閑話 とある陛下の恐怖体験

 はぁ・・・紅茶おいし。


 "楽園のアレ"が"楽園"全体に結界を張ってからというもの、あの辺りは平和そのものね。

 まぁ、結界が張られるまでは若いハイ・ドラゴンの群れが来たりヴィシュテングリンの連中がちょっとヤバめの魔導兵器を作って"楽園"に来たみたいだけど、全部"楽園のアレ"が対処してたわね。


 そのせいもあってか、"アレ"は"楽園"全体に結界を張り巡らせたわ。人間の冒険者達は変わらず"楽園"に入れてるみたいだから、多分[空から入って来るな]って事なんでしょうね。


 確かに"楽園"全体を覆うほどの超広範囲に結界を張れる事自体はシャレにならないくらい怖い事実だけど、それ以降の"楽園"は今まで通り平穏そのものになったのだし、良しとしましょう。


 アリシアからも特に"楽園のアレ"が動いたって話を聞いてないし、ここ最近は本当に平和ね。ちょっと城に貯蔵してた魔力が少なくなっちゃったけど、それはまだ許容範囲。随時回収している魔力で城の機能は問題無く維持できてる。


 特に問題と言う問題も起きてないし、こうしてゆっくりと紅茶を楽しむ事が出来るぐらいには余裕があるわ。

 やっぱり、やる事が特に何もない平和が一番よね。退屈万歳だわ!


 と、思ってたところに厄介事が舞い込んで来たみたいね。慌ただしい足跡が近づいて来てるわ。

 足音からしてユンでしょうけど、何があったのかしら?まさか、いよいよ"楽園のアレ"が動いたのかしら?


 「陛下っ!!一大事で御座いますっ!!」

 「貴方が取り乱すぐらいなのだから、本当に相当な一大事でしょうね。それで、一体何が起きたのかしら?」

 「陛下、心してお耳にして下さい。」

 「ええ・・・。」


 私の、と言うか代々魔王の側近として仕え続けて来たユンクトゥティトゥスがここまで言うのだから、相当ヤバい事態なんでしょうね。覚悟を決めるためにも、先に紅茶を飲み切っておきましょう。


 「竜帝カイザードラゴンが地上に顕現しました!」

 「ブゥウウウウウッ!!」


 何で紅茶を口に含んでる最中に言うのよっ!?絶対わざとでしょ!?


 「陛下、この非常時に、はしたないですよ!」

 「誰のせいだと思ってんの!?飲み終わってから言いなさいよっ!!」

 「これから確実に驚く事を話そうとしているところでお飲み物を口に含んだ陛下にも非があります!そんな事よりも竜帝です!伝説上の中ですら伝説の存在として語り継がれているあの竜帝が実在していて、地上に顕現しているのですっ!」


 洒落になってないわね。竜帝って言ったら"諸悪のゼストゥール"ですら恐れたって言われてる世界最強の存在よ?

 何せ魔力色数で上回ってる筈なのに、それを容易に覆すだけの魔力量と密度を持っていたらしいから、絶対に近づこうとしなかったって、記録に残ってるわ。


 本当に何でその伝説の存在が今になって地上に顕現してるのよ。


 「落ち着きなさい、ユンクトゥティトゥス。貴方らしくもない。竜帝が地上に顕現したのには必ず何らかの理由がある筈よ。そもそも、何を持って竜帝と判断したって言うの?」

 「巫女様の観測情報です。世界を震撼させるほどの膨大な魔力と伝承通りの魔力色、そして何より鈍く輝く黄金の鱗を纏っているとの事でした!間違い無く、かの竜帝であるかと。」

 「アリシアがそう判断したのね?それなら竜帝なのは間違いなさそうね。それで?竜帝の様子はどんな感じなの?」

 「最悪な事に竜帝からは憤怒と憎悪の波動が発せられています。原因は分かりませぬが、何者かが竜帝の逆鱗に触れたのは間違いないかと。」


 本当に最悪中の最悪じゃないっ!うぁー、何で今になって出て来るのよぉ。


 こういう時が、世界が滅びかねない事態が起きた時のために魔王は存在してる。

 この世界の危機が訪れたのなら、率先してその危機に対して立ち向かうのが魔王の務め。


 曾お祖父ちゃんが一度だけ、その場面い立ち向かった事があったけど、それ以降はずっと世界は平和だったって言うのにーっ!

