472 行き過ぎた主への愛と事の真相
新しくお皿が用意されて、給仕もしてくれたのでいただくことにした。
やはり見た目通りの甘いお菓子だった。
シュヴィークザームは出されたものは食べたが、残りを要求はしなかった。
「まずくはないが、シウの作った菓子の方が美味い」
「褒めてくれるのは嬉しいんだけどさ、時と場所を選ぼうよ」
「何故だ」
「お邪魔した先で出されたものを何かと比較したり、間接的に貶すような発言は失礼だし、それ以上にお客様をおもてなししたいという精一杯の真心を壊す行為だよ?」
「……む、それは、確かに」
腕を組んで考え込み、チラッとシウを見てから、シュヴィークザームはオリヴェルに頭を下げた。
「もてなしを、ありがとう。先ほどの発言は軽薄であった。許せ」
「あ、いえ、とんでもないことでございます」
びっくり顔で答え、オリヴェルは唖然としたままシウを見て、それからまたシュヴィークザームに視線を戻した。
それから、肩の力を抜いてホッとしたように笑ったのだった。
シュヴィークザームがオリヴェルに食べさせてやれというので、魔法袋から取り出して三人でお菓子を食べ始めた。
侍女の一人が慌てて近寄ってきたが、オリヴェルが下がらせていた。何故だろうと思って、あることに思い至った。
「毒見が要るんだったね。忘れてた、ごめん。ヴィンセント殿下の時もそういえば毒見で食べてもらったよ」
「兄上にもお菓子を? 確かに、これは美味しいけれど、よくあの兄上が食べたね」
「甘さ控えめにしたからね。ラム酒入れたのとか、大人の味にしたんだ」
「我は食べておらぬぞ」
「シュヴィ、お酒入りの甘さ控え目、食べられるの?」
「……食べる、と思う」
ふーんと、返事をしてジッと見つめたら、食べられるはずだと言い張ったので、次回持って来ることを約束した。
「それにしても、お二人は仲が良いのですね」
「そうかなあ。こういう人、じゃなかった聖獣だから? 畏まってもしようがない気がして普通にしてるんだけど」
「シウでなければ、怒るところではあるがな。ヴィンちゃんといい勝負をするぞ」
へー、と気楽に返事をしたら、オリヴェルが顔をひきつらせていた。
一頻り食べ終わると、オリヴェルが人払いをして話を始めた。
「聖獣様にお会いしたかったのも本当の事ですが、実は、シウ殿に聞いてほしいことがあったのです。このような形にしないと、人を遠ざけられなくて」
シュヴィークザームとシウには、それぞれ利用する形となって申し訳ないと頭を下げた。シュヴィークザームは怒ってなどおらず、むしろ、興味を持ったのか身を乗り出していた。シウも、別段そのことに怒りはない。それよりも、だ。
「じゃあ、盗み聞きしようとしている人がいるから、結界を強化するね?」
「え、結界?」
「はい。完了。元々、身を守る必要があったから周辺に結界は張ってあったんだ」
「そう、だったんだ……」
驚いて部屋の中をきょろきょろするが、見えるわけもない。
「わたしも結界魔法は使えるのだけれど、ここまでのものは使えないな。やはり君はすごいね」
すごいと言われたがオリヴェルは結界魔法がレベル三もある。相当な使い手だ。
ただ、王族であり、王宮で暮らしていては、使用しているといろいろ面倒なこともあるだろう。事実、身の潔白を証明するために無効化の指輪を自ら付けているのだと教えてくれた。
「そんなの付けてるんだ……」
「実は二つあって、ひとつは偽物なんだけどね」
苦笑して、もう片方の物も見せてくれた。
「表立っては使えないけれど、国の為に使うこともあるだろうと、ね」
「下手な工作だ。我なら見抜けるぞ」
「シュヴィはそうだろうね。普通は分からないんじゃない?」
シウが指輪を眺めながら言ったら、オリヴェルが曖昧に頷いた。
「見慣れている人間にはすぐ分かるようだよ。特に、乳母のルサナなどは、ね」
はあ、と小さな溜息を漏らして、オリヴェルはシウを見つめた。
「君は確か、アマリア=ヴィクストレム伯爵令嬢とは親しいのだよね?」
「あ、はい。友人です」
「……貴族でない人で、彼女の知人にどうしても、告白したかったんだ」
それで近付いて来たのかと、腑に落ちた。
「今の彼女の事態を、知っているよね?」
「はい」
「あの原因は、そもそも、わたしなんだ」
教会で神に告解するかのように、オリヴェルは手を組んで話し始めた。その顔には苦悩があった。
元々、妾腹という立場と第六子という順位からも、オリヴェルは王位継承権はないものとして育ってきた。
王族として生きる道もほとんどない上、実家はドレヴェス家に縁はあるものの遠い格下の分家で、しかも母親自身庶子だった。
となるとオリヴェルの進む道は、貴族の家に婿養子となることぐらいだ。
臣籍降下ができるほどの立場ではなかったから、オリヴェルも身を立てるために魔法学校へ通わせてもらい、婿入りが出来なかったとしても一臣下として国に仕える気でいた。
「ところが、乳母のルサナは、どうあってもわたしを貴族家へやりたいと考えたのです」
