第103話 ノアズブートキャンプ
少女達と先程まで傍観していた冒険者達は、大人しく訓練場に向かっていった。
残るのは揉め事を起こしていた4人組だけだ。何が起きているのか分からないと言う表情で辺りを見回している。
「どうした?何を呆けている。後はお前達だけだぞ?」
「な、何でみんな・・・。」
「て、テメエ・・・他の連中に何を・・・!?」
この連中は、私が傍観していた連中に何か魔術的な事でも施したから、素直に言う事を聞いているとでも思っているのか?
と言うか、さっきまでの勢いがまるで無くなっているな。私の魔力量を知って、ランクはともかく実力は把握出来たと見て良いのだろうか。
いや、この手の連中は何かと自分にとって不都合な事は認めたがらないからな。あまり動かないようなら強制的に訓練場まで連れて行くか。
「強いて言うなら少しだけ魔力を放出したぐらいだな。周りにいた連中は私が何者なのか、ギルド側から聞かされていたみたいだぞ?当然、ギルドの職員達も全員、私が何者かを知っている。」
そう言って受付達を見れば、皆が皆激しく首を縦に振っている。彼等は荒事に慣れているわけでは無いかだろうからな。ほんの少しとは言え、私が魔力を開放した事で怯えてしまっている。
完全に巻き込む形になって申し訳ないが、王都の冒険者達が毎回先程のような態度を取り続けているようでは、新たに冒険者になる者達が成長しない。
先達はしっかりと後進の手助けをしてやるべきだ。それを分からせてやるために、かなり手荒い手段を取る事となってしまったのは、まぁ、スマートなやり方とはお世辞にも言えないのだろうな。結果、あまり関係の無いギルドの職員まで巻き込む事となってしまった。
さて、いい加減、動こうとしないこの四人を訓練場まで連れて行くとしよう。
右手から『
私の不機嫌具合を知ってもらうためにも、少しきつめに縛っておこう。
「ぐあっ・・・!」
「い、痛ぇっ・・・!?」
「な、何しやがっ・・・るっ!?」
「くっそ・・・!ビクともしねえ・・・!?」
「お前達がモタモタしているから強制的に連れて行くだけだ。一人一人縛り付けるのも面倒臭いからな。他の連中を待たせているんだ。さっさと行くぞ。」
そう言ってそのまま訓練場に移動する。魔力のロープは私の右手まで伸びているので四人が動かなくとも強制的に私に引きずられて訓練場に向かう事になる。
語気を強めて色々と喚いているが、四人揃って私の力にまるで抵抗できていない時点で実力差を分かってもらいたいものだ。嫌でもすぐに分かる事になるがな。
ブライアンには悪いが、今晩は夕食を取らないつもりだ。少女達には悪いが、それだけ長時間、コイツ等も含めて冒険者連中に稽古をつけてやろうと思っている。
訓練場に入れば、先程までロビーにいた冒険者達が全員私を見ていた。いや、私では無いな。魔力のロープで縛られた四人を見ている。
そうだ。忘れずに出入り口に『
縛った四人を他の冒険者達の方へ放り投げ、『成形』を解除する。四人は縛られた部分が痛むのか、先程までロープがあった場所に手を当てている。解除されてからいきなり食って掛かって来る訳ではないようだ。
「さて、全員揃ったところで稽古の内容を説明する。内容はいたって簡単だ。」
そこまで言って『成形』で魔力で作った全長1メートルほどの棒を左右の手から成形する。模造刀変わりだ。この連中に『
『成形』ならば覚えようと思えば"
「お前達全員で私に打ち込んで来い。問題点や改善点があればその都度反撃と共に指摘する。」
説明はしているが全員一言も喋らない。このままでは委縮してしまって動こうとしないな。まぁ、問題無い。この連中はさっきも蚊帳の外から眺めているだけだったからな。自分から動こうとしないのも想定しているとも。
「十秒間、私に打ち込んでこなかった場合、そういった輩に対しては防御の稽古をつけてやる。私から打ち込んでやるから、全力で凌いで見せろ。言っておくが、反撃の時よりも痛いぞ?では、始める。」
