第245話 露店巡りで得たもの

 宿から出て、町の中をシェザンヌに案内してもらいながら、辺りを見渡す。

 展望台から見下ろした時や宿へ向かっている途中にも確認した事だが、この町の住居は屋根が平らだ。

 ティゼム王国やファングダムでは、平らな屋根の形状をしていた建築物は一軒も見当たらなかったので、非常に斬新である。


 「この町の建築物の屋根の形状は、軒並み平らなんだね。今まで見て来た建築物は、角度に差はあれど斜面があったから、不思議な気分だよ」

 「この辺りは雪が降る心配がありませんからね。屋根に斜面を持たせる必要が無いのですよ」


 雪、とな?

 本で目にした事があるな。確か、雨のように空から降り注ぐ小さな氷の結晶だった筈だ。

 多分、雨と同様に雲の中で小さな粒子を核として出来上がった水蒸気が氷結する事で出来上がるものだとは思っているが、実物を見た事が無いから何とも言えないな。家の皆は見た事があるのだろうか?

 と言うか、"楽園"では雪が降るのだろうか?


 まぁ、なんにせよ、この国ではその雪が降る心配がないらしい。それが何故斜面のある屋根を作らない理由になるかは良く分からないが、いつか雪を見る機会があれば、その理由も分かるだろう。


 雪は一般的に速ければ鳥の月から降り始め、熊の月の始めまで降り続けるらしい。慌てずに時が来るのを待つとしよう。



 改めて町を見て回る。こうして同じ高さの場所から見れば、露店以外にも食料品や衣服、雑貨、薬品といった、様々な店を確認できる。

 ああ、武具を扱っている店もあるな。私は武具の類を必要としないから、あまり興味が惹かれないが。


 それよりも、多くの絵画が展示されている店がある事の方が驚きだ!あの絵画は売物なのだろうか?

 案内をしてくれているシェザンヌには悪いが、彼女を呼び止めてあの店を紹介してもらおう!


 「え?ああ、あの場所は店では無く、アトリエですね。先程ノア様の絵画を描いていた画家がいたでしょう?あの場所は、彼が作品を制作する場所なのです」

 「あそこで作品を作るの?展望台で私の姿を描いていたよ?」

 「それだけ、あの展望台で見たノア様の姿が魅力的だったのでしょう。かく言う私も、しばらく息をするのを忘れてしまうほど見惚れていました」


 誇らしげに語らないでもらえないかな?人間は呼吸をしていないと死んでしまうのだから、心配になってしまうじゃないか。


 まぁ、あの場所が絵画を販売している店ではなく、私の絵画を描いていた画家が、普段絵画を描く場所らしい。


 「ああ、ですが、店と言う表現でもあながち間違いではないかもしれませんね。展示されている作品は、販売物でもある様ですから」

 「つまり、購入が出来る?」

 「はい。彼は貴族の間でかなりの人気画家であるため、相応に値段もしますがあの場にある絵画は問題無く購入が可能な筈です。御覧になりますか?」

 「うん。一通り見てみよう」


 アトリエに入ってみれば、あの時の画家も戻って来ていて、何やら準備をしている最中だった。

 聞いてみれば、自分の作品を王都へと届けるために梱包をしているところだったのだとか。


 彼は『格納』が使用できるわけでは無いため、冒険者ギルドもしくは商業ギルドへと作品を持ち込んで運搬をするのだとか。


 「それなら、私が王都まで持って行こうか?私もそのコンテストには興味があってね。何か出品しようと思っているんだ」

 「よ、よろしいのですか!?」

 「とてもいい出来だったからね。何かが間違いがあって破損してしまったら、私も面白く無い。何だったら、冒険者ギルドに、指名依頼と言う形で出してもらってもいい」

 「おおおおお!ありがとうございます!是非ともそうさせていただきます!」


 題材になった私が言うのも何だが、あの作品、かなり良い評価をされるんじゃないだろうか?

