108 塊射機




 その日からリグドールと二人で時間を作ってはゴム弾を試作し合った。

 本体はアグリコラにも相談して一緒に作ることとなった。シウの作ったものは細かすぎて汎用性がなく、後々リグドールが一人で分解掃除組立ができなければ意味がないと言われたのだ。

 それに対魔獣用の魔道具ならば世に知らしめるべきではないかとアグリコラに言われたため、改良を余儀なくされた。

 これまではシウやリグドールの持つ武器が万が一盗られた場合のことを想定しての造りになっていた。それが、最初から誰でも使えるようにする道具だと話は違ってくる。

 付与する魔術式を一から考え直す羽目になった。


 武器の名前は三人で相談して、塊射機かいしゃきとした。

 弓ではないし、土の塊を射出するのだからそれでいいかとあっさりしたものだった。

 役割分担として本体はアグリコラが改良を加え、弾はリグドール、魔術式はシウが作ることになった。

 魔術式は元があったため、幾日かで修正できた。

 弾に付与する魔術式も簡単なものだった。弾の材料にも付与できる変異水晶が混ざっていたため問題はない。

 当初は魔核や魔石を混ぜ込もうと思っていたが、変異水晶でも可能なのは助かった。主に価格的な問題で、だ。なにしろ弾は使い捨てとなる。となれば、極力節約したかった。

 それぞれが大変そうで、そして楽しそうでもあった。


 月の終わりに予定される合宿の準備も順調に進んでいた。

 アリスからは何も言ってこないが、演習には参加すると担任教師のマットに伝えているのを聞いている。

 マットが驚いて何度も問い返していたが、彼女の目は真剣だった。やる気になっているようだ。



 そんなある日、ベリウス道具屋にお客が来た。

「ねえ、変な男の人が来てるんだけど」

 と離れ家の実験室に顔を出したのはエミナだ。

 なんだろうと思って店に出ていくと、キリクが面白そうな顔をして立っていた。

「……オ、じゃなかった、キリク、さん」

「おう。久しぶりだな!」

 いつもの軍服のような格好ではなく、冒険者のような、つまりは王都では野暮ったいとされる分厚い生地で作られた服を着ている。

 確かに王都で見るには変だ。

 自分も昔は相当変だったのだろうなと、王都に慣れた今では思う。

「あら、じゃあ知り合いなのね。ごめんなさいね。てっきり、冒険者に憧れた頭のおかしな中年男性かと思ったのよ。だって今時、眼帯はないわよねえ。隻眼の英雄に憧れるのは成人前までよ」

