第180話 サウゾースを散策しよう!
興味が沸いてしまったのなら実際に触れてみないとな。案内してくれているオリヴィエには悪いが、少し楽器とやらを見せてもらおう。
オリヴィエは国の案内を了承してはくれたが、基本的には私の興味を優先する事にしたようだ。
私が露店の楽器に興味を持った際には、何も言わずに私の後をついて来てくれた。
では、楽器を売っている男性に声を掛けてみよう。
彼は私の事を新聞で知り得ているのだろう。私が楽器を目にする前から私に意識が集中していたし、私と目が合うとあからさまに緊張しだした。
「ちょっといいかな?」
「はっ!はいぃっ!な、何なりとっ!」
「貴方の売っている楽器というものを見るのは、これが初めてなんだ。どんなふうに使って、どんな音が出るのか、教えてもらって良いかな?」
「かっ!かしこまりましたぁっ!」
かなり緊張して声が上擦っているが、私が緊張するなと言っても無理があるのだろうな。これまでの経験から、それはもう理解した。
まぁ、だからと言って私は態度を変えないがな。私に対して畏まった態度を取る事を否定はしないが、砕けた態度を取る事も随時歓迎しよう。
特に何でもない人が私と気軽に会話をする様を見ていけば、自ずと他の者達も私に対して同じような態度を取れるようになってくれると信じよう。
「こ、此方は、弦を指で弾いて音を出す楽器となりますっ!そ、それから、此方の楽器は、この先端部から息を吹き込む事で音が出るようになっておりますっ!」
「複数の弦があるから、色々な音が出せそうだね。鳴らしてみても良いかな?」
「っ!?ど、ドどドドどどうぞっ!是非お手に取って鳴らしてみて下さいっ!」
どもりながらも説明をしてくれたうえで、購入もしていないというのに使用させてくれるらしい。
有り難く手に取って、軽く弦を弾いてみれば、-ベョン-と聞き慣れない、それでいて愉快な音が震える弦から発生させられた。
なるほど。確かに、この音は自然に出す事は難しそうだな。加工した道具を用いる事で出せる音だ。
この楽器には、6本の弦が張られている。弦の長さも異なっていて、それぞれ違う音が出るようになっているのだろう。
一通りの弦を弾いてみれば、-ベョビョバョボョ-と先程聞いた愉快な音が違った音程で私の耳を楽しませてくれた。
なるほどなるほど。弦の長さで音が変わるという事は、弦を指で押さえる事でも音が変わりそうだな。試してみよう。
良いじゃないか!この道具一つで様々な音程の、それもこの道具でしか出せない音が出せるだなんて!実に面白い!オリヴィエは品質が良くないと言っていたが、なかなかに楽しいぞこれは!
弦の楽器だけでなく、息を吹き込む楽器も試させてもらおう!
「次は楽器を試させてもらって良いかな?」
「も、もモも勿論ですっ!是非!是非お試しくださいませ!ささ!どうぞどうぞ!お試しください!」
管状の楽器を妙に強く薦める商人に対してオリヴィエがやや冷たい視線を向けていたが、事情は後で聞かせてもらおう。
楽器を受け取り教えてもらった部位に口を当て、息を吹き込もうとする。
が、そこでオリヴィエが声を掛けてきた。
「ノア様。そちらの楽器は、甲高く大きな音が出やすい楽器となっています。まずは、優しく息を吹き込んでみて下さい。」
そうなのか。管の直径は2㎝ほどで、長さも30㎝ほどしかないというのに、オリヴィエが忠告するほどの音が出るのか。
それなら、忠告通り優しく吹きかけてみるとしよう。
これはまた面白い!本当に小さく息を吹きかけただけだというのに、確かな音量で手にした楽器から-ピュー-と音が鳴り出したのだ!
なるほど!確かに小さく息を吹き込んだだけで大きな音が出る!息を吹きかける強さでさらに大きな音が出そうだな!
しかも、この楽器の構造を見るに、所々に空いている穴を指で塞ぐ事で音程を変える事が出来ると見た!その予測に従い、管の穴を指で塞いで息を吹き込んでみれば、同じ音質ではあるが違う音程の音が管から出て来てきたのだ!
これは、穴を塞ぐ数で音程を変える道具だな!?いろいろと試してみよう!
これも楽しい!オリヴィエが言っていたように品質が良くない、つまり作りが悪いためか、所々かすれた音が出てはいる。
だが、音を出す、と言う行為自体を楽しむのであれば十分だ!
