360 領都、アクリダ、アルウス
木の日は朝からオスカリウス領都で観光することになった。
ところで、昨夜のうちに転移してきたのだが、リュカとソロルは目隠しをしていたので、本当に転移したのかどうか分からず困惑していたそうだ。でもシウには言えず、もんもんとして夜を明かしたらしい。
夜が明け、デジレと共に領都へ降りてから、転移したことを実感したようだ。街並みを見てはしゃいだ声を上げた。
「うわあ!」
「可愛らしい街なのですね」
ロワル王都と違って、テオドール領都は昔からあるのだが、元は小さな街から興されたそうなので都市計画がなっていない。継ぎ足されて造られた街のせいか、狭い路地などもある分、味がある。
屋根もカラフルな色が塗られており、建物の多くに木が使われているせいか柔らかい印象を与えた。
迷宮都市アクリダと違って、勢いがあるようには見えないが、領都としては充分に発展していて住民の表情も明るかった。
「色ガラスも沢山使われていて、目がちかちかしそうです」
「ちかちか!」
テオドール領都の近くには良い砂が多く、ガラス産業も発展しているそうだからふんだんに使われているのだろう。
オスカリウス領には主要な街道が3つも通っているため街道沿いは人が多く住み、そこに派生する街も潤っている。
その代わり、北西に黒の森を有しているので延々と長い砦を築いて国軍を常駐させねばならず、その対応などや兵站関係で苦慮しているそうだ。
気楽な領主生活というのはそうそうできるものではなく、ストレスが多いせいか、度々キリクは脱走して仕事を投げ出していた。
今日も、観光に行くなら俺が案内してやろうと言っていたが、イェルドに問答無用で執務室へ連行されていた。
子供でもいればそろそろ仕事を分担させたり、どうかすると早めに引退することも視野に入れられただろうが、残念なことに彼には直系の後継者がいない。
きょうだいの子を一応後継ぎとしているらしいが、本人の資質とやる気が伴っていないそうでそちらも大変そうだ。
普通なら、貴族家に生まれてきたら親戚の家のしかも伯爵位という立場になれるのは嬉しいことなのだろうが、本人いわく、荷が重いとか。
さもありなん、だ。
辺境の地で、黒の森という魔獣の住処を見張り、年に一度はある魔獣スタンピードの対応、そして大きな地下迷宮2つを抱えているのだ。誰が好き好んで統治したいだろうか。
そういうわけで後継者問題がまた噴出しており、最近キリクには見合いの話が数多く持ちあがっている。
大変だなーと思いながらも他人事なので、シウは領都観光を楽しんだ。
午後は飛竜に乗ってアクリダの街へ向かった。
食べ物が懐かしくて、デジレに頼んだのだ。キリクは勝手にしていいと言っていたし、リリアナが用事のついでに乗せてくれるというのでお願いした。
デジレも滞在の間はずっと一緒にいてくれるというからついて来てもらっている。
「ものすごい、活気ですね。初めてです」
「ある意味、ルシエラとは正反対の街だよね。湿気がなくて乾いた街だし、冒険者達も騎獣も多い。建物も煉瓦や木組みが多いから」
「はい。異国の地そのものです」
ソロルがきょろきょろしておのぼりさん状態なのと同じように、リュカもぽかんと口を開けて景色を眺めていた。
迷宮の入り口前にある宿で、少し遅めの昼ご飯をいただいた。
前回同様、シウだけ納豆を食べたが、他は皆一緒にシャイターン風の料理を食べた。
前よりもずっと美味しくなっており、研鑽の跡が窺えた。まるっきりシャイターンの料理とはせず、そこから発展させているのが良い。
それから賑やかなアクリダの街を見て回った。
冒険者が多いだけあって、武器屋や魔道具屋などの店も相当数ある。食べ物屋も乱立しており、見て回るだけでも一苦労だ。
土産物屋も充実しており、アクリダ迷宮から出てきた品も多かった。
魔獣の素材で作られた面白商品や、なんちゃって防具など、デジレもじっくり見たことがなかったらしくて楽しんでいた。
夕方、暗くなる前に飛竜乗り場へ戻り、用事を済ませて待っていたリリアナに領都まで送ってもらった。
日帰りで強行軍だったが、迷宮内に潜るわけでもなかったので案外気楽な観光旅行だった。
翌日、金の日が遊べる最終日となり、シウだけ別行動をとった。
というのもラーシュに会いたかったのだが、彼は現在アルウスにいる。だから、飛竜で会いに行くことにしたのだ。
連日の飛竜になるということと、アルウスは地下迷宮のレベルとしては上級者向けになるため、周辺の街も観光地化されていない。
