109 武器の材料変更と侯爵との挨拶
キリクはまた頭をがりがり掻いて、それから深々と頭を下げた。
「すまんかった! 悪かった! この通りだ、許してくれ」
「どうする、アグリコラ?」
とお茶目に笑って言うと、アグリコラは慌てて両手を振って、辺境伯が頭を下げちゃだめだと騒いでいた。
その後、塊射機が殺傷能力はなくとも人間相手にだって使えると知って、キリクはスポンサーにつくと言い出した。
「別に要りません。研究費用も研究材料も全部僕が出せますから」
「いやだからさ、俺が権利を買い取りたいのよ」
「分かってますけど」
「……治安維持にも、いいじゃないか。魔獣対策にならもっといい。これは個人で購入するには値が高すぎる。だろ?」
確かに、今回のものは庶民向けではない。かなり、高くなる。
「数は増やせません。僕しか付与できないからです。大量生産するものではない、それでもいいんですか」
「いいよ。あんまり出回りすぎるのも良くないからな。これは警邏や護衛官、魔獣討伐者が持つものだ」
シウはふうと溜息を吐いて、頷いた。
「じゃあお願いします。そのうち世に出すつもりだったし、キリク様に任せるのがいいだろうね」
「……だったら意地悪するなよな。お前、ちょっとひどいぞ」
「なんでもすぐに手に入ったら、それがどんなものか考える時間も少なくなるでしょう」
「……くそう、反論できん」
「とにかく、安全対策をもっと何重にも掛けないといけないので、またやり直しです。アグリコラも手伝ってね!」
「わし、頑張るだす」
うんうんと頷いて、純朴な彼は了承してくれた。
材料は大幅に変更した。
軽くするために硬化樹脂を使用していたが、大人が使うには重みも必要であるし、そもそも硬化樹脂は大量生産に見合うほどの量がない。
元はイオタ山脈の奥深い山の地中深く、古代地層から汲み出したものであり、保存保管が難しいこともあった。
空気に触れずに存在していたそれらが、空気に触れて刺激を受けると固まる。再利用は可能なのだけれど、融点が高いので鍛冶場などでの作業が必要となる。通常の温度では無理なのだ。しかも、再利用すればするほど劣化も早くなる。一番いいのは空気に触れさせず汲み出したまま空間庫に保管しておくことだった。
なので、今もシウの空間庫に入ったままだ。
爺様と一緒に山の見回りをしている最中に発見したそれを、当時はすぐに固まるのでマグマのようだなと思ってほったらかしにしていた。竜が暴れた跡で見付けたこともあり、使い勝手の悪そうな素材は頭から外れていたのだ。
それを思い出して、ひょっとして樹脂だったのではと転移で戻り、採取した。
採取したものの、ほぼ一度しか使えないような代物だ。再利用できない時点でシウの中では貴重品となった。
これを放出するのは勿体無いし、後から需要が増えて必要になった時に材料が足りなくて争いごとの元になるなど、考えただけで嫌だ。なので、代替案をさっさと出したというわけだ。
反対にゴム弾はたくさん作っても問題がない。
なにしろ芯となる土はタダだし、ゴムの素となる樹液も実はあちこちにある。
前世でいうところの竹のような存在で放っておくと増えすぎて困る田舎の森の厄介者だった。
今まで使い道がないので困っていた白乳の木は、一部の地方でしか需要がなく、それさえ代替品扱いだった。
このため、ゴム弾としてだけでなく、伸びる素材として新たに使い道が模索され始めた。
商人ギルドでは、
「特許申請していただいて本当に本当に助かります!」
と、ギルド本部長が頭を下げる。
横にいたザフィロは苦笑だ。
「あのう」
「フェリクス本部長、シウ君が困っています」
「あ、いや、しかしね。本当に助かってるんだよ。使用料を安くしてくれるわ、幾つもの使用方法を考えてくれるわで、活性化してるからね」
「あ、そうですか」
「これからもどんどんお願いします!」
「……ええと、思いついたら、です。あと、できるだけ内緒で」
「はい、もちろんです。大っぴらにすると危険ですしね」
シウは構わないのだが、フェレスが目を付けられるのも嫌なので、そういうことにしておこう。
「危険じゃなくても、誰にも言わないでいただけると助かります」
「はい!」
にこにこして頷かれてしまった。やり手営業マンのようで面白おかしかったが、笑わない。
ザフィロは遠慮せずに笑っていたけれど。
