第160話 経歴追加

 改めて、今回の騒動に私が関わった理由を思い返す。


 うん。やはり私が勝手に行動した結果だな。

 確かにマックスからアイラとシャーリィを気に掛けて欲しいとは言われたが、彼からの願いはあくまでも二人の安全の保障だ。その元凶を取り除いて欲しいなどとは頼まれていない。

 しかし、複数の事情が重なってしまい、問題を解決するにはこの国に巣食う悪徳貴族達を一掃する必要があると判断した事に加え、モスダン公爵が以前より自らを犠牲にしてまでそれを成し遂げようと計画していたのだ。渡りに船とばかりに彼の計画を利用させてもらった。


 それ故に、今回の私の行動は、別に誰かに頼まれたわけでは無く、私が都合が良いので利用しようと思ったに過ぎない。


 誰かに頼まれたわけでも無く、私が勝手に行動した事なので、特に見返りなどは考えていなかったが、国側としてはそうはいかない。

 むしろ、頼まれたわけでもないのに国の問題を解決した者に対して、報酬はおろか感謝の言葉一つも無いともなれば、国民からの反発が凄まじい事になってしまう。


 ただでさえ私は、つい先ほどシセラから人間達が注目を受けるような事実を暴露されたばかりなのだ。

 国側としては、このまま私にこの国を去られてしまっては国民達からの信用を盛大に落としてしまう、と判断したのだろう。


 正直、報酬を受け取る事に抵抗は無い。くれるというのなら貰うとしよう。

 尤も、大金を渡されたところで、あまり使い道が無いのだが。


 「要件は理解したよ。此方としては断る理由がない。謹んで受け取ろう。」

 「おお!そうか!いやぁ有り難い!こう言っては何だが、善良な"一等星トップスター"冒険者と言うのは、どうにも謙虚過ぎる連中が多くてな。報酬を用意しても謙遜して受領を渋る者が多いのだ。二つ返事で了承してくれるそなたの対応は、話が早くて本当に助かる!」


 そう語る国王の言葉に、イスティエスタでやけに自分の事を謙遜する"一等星"がいる話を聞いた事を思い出す。自分の力が世間一般の中で普通だと思っていたりする連中の事だな。

 まぁ、大方その手の連中の言い分としては[自分としては大した事をしたつもりが無いからそんなに沢山受け取れない]、とでも言ったところだろう。


 正直、良い感情を持てない対応だ。



 例えばの話だ。とある謙虚な"一等星"冒険者が、偶々野党に襲われている高位貴族を助けたとする。

 野党の武器には毒が特殊な塗られていて、高位貴族は毒に侵されている。一般的に普及されている解毒薬では回復しそうにない。

 だが、そこは"一等星"。特殊な毒であろうが部位欠損だろうが、たちまち治せるような回復手段を用いて高位貴族を正常な状態へと瞬く間に回復させた。


 当然、助けられた高位貴族は恩義を感じて報酬を渡そうとする。

 だが、謙虚な"一等星"は[当然の事をしたまで。自分にとっては大した事では無い。]と言って報酬を受け取ろうとしない。


 国王が言っているのはこういう事だと思う。

 これでは高位貴族の立つ瀬がない。感謝の気持ちを無下にされては、流石に心象も下がるし、下の者にも示しがつかない。


 信賞必罰、と言う言葉がある。功績には相応の賞を、罪過ある者には相応の罰を、必ず与えるという意味だ。

 それを人々に知らしめる事で正しき行いを、功績を上げる向上心を刺激し、不正や違法行為と言った犯罪を抑制させるのだ。


 先ほど挙げた謙虚な"一等星"の行いは、それを根底から崩しかねないのだ。

 折角高位貴族の命を助けても報酬を与えられない可能性がある、と下の者達に思われては、彼等のやる気も失ってしまうというものだ。


 ある意味、自己中心的で傲慢な話である。要するには、自分の都合だけで行動して、報酬を渡す側の都合や心境を考えていないのだ。


 余裕の無い者にとってはこれ以上なく有り難い、と言うか都合の良い存在なのかもしれないが、全ての相手に対して適用すべき対応ではない。


 特に、相応の地位も余裕もある人物からの報酬を辞退する行為は、その人物の信用を落とす行為にもなりかねないのだ。



 話を戻そう。感謝の言葉と報酬を受け取ると答えた直後、国王は傍にいた近衛兵に合図をしてその場から放れさせる。報酬を取りに向かわせたのだろう。


 そして玉座から立ち上がり、その場で頭を下げる。


 その行為に一部の近衛兵や大臣達が慌てるが、彼等が何かを言う前に国王が言葉を出し始めた。

 多分、頭を下げる事までは家臣達に伝わっていなかったのだろう。と言うか、意図的に彼等に伝えていなかった気さえする。


 「この度はこの国の問題、この国の都合にそなたを巻き込んでしまった事、国を代表して謝罪する。そして、その問題の解決に率先して尽力し、迅速に解決させる事に貢献してくれた事、誠に感謝する。ありがとう!」