「えっ!?ちょ、まっ、心の準備が・・・!?」
「私が来るまでに十分な時間があっただろう。既にカウントを数えているぞ?動いていないという事は、最初は全員防御の稽古が良いようだな?」
始めの合図を出しても全員動こうとしていなかったため、冒険者達に向かって歩いて行く事にした。
これで後ろに下がって逃げる様なら、急接近してキツイ一撃をお見舞いしてやろう。痛い目に遭ってもらう。
ちなみに、私から打ち込む場合は魔力の棒と尻尾に『激痛』の意思を込めて打ち込むつもりだ。尻込みしているよりも、前に出て攻撃した方が良いと理解してもらおう。
「こ、こうなりゃ自棄だ!うおおおおお!!」
「ノアさん、よろしくお願いしますっ!」
「攻撃の後の隙をつくんだ!相手が動いた時の隙をつければ、一撃ぐらいは当てられる筈だ!」
「誰が最初の攻撃を受けるんだよ!?」
「今向かっていった奴等がいるだろ!アイツ等に続くぞ!」
ようやく覚悟を決めたのか、何人かが私に向かって走り出してきた。三人の少女達も私に向かってきている。三人には悪いが、贔屓してやるつもりは無い。痛いかもしれないが、治療はするから頑張ってくれ。
それと、私の攻撃後の隙を狙った者達、考え方自体は悪くない。だが、それが通用するのなら全員を相手取るような豪胆な手段は最初から選んでいない。どういった存在を相手にしているのか、しっかりと理解してもらおう。
「無闇に飛び上がるな。脇を締めろ。踏み込みが甘い。腕の力だけに頼るな。力み過ぎだ。お前は力を抜きすぎだ、武器はしっかりと握れ。」
「ぐはっ!」「げふっ!」「あぐっ!」「ぎゃっ!」「ぐほっ!」「あだっ!」
「えっ、あれっ!?ちょっ!?隙がっ!?」
「や、やべっ!?」
「途中で躊躇うな。中途半端に止まるな。他人任せにするな。」
「ふべっ!」「んげっ!」「へぶっ!」
向かってきた連中は一通り対処した。が、他の連中は相変わらず動こうとしていないな。ああまで言ってもまだ決心がつかないか、もしくは逃げ果せるとでも思っているか、か。
「さて、他の連中は防御の稽古がお望みのようだな。自分から痛い目に遭いたいとは、良い度胸だ。ああ、そうだ。一度指摘された後でも好きなだけ打ち込みに来て良いぞ。その都度悪い点や改善点は指摘していく。では、行くぞ。」
「ま、待ってくれ、い、今から打ちぎゃああああっ!?!?」
「十秒経過だ。どんどん行くぞ?気合を入れろ?」
「お、おい!そいつを叩いた時はまだ十秒経ってなかっただろうが!?」
「私は十秒間経つまでに打って来いと、攻撃しろと言ったんだ。それとも、あのタイミングで私に攻撃できるほど素早い攻撃がコイツに出来たのか?どの道もう十秒経過しているんだ。お前達は私から打ち込む。気張って耐えろ。」
「そ、そんな・・・!?」
「何なんだよ・・・?コイツ一体何なんだよぉっ!?」
揉め事を起こした男の一人が喚いている。喚いたところでどうしようもないんだがな。とにかく、この連中には盛大に痛い目に遭ってもらおう。
一分後、30人近い冒険者達全員が痛みで地面をのたうち回る事態となった。
三人の少女達が果敢にも合計で三度、私に打ち込んできた事は感心したし驚きもした。根性があるのは良い事だが、無理はしないようにな。
さて、自分から打ち込みに来た冒険者達がどこか安心した表情をしているが、まさかこれで稽古が終わったなどと思っているのだろうか?むしろ、本番はこれからなのだがな。
訓練場全域に『
「あ、あれ・・・?痛みが無くなってる…?」
「これ、『広域治癒』かっ!?これが!?この効果でこの範囲の『広域治療』って、どんな魔力量と密度だよ!?」
「よ、よかった・・・。怪我したまま放り出されなくて・・・。」
「さて、これで全員回復出来たな?では、立て。二回目を始めるぞ?座ったままで私の攻撃を受けたいならそうしていろ。」
「はあっ!?ちょ、今のをまたやるのかっ!?」
