104 学祭最終日
学祭の五日目、最終日はアキエラが遊びに来ることになっていた。
昨日仲良くなったらしい彼女のクラスメイトたちも一緒のようで、朝からアリスのみならず、マルティナもとても張り切っていた。
やがて門で待っていたカールとクリストフが女子たちをエスコートしてやってくると、カフェは騒がしくなった。
精一杯おめかししたアキエラたちがキャアキャアと楽しげに席へ着く。
シウも一応顔を出して、アキエラと一言二言喋ったが、すぐさまマルティナに奥へ連れ込まれてしまった。
「最高の品でおもてなししてちょうだい!」
「は、はい」
遊んでいないで仕事しろ、ということらしい。
その後、ウキウキと注文を取ってきたマルティナにより、大量のデザートが運ばれて行った。
表からは歓声が聞こえてきたので、たぶん、喜ばれたのだろう。
午前中はシウもアキエラに付いて回ったが、アリスとももう完全に打ち解けていたようだし、彼女の友人たちもうまくやれているようなので昼頃には別行動を取らせてもらった。
急いで一年のクラスに戻ったが、まだカリーナは来ていないようだった。先に昼ご飯を済ませようと、厨房の奥で手早く食べる。
やがて、午後の仕込みを始めていると、ベアトリスがシウを呼びに来た。
「カリーナ様がお見えよ」
「あ、すぐいく。ありがと」
「……いいのよ。その、わたくしも中のお手伝いをしましょうか」
「いいの?」
「できることがあれば、ですけど」
突き放したような物言いをするけれど、目元が赤いので照れているのだろう。
シウは笑顔で、
「お願いします。あのね、ヴィクトルがやっていることを、教わってくれる? ベアトリスさんならできるよ。計算得意でしょう? じゃあ、お任せするね」
そう言って前掛けを外し、ホールに出て行った。
ベアトリスが無言で何度も頷いていたのは確認したが、その後顔を赤くして頑張っていたことまでは気付けないシウだった。
カリーナは友人たちと来てくれて、執事の格好をしたクラスメイトに案内されて席に着いたところだった。
シウが駆け寄ると、立ちあがって挨拶しようとするので、そのままと手で止めた。
「こんにちは。いらっしゃいませ。来てくれてありがとうございます」
「とても素敵なカフェで、わたくしも招待されて嬉しいわ」
若いながらも、淑女といった様子で落ち着いて話すカリーナに、執事姿のクラスメイトが顔を赤らめていた。
と、そこにアルゲオがやってきた。正装に近い格好をしている。一応「監督官」なので、主人役らしい。勝手に「こういうのがいいんじゃないだろうか」と相談にもならない事後承諾で、着ていた。
「シウ、君はお客人をもてなしたまえ。ミルカ、シウの席を用意してあげるんだ」
「あ、はい!」
「ピエタリとセヴェリはお嬢様方のご注文をお聞きするように」
そう言って、また所定の位置に戻って行った。
あれこれと指示を出すのにちょうどよい場所、つまり端っこに。
苦笑を噛み殺していると、ミルカが椅子を持ってきてくれた。
「あ、ごめんね。ありがとう」
「いいさ。アルゲオ様も張り切ってらっしゃるし」
男爵の子弟の割にはフットワークが軽く、シウのような庶民にも普通に接してくれる少年だ。どうしても派閥というものがあって、アルゲオ派に入っているが、彼の取り巻きのように嫌味を言ったことはない。
「注文はもう少し後がいいだろうね。ピエタリたちにはそう言っておくよ」
「うん。また呼ぶね」
小声で話し、席に着いたところでカリーナと顔を合わせた。
友人たちはすでにメニュー表を見て、あれこれと騒いでいる。
「お勧めはありますの?」
と聞かれたので、
「どれもお勧めです。でもそうですね、人気があるのは早生桃のタルトのアイスクリーム添えと、ふわふわパンのチーズと蜂蜜掛け、でしょうか」
「まあ! 美味しそう……」
「蜂蜜は、大熊蜂から採取したものです。チーズも新鮮でとても美味しいですよ」
女子たちがキャーと騒ぐ。
このあたり、庶民も貴族の子女も、女性というのは変わらない。
カリーナだけは凛として座っていたけれど。
それぞれがデザートを食べ終わる頃に、カリーナが事の顛末を教えてくれた。
「エドガーは、わたくしの従叔父に当たるのだけれど、傍流なの。傍流とはいえ許されて家名を名乗っているから、少し勘違いされていたのね」
「そのように仰ってましたね」
「その上、一昨年頃からでしょうか。わたくしとの結婚を許してほしいとお祖父様に願い出ており、困っておりましたの」