 私まだ86歳なのよっ!?100歳にもなってないのよっ!?うぅ、どうして・・・どうしてこんな若さで決死の覚悟なんて抱かなきゃなんないのよぉ・・・。


 「もぉーっ!どこのどいつか知らないけど、何て事しでかしてくれるのよぉーっ!もぉーっ!寄りにもよって私が魔王になってる時にぃーっ!もぉーっ!」

 「陛下っ!カーウのものまねをしている場合では御座いませんっ!御出陣のご準備をっ!」


 誰が家畜かっ!?喚きたくもなるわよっ!分かってるわよぉっ!あー、もぅ!本当に何でこんな事にぃっ!


 通信機を城の機関室に繋げて連絡を入れる。


 「魔王国領全域に非常事態宣言発令!特級危機警報を鳴らして!それと結界装置を起動!いつでも結界を張れるようにしておいて!」

 『了解!特級危機警報発報!結界装置、起動します!』


 とりあえず機関室にはこれで良いわね。次は巫女であるアリシアね。


 「アリシア、聞こえてる!?」

 『陛下!国民への対応ですね!?』

 「お願い。確実にパニックになるわ。先導を頼むわ。国民達を安心させて。ユンもそっちに向かわせるわ。」

 「陛下っ!?」

 『宰相様をっ!?』


 まぁ、驚くわよね。何をするにしたってユンにはいつも私について来てもらったんだから。今回も連れてくと思ってたんでしょうね。

 だけど相手は竜帝。正真正銘史上最強の生物。正直、私だって目の前に立てるかどうか分からないわ。


 「残念だけど、ユンがついて来ても、近づく事すら出来ないわ。それほどまでに竜帝の力は絶大な筈よ。ユンクトゥティトゥス、貴方には私の不在の間、魔王としての全権を一任するわ。頼んだわよ。」

 「陛下・・・お供する事が出来ず、申し訳ございません・・・。」

 「良いのよ。貴方にはやってもらいたい事もあるんだから。アリシア、国民達の先導もだけど、状況によっては五大神が動く可能性が高いわ!しんどいかもしれないけど・・・。」

 『分かっています。常に感覚は研ぎ澄ませておきます。』


 巫覡は神々の言葉を聞く事が出来るけど、それにも相応の条件がある。

 聖堂だったり御神像の近くといった、神々と関りがある場所だったらそう負担も掛からないだろうけど、そういった場所から離れて声を聞こうとしたら、感覚を研ぎ澄ませて、意識を拡張させて、注意深く耳を傾ける必要がある。

 国民をパニックにさせないように先導してもらいながらそんな事をしてたら、相当な負担になるって言うのに、アリシアは既に決意を固めているみたい。


 「ごめん。ありがとう。」

 『言わないで。私達はとてつもない重荷をルイーゼ一人に背負わせてしまうんですもの。友達がとても大変な思いをしているのなら、私だって自分に出来る事は可能な限りやるつもりよ。だから、どうか、必ず無事に帰って来て・・・。』

 「うん。約束する・・・。」


 通信を切って息を吐きだす。

 ああー!その場のノリで約束しちゃったー!これでどうあっても死ねなくなっちゃったわよー!アリシアを泣かせるなんて真似、絶対に出来ないんだから!何が何でも生きて帰ってこなきゃ!


 そうだ。ユンにも指示を出しておかないと。


 「ユンクトゥティトゥス。竜帝の影響で街の外の魔物が大暴走を起こす危険があるわ。その場合は三魔将と連携して国防の指揮を執ってちょうだい。」

 「はっ。」

 「それから、『通話コール』の増幅器を渡しておくわ。もしもアリシアが神々の声を聞き取ったり、神の気配を感じ取ったら、その都度私に連絡を。それと、竜帝の動きに変化があっても知らせて。」

 「御意。ところで陛下。」

 「何?手短にね。」

 「陛下はカーウと言うには少々慎ましすぎ」


 部屋中に爆音が響き渡る。ユンが台詞を言う前に私がハリセンでユンの顔をシバいたからだ。

 誰がフラットボディか!?って言うかそれどころじゃないでしょうがっ!


