第540話 娯楽都市・ヘルムピクト
娯楽都市ヘルムピクト。
その始まりはかなり古く、テンマが魔王に就任している間に娯楽都市として機能し始めていた。
テンマはアドモから異世界の話を聞いた際に、様々な娯楽を敷き詰めた土地の話を聞き及んでいたようだ。
多分アレだ。千尋の資料にあった遊園地、もしくはテーマパークと呼ばれるような施設のことだ。
千尋達の世界にあった施設の規模では、あくまでも街の中にある娯楽施設の一つでしかなかった筈だが…。
まさか、都市1つ分をテーマパークにしてしまったというのか?それほどまでに楽しみにしていたと?
千尋の資料やマコトの話を聞く限り、彼等の世界にはこちらの世界とは比較できないほどの娯楽が供給されていたようだからな。
もしかしたら、テンマはアドモから異世界の娯楽を、実際にある程度教えてもらっていたのかもしれないな。それらをこちらの世界にも再現してみたかったのかもしれない。
「ルイーゼは、この街に来るのは初めてなの?」
「そんなわけないでしょ?おじいちゃんやパパやママに連れられて何回か来たことはあるわ」
楽しみそうにしていたから初めてこの街に訪れるのかと思っていたのだが、そういうわけではないらしい。
それならば、施設の内容も知っているのではないのだろうか?
「創業から今の今まで内容が同じなわけないでしょうが。今日までに何度もリニューアルしてるのよ。アンタがこの国にもいずれ来るって分かってたから、その時からリニューアルを始めてたのよ」
そういうことか。
定期的に内容が変わるのなら、確かに内容が分からないのも理解できる。
だが、何回か訪問したことがあるのなら、ある程度の情報は持っているのではないだろうか?あの城壁の中がどうなっているのか、ルイーゼならば多少は理解しているのでは?
「分からないでもないけどね。一応聞くわよ?知りたい?」
答えは否だ。知りたくない。
この後すぐに分かることだし、先程ルイーゼが言っていた通りだ。
知ってしまったら面白さが半減するどころの話ではなくなってしまう。
そのため、『
何も知らない状態で歓待を受けるとしよう。
ヘルムピクトの城門に到着してみれば、やはりというか何と言うか、大勢の魔族達に出迎えられた。
全員凄い格好をしているな。仮装と言うヤツだろうか?
テーマパークとは、架空の物語の世界に入り浸れるような施設だと千尋の資料に記されていた。
つまり、彼等の衣装や格好も何らかの物語の登場人物を模倣している姿なのかもしれない。
だとするなら、この城壁の内側には小説の舞台となった街並みや盛り上がったシーンを体験できるような施設があるのではないだろうか?
俄然楽しみになってくるじゃないか。しかし、そうなると何処から見て回ればいいのか迷ってしまうな。案内人としてルイーゼが同行してくれて本当に助かった。
このヘルムピクトでは現在7つの物語をテーマにした領域があるらしい。どの物語も魔王国では有名な物語らしい。
ルイーゼがパンフレットを手に取り、施設の大まかな内容を確認している。
パンフレットとは言ったが、実際には非常に分厚い本になっているのでもはや書籍である。7つの物語を題材にした各施設を紹介しているのだから、情報量が多くなるのは当然か。
街に入る際に私とルイーゼに提供してくれたが、このパンフレット、本来は販売品のようだ。一冊5000テム掛かるらしい。
私達からすれば気になるような値段ではないが、一般魔族からすればそこそこの値段だろう。
この街に観光に訪れた客達の中にもパンフレットを購入している者がいるようだ。街を見て回るためのガイドブックとしてではなく、記念品として購入する者が多いようだな。
それにしても凄い光景だ。街の中に入った途端、私の目の前に広がる光景は、同じ世界とは思えないような光景だった。
私が今まで見てきたどの景色とも異なっている。
魔王国の建築物も、私がこれまで人間達の国で見てきたどの建築物とも違ったデザインをしていたが、今の私の目に映る建築物は更に不可思議な外見をしているのだ。
一言で魅了されていると言って良い。この光景、見るだけでは足りないな。しっかりと記録しておかなければ。
『収納』から紙と色鉛筆を取り出して手早く私の目に映る光景を記していこう。
「ちょっとちょっと?絵を描くのはまだ早いんじゃないの?」
「私はキャメラを持っていないからね。形あるものにこの光景を残したいと思ったら絵を描くしかないんだ。それに、絵を描くのは楽しい」
私の資産ならばキャメラを購入することはそう難しくないだろうし、そもそも構造も原理も既に理解しているので作ることも可能なのだが、今はその気がない。
目の前に広がる光景をそのままの形に収められる写真と言う技術は実に素晴らしいとは思う。だが、それ以上に私は自分でその光景を模写するのが楽しいのだ。
何もないまっさらな紙が自分の手で少しずつ目の前の光景に近づいて行くことに、快感を覚えているのかもしれない。
