第12話 『消し飛べ』ッ!!!!!!!

 意識を集中させて自分を確認してみる。私の身体を不可思議エネルギーが薄い膜を張るように全身を覆ている。私の身体が頑丈なのはこれだろうか。

 いや、なんとなくだが今の状態と普段の状態に差異がある気がしてならない。鼓動が僅かに早い。少し攻撃的な意味で興奮している自覚がある。普段の自分を思い出しながら、深呼吸を数回行う。


 鼓動の早さがいつも通りに戻り、興奮も収まってきた。改めて自分を認識してみると、不可思議エネルギーは体を覆っていない。だが、不可思議エネルギーを感じられないわけではない。

 私のこの不可思議エネルギー(長いからもうエネルギーでいいか)、私の胸の中心から外に向けて放出し続けているようだ。


 その範囲は非常に広く、放出したエネルギーに意識を集中させればその範囲の全容が理解できてしまった。私が"死猪しのしし"を倒した後に"老猪"が接近してきた事が五感を頼らずに分かったのは、彼が発していたエネルギーを感知したからだけではない、ということだろう。


 私の開けた穴に尻尾を入れて底に触れるまで伸ばしてみる。が、最大まで尻尾を伸ばしてみても、鰭剣きけんの先端が底に触れることは無かった。一体どれだけ深くまで穿ってしまったのだろう。

 こうなったのは十中八九、私が明確な意思を持って鰭剣に意識を集中させたからだろう。『貫く』という意思にエネルギーが乗せられ、突き刺すという行動が合わさり相乗効果を得ることによって、普段とは比較にならない威力となったのだろう。ただし、『貫く』という意思を込めたからか、発熱はしなかったようだ。


 私がこれまで発生させていた高熱は、空気の摩擦熱によるものではないようだ。

 拳や足、それに尻尾が高熱を帯びたのは特に意思を乗せずに、それでも使用されたエネルギーが、最も簡単に発生させられる現象として、高熱を発する、という現象を引き起こしたのだろう。


 試しにエネルギーを意識しながら、右手を握り締めて右手にエネルギーが少しずつ集まるように意思を集中してみる。すると思った通り、私の胸の中心から右手の握りしめた手の中へとにエネルギーが流れて集まっていくのが分かった。

 今もエネルギーは集まり続け、薄い膜を張るどころではなく、拳よりも二回りほど大きい七色に輝く光が拳を包み込んでいて、光が徐々に大きくなっている。


 瞳と同じでえらく派手だな。おい。


 おそらくこの状態で地面を殴ったら、崖にある滝の池よりも、さらに大きなクレーターが出来てしまうんじゃないだろうか。なんとなくだが、そんな気がするし、実際そうなのだろう。

 今のところ私は、私のことに関しての[なんとなく]による予測はほぼその通りの結果をもたらしている。いや、まぁ外れたこともあるけれど。それは想定を上回る結果になっていたことだし、仮に予測を外れたとしてもより規模が大きくなるだけだろう。下回ることは無い。全く嬉しくないが。


 どこまでエネルギーがたまるか気になるところだが、それはまた別の機会にしよう。一度ゆっくりと手を開いてから、すこしずつ右手のエネルギーを私の身体全体に流していき、エネルギーを霧散させる。


 この力は言うまでもなく危険極まりないものだ。しかも、尻尾や鰭剣と同じく使いたくないからと言って排除できるようなものではない。

 ならばやるべきことは一つ。力の制御だ。訓練、いや修行だ。十全に扱えるようにできなければ私に明るい未来は訪れない。


 まずはエネルギーを精密に、迅速に、体の至る所に自在に行き渡らせられるようにしよう。エネルギーを利用して体を動かすのはまだ早い。

 理想としては、先程右手に集めたぐらいの量を瞬きするよりも早くどの部位にでも集められるようになりたい。



 エネルギーの制御を始めて二日立ったぐらいか。雨はずっと降り続けている。それどころか、徐々に勢いが増している。そして分かったことがある。まず、このエネルギーの質は皆が皆同じものではない。

 私のように七色に輝くようなものもあれば"死猪"のようにひたすらにドス黒いものもある。それに、エネルギーを放つのは、動物だけではない。


 植物にもエネルギーが感じ取れたのだ。この辺り一帯に生え広がっている樹木は、皆同じ種類のようではあるが所有しているエネルギーには様々な差異がある。質は同じだがエネルギー量の大小、そして密度。

 例えば、いつも私が美味しくいただいている果実にもエネルギーが含まれている(というか、樹木の中で最もエネルギーが蓄えられているのが果実だ)。エネルギーの密度が大きいほど、濃厚な味を持っていて、エネルギーの量が多いほど香りが強く大きく広がっている。


 エネルギーの制御を始めてから果実を食べてみたことで、私は無意識にのうちに、エネルギーの量、密度、どちらも大きいものを選んで食べていた事が分かった。

 というよりも、ある程度の量と密度を持たないものは目視したとしても果実として認識していなかったようだ。


 試しに一度、エネルギーの量、密度ともになるべく小さいものを選んで食べてみた。その味は確かに美味いのだが、今まで食べていたものよりも甘さが物足りなく、口の中に広がる香りも小さい。