見ていてリュカ達も楽しくないだろうし、それなら領都でゆっくりしてもらいたかった。幸いデジレが残って相手をしてくれるというので、お任せすることにした。
2人の意向を聞いて、領都観光の続きか、あるいはやりたいことに付き合ってくれるそうだ。
そうして、シウだけ飛竜に乗せてもらってアルウスに向かったのだった。
アルウスとは蜂の巣という意味があり、この迷宮ができた当初は蜂などの飛ぶタイプの魔虫や魔獣が多かったそうだ。超大型迷宮へ育ってからも低層では魔虫が多く、潜るのは厄介らしい。
その代わり、蜂蜜などが採れるので迷宮を囲むようにできた街は加工場も多く立ち並んでいる。虫の甲殻を利用した魔道具や装備品も数多く、頑丈な鎧を作らせたらアルウスだとも言われていた。
マカレナに送ってもらったシウは、フェレスと一緒にオスカリウス家専用の兵舎へ向かった。マカレナが案内してくれるので彼女が通行証代わりだ。
「ラーシュが来てくれてから、新人の逃亡率が減ったのよ。それに、新人の魔獣討伐の精度が上がったらしいわ」
「へえ、そうなんだ」
「最初は新人相手にも舐められていたけどね!」
新兵と言っても、がたいの良い男ばかりだ。細くて若い、子供みたいなラーシュは舐められただろうと思う。一般兵でもそうだから、騎士学校出で問答無用に放り込まれる騎士達はもっと高慢だっただろう。
「うち、騎士だろうが何だろうが、とにかく全員この教練所に放り込まれるからね」
「竜騎士も?」
「そうよう。で、初期訓練のあと、迷宮に連れてかれるの」
「すごいね」
「その代わり、度胸は半端なくつくわね。これを経験していないと魔獣スタンピードの対応なんてできないし、生き残ることさえできないわ」
「そのための教練所ってわけかあ」
「そう。で、彼のおかげで負傷者が減っているわけよ」
言いながら、懐かしそうな顔をして施設内へ入った。
門兵は顔見知りらしく、直立不動の礼をしていた。
授業はまだ始まっておらず、教員の部屋へと向かう。
「ラーシュ!」
「はい! あ、マカレナさん、あっ」
ラーシュがシウに気付いて、慌てて走ってきた。
「シウさん!」
敬称は要らないと言っているのに、どうしても治らなかったようだ。シウは笑って彼に近付いた。
「オスカリウス領へ遊びに来たので、こっちにも寄ったんだ。元気そうで良かった」
「はい。体力も戻って、以前よりも少しだけ強くなりました」
「少しだけって、謙虚ねえ」
「いえ、本当のことです。僕は皆さんのように基礎体力もないですし、まだまだです」
筋肉の付きにくいタイプのようで、本人が言う通りまだ細身の体型だった。19歳になるはずだが、顔もどこか幼いままだ。童顔タイプなので、新兵達が舐めてかかってくるのも分かる気がする。
「でも、頑張ってるって、聞いたけど」
「あ、えっと、はあ。なんとか」
恥ずかしそうに頭を掻いて、ラーシュは小さく頷いた。
「塊射機隊を任せてもらって指導をしていたら何故かここの仕事も、はい」
彼がメインで動くよりも、塊射機を使える人間を育ててほしいということになって教練所で教育を行う時間の方が多くなったそうだ。
教練所勤務だと空き時間もあるので、自分自身の訓練もずっと続けていたらレベルも上がったという。
「シウさんに言われた通り、節約しながら付与の練習をしていたら数をこなせるようになりました。レベルも3まで上がったんです」
「すごいね。最初は1だったのに」
ラーシュは調べてみたら、無と金と土属性持ちだった。ただしレベルは1しかないし、魔力量も25と、平均程度しかなかった。
しかし、塊射機を扱うなら丁度良い人選でもあった。
付与はレベル1なら無と金属性がレベル1ずつあれば良い。塊射機に付与するにはレベルが最低でも2以上ないといけなかったが、訓練を続ければレベルは上がる。
また弾を作るのも土属性がないといけない。こちらも地道に練習を重ねていたようだ。
「おかげで、王都の職人に頼らなくても、ここの分の弾ぐらいなら賄えるようになりました」
「えっ、1人で?」
「はい。あ、でも、弟子というか、手伝ってくれる子もいて、今は教えながら僕も勉強しているところです」
「頑張ってるんだねえ」
それから、給料も兵士であった頃よりとても増えたので、故郷の家族にも仕送りを増やせたと嬉しそうに教えてくれた。
話をしているうちに授業が始まる時間となった。
せっかくなのでマカレナと一緒に見学させてもらうことにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます