第140話 上級に昇級 ※描写注意!!
【前書き】
本日は別視点の話があるのですが、その場面で残酷かつグロテスクな描写があります。ご注意を。
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あの後30分もの間、互いを罵り合いをした後、ようやく気が済んだようで解散する流れとなった。本当に、
そう言うのは私の知らない所で直接やっていて欲しい。と言うか、モスダン公爵は就寝しなくても良いのだろうか?
「舐めるなよ。二日や三日ぐらい、睡眠をとらずともどうとでもなる。」
つまり、睡眠自体は何時かは取る必要があるんだね?大事な時に限って睡眠をとっていない、なんて事が無いようにしてくれよ?
さて、日が昇り一日が始まるわけだが、ヘシュトナー侯爵は昨日言っていた通り私が夕食を取る時か終わらせた後に使いをよこすようで、日中は何事も無く、至って平和な時間だった。
オリヴィエは相変わらず私に対しては明るく振る舞っていたし、マコトの用意してくれた食事は絶品だった。稽古に来てくれた冒険者は昨日よりも数が多かったし、依頼の消化も誰にも妨害される事なく、順調に予定通りの数を達成させる事が出来た。
そう。ついに"
「ノア様!おめでとうございます!予定通りですね!流石です!」
「「「「「姐さん、おめでとおおおーーーっ!!」」」」」
「俺等のためにあれだけの時間を割いておきながら、一日で数十件も依頼こなしてたとか、マジでスゲエですっ!」
「しかも、今度は上手くいけば貴族様の学校の教師もやるんですよねっ!?」
「その前に騎士様と御前試合するんだろっ!?」
「いや、陛下は来ない筈だったぞ?でも、多くの騎士が見ている中、現状最強を名乗ってる騎士様と戦うってよ!」
「お、俺達も見てぇええーーーっ!!?」
と、まぁこんな感じで祝われたり、私の予定を知らされたりしているのだが、その事に関しては昨晩、マコトと打ち合わせてそれとなく冒険者達に伝える事に決めたのだ。貴族達に此方の情報を敢えて流すためだ。
建て前としてはマコトからの要望で、[宝騎士を下すほどの者が冒険者に稽古をつけるのなら、貴族の子息達も鍛えて欲しい]、という依頼が学校側から来たため、と言うものだ。
昨日の今日で一部の貴族が私の動きを知り、冒険者を鍛えるぐらいなら自分達の身内を鍛えるべきだと言い出して来た。ならば冒険者達も、貴族の子息達も、どちらも鍛えてしまえばいい。
そう学校側が判断して、冒険者達の稽古に加えて貴族学校の臨時教師の指名依頼が学校から発注されるため、それを受注する、と言う流れだ。
ちなみに、ヘシュトナー侯爵に雇われると言ったが、最初から素直にヘシュトナー侯爵の使いに従うつもりは無い。
フルベイン侯爵の口ぶりでは、貴族の使いというのは尊大な者が多いらしいので、初めは適当にあしらおうと思うのだ。一筋縄ではいかない相手だと思わせれば、此方の要求も通しやすいだろうからな。
何はともあれ、まずは
既に本人にも話が通っていて、彼女の方も私と会い、親善試合を行う事には凄まじく乗り気なのだとか。
マコトに相談していた大騎士・ミハイル曰く、マクシミリアン亡き今、自分こそが
それだけならばともかく、竜人の悪い癖が出たのか、異様に他者を見下すようになってしまったらしい。
見下すと言っても、そこは宝騎士だ。間違っても相手を侮辱するような行為はしないし、まして悪行を行うわけでもない。
ただ、自分の方が強くて偉いから、他の者は黙って自分の下に付け、と言うのがグリューナの言い分だ。
で、依頼の内容としては実力でグリューナを下して、彼女に人の上に立つには強さが全てでは無い、という事を思い出させてほしい、という内容だった。
宝騎士。人類の宝と呼ばれるほどの人物だ。多少強引な面はあったものの、グリューナも元から今のような人物では無かったと言う。
むしろ、騎士の模範となるべく日頃から言葉遣いには気を付けていたし、振る舞い方も騎士らしくあろうと努力していたそうだ。
ただ、本人にとっては丁寧な振る舞いと言うものが慣れない行為だったらしく、実際はかなりぎこちない姿だったようだが。
それでも、彼女の実力は宝騎士として十分すぎるほどであり、向上心もあり努力家でもある。何より、騎士としての矜持はしっかりと持ち合わせている事が認められ、晴れて5年前に宝騎士となった。
彼女もまた、マクシミリアンに憧れていた人物であり、何時かは彼に真正面から挑み勝利して見せると闘志を燃やしていた剛の者でもあった。
そうして自らの技を磨き、体を鍛えている最中に"楽園"のアレである。
マクシミリアンが亡くなってしまった事によって、彼女の心境が大きく変化し始めたのだ。
騎士達は全員自分の下につくべきだ、と考えるようになったそうだ。
つまり、またしても私が原因と言える事態なのだ。本当にマクシミリアンは、と言うよりもカークス騎士団はこの国にとって非常に重要な組織だったと言える。
仮に彼等が、マクシミリアンだけでも健在だったのならば、マコトも今ほど多忙にならなくて済んだのだろうか?
う~ん、でもマコトだからなぁ・・・。彼の場合、余裕があったらその余裕の中に新しい仕事を放り込んで、結局仕事漬けの生活を送っていたような気がする。
まぁ、今はマコトの事よりもグリューナの事だな。彼女と対峙した時、どういう反応を取られるのだろうか?
マーグの時はかなり畏まられてしまったが、彼女はどうだろう?
魔法を使用してルグナツァリオの寵愛の強さを詐称する事が出来たように、ドラゴンの因子の強さを詐称する事が出来るとは思う。
ただ、必要あるか?まぁ、グリューナに気を遣わせる事は無くなると思うが、それは私の方から[全力で戦え]、とでも言えばどうとでもなる。
うん。一々ドラゴンの因子を詐称などせず、このままグリューナと対峙しよう。
ただでさえ私は自分の正体を隠しているのだ。これ以上の詐称は不要だ。
良し!方針も決まった事だし、いつも通り夕食を終えたら図書館で読書をして、風呂に入って寝るとしよう!
既にミハイルからの指名依頼は受注した。後は明日を待つばかりだ。
と思っていたのだが、肝心な事が頭から抜けていた。
夕食を取り終わり、図書館で読書をしている最中の事だ。
大きな足音を立てて二人の男性が私の所まで接近してきた。彼等に視線を送ってはいないが、何とも尊大な雰囲気を醸し出している。
ヘシュトナー侯爵の使いだろう。
私が予想した通り、使いの者は侯爵という高位貴族の名前を借りられているためか、図書館の職員に対して非常に尊大な態度を取っていた。
彼等は私のすぐそばまで来た後、尊大な口調で私に語り掛けて来た。
「貴様が登録したばかりの竜人の冒険者か。」
「さる御方が貴様の能力を評価して下さっている。お会いになって下さるのだ、黙って我々について来てもらう。」
そう言い放った後、彼等は踵を返して立ち去ってしまった。
・・・・・・ヘシュトナー侯爵。使いの者達に、ちゃんと丁寧に対応するように伝えたか?
敵の私が言うのも何だが、いくら何でもアレは無いだろう?フルベイン侯爵が念を押す理由が良く分かる。
と言うか、この二人はその態度で何故大人しく自分達について来てくれると思ったのだろうか?
ヘシュトナー侯爵の説明不足か?あるいは、この二人が侯爵という肩書を過信しすぎているのか?それともその両方か?
他にも理由はあるかもしれないが、そんな態度で付いて行く者など殆どいないと思うぞ?
とりあえず、無視しておこう。私は気持ちよく読書中だしな。私が彼等に従う理由など、微塵も無いのだ。そもそも最初はどちらにせよ誘いを断る予定だったしな。
少しして私が後をついて来ていない事に気付いたのか、再び大きな足音を立てて私の所まで駆け寄ってきた。
・・・その足音は何とかならないのか?図書館では静かに、だぞ。
「おい、ふざけているのか?我々はついて来いと言ったのだ。」
「それとも言葉も理解できない野蛮人なのか?」
言葉が理解できなかったら本など読めるわけが無いだろう。罵倒にしたってもう少し言葉を選ぶべきだぞ?正直品性がなさすぎる。
無視して読書にいそしむとしよう。
「き、きっさまぁ・・・。我々が誰だかわかっているのかっ!?」
「ついて来いと言っているのだ!黙って従えっ!」
名乗っていないのに誰だか分かるかと聞かれても、普通は分からないと思うぞ?本当に浅はかな連中だ。
ヘシュトナー侯爵も何故こんな連中を私に宛がったのか、理解に苦しむ。他にまともな人材はいなかったのか?