ルサナは、元はオリヴェルの母親の侍女だったらしい。母親が産褥で体調を崩し、数年で亡くなってからはオリヴェル一筋がひどくなったようだ。
「最初は分家筋から出た妾姫ということで、ドレヴェス家も潤沢な資産を使ってわたしのためにあれこれ支度してくれていたようなのですが、母が亡くなってからは……」
それが余計にルサナの気に障ったらしい。
ドレヴェス家は本家の娘をヴィンセント王子の正妻にと勧めたこともあって、ルサナは益々腹を立てたようだ。
「母は、陛下が戯れに手を出した、元は王宮の小間使いでした。侍女ですらなかった。従者として傍にいたルサナは母がいきなり陛下に召されて会えなくなり、散々考えた挙句に母の侍女となるべく、言い寄っていたという下級貴族の官吏と結婚したような人です。それほど母に傾倒していたので、死に際に頼むと託されたわたしのことを、我が子以上に守ろうと躍起になって――」
策を講じ始めたそうだ。
未婚女性が集まる夜会には必ず出席させ、情報も集めた。これはと思う女性を直接調べもしたそうだ。
そんな中、アマリアに目を付けた。
「ヴィクストレム公の孫の中で一番可愛がられている女性で、伯爵である父君からではなく祖父の公から爵位を与えられるのではと言われていました。つまり、そこにわたしを捻じ込もうとしたわけです」
黙って話を聞いていたシウは、首を傾げた。
オリヴェルはほんのり寂しそうに笑って、疑問に答えてくれた。
「断られたのです。わたしはその場におりませんでしたが、縁戚者の女性がルサナに対して、立場を弁えよと諭したようです。それはルサナに対する叱責であったろうと思うのですが、彼女にとっては、わたしが侮辱されたととったようで」
「違うんだよね?」
「はい。ヴィクストレム家の人間がそうした間違いを犯すとは思えません。また、そうした人間を、大事な孫娘に付けたりはしないでしょう。完全にルサナの勘違いです。……これまでもルサナのやることを常々注意していたのですが、まさかそこまではっきりと相手の方に話をしているとは思ってなかった。言い訳になりますが」
「ううん。……それで?」
シュヴィークザームは机に肘をついて、聞いているのかいないのか分からない表情で口を開けてあらぬところを見ていた。たぶん、面倒くさくなったのだろうと思ったが、口にはしなかった。
「その頃、学校でヒルデガルド=カサンドラ嬢と同じクラスとなって顔見知りになっていたのですが、侍女同士で話をする機会があったようで、どうやら不満をぶつけたようなのです」
「あー、そこに来るのか」
あちゃあと、頭を抱えた。
オリヴェルも同じような表情で、肩を落とす。
「今思えば、ヒルデガルド嬢が時折妙なことを言ってくるとは思っていたのです。お互いに立場が大変ですね、だとか、恵まれた立場でありながら貴族としての責務を果たしていない人には腹立たしい思いです、などということを。最初は嫌味なのかと思っていたら、同情されていたようです」
「正義感があさっての方向へ行くんですよね、あの人」
「……面白い言い回しですね。でも、ああ、確かに。そう言われると彼女の行動や言動の意味も、理解できます。些か、逸脱している気がしないでもないですが」
優しい性格なのか、言葉をとても選んで喋っていた。
シウは、騒動の原因にされてしまったオリヴェルに、同情した。
「あとはご存知のことかと思いますが、ヒルデガルド嬢がたぶんこれは状況を知らないまま利用されたのだと考えていますが、エメリヒ伯爵夫人に唆されて話を吹聴し、政敵でもあるクストディア家を巻き込んで、あのような騒ぎを起こしたのでしょう」
ヒルデガルドの思惑は、仮にも王族に対して立場を弁えよと発言したアマリア側を懲らしめる、それだけだったろう。ところが、話を聞いたクストディア侯爵側は、上手い話が飛び込んできたと思ったに違いない。
「エメリヒ伯とクストディア侯も仲が悪いのですか?」
「エメリヒ家というよりは、ニーバリ領伯とです。エメリヒ家は領は持たない名ばかり貴族院の一員で、法衣貴族ですからね。とてもクストディア家のような大貴族と事は構えられません。全てニーバリ領伯の差し金だと思います」
「……ああ、そうか。ニーバリ家にしてみたら、どっちに転んでも良いのか。露呈しても、ヒルデガルドさんのせいにできるわけだから」
「ということは、ヒルデガルド嬢とベニグド殿の仲違いについてもご存知なのですね」
「噂はかねがね」
貴族同士の喧嘩って、面倒くさい! それがシウの結論だった。
こんがらがって、頭が痛い。
そして、シュヴィークザームは目を開けたまま寝ているようだった。
静かだと思ったら、まさかの居眠りだ。こちらも頭の痛い問題である。
「こんな聖獣なのに、それでもやっぱり憧れますか?」
「それはもちろん。だって、ポエニクスだからね。こうして、お目にかかれて、本当に光栄だと思っているよ。これは本心からだ」
そう言った時のオリヴェルは確かに、憂えた会話の中で初めて本物の笑みを見せてくれたのだった。
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