 「軽口行ってる暇があったらさっさ装備なり道具なりを武器庫と宝物庫から持って来きなさいっ!!」

 「既に決戦用装備一式は此方に。」

 「・・・装着手伝って。」

 「はっ。」


 まったく、どんな時だろうとおちょくってくるこの悪癖さえ無ければ、本当に優秀な奴なのに・・・。

 この馬鹿みたいなやり取りが、ユンとの最後の会話にならないようにしないと。



 宝物庫と武器庫から持ち出された国宝の装備と回復薬。それから複数の魔術具を装備して、準備は整ったわ。いよいよ出陣ね。


 自室のテラスに出てみれば、ユンとアリシアが国民達から注目を集めてる。


 「魔王国に住まう全ての国民達よ!今、世界は未曽有の危機に立たされているかもしれない!伝説上にしか語られていなかった竜帝が実在し、その姿を地上に現したのだ!しかも竜帝からは憤怒と憎悪の波動が発生しており、この世界全体を滅ぼしかねない勢いである!」

 「「「「「・・・・・・・・。」」」」」


 ここだけ聞いたら不安しか感じなくなるでしょうね。実際、民達はユンの説明を聞いてざわついているわ。

 だけど、不安を煽ってから打開策を提示して国民を安心させる。ユンが良く使う手段ね。


 「だが、安心して欲しい。我らが魔王陛下は魔王としての責務を果たすため、既に竜帝の元まで向かう準備を終えている!」


 ユンの言葉に合わせて更に身を乗り出して国民達に姿を晒す。

 私が民達に顔を出す時って言うのは、いつもこの場所からだから、皆もすぐにこっちに視線を向けて来たわ。


 「おおっ!!ルイーゼ陛下だ!!」

 「まだお若いというのに、何と威厳に満ちたお姿だ・・・!」

 「あの可愛らしかったルイーゼ様が、今やあれほどご立派に・・・。」

 「魔王さま、カッコイイーーー!!」


 国民達が私の姿を見てそれぞれの感想を述べている。

 大体は装備のおかげで威厳を示せたと思うんだけど、一部私が赤ん坊だった頃からの姿を知ってるのか、物凄くしみじみとしてる人達もいたわね・・・。どっちかって言うと、そっちの方が恥ずかしいわ・・・。


 それでも、私は私のやるべき事をやる。魔王に就任するって決めた時から分かっていた事だし、今に始まった事でも無いわ。右手を上げて皆の歓声に応えれば、より大きな歓声で迎えられた。


 「新たな時代から始まった魔王としての務めを、今こそ果たします!この世界の危機に立ち向かいましょう!竜帝の元まで赴き、かの者への説得を試みます!」


 私のすべき事を伝えれば、彼等は困惑しだした。

 それは無事に帰ってこれるかどうかの不安であったり、討伐ではなく説得と言う選択に対する疑問であったり。


 まぁ、討伐なんてできるわけが無いわ。私も魔王の端くれ。自分が世界有数の強者である自覚はあるけど、竜帝や"楽園のアレ"と肩を並べられると思い上がれるほど、自惚れてなんていないわ。

 私がああいった超常の存在に対して出来る事なんて、精々機嫌を取る事ぐらいじゃないかしら?

 一国の主としてはちょっと情けないかもしれないけど、人間の国の主の場合、目の前に立つ事はおろか近づく事すら不可能な筈よ。


 アリシアが一歩前に出る。それだけで、彼女の口から何かが語られるとみんな理解したみたい。

 ざわめきが収まって、皆がアリシアに視線を向ける。


 「かの竜帝は五大神に届きうる力を有しています。その力は、例え魔王陛下であれど、届く事叶わないでしょう。」


 そんなアリシアの言葉に、一層民達の間に不安が募る。だけど、話はそこで終わりではない。


 「ですが!竜帝はドラゴンの頂点。間違いなく知性があり、意思疎通が可能な筈なのです!例え力が届かなくとも、声を届ける事は出来る筈です!信じましょう。竜帝の理性を。祈りましょう、我等が魔王陛下に神々の御加護が与えられる事を!」


 神々への祈りは信仰心となってしっかりと神々へと届く。

 その思いが伝わり、私に少しで良いから加護が与えられるのなら、私の声を竜帝に届けさせる事が出来るのかもしれない。


 「祈ろう!それが、今の私達に出来る事だ!」

 「そうだな。まだお若い魔王様お一人に重荷を背負わせ、我々はただ慌てふためくだけなど、それではあまりにも情けない。」

 「私達は、私達の出来る事をしよう!」

 「魔王様を応援するんだ!」

 「神々へ魔王様の無事を祈ろう!」


 良かった。これで何とか民の混乱は避けられそうね。だけど、あまり長い時間は掛けられない。

 時間が経てば不安はぶり返して来るだろうし、きっと一度ぶり返した不安を取り除くのは、今よりも遥かに難しい。可能な限り一度の接触で話をつけたい所ね。


 「魔王陛下、御出陣っ!!」


 ユンが声を張り上げて合図を出す。


 私はその場で『飛翔フリート』を発動させて高高度まで上昇して行く。

 竜帝のいる場所まで一直線で向かう場合、"楽園"を通過する必要があるけど、今あの場所には"楽園のアレ"が張った結界が高度1500メルまで届いてるから、それ以上の高さに上昇しないと通過できないのよね。