それはそれとして、この連中、図書館の中でよくもまぁ、そんな大声を出す事が出来るものだ。周りの迷惑などまるで考えていないらしい。
まぁ、この辺りにいるのは私だけなのだが。
無視し続けられて痺れを切らしたのだろう。遂には実力行使に出るらしい。
手を伸ばして私の肩を掴もうとしてきた。だが―――
「おいっ!いい加減にっ!?」
「な、何だコレはっ!?さ、触れんっ!?」
私の周囲80㎝ほどの範囲で、球状の『結界』を張ってある。彼等では到底私に触れる事など出来はしない。そもそも、これが結界である事すら理解できていないようだからな。
まぁ、無理もない。人間達にとって、結界とは最低でも部屋一つ分の大きさまでしか小さくできないのだ。人一人分の範囲の結界など、考えつかないのだ。
「クソッ!何なのだコレはっ!?」
「コレのせいで我々の声が聞こえていないとでも言うのかっ!?」
そんな事は無い。問題無く聞こえているよ。ただ、相手にするのも馬鹿々々しいから無視しているだけだとも。
だがしかし、こういった手合いと言うのは、本当にどうしようもない連中のようだ。自分の思い通りに行かないからと言って、とんでもない暴挙に出始めた。
「そんなに本が好きなら、こうしてやるっ!」
「ホラ、お前のせいで大事な本が燃えていくぞっ!?ひゃはははっ!」
この二人、私が二人を無視し続けて読書をしているために嫌がらせとして図書館の本棚に向けて炎の魔術を放ち始めたのだ。
まさか、侯爵の使いだからと言う理由でここまでの暴挙を本当に行うとは。
この連中は、自分達の行動がヘシュトナーと言う名前に泥を塗っている事を理解しているのだろうか?
国が経営している施設に火を放つなど、当たり前だが重犯罪だ。例え侯爵と言えども庇いきれるものではない。と言うか、特に親しい仲でも無いだろうし、無関係を貫く筈だ。
ちなみに、私がここまで落ち着いている理由は、予め図書館全体に『不懐』を施しているためである。彼ら程度の魔術では、この図書館内のあらゆる存在に傷一つ付ける事は出来ないのだ。
尚、図書館の人間には事情を伝えて貴族の使いが私の元まで来る事、彼等が尊大である可能性が非常に高い事、そして想像以上の暴挙を働く可能性がある事を事前に伝えてある。
そのうえで彼等には『不懐』の効果を説明、実施して、この魔術を図書館全体に施す事を了承してもらっている。
というか、一時的にとは言え、本の破損を避けられる魔術を無償で施された事に対して、非常に有り難がられた。
そんな事など知る由もなく、二人は図書館の至る場所に炎の魔術を放っている。
彼等の放っている魔術は、火炎魔術の中でも非常にポピュラーな魔術、炎の球体を射出して着弾時に爆発を起こす、『
この魔術、爆発の影響で煙がしばらく周囲に残り続けるのだが、それが原因で二人は本がまったく損傷していないと言う事実に、まるで気付けていない様子だ。
得意げになって魔術を乱射している中でも私が何の反応もせずに読書を続けている時点で、彼等は状況を察するべきなのだが、この二人も悪臭を放つ冒険者達と同様、自分にとって都合の悪い事からは目を逸らすようだ。
そんな事をしてもすぐに自分達の行為が無駄だと理解できてしまうのに・・・。
ひとしきり魔術を放ち続けて魔力が枯渇してしまったようだ。
「ど、どうだぁっ!はぁっ、我々に従わないと、はぁっ、どうなるか、はぁっ、これで分かっただろうっ!?って貴様っ!何故平然としていられるっ!?貴様の好きな本が燃えているのだぞっ!?」
「な、何だ、これは・・・っ!?ば、馬鹿な・・・!な、何故だ・・・っ!?」
「何だ、どうしたっ?な、何ぃーっ!?!?」
ようやく二人とも図書館に一切被害が無い事に気付いたようだ。懸命に魔術を放ち続いていたと言うのに、その全てが無駄だったのである。驚愕するのも当然だ。
今は愕然としているが、この後立ち直って今度は本棚の本を辺り一面にまき散らされでもしたら、片付けが非常に面倒だ。この二人に片づけをさせるにしても、時間が掛かるし、図書館を利用したい者にとっては、どの道多大な迷惑になる。
