第26話 とっても恭しい

 しばらくして全員が果実を食べ終わる。レイブランとヤタールはまだ欲しそうにしていたけれど、帰ったらまた切り分けてあげるから、今は我慢なさい。


 「落ち着いたかな。君の望み通り、私なりに稽古をつけてみたけれど、満足してくれたかな?」

 〈実に、素晴らしき体験でございました。誠にありがとうございます!〉

 〈貴方!そんなに強かったなんて知らなかったわよ!〉〈熊と戦ってる時よりも強かったわよ!貴方!〉


 果実を食べ終わって呼吸が整った"足鎧ウサギ"くんに感想を聞いてみる。この分だと、また稽古を頼まれそうだな。望むところではあるけれど。

 レイブラン達が"足鎧ウサギ"くんを手放しで褒めている。ヤタールが言っている熊とは、"角熊"くんの事で合っているだろう。

 しかし、"角熊"くんに挑んでいる時よりも強かったのか。


 〈"彼"に挑むときは、後の事を考えなければなりませんから。それに、全力を出したとしても今はまだ、"彼"に勝てるとは思えませんので。本当の意味で力を出し切ることができたのは、これが初めてです。ノア様、本当に感謝致します。〉


 それもそうか。私との稽古であれば、力を使い切ったとしても、私という守護者がいるからな。安心して全力を出せたというわけか。

 しかし、"足鎧ウサギ"くんは"角熊"くんにいつか勝ちたいと思っているんだね。物凄い向上心だ。野心と言っても良いかもしれない。


 〈ノア様。貴女様に忠誠を捧げます。是非とも、私を貴女様に仕えさせていただけますか?〉


 此方こそだよ。

 それにしても、本当に可愛らしい外見に反してカッコイイセリフ回しをするね、この子は。それがまた可愛らしいのだけれども。


 もうあれだな、何しても可愛い。というのは、この子のためにある言葉だな。

 それはそれとして、ちゃんと返事をしておかないと。


 「もちろん、君が仕えたいというのならば、諸手を挙げて歓迎するとも。これからよろしくね。」

 〈ありがとうございます。ノア様。卑しいことを承知でお願いがございます。〉

 〈名前よね!?名前があるのは良い事よ!〉〈名前で呼ばれるって嬉しい事よ!〉


 "足鎧ウサギ"くんがお願いを言う前にレイブラン達が割り込んでくる。君達、大事な話なんだろうからちゃんと最後まで言わせてあげなさい。


 それはそれとして、そうか。レイブランも、ヤタールも、名前を呼ばれるのは嬉しいんだな。フレミーも、名前を呼ばれたときは嬉しかったんだろうか。流石に、彼女に直接聞くのは無粋だろうから聞きはしないけれど。


 〈彼女達が申した通り、私にもノア様より私の名前をいただきたく存じます。どうか、聞き届けてはいただけませんか?〉


 彼は、稽古を始める前に、私に仕えることを吝かではないと言ってくれていた。だから、稽古の最中にも考えていたのだ。彼の名前を。


 「もちろん。では、君の名前は"ラビック"でどうだろうか?特に意味は無く、語呂が良いからというだけの理由なんだけれど。」

 〈"ラビック"・・・。それが私の名前・・・。ありがとうございます!〉


 提示した名前を受け入れてくれたようだ。声色に喜びの感情が感じられる。


 「では、私の家に招待しよう。移動手段が手段だけに君を抱きかかえることになるけれどいいかな?」

 〈問題ございません。しかし、私を抱える必要がある移動とは?〉

 〈跳ぶのよ!私達より速いのよ!〉〈翼が無いのに飛べるのよ!速いのよ!〉


 了承を得たので、ラビックを抱きかかえる。


 素晴らしい。もっこもこのふわっふわだ。思わず、ラビックの背中に顔をうずめてしまう。柔らかくてボリュームのある体毛が私の顔の肌を優しく包み込む。


 顔が、顔が幸せすぎる。彼の体温もあって、とても暖かい。しばらくこのままでいたい。


 〈あの・・・・・・ノア様?・・・ご自宅へ向かわれるのでは・・・?〉

 〈ノア様!?ラビックが困ってるわ!撫でたり顔を埋めるのは帰ってからにしましょ!?〉〈ノア様!?またなの!?落ち着いて!〉


 レイブランとヤタールに再び頭をつつかれる。いけない。あまりの心地良さに我を忘れていた。流石にラビックも困惑しているね。謝罪をしておこう。


 「済まない。私は、君のように柔らかくてフサフサしていたり、ふわふわしていたり、モコモコしている者が大好きでね?白状してしまうと、君と出会って最初に聞いた抱きかかえさせてほしいというのは私の純粋な願望なんだ。」