 「どちらの言葉も、確かに受け取ったよ。どういたしまして。」


 国王からは謝罪と感謝の素直な感情が伝わってくる。今の発言は彼の本心だ。

 彼は豪気な人物でありながら、誠実な人物でもあるようだな。国民からの支持も高そうだ。


 「へ、陛下・・・っ!」

 「いつも言っているではありませんか!王たる者が気安く頭を下げるものでは無いと・・・!」

 「だから、普段はあまり頭を下げぬだろうが。気安く頭を下げぬのは、いざという時にその効果を強めるためだろう。今がその時だと、俺は判断した。」

 「そ、それならそうと事前に伝えて頂ければ・・・。」

 「言ったらお前等、小言の嵐を俺にぶつけてくるだろうが。俺は余計な手間が掛かるのは嫌いなんだ。」


 どうやら国王はいつも家臣達から小言を言われているらしい。

 やはり家臣達には意図的に謝罪をする事を伝えていなかったようだ。伝えれば必ず反対意見が出て小言を言われるのが分かっていたのだろう。尤も、結果的には国王の望んだ通りに事が進んでいたと思うが。

 さっきも国王は回りくどい事は嫌いだと言っていたからな。話が長くなる事を避けたのか。


 「父上・・・いくら小言を受けるのが嫌だと言っても、家臣の言葉には耳を傾けるのが王のあるべき姿なのでは?」

 「う゛っ!?お、お前・・・ここぞとばかりに・・・。」

 「父上が普段から私に言っている事ですよ?それを自分で反故にするのは、いかがなものかと思うのです。」

 「そ、そうですぞ!殿下、もっと言って下され!陛下は興味を持った事には我等に伝えず、すぐに独断で行動して問題を抱えて来るのです!」

 「今に始まった事では無いのですぞ!?アレはまだ陛下が15の頃・・・」

 「ええいお前達!いくら公式の場でないとは言え、謁見の場で話す事では無いだろうが!ここには巫女・シセラもいる事を忘れているのかっ!?」

 「「「ああっ!?」」」


 息子である王子の発言に勢いが乗ったのか、ここぞとばかりに家臣達が国王に普段の態度を改めるように言及し始めたが、国王にとっては蒸し返されたくない過去なのだろう。教会の重要人物であるシセラをダシにして無理矢理会話を終わらせた。


 教会は、国の下部組織と言うわけでは無いからな。むしろ教会は冒険者ギルドなどと同じく独立した組織であり、国の醜態を見せて良い相手では無いのだ。


 まぁ、国王の過去の恥ずかしい話など、確かにこの場でするような物では無い事も確かだ。


 「「「し、失礼しました!」」」

 「ん、ん゛ん゛っ!巫女・シセラよ。見苦しいところを見せた。家臣達の言う事は気にしないでもらえると、助かる。」

 「私は気にしてはおりません。お構いなく。」

 「家臣達との仲は良いようだね?」

 「む・・・そなたにはそう見えたか?」

 「見えたさ。お互いに対して不自然な遠慮が見られない。ある程度仲が良くなければ、ああも自然に不平不満や小言は出せないよ?貴方が慕われている証拠さ。」

 「むぅ・・・。」


 国王と家臣達の関係に対して率直な感想を伝えたら、国王、家臣共々少々照れくさそうな表情をされてしまった。気恥しい、というやつなのだろうか?


 少し会話が詰まってしまったところで近衛兵が人を連れて戻ってきた。報酬を持ってきたようだ。

 連れて来られた、報酬を運ぶものは三人。一人は巨大なトレイに金貨の山を積んで運んでいる。あれは、千枚どころの話ではなさそうだな。その3、4倍は余裕であると見た。


 もう一人は、鞘に納められた短剣を持っている。実用品ではなさそうだな。鞘だけでも非常に細かい装飾が施されている。おそらくだが、刀身にも細かい装飾が彫られているだろう。