 そもそも、近くまで手繰り寄せないと匂いが感じ取れない。というものだった。仮に最初に食べた果実がこれだった場合、あの時ほどの感動は得られず、頻繁に口にすることも無かっただろう。


 もう一つ、分かったことがある。今も降り続けているこの雨だ。雨が降り始めてからというもの、雨水の水温がほんの少しずつではあるが下がってきている。私にとってはは冷たくて気持いいものだが、動物達にずっとこの状態が続いた場合に、健康状態に影響が出ないか少し心配になってくる。


 そう思って雨水を見れば、驚いたことに、エネルギーを含んでいたのだ。そして、すべてが均一だったのだ。一粒一粒の大きさが、含んでいるエネルギーの量も、密度さえも、全てが均一だった。

 雨水が何かに触れた際に、エネルギーは触れたものに移って、触れたものの温度を奪っている。エネルギーを目に集中させていた時に、偶々気づくことが出来た。


 生物でなければエネルギーを持たない。そう認識していたが少し違うのかもしれない。一度飛び上がって雨雲を確認してみる。

 雨水と同様に、雨雲全体に均一にエネルギーが行き通っているのが分かる。エネルギーを制御していて分かったが、生き物が意識せずに常にエネルギーを体全体に均一に行き渡らせるのは、至難であると言わざるを得ない。

 体を動かせばそれに沿ってエネルギーも移動するのだ。その分、動かした部位のエネルギーが他の部位よりも大きくなる。

 私もなるべくエネルギーを均一に保ったまま体を動かしてみているが、意識している時ですら難しいのだ。あの雨雲を生物として判断することはできないだろう。


 あの雨雲は、何者かが明確な意思を持ってエネルギーを使用して作り上げたものではないだろうか。あらかじめ行動内容を決めて、その通りに現象を引き起こすように作られた、道具のようなものだとしたら?


 森の外部からの干渉か。いや、これは最早、森全体に対する攻撃だ。


 不愉快だ。あぁ、実に不愉快だ。どういうわけか私は、この森に対して深い愛着があるらしい。森にとって不都合なことを、見過ごすことが出来ないようだ。


 この雨を止ませるにはどうすればいいだろうか。雲を吹き飛ばせれば、いけるだろうか。私は、自分のこれまでの行動を振り返り、あの雨雲に対して最も有効な手段を探す。私にとっても最も広範に影響を及ぼす行動は。




―ただのクシャミでクレーターが作れるからな。どうなっても知らないぞ。―




 あれか。


 私は一度寝床のあった場所まで戻り、そこから雨雲を睨みつける。この森に対する攻撃だというのならば、この崖から向こうへはあまり雨雲が広がっていないとみていいだろう。


 自分の身体に意識を向ける。私の胸の中心からは今もエネルギーを放出し続け、どれほどの量のエネルギーを所有しているのか自分でも把握できない。

 この有り余るエネルギーを一気に放出したのならば。おそらくあの雨雲を消し飛ばすことが出来るだろう。


 エネルギーを肺に急速に集中させる。エネルギーが肺に留まり切らずに喉まで溢れてきたところで、大きく息を吸う。明確に『消し飛ばす』という意思を肺に、そこに溜まっているエネルギーに込めていく。尻尾伸ばしてを私の身体を支えるように地面に突き刺す。


 雨雲へ向けて全身全霊を込めて、叫ぶ要領でエネルギー口から放出する。



 「『――――』ッ!!!!!!!」



 声は、出ていない。

 七色に輝く光が私の視界に広がり、その光以外の存在を認めないかのように、視界の全てを光で埋め尽くす。

 放出による凄まじい反動が私の身体を後ろに押し出そうとする。だが、尻尾があってよかった。尻尾が身体をしっかりと支えてくれるおかげで、その場から私の身体は微塵もずれることは無く、狙い通りにエネルギーを放出し続けることができている。


 私の肺活量が続く限り放たれたそれが収まるまで私は、この光が及ぼす影響を知ることができない。


 どれくらいの時間、エネルギーを放出し続けただろうか。水滴が身体に当たる感覚がなくなってから(エネルギーを放出してから割とすぐだった気がする。)も放出は続き、平時の時の呼吸を百回ほどしたぐらいの時間が経過しただろうか。エネルギーの放出が勢いを弱め始め徐々にそれは収まっていた。


 上空を覆っていた黒に近い灰色の雨雲は欠片も残さず散っている。澄み切った青空がそこには広がり、日の光が燦々と森を照らしていた。


 上手く雨雲を吹き飛ばすことができたようだ。よかったよかった。









 で、終わったら本当によかったんだけどな。











 上手くできてなかった。よくなかった。まったく、よくなかった!!!


 視線を下した先には見事なまでに消し飛ばされてとてつもなく広大なまっさらな平地が、扇状に広がっていた。


 や・・・・・・やってしまったぁ・・・・・・。

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