そろそろ大人しくしてもらおう。『
損害が全く無かったとは言え、図書館に対して火を放ったのだ。キツめのお仕置きである。
「がぁっ!?」
「き、貴様っ!?無礼だぞっ!?我々に対してこのような真似っ!ただで済むと思っているのかっ!?」
この辺りに図書館の利用者がいないとは言え、彼等の声が他の場所に聞こえないとは限らない。何せ先程から大声で叫ぶように喚いているからな。
彼等の周囲に防音魔術を施しておくとしよう。声自体は出せている。私は閉館時間までいつも通り読書にいそしむから、思う存分叫び続けると良い。
それ以降も彼等は大声で喚き続けていたが、別に何とも思わない。
何たって、鬱陶しさならファニール君の方が遥かに上だからな。あの子の鬱陶しさを知っていれば、彼等の発する音など、小鳥の囀り同然だ。
いや、彼等の発する音は決して綺麗な音では無いので、小鳥の囀りと比べたら小鳥達に極めて失礼だったな。小鳥達よ、申し訳ない。
とにかく、彼等の事は閉館時間まで魔力のロープで縛り付けて放置し続けた。
そして閉館時間。彼等をロープで引きずりながら退館する事にした。その際、彼等の声が他に伝わらないよう、彼等の喉に『静寂』の魔力を施しておく。
魔法を使用してしまっているが、先程まで性懲りもなく叫び続けていたから、喉がガラガラなのだ。声を発する事が出来なくとも、喉が枯れに枯れているため、気付かれる事は無いだろう。
「今日もありがとう。そろそろお暇するよ。」
「いえいえ!こちらこそ、先日の複製依頼と言い、今回と言い、素晴らしい魔術を施していただき、誠にありがとうございましたっ!」
対応してくれたのは図書館の館長だ。昨日受けた指名依頼の結果や今回の魔術に感銘を受けたらしく、直接礼を述べなければ気が済まなかったらしい。
「特に、今回施していただいた魔術に関しては、後程謝礼金を支払わせていただきたく存じます。」
「あー、今回の事は私の事情に巻き込んでしまったから、無料で良いよ。効果時間も精々一週間かそこらだからね。それ以降、同じ魔術を施して欲しい場合は、指名依頼と言う形でどうかな?」
「な、何とっ!今後もっ!?よろしいのですかっ!?ありがとうございますっ!是非、そうさせていただきますっ!」
「うん。私は月末には家に帰るから、今度は一週間と言わずに一年くらい持続する奴を施すよ。その分、それなりの額を頂く事になるけどね。」
「い、一年もっ!?あ、貴女が神か・・・っ!?分かりましたっ!十分な報酬を用意しておきますので、是非ともお願いしますっ!」
神では無いのだが・・・。ものすごい勢いでお願いされてしまったな。図書館の館長としては本が汚れたり傷付く心配が極めて少なくなる事は非常に喜ばしい事なのだろう。館長の書物をこよなく愛する気持ちが伝わってくる。
書物を愛する者の誼だ。可能な限り安く引き受けよう。
さて、残るはこの二人の後始末だな。国の施設に攻撃魔術を放った時点で重罪なわけだが、生憎と図書館は全くの無傷だ。訴えるのは難しいだろう。最初からそのつもりも無いが。
図書館からある程度離れた場所で『静寂』の魔力を解除する。この間にも口が激しく動いていたので、未だに叫び続けていたのだろう。
いい加減、どういった者を相手にしているのか理解するべきだと思うのだが、そのつもりは無いらしい。
彼等にとって侯爵と言う地位は、それほどまでに大きなものなのだろう。
「貴様っ!いい加減この訳の分からん縄を解かんかっ!」
「我等が誰の命で動いているか分からんのかっ!?あの方が黙っていないぞ!」
ええぇ・・・。未だに最初とほぼ同じ事を言い続けていたのかこの二人は・・・。ひょっとして、それ以外に人を従わせる言い方を知らないのか?どれだけ侯爵という肩書に頼り切っているんだ。
しかも、彼等は侯爵とは一言も言っていない。
「お前達は馬鹿なのかな?誰の命でって言われても、名乗っていないのだから分かる筈も無いだろう。」
「なっ!?それぐらい高貴な御方だと察しろっ!この愚か者がっ!」
