第134話 特製メニューと打ち明けられた思い

 訓練場からロビーに戻り、オリヴィエに軽く挨拶をしてギルドから出た際には、再び今朝見せてくれたような明るい笑顔を私に対して振る舞ってくれた。

 それ自体は嬉しいのだが、その笑顔、私だけでなく他の者達にも振る舞ってやった方が良いと思うよ?

 とは言え、それで面倒な者に粘着されるのは私の望むところでは無いのだが。

 まぁ、そうなったらそうなったで私が何とかしよう。オリヴィエが変わったのは私が原因なのだからな。



 私が今日受注した依頼は、昨日の依頼と殆ど変わらない。大半が採取依頼と討伐依頼だ。だが、中には中央図書館からの本の複製や商業ギルドからの運搬依頼が指名依頼として受注されていた。

 一昨日の私の行動や言動から、早速依頼を発注したらしい。


 商業ギルドは分かるが、図書館もなかなかに行動が早い。図書館の受付に複製が出来る事を教えたのが一昨日の晩である事を考えれば、商業ギルドよりも行動が早いとすら言える。余程複製して欲しい本が大量にあったのだろうか。

 10冊や20冊を同数複製する事ぐらい、私ならば訳はない。だが100冊だとかそれ以上の本を持ってこられたら、流石に多少の時間を要する事になる。この依頼を片付けるのは午後の稽古が終わった後にしよう。


 商業ギルドからの運搬依頼に関しては、これはイスティエスタの時と同じだろう。

 一昨日私がほぼがらんどうの状態にしたあの倉庫に、それなりに需要がある何らかの商品を収めておきたいのだ。

 問題は、その商品がどこにあるか、だな。イスティエスタの時と違い、今回は倉庫から倉庫へと運搬する物では無いだろうから、もしかしたら王都の外から運搬する事になるかもしれないな。


 うん、説明だけは聞いて、時間が掛かりそうならこの依頼も午後に片付けるようにしよう。




 そんなわけで時刻は正午。うん。想像した通り、運搬依頼は王都の外。食材や石材、木材と言った、王都で用いるための資材を複数の村から回収して例の倉庫に収める。と言う内容だった。

 回った村の数は五つ。距離はどの村も王都からおよそ100キロほど。少し早めに走れば問題無く午前中に片付けられると判断したので、此方の依頼は片付けさせてもらった。

 道中で討伐対象とも遭遇できた事だし、今日の活動も極めて順調だと言える。


 さて、私は現在昼食の時間だというのにも関わらず、昼食も取らずに冒険者ギルドに訪れている。理由は勿論、昼食のためだ。

 一昨日の打ち合わせでマコトに昼食もあれば言う事は無い、と伝えていたからな。

 彼も昨日の打ち合わせ通りの条件で依頼を出す、と言ってくれたので、私のための昼食が用意されていると判断したのだ。


 今回の稽古依頼、全面的にマコトが段取りをしているのならば、当然食事に関してもマコトが手配している筈だ。非常に期待が持てる。


 何せマコトは"何処からともなく来た人"だからな。イスティエスタで私が一口で惚れ込んだハン・バガーのような素晴らしい料理を提供してくれるんじゃないかと期待しているのだ。


 オリヴィエの元へ向かい、昼食の件を尋ねてみよう。マコトから話を聞いていればいいのだが・・・。


 「ただいま、オリヴィエ。これから午後の稽古の前に昼食を取るつもりなんだけど、その事についてマコトから何か聞いていないかな?」

 「お帰りなさい!ノア様!時間ピッタリ正午に帰還!流石ですね!ええ!マコト様からノア様がお昼時に来たら渡すようにと伝えられている物があります!少々お待ちください!」


 流石はマコトだ。昼食も忘れずにしっかりと用意してくれていたみたいだ。さて、どんな料理が来るかな?


