第6話 すっごい便利!
落ち着こう。まず、尻尾を元に戻せるかどうかを試さないと。
尻尾を身体の内側に引っ込める感覚で引き戻すと、尻尾は徐々に長さを縮み始め、最終的には元の長さに戻るどころか、足の一本と半分ほどの長さにまで縮まった。これ以上は短くならないようだ。
元に戻せる事が分かったので、もう一度尻尾を伸ばしてみる。すると、特に勢いを付けたわけでもないのに、さもそれが当然のように尻尾はするすると伸びて再び四十歩ほどの距離まで伸ばすことが出来た。今度は、素早く尻尾を縮めてみると、瞬きするよりも早く一番短い長さまで縮まった。
これは本当に、頼もしくも恐ろしい。ただでさえ危険視していた尻尾だが、その危険度が跳ね上がった。
出来てしまうものは仕方がない。危険だからと目を背けて使わないようにしていても、元から備わっている上に、排除することもできないのだ。何らかの要因で無意識の内に使用してしまいかねない。その時に傷付けたくないものを傷付けてしまっては目も当てられない。それならば十全に扱えるようにして咄嗟に使用しても被害を最小限に抑えられるようにするべきだ。
あらかた私の能力の検証は済んだと考えていいだろう。これからは力の制御を完璧に行えるように訓練することにしよう。
ふと、今朝から何も口にしていないことを思い出し、この場から動かずに果実のある場所まで尻尾を伸ばしヘタを切り取る。果実が落下するより早く
うん、やはり、美味しい!
昨日の時点で移動の際に二十個ほど食べたが、まるで飽きる気配がない。果実の味をじっくり楽しみながら、先ほど作った石でできた果実のオブジェクトを尻尾を使い、一つずつ私のところへ投げ飛ばす。傷付けてしまわないように力を調節して左手の甲で上にはじき上げる。
これを後十一回繰り返す。落下してきたオブジェクトを傷付けないように左右の膝で交互に打ち上げてから、再び左手の甲で砕かないようにはじき上げる。これをしばらく繰り返そう。オブジェクトを傷付けたり砕いてしまったらその都度、尻尾を操り新たに追加しておく。数が足りなくなってきたら、壁からくり抜いて同じ大きさのオブジェクトを作るとしよう。
果実を食べ終わり右手が開いたので、三つ数を増やしてみた。オブジェクトを破損させずに十周したらその都度オブジェクトを一つずつ増やしていくことにしよう。これもジャグリングといえるのだろうか。ジャグリングということにしておこう。
尻尾を操り、通常時、縮ませた時、伸ばし切った時、縮ませながら、伸ばしながら、上下左右、右回転、左回転、それぞれ考えうるあらゆる動きを試してみる。
何でも無いことのように出来てしまっているが、これはかなり異常なことなのではないだろうか。
力加減を誤って何度かオブジェクトを破壊してしまっていることは置いておき、両手足を使いながら尻尾まで操るには、相応の情報処理能力が無ければまともにできないだろう。
日が落ちて暗くなったころには三十個のオブジェクトを安定してはじき上げ続けることが出来るようになっていた。それまでに破損させてしまったオブジェクトは五百個以上になる。
ふと、私は今日まともに飲食をしていないことに気づいた。力の制御の訓練を始める際に尻尾を用いて手繰り寄せた時の一個だけだ。尻尾を伸ばして匂いを頼りに三個の果実を採取してきては、さっそくそのうちの一つを手に取りかぶりつく。
・・・尻尾が伸びるという絵面に最初こそ気持ち悪さを覚えたが、慣れてくるとこれが便利で仕方がない。なにせ離れた場所に手が届くようなものなのだ。この尻尾に頼り切ってグータラになってしまわないか別の意味で危機感を覚えた。
そういえば、私は最初に意識を覚醒させてから今まで飲食はしたが、排泄行為は一切していないな。今も排泄の欲求は無い。それに、昨日食べた二十個以上の果実はどこへ行ってしまったのか。
そもそも、果実を食べているのはあくまでそれがとても美味いからであり、今まで空腹感と満腹感のどちらも覚えたことは無い。
ひょっとして私は排泄の必要はおろか、食事の必要すらないのだろうか。
