106 高濃度魔素と新しい攻撃力




 夕闇が迫るまで、追いかけっこをしながら体力つくりに励んだ。

 久々に目一杯動いたような気がする。

 お互いにはぁはぁ言いながら湖畔のテントに戻り、晩ご飯の用意をしようとして、ふとあることに気付いた。

 フェレスの魔力量の総量が増えていたのだ。

 たった一日、正確には半日で増えるものだろうかと首を傾げる。

 晩ご飯を作りながらもずっと考えていて、フェレスを先に寝かせてから、いつものように外で読書をしようとロッキングチェアに座った。

 そこで何気なく湖を見て、思いついた。

「……あ、そうか」

 高濃度の魔素に触れたからだ。

 人間でも魔獣の肉を食べると力が湧いてくる。どうかすると水竜のような大物にもなれば魔素が強すぎてエネルギー過多といった症状にもなるのだ。

 今、このコルディス湖は水竜の死骸はないが、影響は大きく残っている。

 魔獣だって増えていたし、魔素食らいのスライムも多かった。

 泳いで遊んだフェレスにも吸収されたのだろう。

 たった半日ほどで増えるのだから効率的と言えばいいのか、羨ましい話だ。

 人間は増えたりしないのに。

「でも、もしかしてまずいのかな……」

 魔素が溶け込んだ水がこのまま残っていていいのだろうか。

 今はまだ下流域へ大量に流れ込んでいないが、そろそろもっと上の山々から雪が解けだしてくる。となると水量が増えるだろう。

「今年の雪は多いから、水量が多いと下流域で困るかもしれない、って言ってたしなー」

 下流域でもしまた何かが大量発生したら困るし、魔素溜まりができるのはよくない。

 なんといっても地下迷宮のような存在が出来上がる可能性があるからだ。

 オスカリウス辺境伯の領内にある地下迷宮のように管理できればいいが、失敗すると目も当てられない。

 少し考えてから、シウは湖畔に立った。

「もし異常があったら、元に戻せばいいし、やらないよりはやった方がいいよね」

 誰にともなく言い訳をして、湖の水を空間壁で取り囲んだ。

 最低限必要だと思われる量は残しているが、水位はあからさまに減っている。

 それを空間庫に放り込んだ。

 一瞬、魔素水とメモしておこうか考えたが、なんだか怪しい水のようでおかしくて、単純にコルディス湖の水とした。


 翌朝、フェレスもさすがに気付いたようで、しきりに首を傾げてシウを見上げていた。

「みゃー?」

 おかしくない? と言っているようだった。

「あのね、転ばぬ先の杖ってやつだよ。それより、湖の底を見てみたくない?」

「にゃ!」

 みる! と言って、嬉しそうに尻尾を立てた。

 そのまままだ水気の残る地面を歩いていき、途中断崖のようになった場所はフェレスに乗って降り、湖底近くまで進んだ。

 底には水が溜まっており、湧き出した水と山々から流れてくる水が動きを作りだして揺らめいていた。

「綺麗だね。あ、フェレス、泳いでおいで」

 時間がないので少しだけだよと言って、シウは朝日の中でよく見える湖底を眺めた。

 直接水の中で見るのとはまた違った景色で、いつまででも眺めていられそうだった。

 と言っても悠長に眺めていられるわけもなく、学校があるので急いで周辺を調べ始めた。

 結局、湖に水が溜まるまでは七日ほどかかりそうで、その間に水草が干上がらないか心配になる。

 どうしようかなと考えていて、あることを思いついた。

 空間壁の箱を作って湖の上空に置き、高山の雪をその中に転移させる。

 更に、上空に浮かんだ空間壁は誰に見付かるかも分からないのでカモフラージュをかけるため、空の色を反射して写すことにした。透過ができればいいのだが、このあたり突き詰めて考えたことがないので分からない。