 尚、相も変わらずオリヴィエが私に対して昨日とは別人のような振る舞いをしていたし、その様子を見ていた他の冒険者達が信じられないような目をしていたり、その事で会話をしていたりもしたが、会話の内容は今朝とほとんど同じなので意識を剥けない事にした。


 オリヴィエの態度に関しては・・・うん。アレが本来の彼女の素なのだと判断しておこう。あの娘が好かれたいと思った相手に嫌われてしまった事で心に傷を負い、心を閉ざしてしまった、と。


 小説などに良くある話だ。それで、大抵の場合は主人公がその傷付いた心の傷を癒して相手と結ばれる。と言った話が定番だったな。


 この場合、私が物語の主人公となってオリヴィエと結ばれる事になるのか?

 いやいやいや、女性同士でそうはならないだろう。ああ、いやでも人間社会ではそれもアリだったか?


 以前にも"新人"冒険者の少女から似たような感情は向けられていたし、シセラやベルカにもそんな気配が無いわけでは無い。まぁ、あの二人は恋慕と言うよりも崇拝に近い感情だが。


 だが、今回に限って言えば問題は無い。オリヴィエには私とは別に心に決めた人間がいるみたいだからな。上手く結ばれるかどうかは別問題になってしまうが。


 そんな事を考えていたら、オリヴィエがやや重たそうに40センチ四方の黒い箱を持って来た。人間の食事としてはかなり巨大だな。私のために態々あれだけの量を用意してくれたと言うのか。


 「お待たせ、しました・・・!此方がノア様のお昼ご飯になります!此方何と、マコト様お手製らしいですよ!」


 マコト、料理まで出来るのか・・・。本当に何でも出来る人間だな。

 尤も、その分周りからあまりにも多くの事を求められてしまっているわけだが、若い頃の自重しなさっぷりを考えると、その求められた事実が嬉しかったのだろうな。本人もそんな事を語っていたし。


 「マコトが直接作ってくれたのか!?多忙な身だと言うのに、本当によくやるよ。有り難くいただくけども・・・。もう少し自分を労わればいいのに・・・。」

 「それだけ、ノア様にご期待なさっているのだと思いますよ!・・・ちょっと、羨ましいです・・・。」


 まぁ、そうだよなぁ・・・。オリヴィエから手渡された箱は、彼女が重そうにしていただけあって間違いなく昨日私が食べた焼飯の3倍以上のボリュームがある。

 それだけの量があっても、私ならば全て美味しくペロリといただく事は出来るが、私と箱を交互に見つめるオリヴィエを無視して食事を取る事は、流石に私には出来そうもない。


 「これだけ沢山あるのだし、オリヴィエ、貴女も一緒にどうかな?」

 「ノア様・・・!い、良いのですか!?」


 私に誘われたオリヴィエは感極まって両手で口元を抑えている。

 気持ちは分からなくはない。何せ、オリヴィエがこの箱を持ってきてからというもの、この箱はしっかりと蓋がしてあると言うのに、とても馥郁ふくいくな香りが私の鼻孔を刺激し続けているのだ。

 獣人ビースターであるオリヴィエにも、暴力的な香りが感じ取れているに違いない。


 「貴女も分かると思うけど、とても美味しそうな匂いだろう?コレを独り占めするのは、流石に罪悪感を感じてしまうよ。」

 「あ、ありがとうございますぅ~・・・!この箱から、今まで嗅いだ事が無いぐらい良い匂いが立ち込めていて、気になって仕方が無いんですぅ~・・・。」


 涙を浮かべるほどなのか。いや、私もこれだけ美味そうな匂いを嗅がされていながら食べる事が出来ないと言われてしまったら、オリヴィエと似たような反応をしてしまう事を否定しきれないな。それほどにこの箱から嗅ぎ取れる香りは素晴らしいものだった。



 同意を得られたので、早速オリヴィエと共にロビーに設置されている机に向かい、件の箱の蓋を開いてみた。


 マコトめ、何てとんでもない物を私に用意してくれたのだ!


 蓋を開いてみれば、そこには鳥と豚と牛を焼いた肉がぎっしりと詰められた状態で綺麗に縦三列に並び、私達の鼻孔を刺激し続けていた甘辛な香りを放つタレがたっぷりと掛けられていた!

