105 ロワイエ山での採取と特訓




 怒濤の学祭がようやく終わった。

 後片付けまでが学祭だと思ったが、さすが貴族の子弟が多い学校である。掃除を含めた片付けは業者が風の日に行ってくれるそうだ。

 持ち込みの魔道具や材料などはもちろんシウ自身の手で片付けたけれど、テーブルや椅子などの備品は全て置いていっていいらしい。

 結局、余った食材は使い切った。最終日に、皆もお疲れさまということで使いきれるように作って、食べてもらった。

 一応、用意したアルゲオにも確認してのことだが、もちろん彼は太っ腹なので了承してくれた。




 翌日、風の日はいつも通りに冒険者ギルドへ顔を出して仕事を受けた。

 レオンも来ており、お互いに情報交換をしてから別れた。彼もようやく落ち着いたようで、クロエの前では若干挙動不審だったものの、それ以外では仕事もきちんと行っているようだった。


 さらに翌日の光の日、シウは朝早くからロワイエ山まで転移していた。

 最近は忙しくてご無沙汰だったし、春は採取向きの季節だから楽しみにしていた。

 また、フェレスの本格的な飛行訓練にもちょうどいいだろうと思った。

 王都内だと場所が限られてくるし、フォローのために使う魔法にも苦労するからだ。

「空間魔法以外にも、応用の利く魔法を考えないとなー」

 周りにバレないための何かが必要だと、最近特にひしひしと感じる。

 地下迷宮アクリダに行った時も魔法を使わずに魔獣を倒したが、とれる手段は限られてくる。

 もし、万が一魔力庫が使えなくなったら、自身の力のみで戦わねばならない。

 いくら逃げ足を鍛えていても、そうもいかないことだってあるだろう。

「僕も一緒に訓練するからね。フェレス、頑張ろうね!」

「にゃ!」

 彼はやる気満々で応えてくれた。


 まずはお気に入りのコルディス湖畔にテントを張ってから、湖へ潜ってみた。

 フェレスもおっかなびっくり入ってくるが意外と楽しそうだ。幼い頃からお風呂に入れていたせいで水には恐怖心がない。

 泳ぎ方もすぐに覚えて、シウの後を追って潜ってもきた。

 周辺はまだ寒く感じられるが、湖の中は一定の温度を保っていて、慣れたらさほど冷たくは感じなかった。

「まだ、魔素が濃いなあ。水竜の影響はこんなに強いんだ……」

 湖畔にも魔獣が多くいて、久しぶりに来たらすごいことになっていた。

 スライムも大繁殖一歩手前だったので、魔獣を含めて急いで狩ってからのテント設置だった。朝早くきて正解だったようだ。

 浅いところで潜水を繰り返し、湖底にある水草などを採取する。

 一番深いところには、転移で移動した。潜水服のように空間壁を纏わせているし、浮き上がらないよう重みも調整しているため動くのに問題はない。

「水竜の荒らした跡はあるけど、死骸はないか。よし」

 念のため湖底の土などを採取してから湖畔に戻る。

 フェレスは潜水遊びを繰り返しながら、自然と体を鍛えているようだった。


 その後も、午前中いっぱいはあちこちに転移を繰り返して採取を続けた。

 現在は朝凪ぎの月という季節に当たるが、高い山脈が連なるロワイエ山では二ヶ月ほど前の「芽生えの月」が今まさに始まったといった感じだ。ありとあらゆるものが芽吹いていた。