 儀礼用、もしくは身分を保証するための品だ。あの短剣を持つ者にティゼム王国からの信頼、あるいは親愛を示す物かな?だとすれば、今後外国で活動する際に役立ちそうだ。


 そして、三人目は小さな三つの箱をとても慎重に運んでいる。中身は良く分からないが、非常に高価な物である事は間違いないだろう。


 報酬が到着したのは、言葉に詰まっていた国王にとって、話を切り替えるのに実にいいタイミングだった筈だ。上機嫌になって報酬が運ばれてきた事を伝えだした。


 「おお!来たようだな!いいタイミングだ!ノア殿、そなたに渡す此度の件での報酬だ。受け取ってくれ。」

 「分かった。この場で回収してしまって良いのかな?」

 「勿論だ。むしろ、そなたの『格納』をぜひこの目で見てみたい。あのマコトの『格納』よりも高性能だと聞いたのでな!で、報酬の詳細を説明しよう!」


 有り難い。内容は大体は把握できているが、正確には分からなかったからな。

 特に三人目が運んでいる報酬。かなり慎重に運んでいるし、顔つきも緊張した面持ちなのだ。アレが一番高価な物である事は間違いない。


 「一つはまぁ、見れば分かるだろうが単純に金だ。金貨5千枚を用意した!なぁに心配はいらん!今回の件で排除する愚か者共から接収する額を考えれば、一割にも満たぬ額だ!遠慮なく受け取ってくれ!」


 金貨の山を持った私から少し離れた場所までで来て歩みを止める。報酬の内容をすべて説明し終わってから回収してもらいたいのだろう。


 「次は、我が国の国章を彫り込んだ宝刀だ。まぁ、武器として使えなくも無いが、そなたに武具は不要だろうな。知っているかもしれんが、ソイツはそなたの身分を保証してくれるものだ。この国から大きな信用を得た者にしか渡されん。そなたが他国で活動する際、面倒な権力者に絡まれた時に役に立つだろう。」


 つまり、あの短剣はティゼム王国の後ろ盾を示すようなものか。まぁ、大体予想通りの品だったわけだ。

 宝刀を運ぶ者も金貨を運んできた者の隣に立って歩みを止めた。

 では、いよいよ三人目だ。


 「そして三つ目。コイツも一応は金だが、どちらかと言うと象徴的な意味合いが強いな。使う機会はあまりないと思う。そなたは、毎日我が国の中央図書館に足繁く通っていたそうだな?ならば、煌貨こうかと言う言葉に聞き覚えは無いか?」

 「ああ、あの価値が高過ぎて、逆に使い道が無いって言われてる・・・。」

 「その煌貨だ。それを三枚用意した。さっきも言ったが、使う機会はそうそうないだろう。だが、何事も万が一というものがある。いざという時は、遠慮なく使うと良いだろう。」

 「有り難くいただこう。」


 随分とまぁ、奮発したものだな。それだけこの国にとって、あの悪徳貴族達は悩みの種だったという事だろう。


 報酬を持った三人が私の傍まで歩み寄る。もう回収してしまって良いようだ。

 遠慮なく『収納』を発動してそれぞれの報酬を仕舞っていく。周囲は、国王を含めてその様子に驚いているようだ。


 「「「「「おおぉっ。」」」」」

 「・・・いや、実に見事だな。あのマコト以上に複雑な魔術構築陣を、そうも簡単に構築してしまえるとは・・・。いやはや、本当にいいものを見せてもらった!」

 「それはどうも。それで、感謝も謝罪も報酬も受け取ったわけだけど、この後はどうするのかな?」

 「うむ。このまま解散!と出来れば楽なのだが・・・ええいっ!分かっているから、そのような目で睨むなっ!済まぬな、ノア殿。巫女・シセラがあまりにも無視できぬ内容を騒動の中で伝えたとの事でな。どうしても、詳しく耳にしておかねばならんのだ。巫女・シセラよ。面を上げよ。」

 「はい。」


 まぁ、それがあるよな。私が天空神・ルグナツァリオの寵愛を受けている事実は、国としてはどうしても無視できない内容の筈だ。

 この国に限らず、人間達の間で五大神の信仰は非常に厚いようだからな。詳細を知っておきたいのは当然の事だ。


 「説明してもらおう。ノア殿が天空神様の寵愛を授かっているのは事実なのだな?そして、その度合いも、歴代の偉人に並ぶほどの。」

 「はいっ!事実でございますっ!あれは今月の13日の事、天空神様のこれ以上ない程の大きな気配を冒険者ギルドで感じ取り、すぐさま現場へ向かい、その時の状況をマコト様より窺っている最中でした。」