 ふふふ、と笑ってエミナは手を振った。

 奥へ行ってね、という意味だ。

 シウは逆らわずに、呆然とするキリクを連れて離れ家へ向かった。

 イェルドも誰もいないことが気になったけれど、ここから離れるべきだと悟った。


 まだ呆然とするキリクを居間に通して、お茶を出す。

「で、いきなりどうしたんですか、キリク様」

「……様付けじゃなくていい。なんかむず痒い。普通に話してくれ」

「じゃあ、キリク。イェルドさんを連れないで、そんな格好で、とうとう辺境伯を剥奪されたの?」

「……お前、ほんと容赦ねえな!」

 我に返ったのか、キリクはいつもの調子に戻った。

「大体なんだ、あの、女の子は。頭のおかしな中年男性って……」

「しようがないよ。オスカリウス辺境伯だって知らないと、誰だってそう思うような、まあ確かに――」

 上から下まで見下ろして、エミナと同じようにふふふと笑った。

「冒険者に憧れてる頭のおかしな中年男性にしか見えない、ね」

「……お、お前」

 軽くからかっただけだったのだが、キリクは本気で落ち込んでしまった。

 宥めるのに大変で、面倒臭そうに見ていたフェレスを呼んで相手をしてもらうことにした。

 幸い、尻尾で叩かれてるうちにまた正気に戻ったので、今度は本気で相手をしてあげる。


 キリクは塊射機のことを知って、やって来たと言った。

「え、どうやって知ったの? 諜報活動? 僕の周りにもいるの?」

 驚いて辺りを見回したのだが特に何もなかった。まさか全方位探索を掻い潜って侵入されるとは思ってなかったので本気で心配したのだが、キリクは揶揄されたと思ったようで、

「いるわけねーだろ。もう、からかうの勘弁してくれよー」

 などと、がっくりきている。

 シウは改めて聞いてみた。

「じゃあ、どうして? そもそも、一人で来るなんてイェルドさん知ってるの?」

「イェルドは王都だと特に心配してないからな。サラが影を使って見張っているのもあるが」

 でも、その影身魔法ではここに侵入できないのになあと思いつつ、シウは素知らぬ顔で頷いた。

「サラさん、闇属性持ちなんだね」

「いや、影身魔法だ。あー、以前、お前に使ったようだが? 知ってるんだろ?」

 あ、ばれてる。

「……何か、使われているということだけ」

「妨害されたってショックを受けていたよ。後で聞いてびっくりしたぜ。悪かったな、勝手にその、後を付け回すようなことして」

「上司がふらふらと歩き回るから心配だったんでしょうね」

「うっ……お前は、こう、傷を抉るのが上手いというか、容赦ねえなほんと」

 シウは苦笑して、話の続きを促した。

「で、塊射機のことはどこで?」

「……王都に、伝説の鍛冶師がいると聞いたもんで探し回ってな。ようやく見付けたら、今は違う仕事をしていて忙しいから新たな仕事は請けてないと言うじゃないか。それはなんだと問い詰めまくっていたら、まあ」

「可哀想に。アグリコラを追い詰めたんだ。あんな純朴な人を」

「……悪かったって。もう、頼むからやめてくれよー」

「はいはい。で、アグリコラが話したの?」

「いや、鍛冶場の親父が教えてくれたんだ。画期的な魔道具を作ろうとしているって。後々きっと役に立つ発明品だからと言うんで、見るだけ見てみたら――」

 目が輝いてきた。

「すげーもんを作ってるじゃないか。誰が考えたんだ、権利は誰が持ってるんだ、これをどうするんだと、まあ」

 問い詰めたわけだ。

 その足で来たのだろう。今、通りの向こうからアグリコラが走ってくる様子が見えた。

 全方位探索に引っかかる距離まで来たので、ふっと通信魔法を使ってアグリコラに伝えた。

「(シウです。事情は分かったから、ゆっくりでいいよ)」

 と。

 キリクが目を細めたので、

「下位の通信魔法で、汗みずくになって走って追いかけてきてるであろうアグリコラに、教えたんです。可哀想に」

「……すみませんでした」

 頭を下げたので、とりあえずは許してあげることにした。


 塊射機の事情を説明すると、キリクはうーんと唸った。

「人には、使えないのか」

「対魔獣用です。そこは、絶対に変えません」

 きっぱりと言うと、キリクは目を瞑って思案しているようだった。

 その間に、アグリコラへは冷たい紅茶を出してあげた。キリクにはあっつ熱の紅茶だ。

「わし、親方に罪が及ぶんじゃないかと思うて、辺境伯に話してしまっただす」

「いいよいいよ。相手が権力者じゃ仕方ないって。それより飲んで。走って来たから暑いでしょ」

 何度も謝るので、シウは強引にアグリコラへアイスティーを飲ませた。

 そこに、キリクがようやく顔を上げて、口火を切った。

「戦争の道具にはしないという意味か」

「そうです」

「何故だ」

「理由を言う必要がどこに? そもそも、これは僕の依頼した、僕のための、魔道具です」

「魔道具」

「武器にもなりますが、魔道具です」

「む、そうか」

「攻撃魔法のない僕や友人のため、魔獣に襲われても大丈夫なようにと考えたものです」

「だが、人にだって使えるだろう?」

「使いますよ。ただし、殺傷能力は極端に抑えてます」

「どうやって」

「話すと思う? これ、僕の、魔道具なんだけど」

 敬語を止めて、話すと、キリクが眇めていた目を開けた。

「わりい。つい、興奮して」

 頭をがりがり掻いて、それから大きく伸びをした。

「……あーあ。いいもん見付けたと思ったのになー」

「いいものだす。これは、画期的なものだす」

 突然アグリコラが話に交ざってきた。人見知り傾向な彼がこういうことをするのは初めてだ。

「人殺しの道具じゃねえだす。人のためになる道具だす。こういうのを、わしは、作ってみたかった」

「アグリコラ……」

「それに、これは暴漢にも使えるだす。わし、弱いから、殺すのも殺されるのも嫌じゃあ。剣を作っておいてと、言われるで、話したことはなかっただ。けど、わし、人は殺したくないだす。そんな人間だって世の中にはたくさんいると思うだ」

 だから、世に知らしめるべきと言ったのか。

 シウはゆっくりとアグリコラの手を握った。

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