 「「「「「魔王様、万歳バンザーイっ!!!」」」」」


 もう500メルぐらいは上昇したって言うのに、民達の声援が届いて来る。ここまで強く想われているんだ。その想いに応えないと。私が、この国を守るんだっ!




 竜帝のいる場所まで全速力で移動してから20分。目的地までは後40分は掛かるだろうってところで、ユンから『通話』が掛かって来た。


 〈陛下っ!朗報に御座いますっ!〉

 〈嬉しいわね。さっきちょっと洒落にならないものを見ちゃったから、どんな些細な朗報でもジャンジャン送ってきて欲しいわ。〉

 〈洒落にならないもの、で御座いますか?〉


 ユンが素っ頓狂な声で尋ね返してくる。

 そりゃそうよね。私達は竜帝の事で手一杯なのだから、別の場所でとんでもないものがいつの間にか出来てたとしても、分かる筈もな無かったんだから。


 〈"楽園深部"にやたら広大な広場が出来上がってたでしょ?あそこの中心部に、魔王城よりも更に巨大な建造物が出来上がっていたのよ。〉

 〈・・・・・・それはつまり・・・。〉

 〈間違いなく"楽園のアレ"の居城だと思うわ・・・。一ケ月前はあんなもの無かったって言うのに、いつの間に建てたのかしら・・・。いえ、この一ヶ月の間なのは間違いないでしょうけど・・・。結界のせいで全然気づけなかったわね・・・。〉

 〈よもや、"楽園"の結界はそれを悟らせぬための・・・?〉

 〈可能性としてなくはないでしょうけど、弱いわね・・・。やたらとデカイのよ?多分だけど、城に関しては隠すどころか、むしろ周囲に見せびらかしたいんじゃないかしら。〉

 〈威を示す、もしくは力の誇示、と言う事ですか?〉

 〈あくまで私の予想はね。まぁ、これに関しては干渉も出来ないのだから放っておくしかないわ。それで?朗報って言うのは?期待しても良いのよね?〉


 正直言って、"楽園のアレ"なら竜帝とも互角以上の戦いが出来るどころか、制する事すらできてしまうと思うの。

 あの時放たれたあの光は、私にそれを確信させるだけの力を感じられたし、そもそも"楽園のアレ"の魔力って、量も密度も竜帝を越えてると思うのよねぇ・・・。

 それで魔力色数すら上回っているのだから、戦った場合、十中八九"楽園のアレ"が勝つと思うの。尤も、この二体が戦った場合、普通に世界が滅ぶとは思うけどね。


 さて、ユンの言う朗報って言うのはどういう内容なのかしら。


 〈やはり陛下が予測した通り、五大神が竜帝に対して干渉したようなのです。陛下が出陣成されてから割とすぐに、竜帝の反応が観測魔術から消失しました。〉

 〈その言い方だと、神々に滅ぼされた、って言うわけじゃなさそうね。〉

 〈はい。巫女様が仰るには、特殊な空間に隔離されたのではないか、と。〉

 〈それは確かに間違いなく朗報ね!少なくとも、竜帝がいた場所の周囲一帯は安全になったという事でしょ?〉

 〈はい。このまま大人しくなってくれれば良いのですが・・・。〉

 〈それが最良でしょうけど、私達に分かる筈も無いわね。まだ時間が掛かるし、何か変化があったらすぐに知らせてね?〉

 〈仰せのままに。〉


 思った以上の朗報だったわね。空間が隔離されたとなると、どうやって説得した物かしらね。私もその隔離された空間に入る?いやいや、それは最終手段にしておきましょう。まずは遠く離れた場所から様子を見ておかないと。