 作品のモデルがどうこうと言うよりも、単純に技量が高いからな。技術的な物だけでも評価できる点は多いと思うのだ。

 それに加えて周囲の私に対する評価がアレだからな。そういった内容も加味すると、高評価を得られるんじゃないかと思ったのだ。


 梱包を終えた画家、エミールは早速冒険者ギルドへと向かう事にしたらしい。折角なので、私達も同行しよう。

 万が一にも彼がギルドへと向かう途中に不届きな者に襲われてしまう可能性が、無いとは言い切れないのだ。


 シェザンヌもエミールと共に冒険者ギルドへ向かう事を賛成してくれた。彼女も彼が完成させたあの絵画がとても気に入ったようだ。


 「彼の過去最高の作品と呼んでも過言ではないでしょうからね!確実に出品してもらうためにも、ノア様に届けていただくのが最良でしょう!」

 「信用してくれるのは嬉しいけど、私がこのままこの作品を自分の物にしてしまうとは思わないの?」


 こういう質問は少々意地悪だろうか?信用してくれる理由は断崖塔でも聞かせてもらったが、それでもやはり確認を取りたくなってしまう。


 シェザンヌの事を私が良く知らないからだな。彼女の人柄をもっと知ることが出来れば、こんな事を聞く事も無いのだろう。


 「ふふふ、お戯れを。ノア様がそのような不義をなさる方では無いと、これまでのご活躍で承知しておりますので」

 「私としては、それほどまでにノア様のお気に召していただいた事が大変喜ばしい事ですし、仮にそのままノア様のものにしていただいたとしても、文句はありません!」


 なんとまぁ。シェザンヌの言い分はともかく、製作者のエミールにそうまで言われるとは。オリヴィエとも確認した事だが、私は人間から相当に慕われているようだな。


 まぁ、確かにシェザンヌの言った通り、このまま自分の物にしてしまうような不義はしない。

 自分の物にしたければコンテストが終わった後でエミールに交渉するか、もう一度同じ物を描いてもらえばいいのだ。



 冒険者ギルドで依頼の手続きをした後、エミールはそのまま王都へと移動を開始したようだ。道中、彼が襲われないとも限らない。こっそりと『幻実影ファンタマイマス』による無色透明な幻を付けておこう。


 さて、憂いも無くなった事だし、引き続き町の中を案内してもらう事になった。見るべき場所は勿論、展望台からも見えていた何十軒と建ち並んでいる露店だ!


 露店で扱われていた商品は主に食料品、魚の串焼きや干物、網焼きされた貝類と言ったものが多かった。

 先程宿でも口にした料理に近いが、全体的に露店に並んでいる物はシンプルな料理が多い。そもそも干物は料理と言うよりも加工品だろうしな。


 折角なので一通り購入して食べさせてもらった。

 ついさっき宿であれだけ食べたと言うのにその時以上の食べ物を口に運んでいる様子を見て、やはりシェザンヌは引き気味になっているし、宿で説明したように食べたらすぐに魔力に変換されてしまう事を理解したのか、羨望と嫉妬が入り混じった目で見られてしまった。


 なお、シェザンヌも先程食べた昼食を魔力に変換してしまったためやや空腹になったらしく、小さな串焼きを一つ購入して食べていた。


 「こ、これはノア様の遊覧に付き合うためであって、決して空腹になったからではありませんから!」


 などと言っていたが、バレバレである。何せ非常に美味そうに食べていたからな。もっと言えば、串焼きが小さかったせいで、もう少し食べたそうな顔をしていたぐらいである。


 「食べる?」

 「け、結構です!ええ!大丈夫ですとも!」


 見かねて私が購入した食べ物を少し譲ろうと思ったのだが、凄い勢いで遠慮されてしまった。夕食まで空腹を耐え忍ぶつもりらしい。無理はしないようにな。


 人間は本来食べ物を摂取してそれを栄養素に変えているから、その前に魔力に変換してしまったら空腹感を覚えてしまうのは当然なのだ。

 本来食事を必要としない私と同じ感覚で使用してしまったら、栄養失調を起こしてしまいそうだな。


 あの魔力変換を行う場合、食事を終えて十分に体を休めた後、そうだな、食後1時間ぐらい経つまでは使用しない方が良いのかもしれない。後で教えておこう。


 露店に売られていたのは勿論食べ物だけではない。この国で最も信仰されている深海神・ズウノシャディオンの置物を取り扱っている露店が複数あった。木彫り、彫金像、ガラス製と、非常に様々だ。