 これは、とんでもなく食べ応えがありそうだ!ああ、向かいに座っているオリヴィエが涎を溢れさせるのも分かるとも!私も似たような状態だからな!


 「こ、これが噂に聞いたマコト様特製、トリプル肉丼・・・何て、何て豪勢で豪快な・・・ジュルリ・・・。」


 丼、か・・・。確か"何処からともなく来た人達"に齎された料理の一つだったな。昨日私が食べた焼飯に使用されていた米を『炊く』という調理方法で火を通して、その上に濃い味付けをした食材や料理を乗せた物を指す言葉だ。

 つまり、この3種類の肉の下には炊かれた米が敷き詰められているという事か。


 昨日焼飯を食べた私としては、正直かなり期待が膨らんでいる。

 米という穀物、アレは噛み続けると確かな甘味が出て来るのだ。

 昨日で言えば焼飯の塩、コショウ、バター、肉、野菜が、米の甘味とそれぞれ混ざり合い、極上の味わいにしてくれていた。


 では、あの仄かながら確かな甘味を生み出す米を、この肉とタレと共に食べたらどうなるか・・・!?

 絶対、美味いに決まっているだろうっ!まったく、本当にとんでもない物を用意してくれたよ!コレ以外の食事が食べられなくなったらどうしてくれる!?


 「匂いも凄かったけど、見た目も凄いね。それじゃ、早速いただこうか。オリヴィエ、食べたい分だけ取っていって良いよ。それとも、全部食べられそうかな?」

 「ふふっ、もうっノア様ったら!流石にこんなに沢山は食べきれませんよ!少しずつ、いただきますね。」


 そう言ってオリヴィエは三種類の肉と米をそれぞれ全体の一割ほど取り、逆さにした蓋の上に乗せた。思った以上に小食だな。狐の獣人だからもっと食べるかとも思ったのだが、まぁ、元々オリヴィエは私よりも背は高いが線は細い。こんなものかもしれないな。


 「「いただきます。」」


 お互いに食事前の挨拶を述べ、肉と米を匙で掬って口に放り込む。


 ・・・・・・参った。あまりにも美味すぎて言葉に表す事が出来ない・・・。正面にいるオリヴィエも実に恍惚とした表情をしている。王女である彼女にとっても、このトリプル肉丼とやらは筆舌しがたいほどに美味かったのだろう。


 しつこいが、本当にとんでもない物を用意してくれたものだ!この料理を、これから毎日私は食べる事が出来るというのかっ!?

 まずいな・・・。このままでは仮に全人類を敵に回す事が仮に起きた場合、マコトだけは生かしてしまうかもしれない。


 食事ごときで何を甘い事を、という者が現れるかもしれないが、そういった者は味覚に乏しい者か余程食事を甘く見ている者、もしくは食事の必要が無い者だ。


 私も本来ならば食事の必要は無いが、味覚はしっかりとあるのだ。その感覚を刺激して、感動させてくれる存在を惜しいと思う事は、決して甘くないと思うのだ。


 まぁ、あくまで全人類を滅ぼそうと決心してしまうような事態が起きてしまった時のたられば話だ。そういった事態にならないように心掛けるし、ルグナツァリオ達も動くだろう。

 私や神々すら想像できないような事でも起きない限り、人類と敵対する事態など起きないさ。


 「まさに、聞きしに勝る味とはこの事ですね・・・。これほどまでに美味さの暴力を振るわれるだなんて・・・。」

 「まったくもってオリヴィエの言う通りだね。マコトは料理で私の事を手懐けるつもりでいるのだろうか?」

 「さ、流石にそれは・・・。マコト様は、純粋にノア様に美味しいものを食べて欲しかったんだと思いますよ?」


 分かっているさ。ただ、あまりにも美味かったからね。それこそ、細かい感想など無粋と言わんばかりだ。


 感想!美味い!以上!


