102 学祭三日目研究科
生徒会裁判を行うぞと脅しをかけているエドヴァルドを止め、カリーナがエドガーを連れて、従者を供にして席を外した。
肩透かしにあったようなエドヴァルドにも一応お礼を言った。
「助けてくれてありがとうございました」
「あ、ああ、いや、構わん」
本当は良い人間なのだろうと思う。ただこう、正義感の強そうな気はあるが。
もしかしたら、裁判好きなのかもしれないとふと思い立って、彼の取り巻きがまだ騒いでいるエドガーの友人たちとやり合ってる間に、聞いてみた。
「将来は、司法省に入られる予定ですか?」
目を瞠られた。あ、当たってしまったようだ。
「ええと、じゃあ、司法判事を目指していらっしゃるんですか?」
「ああ。神官になることも考えはしたんだが、もっと大きい視点で見るとなるとやはり国の中枢に入るべきだと思ってね」
「すごいですね」
「……いや、まだまだだ。過去の判例集も少なくて、勉強も進んでいない」
だから実地で学校内裁判をやろうとしてるのかなーと、迷惑顔を隠して頷いた。
「判例集、良かったらお貸ししましょうか?」
一瞬、時が止まった。いや、エドヴァルドの動きが止まった。
「……なに? き、君は持っているのか? いや、だが、図書館程度のものならば、僕も持っているんだ」
ゴホンと咳払いをするので、シウは彼に身を寄せて小声で唆した。
「研究科七クラスに、古代語で書かれた魔術本がたくさんあるんです。研究費で買い集めた古本なんですが、中には貴重な判例の数々も混ざっておりまして」
「おお!」
エドヴァルドは目を輝かせて、シウの手を両手で握った。
「ぜひ、紹介してもらえないだろうか」
「喜んで」
取り巻きが後方で何か叫んでいたが、聞かないフリだ。
これで埃を被っていた研究科七クラスの古本の行方も決まったし、カスパルも恩が売れるだろうから生徒会相手にやりやすくなるだろう。
研究費をもぎ取ってくるのが、彼の役目でもあったし。
ついでに、裁判裁判とうるさいエドヴァルドもおとなしくさせられるので一石二鳥だ。
我ながら良いことをした。なんだかものすごいことをやり遂げた感が、シウの心の中を埋め尽くしていた。
翌日も朝早くから働いたが、慣れて来たのかクラスメイトの動きも素早くなって、シウも随分助かった。
意外なことにアルゲオが率先して生徒たちを指示し、執事役やメイド役の生徒を上手く仕切っていた。
また、普段は貴族の子弟として暮らしている彼等が「美味しいです、ありがとうございます」とお礼を言われるのが新鮮らしくて、楽しんでやっているようだった。
下級貴族の女子生徒たちは、花嫁修業兼行儀見習いで傍仕えとして王城に上がることも見据えて教育されているため、手慣れていた。
男子も、親の跡を継げない第二子以降の子が多い魔法学校だから、やがて迎えるであろう「お世話する」側を経験できて良かったようだ。
午後は、心配するシウを余所に、任せてくれと皆が請け負ってくれた。
昨日は不安そうな顔だったのに、変われば変わるものだ。
三日目の午後は、研究科七クラスの受付を行う。
教室に入ると、せっかく見に来てくれた生徒を離したくないのか、カスパルが腕を掴んで男子生徒に詰め寄って魔道具の説明をしていた。
「うん、シウか。もうそんな時間なのか?」
と、驚いた拍子に、掴まっていた男子生徒が慌てて走って逃げて行った。
「あ、しまった、逃げられたじゃないか」
「……可哀想だからほっといてあげましょうよ。それよりカスパル先輩、お昼ご飯食べてないんじゃ?」
「ああ、そうかも」
カスパルはひょろひょろっとした体型なのだが、その理由が分かった気がした。
その後も、シウが提供したお菓子を、クッキー数枚食べただけであとは術式が書かれた本の翻訳にのめり込んでいた。
クラスリーダーが受付に選ばれてなかった理由も、分かった。
ぼんやり椅子に座っていると、ぽつりぽつりと人が入ってくる。