 〈左様でございましたか。この身がノア様を喜ばせることが出来るのであれば、どうぞお好きなように。〉

 〈ラビックはそう言ってるけど今は駄目よ!?家に帰るのよ!〉〈ラビック!ノア様は相手から了承を得たら遠慮しないわよ!?〉


 ラビックから好きにして良いと許可をもらったので早速その毛並みを堪能しようと思ったのだが、即座にレイブラン達から待ったが掛かった。

 そうだった。家に帰るんだった。


 「それじゃ、家に帰るとしようか。あぁ、それと、私の家には、私の友達で、この娘達のように仕えてくれている娘がいるんだ。仲良くしてやってくれ。」

 〈彼女達の他にも仕えている方が・・・。承知しまぁああああああ!?!?〉


 しまった。ラビックが受け答えを終える前に跳躍を開始してしまった。

 今までの彼からは考えられないような絶叫が私に伝わってきた。済まない。跳躍したら後はすぐだから、少しの間だけ、我慢していてくれ。




 家のそばまで到着したのは良いのだが、ラビックにとってこの速さは許容範囲外だったらしい。かなり怖かったのか、私の胸に顔をうずめて震えてしまっている。

 いや、ホントに申し訳ない事をした。


 「本当に済まない。レイブランもヤタールも楽しんでいたし、君もかなりの速さで動けるから、大丈夫だと思っていたんだよ。」

 〈いえ、・・・・・・自分の至らなさを、悔やむばかりです・・・。〉


 真面目な子だな。稽古以外でも、もっと私に要望を出してくれて構わないのだけれど。

 家の中から、フレミーのエネルギーを感じる。森から帰ってきたようだ。彼女にもラビックを紹介してあげよう。


 「ラビック、ここが私の家だよ。今の所、寝床以外の物は特にないけれど、何か欲しい物があったら、遠慮無く言ってくれていいからね?それと、私の友達が中にいるから、彼女の事も紹介しておくよ。」


 ラビックは未だ私の胸の中で震えていて、私の言葉には首を縦に動かして答えるだけだった。彼にはとても失礼なのは承知の事だけれど、それでも物凄く可愛いと思ってしまう。私の胸に甘えるようにうずくまっているから尚更だ。


 おや、フレミーの方から来てくれたね。


 〈お帰りなさいノア様。抱えているその子が新しい子だね?とても怯えているようだけど、どうしたの?〉

 「いや、実は彼を連れて帰る時に、いつものように跳んで帰ってきたんだけど、彼にはちょっと刺激が強かったみたいでね。あぁ、そうだった。名前。彼の名前なのだけれど。」


 事情を説明して、まだ震えの止まっていないラビックに代わって彼を紹介しようと思ったのだけれど、それは何とか平静を取り戻し始めたラビックに遮られた。


 〈ノア様。それぐらいは私が自分で・・・。お初にお目にかかります。新たにノア様に仕えさせていただくことを許されました。私はノア様より"ラビック"の名をいただきました。どうぞ、よろしくお願いいっ!?・・・たします。〉


 ラビックが自己紹介をし終えて、フレミーを視界に入れるとかなり驚いたようだ。もともと彼女の事を知っていたのだろうか?


 〈よろしく。ラビック。ノア様の最初の友達。フレミーだよ。〉


 彼女自身は、ラビックに対して特に思うところはないようだ。素直にラビックの事を歓迎している。


 「ラビック。フレミーを見て驚いていたようだけれど、彼女の事は前から知っていたのかい?」

 〈フレミーはとっても有名よ!私達より強いもの!〉〈私達は有名なのよ!フレミーはもっと凄いのよ!〉


 床に降ろしたラビックにした質問に対して、たった今帰ってきたレイブランとヤタールが答えてくれた。


 そうか。そう考えると、みんな有名なんだな。

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