この一連の流れで、シウにはまた不労所得が入ってくることになった。もしかして冒険者にならなくても生きていけるのではと思ったが、そうするといろいろな景色を見るために旅をするということもなくなるので考えないようにした。
それ以前に、神様との約束もある。
まあ、老後の資金だと思って、貯めておこう。
シウは貯まったお金には手を付けず、地道にいつも通りの生活を続けることにした。
朝凪ぎの月はそのようにして過ぎて行った。
たまに、イオタ山脈の山小屋を換気しつつ周辺での作業を行ったり、ロワイエ山へ採取がてら遊びに行ったりもした。
フェレスの飛行も様になってきて、ゆっくり飛ぶということも覚えた。
まだ飛行しながらの細かな制御はできないので、地面を走っているのと同じ動作ができるよう訓練を続けている。
ロワイエ山と言えば、コルディス湖は水量が元に戻っても濃度の高い魔素水にはならず、シウを安堵させた。あれ以来様子を見ているが、特にスライムが大量繁殖したりすることもなく、魔獣も増えたりはしていないようだった。
そうして合宿の準備も整った土の日。
学校で打ち合わせを済ませたあと、アレストロと共にフェドリック家の本宅へ出向いた。
今日はシウの家に泊まることになっているのでその挨拶も兼ねて、だ。
彼の父親が時間を作ってくれたそうだから顔合わせをすることになっていた。
「フィリップ=フェドリックだ」
家令が執務室へ案内してくれたのだが、アレストロの父親は忙しそうに書類にサインをしながら、顔をちらっとあげて、そう言った。
このまま挨拶していいのかなと隣に立つアレストロを見ると、にこにこと笑って頷いている。
「……シウ=アクィラです。王立ロワル魔法学院の学生で魔法使いの、十二歳です」
「うむ」
一応聞いているようだ。頷いて、サラサラッとペンを動かしている。ふと、俯瞰で見てしまったところ、とても流麗な文字を書くことに気付いた。
おお! と感動の声を上げかけてしまった。まさかの筆耕官レベルに、シウはうっとりとしてしまった。サインもさることながら、文字もとても美しい。
ぼうっとしていたら、フィリップが顔を上げた。不思議そうな顔をして、それからアレストロに視線をやり、にんまりと笑う。
「面白い友達を見付けたな」
「はい」
「どうだ、学校は」
「とても面白いです。たくさんの発見をしました。シウのおかげです」
「ほう」
フィリップはペンを置いて、体ごとこちらに向いた。
「ところで、何か気になったようだが」
シウへの質問だったようなので、素直に答えることにした。
「文字がとても綺麗だったので、感動してました」
「文字? ああ、これか」
ふむ、と顎に手をやって思案してから、ぴらっと一枚を取り出してシウに手渡してきた。
「これが読めるのかね?」
読んでいいのだろうか。でも質問してるのだからいいのだろう。
「ええと、ギーレン領からの税が減っているが、調査の結果では小麦の生産高は上がっている。搾取が疑われるのでルートを解明するためにも、数字に強い官吏を少なくとも十名は必要とする。送ってほしい。また、人員を押し込むための賄賂も必要となるので、大金貨百枚を別途用意してほしい。って、これ」
読みながらつい笑ってしまった。笑ってから、慌ててこの場が何であるかを思い出した。すみませんと頭を下げたのだが、フィリップはにこやかだ。
「何か言いたいことがあるのだね? なんだろうか」
「……あからさまな嘘なので、つい、その」
「ふむ。君はこれを嘘だと思ったのだね。その根拠は?」
は? と訝しみながらも、シウは説明した。
「そもそも、昨年の東方は天気が不安定で、更に裏年であったので生産高は減っています。税が減るのも当然です。大体、搾取って! 毎年毎年、専門の官吏が帳簿や財務報告書を調べているだろうに、いきなり搾取は有り得ないでしょう。もしあるなら、もっと以前からで、搾取できる犯人も高位の人物です。だとしたら十名の官吏よりも、財務省の高官を送った方がよほどましです。それに大金貨百枚を要求なんてふざけているにもほどがあります。税が減っているから調べているのに、そんな大金を賄賂で渡してまで調べるなんて本末転倒です」
そこまで話してから最後に、
「だからこれ、子供のいたずら文書かなと思ってつい笑ったんです」
そう言って謝った。
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