第173話 ファングダム最南端都市・サウゾース

 転移でティゼミアにあるオリヴィエの借家に戻ってきた後、そこから街の城門まで移動する。その際、オリヴィエの部屋からオリヴィエでは無い人物が出て来るところを見られて疑問を抱かれないために、態々『幻実影ファンタマイマス』でオリヴィエの姿を生み出して私達を部屋から見送る、と言う演技まで行った。


 私とオリヴィエの仲が良い事は既にティゼミアでは知れ渡っている事実の様なので、その光景を見た人々から違和感を持たれるような事も無かった。上手くいったようでなによりである。


 「じゃ、行くとしようか、"リビア"。」

 「・・・はい?リビ・・・ア?」

 「あー・・・前にも言ったと思うけど、変装をするのなら名前も偽名を名乗るべきだからね?折角別人のように変装しているのに、本名で読んでしまっては意味が無いだろう?」

 「あっ!」


 本当に自分の事となると無頓着になる娘だなぁ・・・。どうにもオリヴィエは自己評価が極端に低い気がする。


 おそらく彼女が感情を表に出さなくなった事や、他人から嫌われるのを恐れる事も関係しているとは思うのだが、流石にそれは彼女の心の中心とも言うべき部分に当たる筈だ。彼女の精神衛生上のためにも、ずけずけと入り込んで良い問題ではない。


 まぁ、それ以外の部分では遠慮なくいかせてもらうがな。


 「まぁ、あだ名のようなものだと思ってくれれば良いよ。」

 「あだ名・・・。」


 先程まで別の呼び方をされる事に困惑していたが、あだ名と言う単語を聞いて考え方が変わったようだ。少し嬉しそうにしている。


 「何なら、ティゼミアに戻って来てからもリビアって呼ぼうか?」

 「ハイッ!お願いします!」


 今度は明確に喜びの感情を持って返事をされた。

 オリヴィエの立場上、配下は持てても友達などは殆ど出来なかっただろうからな。小説のようにあだ名で呼ばれる事に憧れを持っていてもおかしくはないか。


 なんにせよ、喜んでくれたようでなによりだ。



 街の城門まで到着してマーサに挨拶をする。


 「や、マーサ。さっきぶり。ちょっとファングダムまで行って来るよ。」

 「ファングダムですか。あぁ、そちらの少女に案内を頼むのですね?それでティゼミアに立ち寄ったのですか。」

 「そう言う事。じゃ、リビア。行くよ。」

 「っ!はっ、はいっ!し、失礼しますね!」


 門を通過する際に慌てて小さくペコリと礼をするオリヴィエは、長身にも関わらず可愛らしいものがあった。まぁ、長身と言ってもグリューナほど背が高いわけでは無いので、少女としても違和感を持たれる事は無いだろう。


 それはそれとして、マーサは今のオリヴィエをオリヴィエとして認識していなかったようだ。門番として様々な人物を見てきた彼女が人の顔を覚えられないという事も無いだろうし、これならばファングダムでも問題無く活動できるだろう。


 私に言われた通り、この一ヶ月の間で石鹸も変えたらしく、オリヴィエの体臭は以前と違っている。


 後は身分証になるのだが、これはオリヴィエが元々持っていた物を参考にさせてもらった。と言うか、元から彼女の身分証は身分を偽るための擬装用だった。


 私のギルド証と比較してみても殆ど違いが確認できず、良くできていると言える。

 イスティエスタに訪れたばかりの時は魔術具の事など殆どわからなかったが、本を読み漁り、"ヘンなの"を解析した今の私ならば、この程度の模倣は容易である。素材も『我地也ガジヤ』で生成可能だしな。



 ある程度ティゼミアから離れ、人の気配が無くなった。そろそろ良いだろう。


 「さて、ここからはリビアを抱えて移動させてもらうよ。」

 「え?抱え・・・きゃっ!?」


 以前フウカをイスティエスタへと送った時と同じようにオリヴィエを横抱きにして抱え上げる。

 オリヴィエは正真正銘の姫なわけだが、こういった経験は無いらしい。抱きかかえられた瞬間に小さく悲鳴を上げ出した。


 「リビア、目を閉じておいた方が良いよ。」

 「あ、あの、どれほどの速さで走るのですか・・・?」

 「そうだね・・・。昼食は是非ともファングダムで食べたいから・・・30分で到着できるぐらいの早さかな?」

 「ええっ!?あ、あのっ!ここからファングダムまでは・・・!」

 「うん、山を越えるし数千キロは離れているからね。ちょっとだけ本気を出して走る事になるよ。ああ、風圧とかは気にしなくて良いよ。障壁を張ってリビアに影響がないようにしておくから。」