 そうして魔王城から飛び立って約一時間。ようやく竜帝が認識できる場所に到着したのだけど、様子がおかしいわ。竜帝の魔力がまるで感じられないの。

 と言うか、竜帝以外にも何かいるわね。アレは一体・・・。


 えっ、ちょっと、何の冗談よ。アレ、人間の形をしてるけど、間違いなく原種のオリジンドラゴンじゃない・・・。

 魔力は二色だし、それほど大した量じゃないけど、原種のドラゴンの魔力がユンにも劣る程度しかないなんてありえないわ!絶対に魔力を抑えてるんだと思う。


 まったく、いつの間にあんな化け物が産まれたって言うのよ・・・。

 竜帝と談笑しているようだけど、彼女が竜帝を宥めてくれたのかしら?かなり親し気にしてるし、実は親子とか?ううん、多分違う気がする・・・。


 それにしても・・・物凄く綺麗ね・・・。着ている服もだけど、殆ど人間と同じ形をしてるせいか、同性の筈なのに私でもちょっとドキドキしてくるわ・・・。仲良くなれたりしないかしら?話をしてみたいわね。

 ああ・・・でも竜帝と談笑してるのよねぇ・・・。


 ん?え?ちょと・・・嘘でしょ・・・?魔力色数が増え・・・。




 はぁ・・・紅茶おいし。


 結局、竜帝の騒動は"楽園のアレ"が何とかしてくれたみたいなのよね。

 にしても冗談にも程があるわよねぇ。魔力色数を変動させられるなんて、前代未聞よ。思わず全速力で逃げちゃったじゃない。何も知らずに近づいてたら、今頃どんな目に遭わされてた事やら・・・。


 ま、とにかく得るものはあったわ。まさか"楽園のアレ"の正体が原種のドラゴンだなんてねぇ・・・。

 確かに、今にして思えば辻褄は会うのよ。"楽園深部"なんて魔力の塊みたいな場所でしょうから、強力な魔物が産まれても納得が出来るわ。


 まぁ、だからと言って竜帝すら凌駕するような史上最強のドラゴンが新たに産まれるだなんて想像もつく筈が無かったわけど。

 それに人間の形をしていて、服も着ていたって事は、私達とも意思の疎通が出来る可能性が極めて高いって事よね。


 あの時は思わず逃げちゃったけど、ちゃんと誠心誠意謝って許してもらえたらいいなぁ・・・。正直、凄く綺麗だったし、出来る事なら仲良くなりたいわ・・・。


 あら?またユンが慌ただしく執務室に近づいて来てるわね。今度は何かしら?


 「陛下っ!ビッグニュースに御座いますっ!」

 「その様子だと悪いニュースではなさそうね?」


 普段は無表情な事が多いユンが珍しく明るい表情をしている。手には新聞を持ってるわね。新聞の記事に嬉しい事でも書かれてたのかしら?


 「人間の国で龍神様より寵愛を授かった人物が新たに確認されたようなのです!それと同時に、その方は称号を得たのですよ!」

 「へぇ、龍神様の。おめでたい事ねぇ・・・。こっちは世界滅亡の危機を危惧してたって言うのに。」


 確かに龍神様の寵愛を授かった者が現れたのはめでたい事だけど、それぐらいなら過去にもあったでしょうに、ユンがここまで嬉しそうにしているのは、それだけが理由じゃない気がするのよねぇ・・・。


 「此方の新聞をご覧ください!一面に描かれた姫君様が、件の人物で御座います!いやぁ、このユンクトゥティトゥス。あまりの美しさに、恥ずかしながらこの年にもなってときめきを覚えてしまいましたよ!しかもこの御方、世界中を旅行したいそうで、将来魔王領にも訪れたいそうなのです!」

 「へぇ~。貴方がときめき、ねぇ・・・。」


 よっぽどの美人なのね。姫君、だなんていうぐらいだし、どんな人なのかし


 「ブゥウウウウウウッ!!!」

 「へ、陛下ぁーっ!!?何してくれてるんですかぁーっ!?」


 ちょっと!?どういう事よ!?何で一面に描かれてるのが・・・。


 「この御方の姿が載っている新聞は人気が出すぎて、早々に売り切れてしまい、もう入手が出来ないのですよっ!?どうしてくれるのですかっ!?」

 「ゲホッ、ゲホッ!・・・『清浄ピュアリッシング』でも掛けとけばいいでしょうが・・・っ!ていうか、何で・・・何でコイツが・・・!」

 「"コイツ"ではありません!『黒龍の姫君』様でノア様です!」


 なんかユンがすっかりファンになっちゃってるけど、私にとってはそれどころの話じゃないのよ!!


 「コイツが"楽園のアレ"なのよーーーっ!!!」

 「な、何ですとーーーっ!!?」


 ここに"楽園のアレ"が来たいですって!?私はどうなっちゃうのよぉーーー!?

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