 そんな中、新芽しか使えない薬草だったり、果実の花、精油にも使える良い匂いの花々を採っていく。

 小さい頃からの慣れた作業だったが、魔法を本格的に使えるようになった今は簡単にできるので、採取の量も自然と多くなる。

 以前は一季節で、自分たちとアガタ村に卸す一年分しか採れなかった。素材はたくさんあるのだが、人の手には限界があるのだ。

 つくづく魔法は便利だと思う。

 ましてや、ロワイエ山は資源が豊富だった。イオタ山脈は北に位置しているので、厳しい環境だったのだと、ここに来てから気付いた。

 というわけで、シウは昨年からずっとロワイエ山がお気に入りで、誰も入ってこないこともあって思うままに採取していた。

 もちろん他の生き物や植物生態は、翌年のことを考えて取り尽くしたりはしない。

 それを踏まえての採取だが、どうしても楽しくて集中しすぎる。

 飽きてきたフェレスに尻尾でちょっかいを出されるようになってようやく、昼の休憩に入った。


 昼ご飯の後はフェレスの特訓だ。

「じゃあ、乗るからね」

「にゃ!」

 ふっさりしたフェレスの背に跨った。

 成獣となったばかりなのでまだ小さい体格だが、シウのような少年ならば楽に乗せられるほど大きくなった。体長は百二十センチメートルぐらいになっただろうか。

 本当は騎獣には馬と同じで鞍や体を固定するための騎乗帯も必要なのだが、フェレスが嫌がるのでそのまま乗っている。

 調教訓練を担当してくれているトマスが徐々に覚えさせると言っているので、躾はそちらに任せることにしていた。

 それよりも、ストレスを感じた時に優しくしてくれる主であれと言われている。

 コルディス湖には息抜きで遊びに来ているようなものなので、楽しく訓練をしようと決めていた。

「じゃ、飛んでみようか。まずは湖の上を真っ直ぐに」

「にゃーん」

 りょうかい! と返事をしてくれたのはいいが、ぐんっと勢いよく飛び出した。

 まるで弾丸だ。

「わ、わわ」

 シウの慌てる様子を感じたのか、フェレスは勢いを止めようとして失敗し、ぶれてしまった。

 そのまま体勢を崩して、ドボンと湖に落ちる。

「にぁー」

 ごめんなさいと反省しているようだ。

 湖から顔を出して、へにょっとなったフェレスを見た。

 シウは怒ってないよと、笑ってフェレスの耳を撫でた。ピピピと揺れて、水が弾け飛ぶ。

「フェレスは能力はあるんだけどなー。繊細な動きが苦手だよね」

「にぃ」

「魔力量も増えているから、今のうちに覚えないとね」

 空間壁を階段上に作って、湖上に立った。

(《洗濯乾燥》)

 お互いの身体を浄化して乾燥までかけたあと、もう一度その場でフェレスに乗った。

「ゆっくり飛んでみよう」

「にゃ」

 そろそろと、足を上げる仕草をして、浮き上がった。

 よろめいたがなんとか飛行に成功した。だが、やはりふらふらと上手く飛べない。

 フェレスはスピードを出すのは好きだが、のろのろ行くのは苦手らしい。

 ようやく対岸に着いた時には、さっさと地面に降りてへたり込んでいた。



 人間は生まれた時から魔力量が決まっている。

 その量により、魔法使いとして職を得られるかどうかが決まるといっても過言ではない。

 そして、人間と違って魔獣や魔物、希少獣といったものは魔力量が年齢に比例して上がっていく。魔人も同じではないかと言われているが、詳しくは分かっていない。

 この違いがどこにあるのかは知られていないが、魔素を吸収する器官があるのではと一部の学者が唱えていた。

 ともかく、そういったわけで希少獣の中の騎獣、フェレスも成獣になった頃からぐんぐんと魔力量が上がってきていた。

 同時に本来備わっていた魔法能力も、レベル〇から(幼獣の頃は〇だったのだ)少しずつ上がっている。

 人間だと、体力・筋力・敏捷・知力は後天的に増やすことができる。

 魔力も後天的に増やせたらいいのだが、そうはいかないようだ。

 器が決まっているから、という説もあったなと思い出した。

 そもそも、後天的に増やせるのなら神様もシウに対して「魔力庫」を与えたりはしなかっただろう。

「フェレス、落ち着いたら今度は林の中で追いかけっこね」

「みゃぅ!」

 嬉しそうな声が返ってきた。

 フェレスにもシウの魔力庫から横流しできたらいいのにと思ったが、できたとしても今はまだそれに頼らない方がいいだろうと思いなおした。

 フェレスが混乱するのも良くないが、それよりはフェレスの上限を決めてしまうことになるかもしれない不安があるからだ。

「よし、じゃあ、僕が鬼ね」

「みゃ、みゃ、みぃー」

 まってまって、と慌てて起き上がり、走り始めた。

 この遊びはフェレスは楽しいばかりだろうが、お互いの基礎訓練になってとても良いものだ。ただし、疲れる。

 なにしろ、へとへとになるまで続けるのだから。

 この遊びではフェレスが飽きないので、シウも身体づくりがてら頑張っている。

 相手は猫型騎獣なので地面の上ばかりでなく、縦横無尽に動くので追いかけるのも逃げるのも大変だ。

 シウは木に登ることも想定して、自作のピッケル、枝を打つための小型の鉈、靴の代わりの足袋を空間庫から取り出した。道具類は腰帯に吊るし、足袋は履き替える。足袋の裏には滑らないよう特殊な編み方をしたものを貼り付けている。

「さて、では、始めるよー!」

 そう言うと猛然とフェレスに向かって走った。

「み、み、みぁー」

 きゃあー! という嬉しいような怖いようなといった感情の悲鳴がフェレスから上がった。

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