 「あの、そういう問題では・・・きゃあああああっ!!?」


 オリヴィエの心の準備が整う前に私が走り出してしまったため、目まぐるしく変化する光景が目に映ってしまったようだ。彼女に大きな悲鳴を上げさせる事になってしまった。

 高速で移動してはいるが、私の感覚では問題無く周囲の景色を捉える事が出来ているため、景色を楽しむ事も出来ているのだ。

 最速でファングダムまで移動したいのなら、連続で転移をし続ければ良いのだが、それでは周囲の景色を楽しめない。旅行で初めて訪れる場所へは、極力転移魔術は使用せずに向かいたい。




 そんなわけで私達は現在ファングダムの最南端都市、サウゾースの付近まで到着したところだ。

 流石にオリヴィエを横抱きにしたまま城門に向かうつもりは無いので、ある程度街から離れた場所で彼女を卸して、ゆっくりと街まで向かう事にした。城門に辿り着くのは午前14時過ぎとなる予定だ。



 ファングダムは獣人が国王を務め、また獣人の比率が高いだけあって、門番も獣人のようだ。彼は何らかの鳥の因子を持っているようで、背中に翼を生やしている。


 おそらく猛禽類の因子なのだろう。視力が良いようで、500m以上離れた場所だというのに私達を認識して、表情を硬くしてしまった。


 「ようこそ!『黒龍の姫君』様!!貴女様のご来訪を心より歓迎いたしますっ!」

 「あー、うん、こんにちは。お仕事、ご苦労様。」

 「ハハァッ!労いのお言葉、ありがとうございますっ!!」


 とても大きな声だな。歓迎の言葉に気合が入っているのが良く分かる。が、態々その場で跪かなくても良くないかな?

 この先、門番に会うたびにこんな対応をされてしまうのか。しつこいが、まったくもって気が重くなる話だ。


 慣れるしかないにしても、やはりすぐにと言うのは無理がある。しばらくは気後れしてしまうだろうな。

 こういった対応をされたとしても、いつかは怯む事なく、自然に対応できるようにならなければ。


 さて、私は問題無く街の中に入れるだろうが、同行者のオリヴィエはそうはいかないだろう。門番も私のすぐ後ろにいる彼女の存在に気付いたようだ。


 「『姫君』様。そちらの少女は?」

 「ティゼム王国に訪問していた時に知り合って仲良くなった娘でね。この国の出身だというから、案内を頼んだんだ。リビア、身分証を出してあげて。」

 「はい。・・・確認を、お願いします。」

 「おおぉ・・・何と、可憐な・・・・。はっ!?し、失礼っ!す、すぐに確認しようっ!・・・うむ!問題無し!尤も、『黒龍の姫君』様が信頼した人物ならば疑う理由など無いだろうがな!『姫君』様の案内、頼んだぞっ!」

 「ど、どうも・・・。」


 別人のように変装させているとは言え、オリヴィエは元の顔の造形が良いのだ。

 一般的な感性を持った男性ならば、魅了されるのは当然と言える。門番の勢いにオリヴィエもたじろいでしまっているな。可愛い。そんな表情をしたら余計に相手を魅了させてしまうよ?


 「では!どうぞお通り下さい!豊穣と黄金の国、ファングダムへようこそ!」

 「ああ、存分に楽しませてもらうよ。」


 門番に別れを告げて門を通って街へと入る。


 ファングダム。

 先程門番が説明した通り豊穣、すなわち穀物を始めとした農業と、黄金が豊富な国だ。黄金とは豊かな金脈だけでなく、辺り一面に広がる収穫前の麦や稲穂のありようを例えた言葉でもあるのだ。