「む、無理だ!あんなの何度もやってられねぇよ!?」
「もういいだろう!?俺は帰るぞ!?何度も付き合ってられるか!?」
十数人がこぞって出口へと走って行くが、残念ながらあの連中では脱出は出来ないだろうな。私が見た限りでは魔術の心得がある者も何人かはいたが、誰も上位魔術を使用できるほどの実力は無いと判断した。
うんうん。ちゃんと打ち込んできている者達もいるようでなにより。さっきよりも打ち込んできている人数が増えているのも喜ばしい。
「なっ!?何だこれっ!?なんで扉が開かないんだよっ!?」
「どけっ!・・・冗談じゃないぞっ・・・!?上位魔術級の『施錠』だとっ!?こんなもの、いつ仕込んだっていうんだっ!?」
「はぁっ!?!?それじゃあ、オレ達はここからでられねえってのか!?」
「ふざけんなっ!扉を壊してでも出てってやあああああっ!?!?」
「「「「「ぎゃあああああっ!?!?」」」」」
「時間切れだ。言っておくが外には出られないぞ。今お前達が確認した通り、扉には『施錠』を掛けたし訓練場の壁全体を魔術によって強固なものにしているからな。分かったら大人しく稽古を受けろ。」
私に背後を向けたままドアの周りにたむろしていたので、遠慮なく左右の魔力の棒と尻尾カバーで一人一撃ずつ打撃を与えて行った。
碌に迎え撃とうともしていなかったのでもろに攻撃を受けている。威力は一回目の時と同じだ。感覚からして、骨折した者も何人かいるな。まぁ、どうせ治療するんだ。遠慮はしない。
「い、痛みが引いて・・・。」
「う、嘘だろ・・・?さっき『広域治療』を使ったばっかりじゃないか!?この規模の『広域治療』を何で連発できるんだよ!?」
「ま、まさか、さっきと同じ事をやるのか・・・?」
「も、もうやめてくれぇ!!」
「情けない事を。まだたった二回しかやっていないと言うのに、何を腑抜けた事を言っている?お前達それでも冒険者か?王都の冒険者と言うのは、随分と甘ったれた生活を続けてきたようだな?」
少し、落胆させられるな。少なくとも、イスティエスタの冒険者達は例え"楽園"に向かう事が出来なくても、自分の命を対価に稼いでいるという自覚があった。
だが、この連中は危険な事、厄介な事からは全力で距離を置こうとしている。
それ自体は別に良い。安全を得ようとするのならば危険からは遠ざかるべきだからな。だが、この連中の心構えはいただけない。
この連中はとにかく自分本位だ。自分が良ければ他人がどうなっても構わないという心構えをしている。いざとなれば自分が助かるために仲間を見捨てかねないし、最悪盾にまでしそうだ。
あの四人が三人の少女達を自分達の
冷静でいられる自信が無いな。先達が後進を食い物にするなど・・・。不愉快にも程がある。まぁ、あくまで私の予測に過ぎない。今は感情を抑えておこう。
「冒険者たる者、何時いかなる時にも想定外が起こる事を想定して行動しろ。『冒険者心得』の一つだった筈だな?まさか、お前達はそんな事すら頭から抜けているのか?回復は出来ているだろう。さっさと立った方が良いぞ?次を始める。」
「ちょっ!?」
「く、くそうっ!いい加減にしやがれぇっ!!」
「どうせ痛い目を見るのなら・・・やってやる、やってやるぞっ!」
やっと大多数が打ち込む気になったか。だが、闇雲に攻めて来るだけでは有効打にはならないぞ。どう動くかを考えなければな。
「脇が甘い。腰を引きすぎだ。不意を突くなら音を出すな。相手の隙を伺う前に自分の隙を無くせ。判断が遅い。打ち込む場所に視線を集中しすぎだ。」
「ふぎぃ!」「げほっ!」「あばぁ!」「ちべっ!」「いだぁ!」「ぶぁっ!」
大多数が自分から打ち込んで来るようになったとはいえ、未だに尻込みしている者や逃げようとしている者がいるのはどうしたものか。諦めが悪いと言うか、性格がひねくれているというか・・・。これでは後進から慕われる事など出来ないだろうに、それで良いのだろうか?