彼女の言っていた通り、まさしく子供の玩具なのだろう。
管状の楽器を商人に返して礼を述べる。
「ありがとう。自分では出せない音を出す。これはなかなか楽しいものだね。」
「へっ!?あ、あぁハイっ!『姫君』様にお楽しみいただけたようで、何よりで御座います!そ、それで・・・こちらの商品は・・・。」
楽器を返却された事に驚き、少し遠慮がちに訊ねてくる。
勿論買わせてもらうとも。今後楽器を作ろうとした時の参考にになるし、何より良い記念だ。
「2つとも購入させてもらおう。どちらも銅貨1枚のようだね?」
「は、はいっ!あ、ありがとうございますッ!そ、それでは新しいものを用意しますので、こちら―――」
商人が私から返却された管状の楽器を鞄に仕舞おうとしたところで、オリヴィエが商人の手を掴んで彼の動きを止めてしまった。
「えっ!?な、何を・・・!?」
「ノア様は、
「ひぇっ!す、すみません!すみません!直ぐに包ませていただきます!」
今更だが、あの管状の楽器は縦笛と言う名称なのか。
本にも笛と言う単語を何度か目にしたが、名称の頭に縦と言う言葉がある以上、横笛と言う楽器も存在しているかもしれないな。
それはそうと、にこやかな顔で商人に告げるオリヴィエの雰囲気は非常に冷ややかであり、閉じた瞳はまるで笑っていない。むしろ怒気を含んでいるようにも見える。
商人も彼女の怒気を感じ取ったのか、怯えの感情を露わにして慌てて二つの楽器を包みだした。
はて?新品を用意してくれようとした商人の行為は、確かに少々邪な感情を感じられたが、どういうことなのだろうか?
楽器を購入して『収納』に収めてその場を後にするのだが、商人へ訴えた時から、もっと言うなれば彼が私に縦笛の試用を薦めた辺りから、オリヴィエの機嫌が明らかに悪くなっている。
理由は分からないが、商人の対応は彼女の不興を買ったらしい。
現在時刻は午前10時20分。喫茶店と呼ばれる軽食とお茶を提供する店で休憩をしているところだ。
やはりプロが入れたお茶は味が違うな。香りも良ければ味もしっかりとしている。
さて、ちょうどいい機会なので、そろそろオリヴィエが露天商に対して冷ややかな視線を送ってたり、怒気を露わにしていた理由を聞いてみよう。
「リビア、さっきの商人は何をして貴女をそこまで不愉快にさせたのかな?」
「ノア様。」
「うん?」
一度強く私の名前を呼ぶ。彼女の目は、あの商人だけでなく私にも非があると言っているようにも感じ取れる。
「ノア様はティゼム王国に滞在している間に、数多くの書物に目を通していたと聞き及んでいます。」
「うん。」
「目を通された本には、小説の類も多々あったという事も窺っています。」
「公言はしていないけど、その通りだね。」
先程からオリヴィエは何が言いたいのだろうか?先程のやり取りに小説で読んだ内容とかぶるような出来事は無かったはずだが・・・。
「では、目を通された小説に登場人物達が、その、せ、せ、接吻、をする描写があったのではないでしょうか!?」
「接吻と言うと、口付けの事だね?確かに数多くの小説でそういった描写があったね。恋愛小説では特にそう言った描写が多かったよ。大抵は物語の終盤、クライマックスのシーン以降に書かれる事が多かったかな?」
口付けという行為は、人間達の間ではかなり特別な意味がある行為らしい。
恋愛小説では決まって描写があったし、その他の小説でも口づけを躱した者達は後に夫婦や恋人の関係になっている者が大半だった。
つまり、人間にとって口付けとは、恋慕的な意味で愛情を表現する手段、という事だろう。
はて?それがどうして先程のやり取りに関係して来るんだ?
「良いですか!?せ、接吻っ!と言う行為は、特に親しい者同士以外でおいそれとする行為ではないのです!そしてそれは、間接的な意味でも違いはありません!」
「?間接的・・・?ええっと?私が口を付けた縦笛の事を言っているの?」
「そうですっ!ノア様が縦笛を気に入ったというのであれば、ノア様が試用した物をそのまま売れば良いというのに!あの露天商は態々新品に変えると言ってノア様が口をお付けになった縦笛を回収しようとしたのです!」
「自分もその縦笛に口をつけて、間接的に私と口付けしようとした、と?」
「それだけでも腹立たしい行為ですが!あの露天商はもっと下劣な行為をしようとしたに違いありませんっ!」
お、おおぅ・・・。オリヴィエが珍しく語気を荒げている。それほどまで彼女にとっては気に食わない事だったようだ。
別に私と直接口付けをしたわけでは無いのだから、そこまで気にする者でも無いと思うのだが・・・。
と言うか、人間達は口付けと言う行為を特別視しすぎてないか?
