発掘される古代遺物アーティファクトというやつだね?本で読んだ限りでは、どれもこれも使い方が分からなかったり、完全に壊れたものばかりだって聞いたけど・・・。」

 「この鍵もそうですけど、あまりにも強力な力を持っていますからね。知れば誰もが欲しがってしまうんですよ。ですので、機能が失われていない古代遺物も世間一般に知られていないだけで、発掘されていないわけでは無いんです。」


 なるほど。確かに異様なまでに便利だものな。彼の持つ鍵を解析したい気持ちが無いわけでは無いが、止めておこう。ハッキリ言って、必要ない。

 絶対に碌な事にならないからな。あの鍵を使用しなくても、私は同じような事は既に出来るのだし、余計な争いの種を態々増やす必要など無いのだ。


 「行きましょうか。子供達には既に事情を説明していますし、ノアさんの事も理解していたみたいですよ?皆お礼が言いたいと、貴女に会いたがっていました。」

 「それなら、早速行こうか。後でフウカも連れて来てあげないとね。」

 「ええ、その際はお願いします。ところでノアさん、ここから王都まで、転移は出来そうですか?」


 確かに。それは私も気になるな。だが、多分今の私には無理だ。明らかに王都と私の家までの距離よりも離れた場所にある。


 と言うのも、周囲が海に囲まれているとしたら、それはつまり最低でも王都から海までの距離が必要になってくるのだ。その距離は王都から家までの距離よりも長い距離だ。


 試しに『広域ウィディア探知サーチェクション』を用いて周囲を確認してみたが、似たような島をいくつか確認出来たぐらいで、ティゼム王国がある大陸を確認する事は出来なかった。


 「駄目だね。距離が離れすぎてる。マコトは、この島の場所がこの星のどの辺りにあるか、分かる?」

 「いいえ、分かりません。世界地図が無いわけでは無いのですが、この辺り周辺と同じような特徴が記された地図は、少なくとも僕は知りません。」

 「なるほど。それなら、少なくともヘシュトナー侯爵の目からは逃れられたって言う事だね。」

 「ええ。それに、子供達の面倒を見てくれる存在もいますから、あの子達を匿うなら、この方法しかないな、って思ってました。」


 ふむ。現在も子供達の傍にいる人間ではない気配の事だな。マコトが信用しているのなら、心配はいらないな。



 徒歩で移動してから約5分。館へと到着すれば、そこには冒険者ギルドの敷地程はある大きな庭で思うままに遊んでいる子供達と、侍女の衣服を着用した、極めて精巧に作られた、美しい女性の姿をした5体の人形の姿があった。

 種族に関しては庸人ヒュムス、ネコの獣人ビースター妖精人エルブ窟人ドヴァーク矮人ペティームと様々である。

 あの人形達。どうも魔術具に近い存在のようだ。それでいてしっかりと自分の意志を持っているようにも見える。


 ふむ?


 「マコトが番を持たなかったのは、彼女達がいるから?」

 「ブッ!?ちょっ!?ノ、ノアさんっ!?いきなり何を言ってるんですかっ!?そんなわけないじゃないですかっ!?彼女達はそう言うのじゃないですからっ!」

 「だけど、彼女達、非常に精巧に人間を模して造られているよ?それこそ、子供を授かる事は出来ずとも、行為自体は可能なほどに。その鍵は、多分、この島のすべて、彼女達やあの館の所有権を示す物だと思うから、問題は無いと思うけど?」

 「た、確かにその通りなんですけどっ!違いますからっ!?僕は彼女達に手を出したりなんてしてませんからっ!?」

 「?それは、所謂ヘタレというやつでは?」

 「ノアさんっ!?!?」


 マコトはとても誠実な人物だとは思うのだが、どうにも異性に対して非常に奥手の様な印象を受ける。

 確認のために彼女達の事をマコトに訊ねてみたのだが、慌てて否定するし、彼は生殖行為を恐れているのだろうか?

