471 落ち込み偉そうで良いことを言う、聖獣
シュヴィークザームに、夏休みのことについて話したら面白いように落ち込んでしまった。
「えーと、多めに持ってきたよ、一応」
「友達を見捨てるのか」
友達だとは思ってくれているのかと、思わず笑ってしまった。
「な、笑うとは!」
「ごめんごめん。つい。でも、前のも余ってるよね?」
「ふん! もうすぐなくなるわ」
「えっ、そんなに?」
「……メイドに分けていたのだ。お前が言ったのだろう? だから、よくしてくれる者には分け与えてやったのだ」
「へー。偉いね」
褒めると、胸を張って偉そうに頷いた。
「じゃあ、また近いうちに持って来るね」
「お菓子だけが目当てではないのだぞ」
「あ、うん。はい」
「む。本当だぞ!?」
「はいはい」
分かりましたよと、適当に返事をして再度、通信魔道具の使い方を説明した。
「寂しくなったら掛けて来てね」
「……寂しくは、ならん」
「うん。だから、寂しい時だけ、掛けてね。あと、話し相手なら他にも、あ、そうだ」
オリヴェルのことを話しておこうと、経緯を含めて説明した。
「オリヴェルとな? ふーむ。覚えておらんな」
「え、そうなの?」
「我は大抵のことは、覚えん」
何故そんなことを偉そうに言うのだろうと思ったが、こういう聖獣なのだ。
「王子様だよ。殿下だってば。王様の、えーと、第六子だって」
「それだけおったら、覚えておらぬでも仕方ないではないか。そもそも、嗣子以外は我の私室に入れん」
「へー、そうなんだ」
でも会ってみたいんだってと言ったら、少し考えて、シウの言うことならと立ちあがった。
「参るぞ」
「はいはい」
こちらから出向くようだ。出不精の引きこもりなのに。
「……おぬし、今、妙なことを考えたな?」
「ううん!」
「何だ、この顔は! ええい、小憎たらしいやつめ」
頬を引っ張られながら廊下に出たら、扉の前で立っていた近衛兵達がギョッとした顔で見てきた。あははと笑ったが、あひゃひゃ、と変な声になって、益々妙な顔で見られてしまった。
近衛兵の先導で歩きながら、メイドが急いで先触れに向かっているのを追う格好でゆったりと歩いていく。
国王の子供達が住む宮殿までは割と歩くので、シュヴィークザームは大丈夫かしらと心配したが、そこはさすが聖獣だ。
息を上げることなく辿り着いた。
ようするに彼のはたんなるものぐさなだけなのだった。
「ところで、ブランカは大きくなったな」
「うん。抱っこだと勉強しづらいから、背負ってみることにしたんだ」
「そうか。気持ち良さげだ。クロも良い顔をしておるな」
「まだ言葉は分からないんだけど」
「我も分かるわけない。こやつら、まだ赤子だ。うにゃうにゃと意味のないことを言っておる」
「へー」
「よく話しかけてやれ。賢くなる。まあ、稀に、生まれ持った資質が幼いものもあるが」
そう言って足元を歩くフェレスに視線を向けた。
シュヴィークザーム的にも、フェレスは子供扱いらしい。
笑っていたら、オリヴェルの部屋の前に着いたようだ。
先触れは間に合ったものの、中では右往左往しているのが全方位探索で分かった。
シュヴィークザームも分かったようだが、気にせず扉を開けた。
「構わずとも良いぞ。少し、話をしに参っただけだ」
慌てて若い侍女が出てきた。
「この度はお越しいただき誠に有難うございます。どうぞ、こちらへ」
客間へ案内された。シウにも丁寧に頭を下げたことから、どういう人間か知っているようだった。
椅子を勧められて座ると、すぐさま籐籠を横に用意された。
「もしよろしければ、お子様方をこちらに」
人間の赤子用だったけれど、その心遣いに感謝して使わせてもらうことにした。ぬいぐるみも出して、お気に入りの毛布を入れたらクロもブランカももみもみして欠伸をしている。
さほど待たずにお茶の用意がされ、その間にオリヴェルもやってきた。
「お待たせして申し訳ありません」
「よいよい。慌てずともな。さ、座るがよい」
どちらがこの部屋の主か分からない発言をしているが、これがシュヴィークザームなのだ。
「まさか本当に来ていただけると思ってませんでした。聖獣様にお会いできて光栄です」