たかだか口が触れ合うだけの事だろう?家の皆と触れ合っていたら、そんな事はしょっちゅうだぞ?
いや待て、その考え方は軽率か。私の感覚ではなく、人間の感覚で考えなければ。
とりあえず、オリヴィエに話の続きを聞かせてもらおう。
「あの露天商は私が口を付けた縦笛をどうしようとしたと思うのかな?」
「高額で売り捌こうとしたに違いありません!しかも金額を競い合わせて!」
「値段を競い合わせるって・・・間接的に私と口付けが出来るというだけで競い合うほどの需要が出来るものなの?」
「当たり前じゃないですかっ!!今のノア様が周囲からどういう見られているか、ご存じの筈ですよねっ!?」
「う、うん・・・。まぁ、ただでさえ直接話す人達が揃いも揃ってあんな態度をするからね・・・。」
私に訴えて来るオリヴィエの気迫は、なかなかに強い。イスティエスタの受付嬢、エリィの姿を彷彿とさせられる。
今の彼女に遠慮や装いと言った感情は見うけられない。つまり、コレが彼女の素、本来の性格だという事だろう。
それはそうと、彼女は私の事を心配してくれているようだ。赤の他人が私に対して邪な感情をぶつけられる事に対して嫌悪を抱いてくれているのだ。
嬉しいな。親しみを感じた相手の事が分かる事も、そんな人物から心配してもらえているという事が。
「な、何故そんな微笑ましいものを見る目で私を見てるんですかっ!?」
「いやぁ、リビアの事がまた一つ分かったなぁって思うと嬉しくてね。今の貴女には、これと言って感情を抑えたり取り繕ったりしている様子が見られないから。それに、貴女は私のためを想って言ってくれているのだろう?それもまた嬉しいと思っている理由だよ。」
「っ!?わ、私の事は良いのですっ!今はノア様の話ですよっ!?」
ああ、後オリヴィエはかなり初心なようだ。例え文字のみの表現であっても口付けと言う行為には感情が揺さぶられるし、その言葉を口に出すだけでも羞恥心が掻き立てられるらしい。
先程も"接吻"と言う単語を口にするのに苦労していたし、顔を赤くしてもいた。
この事を指摘したら多分かなり機嫌を悪くしてしまうだろうから、指摘せずに黙っておこう。
「つまり、リビアが言いたいのは、私の先程の行動が軽率だったという事。それと、私が周囲に与える影響は私が思っているよりも遥かに大きいという事だね?」
「そうです!それに加えて、ノア様は多くの方々から大変魅力的な姿をしていると思われている事を、改めて承知して下さい!」
流石にこうまで言われてしまうとな。自覚を持ち辛いとは言え、それでも意識していくしかないよなぁ。
自分の行動を客観的に見てかつ、それを人間の感覚で捉える必要があるな。
「分かったよ。なるべく気を付けよう。とは言っても、自分ではどうしても気付けない点もあるだろうから、その時はリビアを頼らせてもらうよ?」
「ノア様・・・!ええ!頼ってください!その・・・私も人の事が言えた立場ではないかもしれませんが、私が指摘できる事は指摘させていただきます!」
そうなんだよなぁ・・・。オリヴィエって、自分の容姿に関してかなり無関心と言うか、無防備だったからなぁ・・・。
何せ髪型と睫毛の長さを変えただけで変装で来ていたと思っていたような娘なんだ。少し不安に思ってしまうのは勘弁してほしい。
とは言え、私よりは間違いなく世間一般の常識を理解しているのだ。頼りにさせてもらうとも。
「頼りにしてるよ。さて、そろそろ他の場所を見て回ろうか。」
「ええ!案内させていただきますね!」
眩しいとさえ思える満面の笑みをオリヴィエは私に向けて答えた。
本当に良い表情で笑うようになったな。化粧の影響もあるが、実際の年齢よりもずっと若く見えてしまう。これは注意が必要だ。
例えオリヴィエが普段とは別人のように見えているとは言え、門番の反応からも分かる通り、今の彼女の容姿が悪いというわけでは無いのだ。
アイラはなるべく特徴が出ないような化粧を施してくれたようだが、それでも間近で見れば人間にとって魅力的な顔立ちをしている事は言うまでもない。
オリヴィエが私を邪な感情から守ってくれるように、私も彼女を守らないとな。
その後、街のおよそ半分近くをやや早歩きで見て回ったところで夕食の時間が近づき、残りは明日見て回ろう、という事になった。
今日も勿論サウズ・ビーフの厚切りステーキを頼むとも!宿へ向かっている最中から楽しみで仕方が無い!