 「確か、"新人ニュービー"冒険者達を食い物にしようとしていた連中四人を糾弾し、除名する事になった話だったか。そう言えば、ノア殿がその四人を王都から離れた場所に捨ててきたという事だったな?」


 それほど日が経っていないというのに、どことなく懐かしいな。いろいろな事があり過ぎて、もう随分と昔の話の様な気がする。


 「はいっ!きっと、天空神様がノア様の行いを肯定したがために、あれほどまでに大きな天空神様の気配を感じられたのだと思いますっ!」

 「うむ。ところでノア殿。あの手の連中はしぶとく生きて碌な事をしでかさないのが世の常だ。そなたならば心配は無いと思うが、変に恨みを持たれているやもしれん。気を付けると良い。」


 結局のところ、あの四人を始末したという話は、マコトにしかしていなかったが、この場で話してしまっても問題なさそうだな。


 「気遣いには感謝するけど、問題無いよ。捨てるというのは建前で、実際には離れた場所で始末して来ただけだから。あの連中はもうこの世にいないよ。」

 「なんと!そうであったか!フハハ!なるほど、これは恐ろしい!そなたの不興を買えば国が滅びる。マコトがそう言っていた事も頷けるな!敵対者にはこれほどまで容赦が無いとはな!」

 「そ、そういう事だったのですね!それはつまり、ノア様が件の四人を断罪する事を天空神様がお認めになられたという事!ああっ!何と言う事でしょう!断罪の権限まで天空神様からお認めになられているだなんてっ!それほどまでにノア様は天空神様から信頼頂けているのですねっ!?何と言う徳の深さ・・・っ!」


 ああ・・・またしてもシセラが暴走してしまっている。流石の国王もシセラの子の実態は知らなかったようだ。彼女の暴走ぶりに困惑してしまっている。

 私が声を掛けると、彼女はますます感激してしまうので、私としては放置する他ないのだ。済まないが、彼女を宥めるのは、そちらに任せた。


 その後、シセラから私が受けている寵愛の強さを説明され、それが未だ変わらずあり続ける、つまり今も天空神から私の行動が全面的に肯定されている事を説明されて、ちょっとした騒ぎになってしまった。


 容易に国を亡ぼせるような存在が現実に存在して、その行動を自分達が信仰する存在に全面的に肯定されているという事だ。それを、人間達にとって最も神に近しい立場である巫女・シセラの口から伝えられてしまったのだ。正直、悩みの種である事は間違いないと思う。


 騒ぎになりはしたが、結局のところ超常の存在は人間ではどうする事も出来ないのだから、不興を買わないよう、誠実に行動するのが最も賢い対応だという事で話は纏まったようだ。

 それ自体は別に良い事だし歓迎すべき決定なのだが、私の目の前でする話では無いと思うのだ。まぁ、彼等の素の姿が見られたため、悪くは無かったが。


 宰相や大臣達が先程国王に小言を言っていた時以上に遠慮なしに発言し合っていたのだ。

 途中、子供じみた口論まで発生しそうになったの事には、流石に苦笑を禁じえなかった。


 話が纏まり、苦笑している私を視界に収めると、全員がばつの悪そうな表情をしていたのが印象的だった。


 この謁見は公式のものでは無いとは言え、ほどほどにな。



 シセラからの事情聴取と言うか、私の確認も終り、私とシセラはこの場で解散となった。モスダン公爵はまだ国王達と話すべき事があるらしく、そのまま謁見の間に残る事となった。


 時刻は午前10時。今日の事は冒険者達にもワイスワンにも伝えているため、稽古も授業も午前中は休みにしようと思っていたのだが、思った以上に事が早く進んだため、稽古も授業も行う事にした。

 シャーリィには、問題が片付いたから再び寮で暮らしても良いと伝えておこう。

 稽古と授業の時間が完全にかぶってしまうが、私には『幻実影ファンタマイマス』がある。午後と同じ要領で面倒を見れば問題無い。



 稽古を終えてオリヴィエに完了の手続きをしてもらうと、ギルド証を見て彼女は非常に驚いた顔をした後、とても嬉しそうな顔でギルド証を返却してきた。

 何事かと思いギルド証を確認してみると、ギルド証に変化があったのだ。

 今まで無記入だった経歴の部分に、文字が書き込まれていたのだ。その内容は。



 経歴:称号『黒龍の姫君』授与



 何ぞコレ?


 経歴の記入は確か、所属しているギルドのギルドマスターが行う筈だったな?だとしたら、コレを書き込んだのはマコトという事になる。


 どういうことなのか、しっかりと問い詰めなければ。

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