「愚かなのはどちらなのかなぁ?知らない人に付いて行ってはいけないと、親から教わらなかったのかい?王都の子供ならみんな知っている事だよ?」
優しい口調で子供でも知っている、と言われた事で馬鹿にされていると思ったのだろう。二人とも更に怒りの感情を露わにして喚きだした。
実際、少々馬鹿にしたのでこの怒りの感情は尤もだ。だが、私も気にならなかったとはいえ、散々読書を邪魔されたのだ。これぐらいの事は言う権利がある筈だ。
「ふざけた事をぉっ!貴様の無礼はあの方に包み隠さず報告するからなっ!今更謝罪したところで、もう遅いぞっ!」
「図書館に魔術を放った事も、貴様のせいにしてやるっ!これで貴様は重犯罪者だっ!我等にこのような仕打ちをした事、後悔するがいいっ!」
呆れて物も言えない、と言うわけでは無いが、重罪だと分かっているならやろうとするな、と言いたいところだ。
全く、自分達が偉いと言うわけでもないのに、よくもまぁ、ここまで尊大になれたものだ。
「はぁ・・・。私がお前達に従わなかったのは、単にお前達の態度が気に食わなかったからだ。誰の命で動いていようとも、権力を持ち、敬われているのはお前達の主であって、お前達ではない。権力者の威を借りて威張り散らすような連中の言葉に従ってやる義理は、私には無い。つまり、こうなったのはお前達のせいだ。」
「なっ!?」
「それとな、もう一つ。」
そう言ったところで縛り付けている二人に『
更に尻尾には『
「[図書館ではお静かに]、だ。出直して来なさいっ!」
「「おぁあああーーーっ!!」」
私の顔の位置まで落下してきたところで尻尾で思いっきりはたいて吹き飛ばしてやった。落下地点はヘシュトナー邸から約500メートルほど離れた位置だ。仕事を果たせなかった事をこっぴどく叱られてくると良い。
さて、邪魔者もいなくなった事だし、後はいつも通り風呂に入って果実を食べて寝るとしよう!
―ヘシュトナー邸、執務室―
羊の月、18日。午前13時
そこには委縮しきったヘシュトナー侯爵の二人の使いを睨みつける、インゲイン=ヘシュトナーの姿があった。その表情は怒りに満ちており、額には血管すら浮き出ている。
ノアに弾き飛ばされたヘシュトナー侯爵の使い達は、縛られたままの状態で樹木の枝に引っかかり、身動きが取れない状態でいた。そこから人に発見されるまで放置されていたのである。
日が変わっても使いが戻らない事を不審に思ったインゲインが、使いの捜索を出したところ、ヘシュトナー家の者が彼等らを発見し、インゲインにも彼等の失敗が耳に入ったのである。
そして今、インゲインが直接使いに対して失敗の原因を訪ねている最中だ。
「貴様等は、あの竜人にどういう説明をしたのだ・・・?」
「さ、さる御方がお会いになって下さるから、つ、ついて来いと・・・。」
「や、奴は我等の言葉をまるで聞く気配が無く、貴族そのものを侮っているようでした・・・!な、何卒!あの愚か者に制裁を・・・っ!」
二人の良い分を聞いた後、インゲインは一つの魔術具を取り出す。
インゲインがその魔術具を作動させると、二人の装飾品から彼らがノアに弾き飛ばされるまでのやり取りの音声が、そのまま再生させられた。録音機能と再生機能を持った、非常に珍しい魔術具である。
「どうやら、あの竜人の方が、貴族の何たるかを良く理解しているようだな。」
「えっ!?な、何をっ!?」
「お、お言葉ですがインゲイン様っ!」
「黙れっ!!」
弁明しようとした二人を、インゲインが一喝と共に魔力を放ち浴びせる事によって押さえつける。
激しい怒りの感情が魔力に込められているため、二人とも更に委縮して恐怖の感情をむき出しにしている。
「私の権力に集るだけのゴミ共がっ!!私の権力を行使して良いのは、この私だけだっ!!いつ貴様等がっ!私の様に振る舞えるほど偉くなったっ!?ああっ!?」
「ひぃっ!」
「お、お許しをっ!お許しをぉっがぁあああっ!!」
「この私を煩わせるようなゴミ共にっ!慈悲などわけが無いだろうがぁっ!!苦痛を味わいながらっ!!惨めに死に晒せぇえええっ!!」