聞けば他の街でもサウズ・ビーフは取り扱っているそうではあるのだが、サウズ・ビーフを飼育している村から最も近いのがこのサウゾースだ。
それ故に迅速に肉を用意出来るからこそ比較的容易に口にする事が出来るのであって、他の街ではそうはいかないらしく、本来ならばかなりの高級食材なのだと教えられた。
つまり、他の街で同じ料理を口にしようとした場合、かなり値が張ってしまうという事だ。
ちなみに、サウズ・ビーフの厚切りステーキの値段は、一皿銅貨10枚である。
他の街ではここから更に価格が上昇するのだから、どれほど高級な食材なのかが良く分かる。金に困っているわけではないが、今の内に存分に味わっておこう。
運搬の問題もあるから、他の街ではいつでも食べられるとは限らないのだ。
夕食を終えて図書館で昨日と同様、新聞と歴史書を片っ端から複製していると、オリヴィエが真新しい新聞に目を通しており、その中の記事を見た後、深く溜息を吐いていた。
「何か、気になる記事でもあったのかい?」
「ええ、まぁ、何処にでも目ざとい者はいる、という事ですね・・・。」
オリヴィエから手渡された新聞の日付は今日となっている。そしてオリヴィエが読んでいた新聞の記事に目を通してみると、何と私の事が書かれていた。
内容はまぁ、正直非常に下らないものだ。
何の事はない。私がファングダムに訪れた事、そしてサウズ・ビーフの厚切りステーキをいたく気に入った、と言うだけの事である。
一々そんな事まで記事にするのか、と感心すると同時に呆れもする。
そんな事を言ったら、私はハン・バガーが大好物だし、美味いものなら何でも口にする。
そんな事を小声でオリヴィエに伝えたのだが、そういった情報は既に私が称号を得た際の新聞に記入されていたとの事。そんな事を知って何が嬉しいんだか。
って、いかんいかん。こういう時は一人で疑問に思っていないで素直にオリヴィエに聞けばいいのだ。彼女も指摘してくれると言ったのだからな。
そして喫茶店で宣言してくれた通り、オリヴィエは快く私に説明してくれた。
「ノア様。人と言う生き物は、気になる方や魅力を感じた相手、ファンになった方の事をどんな些細な事でも知りたいと思うものなのです。」
「なるほど。ああ、確かに、私もマクシミリアンの事は色々と調べたね。つまりは、そう言う事か。」
「ええ、そう言う事です。それに、喫茶店でノア様は私の事を知る事が出来て嬉しい、とも仰って下さいましたよね?」
「うん、言った。なるほど。そう言う事か。なるほどぉ・・・。」
あまりにも感心しすぎて単純な言葉しか出せなくなってしまった。
だがしかし、得られたものは大きい。オリヴィエがいなかったら、未だに周りの反応や行動が理解できずに困惑していた事だろう。
「今更かもしれないけど、それはつまり、私は世界中の人々から好感を持たれている、という事で良いんだよね?」
「もぅ、本当に今更ですね・・・。ええ。それはもう、これ以上ないほどに。今後も今日と同じような反応を至る所でされると思いますよ?」
私が人々から好意的に思われている事自体は知っていたが、まさかそれがルグナツァリオの寵愛を持っている事や称号を得た事だけでなく、単純に私の容姿も含めた事だったとは知り得なかったな。
まったく、これまでも私は周りから美人だのなんだのと言われ、そのたびに自覚しよう、気を付けよう、と思っていたにも関わらずこのざまか。
我ながら何とも情けない話である。
だが、多少は成長している自覚はある。
以前よりも自分の容姿に対して、他人がどのような反応をするのか分かるようになってきているのだ。
この調子でゆっくりでも良いから自分の感覚と周囲の感覚を均していこう。
図書館から部屋に戻り、風呂に入り私はオリヴィエの尻尾に、オリヴィエは私の髪に櫛を入れた後、今日購入した楽器を少し好きなように鳴らした後、就寝に就く事にした。
無論、オリヴィエが枕元に置いた時計の周りを結界で覆う事も忘れずに。
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