「いや、少しずつって、ほんの十数秒で描き上げてんじゃない…。傍から見れば一瞬よ?」
「ルイーゼ。例え周りから見たら一瞬でも、私からしたらゆっくりなんだ」
無粋なことは言わないでもらいたい。私としてはこれでも可能な限り目の前の光景に似せるようにゆっくりと描いているつもりなんだ。そして私の動体視力と感覚ならば実際にゆっくりと描き上げられているのだ。
「ていうか、何枚描く気なの?」
「右を見ても左を見ても見たことのない光景が理路がっているのだから、形に残しておきたいと思うだろう?」
今ならばことある毎にキャメラで撮影を行っていたイネスの気持ちが理解できる。目に映る光景を少しでも形に残したいのだ。
描きたい景色が多すぎる。一日中絵を描いていたい気分だ。
「コラコラコラ、気に入ってくれたのは私もこの街の運営者も嬉しいけど、用意した施設を楽しんでもらわなきゃでしょ?折角頑張って用意してくれたのよ?」
〈ご主人~。いろいろと面白そうだよ~?行こ~?〉
ウルミラが私にのしかかって移動を催促してきた。
これはいかん。私だけ楽しんでいたようなものだからな。ルイーゼを含め、他の皆を退屈させてしまっていたようだ。
レイブランとヤタール、それにリガロウは目の前の光景を楽しんでいたのでそれほど気にならなかったようだが、好奇心旺盛なウルミラには酷だったようだ。悲しそうな鳴き声で移動をせがまれてしまった。
彼女の体毛の感触が非常に気持ちいいが、退屈な思いをさせてしまったのは謝らないとな。
「ごめんね、ウルミラ。そろそろ移動しようか。どこを見てみたい?ルイーゼに案内してもらおう」
〈あのね、あのね!アッチにあるフワフワな所に行ってみたい!〉
ウルミラが言っているフワフワのところと言うのは、純白な光景が広がっている場所だ。
純白でフワフワと言えば雪景色が私の記憶にあるが、この娘が興味を持った光景は雪景色ではない。
白いフワフワの正体は雲だ。空の上にある街を表現しているのだ。
地面も雲ならば建築物まで雲を用いて作られている……ように見える。実際のところは雲で建築物を建てるのは現実的ではないため違うだろう。
やろうと思えばできないことではない。その辺りは魔力、魔術を使用すればどうとでもなる。
ただ、現実的ではないのだ。
通常の建材で建築した方が遥かに強度が増すだろうし、よしんば強固な建造物を建てようとするなら相応に大量の魔力が必要になるからな。
しかし、だからといって外見だけを雲の建造物に見立てただけ、と言うわけでもないようだ。
雲のエリアに足を踏み入れれば足が沈んだし、建造物に触れてみれば柔らかさを感じられた。
なんと、驚いたことに柔らかいだけでなく千切ることもできるようだ。
ルイーゼが壁を摘まんだかと思えばそのまま引っ張ると、まるで綿をちぎったかのように建材が剥がれたのである。
ルイーゼも壁が千切れるとは思っていなかったようで、驚きを隠せないでいる。
「……弁償、する?」
「え!?ちょ、ちょっと待って!軽く引っ張っただけなのよ!?」
「ルイーゼの膂力だと、軽く小突いても岩とか砕けるだろうしなぁ…」
それは事実なのだが、実際のところはルイーゼは別に悪くない。
「だ、大丈夫よ!ち、千切れても元に戻る筈だから!」
この建築物の壁は、ルイーゼが言っているように千切れても元に戻るようになっているのだ。
流石に千切ったものをそのまま持ち帰ったりはできないが(しばらくすると霧散してしまう)、千切れた部分に近づけると、元の状態に戻ったのだ。
このエリアの元になっている物語でも、主人公が家の壁を千切った際に、家を壊してしまったのではないかと慌てるシーンがあるそうだ。
と言うか、パンフレットに[壁を摘まんで引っ張ってみよう!]と記入されていたようだ。
運営側のちょっとしたイタズラと言うヤツだな。原作のワンシーンを再現したかったのだろう。非常に好感が持てる。
作品に対する思い入れが強くなければ、こういった仕掛けは思いつかないだろうからな。
外装だけでこうも楽しませてくれるとは、この街を知り尽くそうとしたらどれだけ時間が必要なのか、まるで見当がつかないな。
そもそも定期的にリニューアルしているというのなら、それはつまり、いつまでも楽しむことができるということではないのか!?
「ノア!いつまでも壁なんて見てないで、そろそろ行くわよ!」
「行くって、何処へ?」
「決まってるでしょ?」
もう少しこの感動に浸らせてほしいのだが、そうもいかないようだ。ルイーゼが私を何処かへ連れて行きたいようだ。
その行き先がまだよくわかっていないのだが、何処へ連れて行くつもりだろうか?
「アトラクションよ!」
アトラクション。つまり、人寄せのため余興として行われる出し物のことだ。つまり、この娯楽都市の醍醐味と言うわけだ。
存分に楽しませてもらおうじゃないか。
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