107 攻撃魔法の代わりの魔道具




 午後、戦略科へ行くとエドヴァルドがわくわくした顔をしてシウを待っていた。

「ありがとう! 君のおかげで、古代の貴重な判例集が手に入ったよ」

「あ、そうですか」

 若干引き気味に、エドヴァルドの握手を受けた。ぶんぶん振り回さん勢いで、余程嬉しかったらしい。

「ただ、当然ながら古代語ばかりでね。読むのも難しいんだが、いやしかし、とても面白い。辞書を片手に毎晩調べてるんだ」

 にこにこと言うので、シウも微笑んだ。

「カスパルが君は古代語も得意だというから、分からないところがあれば教えてもらえるだろうか?」

「あー、はい、僕で分かることなら」

 ありがとう! と爽やかな笑顔になったところでエイナルがやってきたので、席に着いた。

 取り巻き連中が苦い顔をしていたが、エドヴァルドの機嫌を損ねてはいけないという不文律でもあるのか口出しはしてこなかった。

 どちらにしても、こうして時折相手をしていれば意外と問題にはならないのだ。

 最初から、高位貴族だからと相手にしないのも良くなかったと、シウは反省した。


 授業では相変わらず隣にヒルデガルドが座って、質疑応答の際には話しかけてきたけれど、こちらもエドヴァルドの時と同様に適当に話を合わせておく。

 エドガーは顔を出しておらず、休講なのか学校にも来ていないようだった。

 カリーナから彼の親へ情報が行っただろうから、謹慎中なのかもしれない。



 家へ戻ると、リグドールに話したことを形にしようとあれこれ作り始めた。

 弾を発射するための回転溝を作って、強力なばねの反動で打ち出す。内部には魔術式で射出を強化させる風属性魔法を付与しておけばいい。

 これならば火薬を使わずに済むから危険度は下がる。

 弾を射出したり、ばねを引く場合には留め具の作動が必要だが、こちらも工夫しててこの原理を利用したり、細かに魔術式を書き込んでいく。

 また、形は洋弓銃を連想させるものとした。

 と言ってもかなり小さく、半円形で手の甲を覆う程度の大きさだ。

 ただし、弾を入れておく場所を含めた反動対策に、撃ちやすさを考えて腕に添わせる格好とし、太めの長筒を付ける。

 腕に固定する帯も合わせて作っておけば、籠手のようにもなり、良いのではないかと思った。

 トリガーは人間の体の構造と使い勝手を考えて、人差し指と(中指も使えるように)した。安全装置の切り替えも親指で行うが、撃つ時は手の甲は上に向く。

 半円の覆いが手の甲にあるので自然と上を向くのだ。もちろん、横にして撃つことも可能だ。

 これを、射出部分と弾を込めておく長筒部分とで分離できるようにした。常に腕に沿わせておくには不便だし、荷物にならないためにも分割化が必要だと思った。ただし、咄嗟の時にもすぐ使えるよう二分割のみだ。

 全体的に強度が必要なので鉄を使うが、軽量化を図るために金属以外のものも混ぜている。主にはイオタ山脈で見付けた硬化樹脂だ。あの森にはあらゆる素材が眠っており、当時は使い道のなかったものでも、魔法を覚えた今では使い勝手が良く助かっている。

 ばねはウーツ鋼を使用した。これは爺様の遺産だ。爺様は鉱物や木々を集めるのが趣味で、イオタ山脈で樵をしていたのも趣味の延長だったらしい。


 今でも、当時暮らしていた山小屋は爺様から受け継いでシウのものとして残している。

 村を出た際にも、知人の狩人などに貸すので置いておくよう頼んだ。もっとも、村人の誰も、深い森の奥にある山小屋へは行けないので大丈夫であろうが。

 管理者がいなくなると誰かが勝手に住み着く可能性もあるので、村長にはそう頼み、実際にはシウが転移で行ってたまの風通しをしている。

 そして村には年に一度、これまで通りにメープルを卸しに行くと約束している。それ以外はなんとでもなるが、メープルだけは彼等には手に入れることが困難だからだ。

 砂糖を知らない彼等に甘みを教えたのは爺様なので、シウも村の教会で暮らし始めてからも作って卸していたし、村を離れる時には惜しまれたものだ。その後、旅に出てすぐに転移を覚えたこともあって、一度村へ戻ってから(もう戻ったのかと驚かれたが)、山小屋を貸す人に頼んどいたので安心してね! と伝えてから二度目のさよならをしたのだった。


 翌日の午前中にも細かな調整を行い、昼に間に合うよう学校へ向かった。

 リグドールは待ちかねたようにシウを出迎え、二人して食堂で顔を突き合わせた。

「大体のところはできたんだけど、あとは矢の代わりになる弾なんだよね」

「どうするんだ? 矢のように先端を金属にするとか? 弾ってことは丸いんだよな」

 紙に形を書いて説明しながら、シウは首を振った。

「丸いけど、金属にはしない」

「何を使うんだ? 石か?」

「石だと重くなるし加工が難しい。考えてるのは土なんだ」

「土っ?」

 リグドールが驚いて椅子の背もたれを軋ませた。そこまで仰け反らなくてもと、シウは苦笑しながら紙に円を描いた。

「土を圧縮して固めてもらう。その周りをゴムで覆うんだ」

「ゴムって、ええと、なんだったっけ」

「樹液からできる、粘弾性のある物質のことだね」

「それって融けてるの?」

 首を傾げるリグドールに、そう言えば魔法学校では習わないのかもしれないと気付いた。生物学や薬草学の教科書には載っていなかった。詳細を学べる植物学も高学年が受ける特殊科にしかない。シウも前世でテレビを観たからゴムのことを連想しただけで、詳細については図書館の本が頼みだった。そしてゴムの元となる「白乳の木」については魔法学校の図書館の奥、誰も寄り付かないような研究書のところで見付けたことを思い出した。