 それと、王族の体毛や瞳が金色な事もあり、この国では黄金と言う色が他の国よりもより特別な意味を持つ事となっている。


 豊穣の国と言うだけあって、穀物に限らず農作物全般の品質が非常に良く、一般的な食料の輸出が非常に盛んな国でもある。

 流石に世界中、と言うわけにはいかないが、少なくともこの大陸全土ならばファングダムの食料が行き届いていない国が無いほど大量の食料が豊富なのだ。


 特に穀物、その中でも米の品質が非常に素晴らしいらしく、この国では米料理が非常に盛んなのだとか。今から口にするのが楽しみである。

 勿論、畜産が疎かになっているわけでは無い。むしろ、肉は米と非常に相性が良いと昔から言われており、実際その通りなので畜産業も他国に劣らず非常に盛んな国である。


 私もマコトの提供してくれた弁当で肉が米と相性抜群な事は十分に承知している。

 畜産が盛んだという事は、当然鳥からは卵が、哺乳類からはミルクを得る事が出来る。それは即ち、乳製品は勿論、卵も利用した菓子にも期待が出来る、という事だ。


 "何処からともなく来た人"達は、どうにも美食にやたらこだわる人達だったらしく、行く先々で自身の食文化や調理法を伝えて食材の品質を上げて行ったらしい。

 おかげで、あらゆる国で食材さえあればそれなり以上の品質の料理を味わう事が出来るのだ。


 彼等のおかげで私はこうしていく先々で美味い食事にありつける、というわけだ。マコトは勿論、過去のそういった人達にも感謝をしておこう。


 そして食文化だけがファングダムの強みではない。最初に軽く述べたように、ファングダムには豊かな金脈があり、大規模な黄金産出国でもあるのだ。金貨が最も多い国と言えば、その豊富さがうかがえるだろう。



 従来のファングダムであれば。


 ファングダムは今、他国の資源を求めるような状況に陥ってしまっている。

 詳細はこれからオリヴィエに聞く事になるが、間違いなく豊かな状況、と言うわけでは無いだろう。


 出来れば政治的な問題でなければ有り難いのだが・・・。

 いや、例え政治的な問題だとしても、私には『幻実影』があるから相手の弱みや秘密を知り放題と言えるし、良からぬ事を企んむ者がいたとしても、対策などいくらでも取り放題だ。

 それどころか、禁制品などを適当な場所に放り込んで濡れ衣を着せる事だってできてしまう。


 とは言え、ティゼミアでやって分かったのだが、こういったやり方は私は好きではないようだ。あまり気が進まないのも事実だ。


 どうせやるなら、思いっきり力を振るえるような問題、例えば、何かしらの極めて強力な魔物・魔獣に襲われてしまっている、なんて状況だったら諸手を上げて私が介入できるんだけどな。


 もう、私が超常的な力を持っている事は知られてしまっているのだから、ある程度は出し惜しみせずに力を振るうとも。


 なんだったら、鉱脈が大きな地震などで埋まってしまい採掘が出来なくなってしまっただとか、雨がしばらく降らずに作物が育たなくなっている、と言った問題でも、私ならば容易に解決してしまえるからな。気が楽というものだ。


 だが、きっと簡単に片付くような話では無いのだろうな。オリヴィエはファングダムだけでなく、自分の事も助けて欲しいと言っていたのだ。

 きっと、ティゼミアの時のように面倒臭い話であるに違いない。


 まぁ、全てはオリヴィエから事情を聴いてからだな。

 はてさて、どんな問題を抱えているのやら。出来る事なら、さっさと終わらせて本来のファングダムを十分に堪能したいところだ。



 さて、街に入ってまず最初にする事と言えば、当然宿泊先探しだ。今回はオリヴィエがいるので、彼女に優良な宿を案内してもらおう。


 「リビア。今日はこの街で一日過ごそう。貴女が私に何をして欲しいのかも聞く必要があるしね。」

 「はい。それでは、"新緑の一文字亭"へ向かいましょう。私もティゼム王国へ行く前に利用させていただいた宿で、とても良質な寝具と美味しい料理を提供してくれる宿でした。」

 「とても期待が持てるけど、リビアがそこまでの評価をするって言う事は、その宿って貴族用だったりする?」

 「いいえ。とても丁寧に対応はしてくれましたが、私は平民として宿泊に向かったので・・・。」

 「えっと、受付嬢をやっていた時の姿で?」

 「はい・・・。今にして思えば、宿のご主人にも、私の事はバレていたんですよね・・・?」

 「それはそうだよ。新聞で第二王女としての貴女の姿を確認したけど、髪型と服装以外、まるで変わっていなかったじゃないか。アレじゃあ誰だって気付かない方がおかしいよ。」


 ティゼム王国の騒動の後、残りの滞在期間で図書館にあった新聞を3年間分ほど目を通してみたのだが、その時に式典などに参加したオリヴィエの姫としての姿も確認できたのだ。