逃げていた者、もめ事を起こしていた四人の内の一人へと近づき打ち込もうとすれば、見下げた行為を行ってきた。私に打ち込まれて悶絶している者を掴み上げて、盾にしようとしたのだ。
下劣此処に極まる、だな。コイツは余程私を怒らせたいらしい。
私がそれを許す筈が無いだろう。正面から魔力の棒が盾にされようとした冒険者に当たる寸前に腕を止め、そのまま男を横切る。その瞬間のしてやったりと言う表情は何とも腹立たしい物だったな。
まぁ、その直後に苦悶の表情に変わったのだが。
男を横切る瞬間、脇腹に強めに棒を突き入れてやったのだ。感触からして、背骨が折れたな、あれは。まぁ、後で治療はしてやる。痛みと共に反省していろ。
それから十数秒後、三度訓練場では苦痛に悶絶している冒険者達であふれかえる状態となった。
今回も当然『広域治療』を行うが、先二回とは少し違う部分がある。
「メチャクチャ痛ぇが・・・完全に治りはするんだよなぁ・・・。」
「またすぐにメチャクチャ痛い目に遭うんだがな・・・。」
「何で動きは見えるのに、体がついてこないんだ・・・。」
「体制が悪ければ当然思い通りの動きは出来ない。それと、単純に身体能力が不足しているという事もあるな。体を鍛えろ。」
「う、うす・・・。」
「指摘した内容はしっかりと心に留めるんだ。仮に同じ指摘をされる場合は、少し強く打ち込むからそのつもりでいろ。」
「マ、マジっすか・・・。」
「分かってたけど、まだやるんだな・・・。」
「体力は戻るし怪我も痛みも無くなるけど・・・。キッツいな・・・。」
「痛ぇのは変わんねぇからな・・・。」
三回目にして自分達の置かれている状況に慣れてきたようだな。やはり冒険者と言うのはこうでなくては。
この連中も腹を括ったようだな。何、今回はかなり荒っぽい形になりはしたが、しっかりと経験にはなっているとも。これだけ激痛に苛まれれば同ランクの魔物や魔獣から与えられる痛みには大抵耐えられるだろうし、今の私と比べればそう言った討伐対象は大した事なく思えてくるだろうからな。尻込みもしなくなるだろう。
まぁ、感覚がマヒしてしまっては元も子もないので、今後も面倒を見てやる必要があるかもしれないがな。
「さて、それでは次を始めるぞ。」
「ま、待てよっ!!まだ治療が終わってねえぞっ!!」
先程、他の冒険者を盾にしようとしていた男だな。まったく、私の不興を買ってただで済ませるわけが無いだろう。
「動けない者を盾にして助かろうとするような下劣な行為をする者は、完全には治療しない。その状態で稽古を受けてもらう。」
「はぁっ!?ふざけんなっ!テメエは俺達を殺す気かっ!?」
「安心しろ。死なない程度に加減はしてやる。ちゃんと治療を施してもらいたいのなら、他人を食い物にするような行為は行わない事だな。」
「く、くそっ・・・!好き放題しやがって・・・。」
「無駄話をしていたせいで時間が少し消費されてしまったな。今回は少し猶予を短くするぞ。私から打ち込まれたくなかったらどんどん掛かって来い。」
「うおおおおお!!行くぜえええええ!!」
「やったらああああああ!!」
「俺だって冒険者じゃあああああ!!」
なかなか気合が入っているじゃないか。それで良い。今回に限ってはダメージは気にせずに全力で来ると良い。その都度指摘し、改善させていこうじゃないか。
それから一時間ほど経過したか。既に『広域治療』は五十回以上行っている。
驚いたのは30回目を開始した辺りから、敢えて私の攻撃を受けようとする者達が現れ始めたのだ。その中には三人の少女達もいた。
口では防御の稽古とは言ったが、実質ペナルティのつもりだったのだが、彼等は本気で防御を鍛えるために私の攻撃を受けたのだ。
その向上心には敬意を表する。きっと強い冒険者になるだろう。
「体力もあるし・・・怪我もねぇのに・・・体がうごかねえ・・・。」
「すんません・・・もう・・・ほんと・・・むりっす・・・。」
「ううぅ・・・ああぁ・・・。」
「「「「「・・・・・・・・・。」」」」」
自分でやっておきながら言うのも何だが、激痛を与えられては傷を癒されを何十回も繰り返されたのだ。体力や怪我は癒されたとしても精神までは回復していないからな。全員その表情は疲れ切っている。
人間達の感覚で言うなら、稽古と言うよりは最早拷問だっただろう。
私としてはもう二、三時間ぐらいは繰り返したかったのだが、流石にこの辺りが限界だろうな。これ以上続けた場合、昏倒してしまいかねない。
それに、どうやら時間切れのようだ。人間としてはかなり強力な魔力が此方に近づいてきている。
扉に掛けた『施錠』が解除される。『
魔力からは焦燥を感じる。かなり急いできたのだろう。そう言えばユージェンからは手加減して欲しいと言われていたな。手加減どころか、意気込みとしては少し本気を出してしまったぐらいだ。初っ端から約束を反故にしてしまったのは流石に申し訳が無いな。
相手の性格次第だが、ギルドマスターには優しくしよう。
訓練場の扉が勢い良く開かれる。そこには
「ティゼミア冒険者ギルドのギルドマスター、マコト=トード―だ。"
「勿論。ただ、この場で説明させてもらっても構わないかな?私から見れば、ここにいる全員が関係者なんだ。」
「構わない。ここで説明を頼む・・・。」
ギルドマスターの表情は険しい。と言うよりも、何かに耐えるような表情をしている。そう言えば胃薬の常用者とも聞かされていたな。今もストレスで胃を痛めているのだろうか?
だとしたら、彼の現在の胃痛は言うまでも無く私が原因だからな。この一件が片付いたら、詫びの意味も込めて彼の健康状態を少し診ておくとしよう。
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