もしそうだとしたら、自分の事ながらつくづく謎めいた存在だな、私は。
果実も食べ終わったのでそろそろ今日は眠ることにする。力の制御に関しては今はこのぐらいで満足しておくとしよう。訓練をやるとしても朝起きた時に今日一日中やっていたジャグリングをオブジェクトの数を増やさずに百周するぐらいにとどめておくことにしよう。
明日からは森を散策してみるとしようか。生活環境を整えるためにも水が欲しい。水の流れる音を頼りに川を探してみるとしよう。それと並行して森で生活している筈の動物達を探すことも視野に入れておこう。動物。触れたらいいなぁ。
まどろみに身を委ねて意識を手放す。
・・・身体に、温もりを感じ、閉じた瞼越しに明かりを感じる。どうやら日が昇ってきたらしい。
瞼を開けて身体を起こし、クレーターの外へと飛び出す。伸びをして身体を慣らしている間に尻尾を操って果実を一つ採取してくる。果実を食べながら、昨日行っていたジャグリングを行う。
片方の手は果実を持ちながらのため少々やりづらいが、できないことではない。オブジェクトを投げ終わり、尻尾に暇ができたので、体重を尻尾に預けて、尻尾だけで立ってみる。
・・・意外と造作もなくバランスを保つことが出来ているな。これで両足を同時に動かすことが出来るようになった。気が向いたら膝ではなく、つま先を使ってジャグリングをしてみるのもいいかもしれない。
昨日の就寝前に決めていたように百周させた所でジャグリングを終わらせる。寝起きで気が緩んだのか十一個のオブジェクトを破損させてしまった。ゆくゆくは、寝ぼけながらでもこの数のオブジェクトを完璧に回せるようになりたいものだ。
それでは、水を求めて川を探すとしよう。果実を一つ尻尾を使い手繰り寄せて齧りつく。耳に入ってくる水の流れる音に向かって歩を進めていく。今になって気づいたが、川には魚もいるかもしれない。今食べている果実以外の食料を得ることが出来るかもしれないと思うと、俄然やる気が溢れてくるな。力の加減を間違えないようにだけ注意するとしよう。
耳を澄ませながら二千歩ほど歩いたところだろうか。小さく樹木を削る音が聞こえてくる。何か大きなものが動いているらしく、遠くから小さな振動が私の足に伝わってくる。
これはひょっとして、何かしらの動物が爪を研いでいる音ではないだろうか。意識が覚醒してから、初の動物との邂逅の機会かもしれない。自然と鼓動が早くなる。だが、焦ってはいけない。ここで私が無駄にはしゃいで相手を驚かしてしまったら、警戒されて逃げられてしまうかもしれない。
ここは慎重に、音を立てずにゆっくりと樹木を削る音へと向かうとしよう。水の流れる音からは若干遠ざかってしまうが、水が流れる音のする場所へは後からでも行くことが出来るが、動物の場合はそうはいかないだろう。それに動物に逢いたい私にとっては、こちらが優先されるのは至極当然といえる。
もしかしたら果実を渡してあげることで友好的になってくれるかもしれないと思い、近くに実っていた果実を二つ取ってくる。いや、ホントに便利だなこの尻尾。とりあえず、果実は二つとも左腕で抱えておこう。
爪研ぎはもう十分なのか、木を削るような音は聞こえなくなっている。だが、代わりに大きな動物が移動しているであろう四足歩行と思われる足音が聞こえてくる。
僥倖なことに、足音はこちらに近づいてきてくれている。足音の大きさと地面から足に伝わる振動から間違いなく私よりもずっと大きな動物だ。いよいよ動物に会えると思うと興奮で鼻息が荒くなっている事が分かる。冷静になろう。静かに深呼吸して呼吸を整える。
仲良くなれたらどうしようか。撫でさせてくれるだろうか。背中に乗せてくれるだろうか。毛皮にうずくまって頬擦りさせてもらえるだろうか。
楽しみだ。だからこそ、この機会を無駄にしないよう、慎重に、落ち着いて行動しよう。
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