「うむ」
鷹揚に頷いているが普段のシュヴィークザームを知っているだけに、思わず吹き出しそうになった。それが分かったのか、チラッと視線が向いたので慌てて俯いた。
「……おぬしら、クラスメイトというやつであったな」
「はい。シウ殿が最近転籍して来られたので、親しくさせていただこうとお声を掛けました。そのおかげで聖獣様にもこうして来ていただけて幸いです」
いやいや、それじゃあ立場が違うと、オリヴェルの物言いに口を挟もうとしたら、お茶の用意をしていた年嵩の侍女がころころと声を上げて笑った。
「まあ、殿下。そのような仰りようは逆にシウ殿に失礼でありましょう」
「ルサナ」
「シウ殿、申し訳ありません。我が君はお立場がご立派ですのに、お心持ちが美しくてらっしゃってご謙遜されてしまう性質なのです」
その目が笑ってなくて、少々怖かった。
「さあ、どうぞお召し上がりください。聖獣様は甘いものがお好きと伺いました。王都でも指折りの菓子店から取り寄せたものです」
出されたのは確かに美味しそうなお菓子だった。ウエハースで、間にバタークリームが挟んであるようだ。周辺には粒の荒い砂糖を塗してあり、こってり甘そうだった。
ただ、シウの前に取り皿がなかった。
別段催促するわけではないが、同じテーブルについているのにお菓子はくれないのかーと思っていたらシュヴィークザームが変なところで気遣いを見せた。
「シウの前に皿がないぞ」
「あっ、ルサナ、お前、何をしている!」
オリヴェルは気付いてなかったらしく、シュヴィークザームの台詞でびっくりし、テーブルを見て真っ青になっていた。
「大変、申し訳ありません!」
「え、いや、別に」
そこまで謝られてもと思うし、自分がさもしい人間になった気がしてぶんぶん首を横に振った。
「いいから、いいです、ほんと、気にしないで!」
「いや、そういうわけには。ルサナ! ルサナはもういい、イクセル」
「はっ。ただいま、侍女が参りますので、今しばらくお待ちください」
顔見知りの従者もものすごく緊張して裏手の侍女を急がせていた。
「ちょっ――」
「シウ、落ち着け。お前が慌ててどうする」
「いやだって」
「ふん。つまらん嫌がらせをしおって」
「あ、やっぱり、そうなんだ。でも別にいいんだけど」
「我はこういうのは好かんな。だから貴族共と会うのは嫌なのだ」
「オリヴェル様は王族ですよー」
「ヴィン二世までだな、我が許すのは。ああ、おぬしは友人なので別だ」
「はあ」
お互い小声で喋っていたものの、オリヴェルは聞こえたらしくて益々顔が青くなっていき、最後には白くなっていた。
「あのー。何故オリヴェル様はそこまで、その、怯えて? るんでしょうか」
気になって、つい聞いてしまった。もちろん、他の誰にも聞こえないようにだ。
ルサナという侍女はとうに席を外しているので、この場には騎士しかいないが、誰も近付いてこないから元より聞いてはいないだろう。
「シュヴィ、苛めたの?」
「我はそのようなことはせん」
「そうです、聖獣様がそのようなこと、なさるはずがございません」
この言い様と態度は、まるで信者のようだ。聖獣教があったとして、だが。
「……わたしは、陛下の血を引くとは申しましても、妾腹です。その上、母の血筋が低いので上位貴族よりも立場は下ですから、本来ならば聖獣様にお目通り叶うこともなかったのです。シウ殿を利用した形でお会いしようとしたことで、ご不興を招くことは分かっておりました」
「そんなことで、緊張してたんだ、ですね」
「そのようなことを考えるから、我は会いたくないのだ。人の決めた階位に聖獣が何の関係があろうか。我は気に入った者に、会う。此度もシウがクラスメイトなんだーと笑って言うので、会ってやろうとしたまでよ。おぬしも卑下することなく、自由にせんか。馬鹿者が」
「は、はい」
「良いこと言うなあ、シュヴィ」
褒めたのに、シュヴィークザームからは白い目で見られてしまった。
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