103 学祭四日目、第二王立中等学校
学祭四日目は、別の学校へ行くことにしていた。
待ち合わせの場所は何故かシウの離れ家だった。
馬車が何台もやってきては生徒を下ろして去っていく。ベリウス道具屋の近所の人は皆、何事かと表に出てきていた。
制服を見、アキエラとその友達が立っているのを見て、ああ今日は学祭があったね、と納得してそれぞれの店や家に戻っていく。
アキエラの両親ガルシアとアリエラも外に出てきて見送るつもりのようだ。
「お店、大丈夫なんですか?」
「仕込みは済ませてあるもの。それより、アキエラったら昨日から眠れないみたいでね」
ふふふと楽しげにウインクしてくる。
「俺は心配だ。あいつ、貴族様の案内ができるのか?」
「もう、いやーね! 心配性なんだから。大丈夫よ! ねえ、シウ君もいるんだから」
夫の背中をバシンと大きな音がするほど叩いて、アリエラはシウに向かって頭を下げる。
「お願いね、アキのこと」
「はい。こちらこそ、お世話になります」
二人で挨拶し合っていると、様子を見るため外に出てきていたエミナが「お見合いしてるの?」と冗談を言っていた。
ベリウス道具屋は立地条件が良くて、冒険者ギルドまでも近いし、中央地区のど真ん中というくくりで良いだろう。
その為、アキエラの通う第二中学校へも近い。
歩いて行ける距離なので、皆で待ち合わせて歩き出した。
やがてチラホラと第二中学校の生徒らしき子供たちに出くわした。こちらは制服ではなく私服なのでカラフルな格好をしている。
「俺もあんな格好で学校に行きたかったな」
「僕もだよ。制服って肩が凝るよね」
リグドールとアントニーが愚痴を零すと、後ろからアレストロたちも頷いていた。
「画一的で、僕も嫌だな」
「フリルが似合わない人間もいますし」
誰とは言わないがたぶん自身のことを言っているのだろうとヴィクトルを振り返ったら、皆も同じように彼を見ていた。ヴィクトルは少し目元を赤らめて、
「俺だって似合わないと思ってるんだ」
元々騎士を目指していたヴィクトルは、腕を痛めてから急遽魔法学校へ入学した。
頭では分かっていただろうが、自分がまさかフリルシャツにローブとは想像してなかったのだろう。
シウだって、嫌だ。
「そうしてみると、シウは自由というか、そのシャツも我を通してるよね」
「ローブも濃灰なんて色だしなー」
などと話していたら、アキエラが遠慮がちに会話に交ざってきた。
「あたし、あなたたちは制服を好んで着ているのだとばかり、思ってた」
「うーん、どうかな? そんなつもりで着ている子がいることも確かだよね」
アレストロが答える。そこにアリスの付き添いで来ているカールが、
「騎士学校にもいるよ。まだ騎士でもないのにね。自分は偉いと勘違いするんだろうね」
と言った。
「そう、なんですね」
「人それぞれだと思います」
アリスが厳かな雰囲気で、続けた。
なるほど、そうだなと皆が頷く。
これで話が終わったと思ったのに、横から口を挟む者がいた。
「でもさ、学院の奴等はみんな、絶対に自慢だと思ってるぜ。すぐに、俺を誰だと思ってるんだ、って怒鳴るしさ」
そこで混ぜ返すのがリグドールという少年だった。
リグドールとアキエラが、学院あるあるを話しているうちに、第二中学校へ到着した。
大勢が入っていくので視線を集めたようだが、中に入るとチラホラと別の学校の生徒も見られた。
というのも制服組はすぐに分かるからだ。
念のためにと、シウは自重せずに《人物鑑定》を《全方位探索》と合わせて掛けっぱなしにしていたから、私服組でもどこの生徒かは分かっていた。
「最初はどこにしましょうか。アリスさ、ん、えっと」
「呼び捨てで結構です。わたしもアキと呼ばせてくださいね」
「あ、うん、えと、分かった!」
二人の可愛らしくて初々しい姿に、リグドールなどは妙な踊りを見せていたが、他の面々は気恥ずかしくて視線を外していた。
「じゃあ、最初にあたしのクラスに、行きましょうか」
そう言って連れて行かれたのだが。
「……ファッションショー?」
女性向けの、流行を取り入れたファッションショーをやっていた。
もちろん、庶民の子が通う学校なので、すべて庶民の格好だ。
仕立てたものを買える者など少ない庶民だから、古着を買って来てリメイクするのが常だ。それを、どれだけ上手に、可愛くできるかがポイントなのだろう。
各人が自分の番になると、服を実際に着てみせて、歩いている。
横の間仕切りをした小部屋では髪型の発表も行っていた。