 それ以外の言葉が必要ない程に美味かったのだ。まさにハン・バガーの時の感動の再来である。



 私が箱の中身を八割ほど食べた所で、既に自分の分を食べ終えていたオリヴィエが物惜し気に箱の中身を見つめている。

 なるほど。あれだけでは足りなかった、と。


 「オリヴィエ、遠慮する必要は無いよ。食べたりなかったら、取っていっても良いんだよ?」

 「と、とても嬉しいですし、そうしたいのですが・・・。流石にコレ以上食べたらお腹が苦しくなって午後の仕事に支障が出ますから・・・我慢です・・・!」

 「偉いね、オリヴィエは。私の家で一緒に住んでいる娘なんか、動けなくなるのを承知でお腹いっぱいまで食べるからね。」

 「まぁっ!ふふふっ、ですが、ノア様はそんなところも可愛らしいと思ってらっしゃるんですね?」


 あの娘達、レイブランとヤタールの事を話す私の表情は、オリヴィエから見たら優しい顔をしていたのかもしれないな。

 実際のところ、合っている。家にいる子達は皆、私にとってはとても可愛らしい子達なのだ。

 ホーディとゴドファンスは、可愛いと言われたら難色を示しそうだけど。


 「そうだね。私にとっては掛け替えの無い家族も同然の子達だよ。」

 「家族・・・。そう、ですか・・・。」


 ふむ。どうやらオリヴィエの心の問題はこの娘の家族が関係しているようだな。

家族という単語を聞いた途端、とても暗い表情をして俯いてしまった。

 私が考えていた以上に、オリヴィエが抱えている心の傷は深刻のようだ。


 王族の家族問題かぁ・・・。どう考えてもカークス家が抱えている問題よりも厄介事だよなぁ・・・。


 だが、既に私の心は決めている。


 オリヴィエの力になろう。午前中のこの娘のファンになった冒険者達では無いが、あの笑顔を誰にでも自然に向ける事が出来るようにしてあげたい。


 私の次の旅行先は、ファングダムだ。


 「オリヴィエ、今は少し立て込んでいるから無理だけど、今私が片付けようと思っている問題が片付いた時、何か悩みがあるのなら聞かせてもらうよ。」

 「えっ?ノ、ノア様?」

 「折角あんなに素敵な笑顔で笑えるようになったというのに、そんな暗い表情をされてしまっては、ね。悪いけど、首を突っ込みたくなってしまったよ。」

 「ノア様・・・。ふふふっ、ノア様はマコト様が働きすぎだと仰っていますが、短時間で"上級ベテラン"になろうとしたり、知り合ったばかりの他国の王女の問題を払拭しようとしたり、ノア様もマコト様と似たようなところがありますね。」


 む。私としてはやりたい事をやろうとしているだけなんだが・・・。

 ひょっとして、マコトもそうだったのか?自分のやりたいと思った事を出来る範囲で行い、それがことごとく上手く出来てしまったから、大勢の者達から多くの事を求められるようになったのか?

 しかも、若い頃はそれを苦に思っていなかった、むしろ喜ばしい事だと思っていた、と・・・?


 な、なるほどぉ・・・。そういった事が積み重なって今のマコトの環境が出来上がっていったのか・・・。なら、私の場合はどうなるんだ?


 私の素性を公開した後は人間達に対して私にとやかく言わせるつもりは無いから、何かを求められたとしてもその要求にそう安々と応えるつもりは無いのだが、親しい者達から助力を求められた時に、それを拒否できるだろうか?


 勿論、"楽園"がらみの問題であるならば拒否する。だが、人間達同士での、"楽園"の外での話である場合、私は助力をしてしまうかもしれないな。彼等にはそうしても良いと思えるだけの愛着が湧いてしまっている。