 この国では、と言うよりも大抵の国ではガラスの製法技術が拙いため、ガラス製の置物が最も高価だった。

 何せ手のひらに乗せられるほどのガラス像が金貨1枚するのだ。勿論、出来は非常に良い。濁りは無く、透き通ているため、大変美しい。


 私がイスティエスタで伝えたガラスの製法技術は、この国には伝わっていない筈なので、このガラス像を作った者は、非常に高い技術を所有している事になる。


 折角だから、購入させてもらおう。今の私には金貨1枚など無いも同然なのだ。

 と言うか、こういったところでドンドン使って行かなければ溜まってしまう一方な気がする。


 「お買い上げありがとうございます!」

 「見事な出来だね。だけど、ガラスは木や金属よりも脆い筈だよ?よく露店で出品する気になったね?」

 「いやぁ、元々は客引きのための展示物でして、まさか購入してくれる方がいるとは思ってませんでしたよ」


 ああ、なるほど。このガラス像は、彼がガラスを加工するだけの技術がある事を示すためのものだったのか。彼は職人で、自分の作った物をこうして露店に売りに出してきているらしい。


 ならば、本来ならば売物では無いものを売ってしまっていいのだろうか?


 「構いませんとも!なにせ『姫君』様が購入して下さったことが知られれば、沢山の人がこの店に注目するでしょうからね!それに、二度と作れないわけでは無いですから」

 「大したものだね。注文が殺到したりはしない?」

 「その点は大丈夫ですよ。何せ露店で売られている商品で金貨1枚なんて、普通はありえないですからね」

 「そうなの?」

 「基本的に露店で売られている物はどれだけ高く見積もっても銀貨10枚を超える事は無いでしょう」


 確かに、銀貨1枚ですら一般人にとっては大金なのだから、金貨1枚なんてそうそう出せる金では無いのか。

 そう考えると、やはり冒険者と言う職業は成功すればかなり稼げる職業なのだろうな。失敗した場合のリスクが大きすぎるが。



 職人に礼を言い、ガラス像を眺めながら別の露店へと足を運ぶ。


 相変わらずズウノシャディオンの姿は筋骨隆々で身に付けているのは股間に布一枚だけである。そしてこの像ではどういうわけか、鮫と呼ばれる巨大な肉食の魚類の背に乗った姿だ。


 「サメは漁師、と言うよりも船乗りにとって非常に恐ろしい生き物として伝わっていて、深海神様はそんなサメを従えられるほど偉大な御方なのだという意味が込められていますね。ちなみに、そちらはおそらくサメ型の魔物であるオトドゥースです」

 「海に生息する魔物かぁ…。とても危険そうだね」


 当然海の中を自在に活動できるだろうから、もしも遭遇して船から落ちてしまったりした場合、殆ど助からないんじゃないだろうか?


 「はい。ですが、海の魔物と戦うのであれば海に入る必要がありますからね。船に乗るものは大抵が『水中活動アンダーターク』を習得しています」

 「この国、と言うよりも海に面した国でなければあまり普及していない魔術みたいだね。その魔術は図書館では見なかったよ。良ければ魔術書がある場所を教えてくれる?図書館にあるのならなお嬉しい」


 『水中行動』か。多分、私は必要としない魔術なのだろうな。以前ねている間に水中にいた時には呼吸していなかったし。

 だが私が必要ないだけであり、家の皆には必要がありそうな魔術だ。習得しておいて損は無いだろう。


 「では、一通り露店を観終わった後は図書館をご案内いたしましょう。勿論、図書館にも『水中行動』の魔術書は蔵書されていますよ」


 それは有り難い。それなら、今日の予定は露店を見て回った後は夕食まで図書館で本を複製して過ごし、夕食後は一度展望台で夜景を眺めてから再び図書館が閉館するまで本を複製するなり読書するなりで過ごさせてもらうとしよう。