男子は一様に呆然としていたが、女子はさすが「女」である。マルティナなど、最初は嫌々ついてきていたようなのに、いきなりテンションが高くなっていた。
「まああ! 素敵、あの髪型はどう作られておりますの?」
ものすごい食い付きで、アリスもちょっと引いていた。
コーラは短めのワンピーススカートに興味津々で、メイドみたいと楽しそうだった。
アリスもアキエラと手を繋いで見に行ってしまうし、男子たちは入口で固まってしまった。
「えーっと、僕、ここで見張っておきますよ。あと、カール兄さんも付き添いだから、逃亡禁止ね」
と、クリストフが下僕宣言してくれた。
カールは苦笑半分、諦め半分の表情で請け負ってくれたので、シウたちは少しの間、別行動することになった。
第二中学校は魔法学校と違って活気があり、皆が生き生きとして楽しそうだった。
「全然、違うね」
アレストロが羨ましげに見回す。
「僕等の学校はちょっと暗いよね」
「そうかも。いつも競争している空気感があるよ」
「でも、学院はもっとひどいんだよ」
そうなの? と皆がアレストロを見た。
「魔法学校と学院と、どちらに進むか迷っていてね。見学に行ったことがあるんだ」
「へえ。あ、でも、アレストロは侯爵家だものなあ。無理に魔法使いになる必要ないのかー」
「そうでもないよ。第六子ともなれば、余った爵位が貰える保証もないしね。自分自身で身を立てないと、なかなか難しいものだよ」
「どこか、女子だけのところに婿へ入ったりは?」
貴族に多いやり方なのだそうだが、皆、詳しい。
「そういったところは競争も激しいのさ。取り立てて自慢すべきところもないしね、僕は。だから官吏になるか、魔力量を生かして宮廷魔術師を目指すかと、悩んだんだよ」
皆、まだ幼いのに将来のことを考えているようだ。
シウのように将来はあちこち旅をして、冒険者でお金を貯めたら早めに引退して隠居生活を楽しむ、などとは考えていないらしい。ちょっと反省した。
「学院はね、もっとギスギスしていてね。目が怖いんだよ」
「目が怖い?」
「相手を蔑むか、媚び諂うか、その二択かなあ。とにかく嫌な感じだった。教師の態度も悪かったしね。僕が見学に行ったら、あからさまに揉み手なんだもの」
「え、ほんとに?」
ははは、とリグドールが素直に受け取って笑った。
もちろん、実際に揉み手をしたわけではないだろう。比喩だ。でもそうして笑い話にしてくるアレストロは大人である。
「さっきのさ、ファッションショーでもそうだけど、庶民の方が心は豊かだよね。想像力を膨らませて、リメイクなのにすごく可愛い服に仕上がっていた」
「だね」
アントニーも同意する。
「特に女子って、ああいうの得意だものね」
うんうん頷いていたら、リグドールがまたしてもやってくれた。
「でもよー、服作りならシウの方が上手いぜ。見てみろよ、このシャツの仕上がり。あとフェレスの毎日違うスカーフ。そういや、自分はフリルが嫌だって我が儘言うくせに、フェレスにはフリル付きのスカーフ作ってたよな? フェレス、雄なのに」
かわいそー、と言ったところで皆が力の抜けた笑いを漏らしていた。
その後、辺りをぶらぶらして見学してから一度戻ったのだが、どういうわけかマルティナとアリスが練習台になって髪の毛を弄られていた。
まだかかりそうだということで、更に男子たちだけであちこち回ったのだけれど、まだ終わらない。
そのうちにアレストロが面白がって、自分も髪型を変えてほしいと頼んで、アキエラのクラスの女子たちの目が白黒させていた。
この時、貴族に長髪が多い理由を知った。貴族というよりも、魔力のある者に信じられている迷信のせいだった。
魔力量、人が生まれた時に備わっているものだが、これらは人の身体の全てに宿ると信じられており、髪の毛に至るまでが魔素を貯める器だと信じられてきた。
そのため、魔力のある者ほど髪を伸ばす習慣ができたそうだ。
貴族は積極的に魔力量の多い者をその身に取り込んできたから、必然的に長髪にする者が多くなった。
今でも、偉大なる魔法使いは皆、長髪らしい。
「へー。知らなかった。てっきりそういう習慣? 種族的なものかと思ってた」
そういったことは本にも載っていなかった。人には添うて見よ馬には乗って見よ、と言うが、実際に人の生活に触れなければ分からないことである。
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