「結婚ですか」
でも、カリーナは第五子だから結婚しても爵位は継げないはずだが、というのが顔に出たようで従者の女性が、話してくれた。
「カリーナお嬢様は唯一の女のお子様で、旦那様からそれはもう可愛がられておりますから、幾つかある爵位を譲られることは皆様ご存知なのです」
「ああ、そういう」
「エドガーの父親も爵位を戴いて子爵ではありますが、エドガー自身は第三子ですから継げません。それで、成人した際にわたくしとの結婚を願い出たようです」
「あれは願い出たというものではありませんわ。おねだりです! はしたない!」
「おやめなさい」
柔らかく窘めて、カリーナは続けた。
「わたくしも貴族の娘ですから、父の決めた方と結婚するのは義務と思って受け入れるつもりでおりますけれど、できましたら宮廷魔術師となって働きたいのです。父上にもそのことはお伝えしておりますから、事情を受け入れてくれた殿方との婚姻になるはずでした」
ということは。
「それがたとえエドガーでも、命じられたら仕方のないことです。受け入れるしかありませんでした」
「わたくしは反対でしたわ。旦那様に直訴しようと思ってましたもの」
「まあぁ、あなたったら」
「だって、あの方。わたくしだけでなく、他の方にも嫌らしい目付きで……。あのように品性下劣な方はお嬢様に相応しくありません」
「そうですわよね、あのエドガーって方、サルエル伯の親戚筋と思って言いだせずにおりましたけれど、女子生徒を見る目が、おお、恐ろしい……」
思い出したようで、友人たちがぶるぶるっと震えていた。
とんだセクハラ男だったようだ。
「……噂の良くない方でしたし、何よりも、わたくしに『お前は俺の妻となるのだから貞淑に家で待っていろ、宮廷魔術師などもってのほかだ』と仰って……とても承服できませんでした」
「そうだったんですか。あの、そのことをお父上には?」
「父上もそれほど本気で進める気はなかったようですから。言い出しづらかったのもありますわね。それに父が決めることに、娘のわたくしが口を挟むのもよくありません」
「……貴族って、大変なんですねえ」
思わず口にしてしまって、慌てて手で口を押さえた。
「まあぁ」
カリーナや、友人たちは苦笑でそれを許してくれた。
「……あなたたちからみたら、さぞ滑稽でしょうね。わたくしも時々、自由が欲しくなりますわ」
遠い目をして言う。
「……ですが、これまで貴族の娘として享受してきたものがあります。それには義務と責任が伴います。わたくしは務めを果たさねばならないと思うのです」
でもせめて、と小声で続ける。
「宮廷魔術師となって、国のために働きたいのです。それが最後の希望でしたの」
「お父上は許してくださっているのでしょう?」
「……どうかしら。わたくしを可愛がってはくださるけれど、貴族としてはいざとなれば平然と駒にされるでしょうね。そうなれば魔術師になれるかも分からない……」
哀しげに言う。
けれど、人にはいつでも雁字搦めの状態から、脱することのできる瞬間がある。
どうしようもない体でない限り。
たとえば奴隷であったり、たとえば王でない限りは。
そして彼女は自ら、天秤にかけて、選んだのだ。
本気で嫌なら脱することはできるのに、それを選ばないのは、その立場に甘んじていたいからだ。
それを義務を果たすという言葉で飾っている。
貴族として生まれ、その暮らしに備わってきたものを還元したいのならば、何も貴族のままでいる必要はないのだということに、彼女はいつ気付くだろうか。
シウは曖昧なままに頷いて、周りを見回してみた。
誰も疑問に思わないようで、「お可哀想に」と口で言う。
でもどうだろう。
早熟な彼女たちはやはりどこか貴族的で、損得を考えられる人種だ。
その暮らしに慣れている今、生活水準を下げたくはないだろう。だから、どこそこの貴族の青年は結婚相手に良い、などと噂話に興じる。
「カリーナ様、きっと素敵なお相手に出会えますわ」
「そうですとも。旦那様も今回のことではエドガー様を候補から外されるでしょうし、良いきっかけとなりましたわ。それにエドヴァルド様ともお知り合いになれましたでしょう? 旦那様もお喜びくださいますわね」
そうね、と頷いたカリーナは笑顔だった。
つまり、彼女たちはしたたかなのである。シウが想像する以上にはっきりと。
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