 それから、空間壁の底に穴を開けてみた。

 調節しながら、如雨露のように降らせてから一旦止める。

 あとはスプリンクラーのように時間ごとに動き出せば万々歳なのだけれど、時間魔法は使えない。

 仕方なく穴を調節して一日中降らせることにした。どのみち常に水に浸っていたのだから、雨が降り続いても大丈夫だろう。

 傍目にはコルディス湖だけに雨が降るのでおかしいと思うかもしれないが、滅多に人が来ないことは確認済みなのでよしとした。




 転移で離れ家まで戻ってから急いで浄化をかけて制服に着替え、学校へ走って行った。

 フェレスが自分に乗れという仕草をするのだが、王都内では基本的に一般市民の騎乗は禁止されている。特に走らせるなどは言語道断だ。

 本当なら騎獣単体を走らせるのも良くないのだが、魔法学校の制服をきた子供と共に走っていると暗黙の了解で許されている。

 学校に滑り込んだ時も、門番から「遅刻しなくて良かったな! 騎獣は家僕に頼みな。おい、獣舎まで連れていってやれ」と親切にされる。

 魔法学校生には甘くしてくれるようだった。



 その日の攻撃科の授業から本格的な的当てが始まった。

 実践に即した、というのだろうか。各人の得意な魔法を使って動く的を射る。これは魔法を使うことが原則だ。

 戦法戦術科では戦い方そのものを習うので、得意な武器を使ってもよく、魔法と組み合わせた応用力を学んでいく。魔法実践科では魔法の全般的な使い方を学ぶ。

 わざわざ分けて授業を行うのには訳があって、それぞれの得意分野を伸ばしてあげる目的もあるようだ。

 もちろん、そういった理由から、防御科もある。魔法使いは後衛タイプが多いとはいえ、やはりそれぞれの得意なものは違うのでこうして見付けていくのだろう。

「俺、攻撃科の授業の時ってほとんど見学だから暇でつらいんだよなー」

 と言いながら、リグドールは先生の補助として働いていた。暇なのが嫌だからと自ら申し出ているのだ。彼にとってはそれが本音だが、先生の評価は実は高い。

 こうして率先して何かしようとする性質は、どういった立場であろうとも重宝がられる。

 できれば、同じく見学組のアリスのように他の生徒の攻撃魔法を把握、分析したりすると尚良いのだが、そのへんは性格だろう。

 シウはどの授業にも参加しているが、器用貧乏だと思われているようだった。派手な魔法は使わずに無理をしない使い方が多いのも理由のひとつ。それに目立ちたくないので、手を抜くという表現は好きではないが、レベル一という能力に合わせて使っているとどうしても地味になる。

 同じ地味メンバーとされているリグドールは、土壁を作っては直すという作業をせっせと行っていた。

「でも毎回、土壁作るのすごいよね」

 アントニーが攻撃を終えて、ひたすら土壁を修正しているリグドールに声を掛けた。

「慣れてきたら結構簡単になった。これもシウのおかげだな」

 リグドールから話を振られて、シウはちょっと照れ臭そうに笑ってから、返した。

「そう? でも練習して実践してるのリグだから、努力の賜物だと思うけど」

「え、ほんと?」

「そこで、ほんと、と言っちゃうのがリグなんだよねえ」

 アントニーが横から茶々を入れてきた。リグドールは、ちぇ、と拗ねたように返事をして、にんまりと笑った。

「それよりさ、トニー、水撃魔法が使えるようになってきたな!」

「うん。でもまだ動く的には三割しか当たらないねえ」

 溜息を吐いて、その場に座り込んでしまった。

 動く的を射るようになってから、皆が足踏み状態だった。なかなか勝率を上げられないのだ。

 失敗する度に崩れる壁を、リグドールがちまちまと直していた。

 動く的はマットが自らの魔法で土の塊を投げている。

「レオンやヴィクトル、アルゲオみたいな攻撃力欲しいなー」

「だよねえ」

 二人が溜息を吐きつつ語らっていたので、シウも考えていたことを口に出した。

「僕も固有の攻撃魔法持ってないし、そもそも魔力量が少ないから厳しいんだよね。で、ちょっと思い付いたことがあって」

「お、なになに?」

 リグドールが乗り気になってくれたようで、顔を寄せてきた。

「弓のような仕組みの、弾弓と言えばいいのかな。矢じゃなくて玉を使うんだけど」

 よく分からないようで首を傾げられた。

「弓矢だと両手を使うし、矢の消耗は意外と大きいからね。節約を兼ねて玉にしようと思ってるんだ」

「つまり、弓のような形で、矢を出さずに玉を出すということ?」

「そう」

 シウの考えているものはクロスボウのような洋弓銃とも違う。銃に近いと言えるかもしれないが、人を殺すための道具という認識が強くて、銃としては作りたくない。

 なので、人を殺さないための安全装置を組み込んで作ってみたかった。

 そして少ない魔力量でも使用に問題がないような魔術式を考え中だ。

 どちらかと言えば『安全装置』の方に時間がかかっている。

 どうすれば魔獣と人とを区別できるのか。消耗品となる玉の素材をどうすべきか。

 などなどを、ゆっくりと説明していたらいつの間にか授業は終わっていた。


 昼休憩はずっと、その話をリグドールと二人でしていた。

 最初は興味津々だったアントニーも飽きて来たのか、呆れたのか、早々に立ち去ってしまった。彼は近頃、実家へ就職できることになったようで、魔法の勉強も稼業に生かせるよう方向転換したのでリグドールほど差し迫ってはいないのだ。

 ということで、この件はリグドールと二人で行うことになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る