 そんなやり取りをしていると、5体の内最も小柄な、矮人の人形が私達の元まで来て私の言葉に便乗してきた。


 「その通り、お客様、もっと言ってやって。ご主人様は私達の所有権を得てから40年、一度も手を出してきていない。私達は全員良いって言ってるのに。」

 「マコト・・・・・・。」

 「やめてっ!そんな目で僕を見ないでくださいっ!感覚的には娘みたいなものなんですよっ!?僕の故郷じゃ犯罪なんですっ!」

 「いや、でもここ、マコトの故郷じゃないし・・・。そもそも国でも無いじゃないか・・・。」

 「そんな簡単に割り切れるものじゃないですって!!」


 そういうものなのか。その辺りは個人差もあるかもしれないが、今の私には理解出来そうも無いな。[郷に入っては郷に従え]と言う言葉がある以上、あまり故郷の倫理観にとらわれ続けるのもどうかと思うのだが。


 それはそれとして、挨拶はしておかないとな。


 「初めまして。私はノア。マコトとは・・・そうだね、友人だよ。子供達の面倒を見てくれてありがとう。」

 「いらっしゃいませ、ノア様。私達は"秘境"の管理代行者。メイドールです。私から背の高い順にウーナ、トリア、ケトラ、クィクエ、デュオです。以後、お見知りおきを。」


 いつの間にかマコトの言い訳を聞いている間に他の人形達も私達の元へと集まって来ていた。

 最も背の高い妖精人の人形が、私の挨拶に対して自分達の事を説明してくれる。


 メイドール、とな。何とも安直な名前のような気もするが、彼女達はあまり気にしていないらしい。

 そして、そろそろ彼女達を人形と呼ぶのは止めておこう。

 こうして面と向かって会話をした事で確認が取れたが、彼女達にもしっかりと魂が宿っている。つまるところ、私からして見れば彼女達も紛れもない命なのだ。


 今後は彼女達の事は個々の名前か、種族名としてメイドールと呼ばせてもらおう。


 自己紹介をしている際に、何故かマコトが妙に感動した様子で此方を見ている。

今度は一体何だと言うのだ。


 「ノアさん・・・。僕の事を友人って・・・。」

 「ん?ああ、確かに、私にとって友人と呼べる人はとても少ないからね。少なくとも、マコトは王都で最初に出来た友人であり、最も頼りになる人物である事は間違いないよ。」

 「ノアさん・・・っ!」

 「ご主人様、いい年してみっともない・・・。」

 「しっ!言っちゃ駄目よデュオ!ご主人様は御友人が少ないんだから!」

 「貴方もよ、クィクエ、真実とは時に人を大きく傷つけるものなのよ。」

 「それ言ったらウーナも大概でしょうが。」

 「貴女達・・・わざと聞こえるように言ってるでしょ・・・。」


 言ってるな。彼女達はマコトをとても慕っていると同時に、ほどほどに冗談を言い合えるぐらいの関係でもあるようだ。つまり、極めて良好、というやつだな。

 これで男女の関係になっていないと言うのも、少々メイドール達が不憫に思えなくも無いが、何とも言えないな。


 当の本人が彼女達の事を娘の様に思っているのでは、そういった関係になるのは難しいだろうし、実力行使に出ようとしても、多分、五人がかりでもマコトの方が実力が上だろうからなぁ・・・。


 まぁ、マコトとメイドール達の関係は大体分かった。だから、彼女達の言葉に対していじけるのはそのくらいにしておきなさい。

 貴方がそんな状態では話が進まないだろう?


 そんな風に心の中でマコトを窘めていた時だ。

 どうやら子供達の一人が、私達の事に気付いたらしい。


 「あっ!女神様だっ!」

 「ホントだーっ!!」

 「女神様だーっ!!」

 「「「「「女神さまーっ!!」」」」」


 そんな風に私の事を大声で女神と呼びながら、大喜びで子供達が一斉に私の所まで駆け寄ってきた。


 またか!またこのパターンかっ!?


 だから女神じゃないってば!

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