許しを請う使い達の右腕が、突如内側から爆ぜ、肉片が飛び散った。だが、肉体の破壊は止まっていない。傷口から未だに体が爆ぜ続け、肉片と骨片が飛び散り続けているのである。
「ぐぎゃああああっ!!あ、あがああああっ!!」
「ぐぁあああっお、お゛だずげぇえええっ!!お゛だずゃっ」
肉体の崩壊が喉まで達したところで許しを請う事も出来なくなり、そのまま心臓部と頭部まで弾け飛び、二人は絶命した。
インゲインの執務室には常時、魔術具による汚れ防止のコーティングが施されてはいる。だが、それでも人間の臓物が飛び散った事による景観の悪さや悪臭はどうにもならない。
机に置かれた呼び鈴を粗雑に鳴らし、側近である執事長を呼びつける。
「片付けておけっ!!」
「はっ。それと閣下。」
「何だっ!?」
「例の竜人、ノアが昨日の時点で"上級"に昇級しました。更に本日、宝騎士グリューナと親善試合を行い、グリューナを圧倒して下したそうです。」
呼びつけた執事長の報告を聞き、殺気立っていたインゲインの様子が急激に落ち着きを取り戻し始めた。
「・・・そうか・・・。・・・ふふっ!そうかっ!あの付け上がったメストカゲを圧倒したかっ!?」
「監視していた者が言うには、まるで勝負にならなかったと。」
「ふはははっ!素晴らしいっ!奴をそうも容易く下す事が出来るのならば、最早騎士など恐れるに足らずっ!何としてでもその竜人を我が屋敷に呼び寄せろっ!」
インゲインはノアが自分の傘下に加わる事を信じて疑っていない。宝騎士を容易く下した力が手に入ると思い、この上なく上機嫌となった。
「はっ。それと閣下。もう一つ。」
「何だ。まだ何かあるのか?」
「はい、そのノアと言う竜人、その後ぺーシェル学院の臨時教師の指名依頼を受け、そのまま引き受けたそうです。」
「何だと・・・?」
「どうやら、騎士共はノアにシャーリィ嬢の護衛をさせるつもりのようです。」
執事長の言葉を耳にした直後、再び、いや、先程以上の怒りの感情を露わにして二つの死体に魔力を激しく押し当てた。
「このっ!クソゴミ共がぁあああああっ!!貴様らがっ!!無駄に付け上がったせいでっ!!私の計画にっ!!支障が出ただろうがぁああああっ!!」
魔力を押し当てられた死体が、原型を残さないほどに執務室中に飛び散る。
今度は徐々にでは無く、一瞬だ。激しいインゲインの怒りによって、加減される事なく彼の力が作用した結果である。
インゲインを落ち着かせるため、部屋に『
「閣下。これはむしろ好機では?」
「・・・好機だと?」
「ノアがシャーリィ嬢を護衛するとなれば、当然ノアはシャーリィ嬢からの信頼を得ます。そのノアが閣下の傘下であれば・・・。」
「そうか・・・っ!シャーリィを我が屋敷に連れてくる事など容易いっ!ふ、フフフッ!いいぞ、まだ天空神様は私を見放してはいないっ!確かにこれは好機だっ!天空神様の思し召しに違いあるまいっ!フハハハハハッ!!」
執事長からの提案で再び機嫌を良くしたインゲインに執事長が質問をする。
同じ失敗をしてしまった場合、今度こそ取り返しがつかなくなるのだ。使いは厳選しなければならない。
「使いはいかがいたしましょう?」
「ふむ・・・。そうだな。こういう事で使うべきではないかもしれんが、"影縫い"を向かわせろ。宝騎士ですら相手にならんのだ。奴にも実力差を分からせるいい機会だろう。これで奴はますます私に逆らえなくなると言うものだ!そうだ!それが良い!フハハッ!実に素晴らしい采配だっ!ハァーッハッハッハッ!!」
「では、そのように通達してまいります。」
「うむ。頼んだぞ。」
肉片が飛び散った死体など、初めから無かったかのように清潔な部屋から執事長が退室する。
「クククッ、もうすぐだ、もうすぐで手に入る・・・待っていろ・・・!」
一人となった部屋で小さく呟くインゲインの瞳は、狂気に満ちていた。
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