 マコトの事をああだこうだと言っておきながら、私も大概、甘いのかもしれないな。今更、その方針を変えるつもりなど無いが。

 今後も、親しくなって愛着を持った者達には、甘やかしてしまうのだろう。そして、その責任を取るのは、私自身だ。結果、マコトのように多忙になってしまうのかもしれない。


 だが、それがどうしたというのだ。上等である。私がマコトの事を心配しているのは、少々特殊とは言え、彼が人間だからだ。


 仮にマコトが私ほど、とまでいかずとも今彼が抱えている仕事を平然とそつなくこなせるような人物だったのならば、何も文句は無い。

 私が彼を心配しているのは、彼が常に一定以上の疲れを溜め込んでいるのが目に見えて分かっているからだ。

 疲れているのが分かっているから、私はマコトを休ませてやりたいのだ。でなければ、すぐにとは言わないが、最終的に倒れてしまいかねないからな。


 私は違う。人間がらみの事ならばその気になれば大抵は問題無く片付ける事が出来る。それこそ、多少強引な手段を用いても文句を言わせないだけの力がある。


 暴力という名の純粋な力が。


 極力用いないようにするつもりではあるが、どうしても必要だというのであれば、躊躇なく使用するとも。その段階になった相手に気を遣ってやれるほど、私は自分を優しい生き物だとは思っていない。


 至った結論を基に、オリヴィエとの会話を再開するか。


 「考えてみればそうかもしれないね。けど、心配は無用だよ。私がマコトにあれこれ言っているのは、彼の抱えている仕事が、彼の能力を若干オーバーしているからだからね。」

 「そつなくこなせるのならばとやかく言わない、と?それは最早・・・ああ、そうなのですね・・・。ノア様が・・・。」


 やはり、オリヴィエは優秀な娘だ。私の言葉から、私がどういう存在なのか、漠然とながらも理解したようだ。


 少しの静寂の後、彼女は俯き、とても真剣な声色で私に語り掛けてきた。


 「ノア様、無茶な要求かもしれませんが、ノア様の現在引き受けている問題が解決した時は・・・・・・・・・。」

 「うん。」

 「・・・・・・・・・・。」


 そこから、更なる静寂。次の言葉を口に出してしまっても良いのか、決心がつかないでいるようだ。


 彼女は理解している。今ここで彼女が口に出す一言が、彼女の国に極めて大きな影響を及ぼすという事を。

 だから、迷っているのだ。自分のため、自分の都合で自分の国を巻き込んでしまって良いのか。


 私は何も言わない。

 ここで私が一押しすれば、オリヴィエは迷いを捨てて私に対して喉まで出掛かっているであろう言葉を口に出す。

 その場合、確かに発言したのは、国を巻き込むと決めたのは彼女だ。だが、そうさせたのは私になる。焚きつけた事になるのだ。


 厳しいかもしれないが、自分の国を巻き込む覚悟、そしてその責任。自分自身のみで背負ってもらう。

 勿論、私がファングダムに赴き、そこで騒動を起こして国に大きな影響を与えた場合、その事に対する責任は取る。だが、それとこれとは別問題なのだ。


 彼女が私に助力を求めるのなら、私という、人類ではどうにもならない超常の存在を自国へ招き入れるという、責任を負わなければならない。



 10分ほどの静寂が流れただろうか。実際にはもっと短かったのかもしれない。

 俯いた顔を上げ、両目に涙を溜めたオリヴィエが、やや小さな、それでいてハッキリとした口調で私に懇願してきた。


 「・・・・・・助けて下さいっ!私を、ファングダムを助けて下さいっ!」


 オリヴィエを抱き寄せて彼女の頭を優しく撫でる。

 相当に強い覚悟を強いられたはずだ。それだけでも辛かっただろう。だが、彼女はハッキリと口にした。自分を、そして自国を"助けて"欲しい、と。


 「良く、決心したね。その決心を付けるのに、とても大きな覚悟が必要だっただろう。辛かったね。私達の発する音は、周囲には聞こえないように施してある。今は、今だけは、存分に気持ちを解き放っても良いよ。」

 「う、うぅ・・・うぁああああああんっ!ああああああっ!」


 オリヴィエが言葉を出すか迷っている間に、周囲には防音魔術よって私達が出す音を聞かれないようにしているだけでなく、『幻影ファンタム』によって私達が何事も無く食事を取って談笑しているように見せている。

 何も気兼ねする事なく、存分に泣くと良い。今まで、相当にため込んでいたみたいだからね。


 一人で泣く事すらも出来ない環境だったのだろう。オリヴィエはそのまま5分ほど、私の胸に蹲って泣き続けていた。

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