「うーん、液体的であり固体的なんだけど。加工すれば伸ばすこともできる」

「伸ばす?」

 天然ゴムの場合は幹から白い液体を採取し、凝固させて弾性を持たせる。ゴム独特の粘弾性については説明が難しく、シウは自分の頬を両手で引っ張って離した。まだまだ子供のシウの頬はもちっとしていて緩い。想像以上に伸びた。

「こんな感じ。伸びるんだ。伸びて、それから元に戻る性質がある」

 リグドールが少しだけ呆れたような表情を見せた。が、シウはそのまま勢いで続けた。

「熱によって形を変えられるから便利なんだよ。ただし、固体にして強度を増すためには大変な作業があるんだけど」

 シウの前世の記憶では、薬品を混ぜなければ使えるようにはならなかったはずだ。その上で熱を加える。それが何だったかは覚えていないが幸いにして、こちらの世界では熱を加えつつ変異水晶という鉱物を使えば「形」にできる。もちろん「白乳の樹液」に合わない可能性もあるし、強度の問題だってある。第一、変異水晶には魔素を練り込まなくてはならない。他にも足りない材料、不要な材料を考えると実験は大変だろう。

「一度冷まして形にしてしまうと、ほぼ固体のままで、鉱物より遙かに劣化が早い。ということで使い捨てに向いてるんだ」

「あ、なるほど。矢と違って使い捨てできるってことか」

「そう。元は自然のものだから、やがては自然に還っていくしね」

「土もだな。ふうん、それってすごいかも」

「矢よりも安上がりだから失っても損じゃないしね。弓矢の場合は回収しないと損した気分になるから」

 リグドールが「あ、わかるわかる!」と盛り上がった。彼は大商人の息子なのに金銭感覚は庶民に近い。いつも送り迎えをしている家僕と仲が良いせいかもしれない。

「あとね、軽いんだ。何よりもゴムという弾性で覆うと、よほどのことがない限り人を死に至らしめることがない」

「柔らかいってこと?」

「そう。衝撃はあるからかなりの怪我は負うと思うけど」

 リグドールは何かを考えるように黙り込んだ。シウは昨日、彼に「対魔獣の武器を作りたい」と話していた。その意味にリグドールは気付いていたし、今もこうして考えている。

「でもさ、どうやって区別するんだ? 第一、人を殺せない武器でどうやって人より強い魔獣を倒せる?」

「うん。難しいよね。そこを魔術式で補おうと思っているんだ」

「区別させるってこと? どうやってだ」

 まだ分からないのか、しきりに首を傾げている。シウはずいっと前のめりになった。

「僕もずっと考えてたんだけどね。魔獣と人間の違いを」

「だよな。だって姿形が違うとしても、それをどう認識させるかが思いつかないしさ」

「今、考えられるのは魔核があるかないか――」

「それだ!」

 大声で叫んで立ち上がったため、周りの子供たちがなんだなんだとこちらに視線を向けてきた。リグドールは慌てて手を振って、なんでもないと頭を下げていた。シウも一緒になってすみませんと謝った。


 その後、話し合った結果、やはり魔獣とそれ以外の生き物を区別するには魔核だろうということになった。

「じゃあ、魔核を判断して、撃つのか?」

「そうだね。照準が合って、射出した瞬間に判断させるしかないかな」

「それって、出てしまったら」

 間違って人間に当たってしまったら殺してしまう。リグドールの顔がサアッと青くなった。シウは急いで首を横に振った。

「ぎりぎりで間に合えば撃てないようにすればいいんだけど、それよりもその時にゴム弾に魔術式を付与すればどうだろう?」

「え、魔道具が、魔術式を付与するのか?」

「うん。無理かな。あと、二重の安全装置として、ゴム弾自体にも付与しておくんだ」

「ええっ? 使い捨ての弾に付与するのか?」

「まとめて付与するのはさほど難しいことじゃないし。無と金属性のレベルが二ずつあれば付与魔法のレベル一に相当するから使えるんだよ。理解さえしてもらえれば、付与するのに魔力量はさほど要らないはず」

 ただし、簡単なのは弾の方だけだ。

 本体にはかなり強力な力が必要となる。付与士でも高レベルでないと無理だ。

「人に当たると同時にゴム部分を膨張させるんだ。そうすると衝撃は大幅に低下するはずだしね」

 それでも弓より早く飛ぶのだから、衝撃は相当な物となる。

 時には暴漢相手に使うこともあるだろうから、完全に魔獣用とするのも問題だ。なにしろ使うのは攻撃能力のない(ということになっている)シウや、攻撃魔法に乏しいリグドールなので。

「ということで。合宿までには使えるようにしたいから、手伝ってね」

 にっこり笑ってリグドールにお願いした。

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