 と言うわけで残りの露店なのだが、これもまた興味深い商品が並べられていた。


 釣り竿である。私が今まで訪れた国では釣りを行える場所がそれほどなかったためか、私が見て回った場所には釣竿を商品として扱っている店が無かったのだ。

 ティゼム王国やファングダムでは、釣りをする場合、自分で釣竿を制作する必要があるらしい。


 そして露店で扱われている釣り竿なのだが、これもまた非常に作りが良い。

 外観は艶のある木製の竿なのだが、それにしては重量がある。どうやら芯に金属を使う事によって頑丈にしているのだろう。

 更には魔力で全体を補強する事によって強度をさらに高めているようだ。そこまでしなければ吊り上げられない魚がいる、という事なのだろう。


 「海に生息する魔物はドイツもコイツもデッカイですからね!生半可な釣り竿じゃあ簡単にへし折れちまうんですよ!」


 どうやら魔物を吊り上げるための釣り竿らしい。この辺りの海では魚よりも魔物の方がよく釣れるそうなのだ。


 釣りか…。そういえば展望台で見かけた釣りを楽しんでいた男性達は皆とても楽しそうだったな。


 私もやってみるのも良いかもしれない。それに、船にも乗ってみたいしな!釣り竿も一本購入させてもらおう!


 と思ったのだが、あろうことか店主に止められてしまった。と言うか、シェザンヌからも止められた。

 何か理由があるのだろうか?


 「『姫君』様!此方で取り扱っているのは、既に釣り具を一式揃えた者が自分に合った竿を探すためのいわば経験者、それも熟練者用に出品している物なのです!」

 「この露店の商品を取り扱っている釣り具専門店がありますから、まずはそちらで釣り具を一式揃えましょう!」


 ああ、なるほど。そういう事だったのか。確かに、陳列されている釣り竿はどれもこれも複雑な構造をしていて初見では簡単に扱えるようには見えない。

 しっかりと熟練者に扱い方を教えてもらうためにも、シェザンヌの勧めの通り、釣り竿を購入するのなら専門店で購入させてもらうとしよう。



 そういうわけで釣り具専門店へと足を運び、釣り具一式を購入するとともに釣りについて、基本的な事を一通り説明してもらったのだが、非常に時間が掛かってしまい、釣り具を一式購入し終わった時には既に夕食の時間となっていた。


 だが、後悔はまるでしていない。釣りの説明がとても面白かったからだ。まるで退屈しなかったし、是非とも釣りをしてみたいと思わせてくれた。


 暖かな日の光に照らされ、船に揺られ、波の音を聞きながら読書をして、釣り糸に魚が掛かるのをのんびりと待つ…。


 非常に、非常に良い!実に穏やかな時間が過ごせそうじゃないか!

 決めた!私の今回の目標の一つとして、船に乗ってのんびりと釣りを楽しむ事を目標にしよう!


 レーネリアが禄でもない事をしてくれた、と言っていた事やアークネイトの件があったため、アクレイン王国に対して少々悪い先入観があったが、そんな先入観を見事に吹き飛ばしてくれたな!


 これで風呂があれば文句無しだったのだが、残念な事にこの町には風呂屋は無いらしい。


 例え潮で体がべたついてしまっても、『清浄ピュアリッシング』を用いれば元通りになるから、と言う判断らしい。


 その意見は尤もなのだが、風呂の快感を知ってしまうと、どうにも物足りなくなると言うのが、私の言い分だな。


 かと言って適当な場所に人一人入れるほどの器を作り湯を入れるのも違う気がするし、態々風呂に入るために別の場所へ転移するなど無粋が過ぎる。


 これも旅行の醍醐味として、体の汚れは『清浄』落とすとしよう。



 それはさておき夕食である!シェザンヌもかなり腹を空かせていただろうし、早いところ宿に戻るとしよう。


 今度はどんな料理を食べようか。

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