 流石に服装は煌びやかなものではあったが、まんまいつもの受付嬢のオリヴィエだったのだ。アレでは誰だって気付くに決まっている。

 一応、必要以上に深読みさせる事は出来るだろうが、この娘はそんな事を考えてはいなかった筈だ。


 「まぁ、この街の門番にも気付かれる事は無かったんだ。宿の主人も今の貴女を見てこの国の第二王女だとは思わないさ。気兼ねなく行こう。」

 「はい。ところでノア様、あの宿は昼食も提供しているのですが、お昼はどうしますか?」

 「いいね!是非その宿でいただこう!オリヴィエが美味しいと評価するなら、間違いは無いだろうからね。」

 「あ、あまり私の味覚を頼られても・・・。」

 「毎日一緒にマコトのお弁当を食べていた仲じゃないか。貴女の味覚なら信用できるさ。」

 「あ、あれはマコト様の料理の腕が良かったからで・・・。」

 「それでも、私は貴女と同じように美味いと感じたんだ。それは間違いんだ。自分にもっと自信を持とう!」


 卑屈になりかけているオリヴィエに発破を掛けながら、"新緑の一文字亭"に向かうオリヴィエの後を付いて行く。どんな反応をされるかなど、分かり切っているので、私も心の準備というやつをしておかないとな。


 と言うか、既に街の住民達は私の事に気付いている。皆して私に視線を向け、声を掛けるでもなく憧憬や羨望のまなざしで見つめているのだ。


 少々むず痒さを感じはするが、絡まれるような事は無さそうなので、その点は安心しておこう。

 どうやら彼等は皆、私に対して畏怖の感情も抱いているようだからな。下手に不興を買わないようにするためにも、うかつに声を掛けられないのだろう。



 10分ほど歩けば宿の看板が見えてきた。艶やかな草葉に囲まれた白い皿の上に、皿の端から端に緑色の直線が引かれている。

 名前通りの看板だと思うが、"白い顔の青本亭"と同じく、アレでは看板だけで宿屋だとは認識されないんじゃないだろうか。


 「ねぇ、リビア。ティゼミアの時も思ったんだけど、どうして一目見ただけでは宿だとは思えない看板を着けているのかな?」

 「アレですか?アレはそこそこ高級な宿の場合は大体あんな感じですよ?平民が利用するには高額な宿ですから、資金の少ない方の来訪を避けるためなのです。」


 なるほどな。敢えて宿だと分からせないようにしていたのか。


 オリヴィエ曰く。その昔、宿を求めてあの手の高級宿に貧しい旅人が訪れたのだそうだが、一泊の宿泊料が高額であり、とてもでは無いが資金が足りなかった。

 しかし、宿に入って中を見てみれば清掃が行き届いた清潔感のある内装に出迎えられ、旅人に此処に泊まりたいという欲求を強く植え付けてしまったのだとか。

 資金が足りなくても宿に宿泊したい旅人は、何とか一晩でも止めてもらえないか宿の主人に頼み込んだそうだが、その宿を利用したいのは旅人だけでは無いのだ。


 対応に困っていた宿の主人の元に他の客が現れ、交渉していた旅人と口論になってしまったのだ。

 しかも口論で片付けばよかったのだが、口論となった者達がお互いに業を煮やしてその場で取っ組み合いの喧嘩になってしまった。

 その喧嘩が原因で宿の設備も幾らか破損し、宿の内装も汚れてしまうわ散らかってしまうわで、多大な迷惑をかける事になってしまったのだ。


 この騒ぎの原因は当然貧しい旅人にある。

 旅人は情に訴えて宿泊を要求したわけだが、そんな要求を受け入れてしまえば、当然他の同じような貧しい者達まで同じような要求を宿の主人に求めてしまう。

 貧しいという状態を免罪符にしてやりたい放題となってしまう。これではどちらの方が立場が上なのか分かったものではない。


 それ以降、私がこれまで宿泊して来たような高級宿の看板は、今のように店の看板を一目で宿と分かるような見た目では無くなったし、宿泊料を割り引いたり何かしらのサービスを提供するのは、ちゃんと大量に料金を支払ってくれる者だけに限定するようになったのだとか。


 長期間宿泊すると一泊当たりの宿泊料が割り引かれる風習は、ここから来ているらしい。一つ勉強になった。


 では、ちょうど宿の扉の前に着いた事だし、宿に入らせてもらうとしよう。


 どんな態度を取られても良いように、心の準備はしっかりとしておこう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る