戦略科よりはましという程度だが、魔道具を扱う店の子などが興味を持って来るようだ。
そんな中、キリクが顔を覗かせた。
「生徒以外は学祭に来ることは禁止だと聞いていたんですけど」
「相変わらず、嫌そうな顔して言うな!」
本人は楽しそうだが、目立つので止めてほしいのだ。
彼にはイェルドの他にもシトロエがついて来ており、貴族特権を使ったようだった。
「シウの入った科なら、面白いことやってるんじゃないかと言ってな」
「僕はまだ何も。あ、でも、カスパル先輩のは面白いんじゃないでしょうか」
シトロエと、ついでにキリクにも紹介してみた。
カスパルもウキウキと立ち上がって、さあ捕まえるぞ、といった態度だ。彼の、誰に対してもぶれないところは好感が持てる。
二人をカスパルにぶつけて、シウは《全方位探索》で見付けたカリーナのところへ行くことにした。
「ランベルト先輩、ちょっと抜けてきてもいいですか?」
「うん、いいよ。気を付けてね」
人の好いランベルトは、シウの賄賂である菓子を受け取って機嫌が良かった。いや、いつも彼の機嫌は良いけれど。
そんなわけで教室を出て、特殊科一クラスの方へと走った。
カリーナは女子生徒たちと一緒だった。従者も兼ねた友人が大半のようだ。
近付いていくと周囲の女子が気付いて、キャアキャアと独特の声を出す。
「カリーナ様、昨日の少年がいらしたようですわ」
「あら、ええと、シウ君だったわね」
「昨日はご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
きちんと謝ると、カリーナもその周囲も、にこにこと笑って許してくれた。
「わざわざそれを言いに? あなたはまだ小さいのに、偉いわね」
「本当ですわ。あの方と比べたら……」
「どちらが貴族か分かりませんわね」
とまあ、エドガーは散々の言われようだった。余程のことがあったのだろう。
シウは彼女らの会話をなるべく邪魔しないよう、カリーナにそっと小声で告げた。
「もし、良ければなんですが、僕の一年のクラスでカフェをやってるんです。僕が作ったのでお口に合わないかもしれませんが」
そう言いながら券を渡す。無料招待券だ。
本来は事前に券を購入してもらうか、他校の生徒ならば入口にて招待券を渡したりする。売り上げを求めての行為ではないため、自らが購入して知り合いに配ったりする。この売上は神殿などに寄付されることが決まっていた。
ちなみに、戦略科でも研究科でも、それぞれが券を購入して配って歩いているようだ。
誰も来ていないが。
「まあ、よろしいの?」
「はい。明日は僕はいませんけど、良ければ来てみてください」
お友達の分も渡した。
だからだろうか、周囲から嬉しそうな声が上がった。
「まあ、ここのカフェ、評判がよろしいのよ」
「一年生ながら上手にされているとか」
「ぜひ、参りましょうよ、カリーナ様」
「ええ、そうね。ありがとう、シウ君。ああ、そうだわ、明日はいらっしゃらないのね?」
「はい。明日は友人たちと第二中学校へ行こうと思ってます。明後日なら、少しだけ詰めているかもしれません」
「では、その時に参りますわ。そうね、お昼すぎはどうかしら」
「分かりました。お待ちしてます」
では、と頭を下げてその場から去った。
彼女らはやはりキャアキャアと楽しそうだった。
その後、研究科七クラスの教室に戻ると、まだカスパルに捕まったキリクがいた。
シトロエは苦笑しつつも、話を聞いているようだったが、キリクはうんざりした顔をしていた。
そこに、エドヴァルドが参戦してきたので大変なことになった。
「あ、言い忘れてました。カスパル先輩、例の、古本! 判例集の、あれ、見せてほしいそうです」
「うん? ああ、あれか。構わんぞ」
そう言って振り返って、エドヴァルドが相手だと知ると、途端ににやりとした笑みを見せる。
エドヴァルドは気付いていないというか、目が判例集はどこだ! 状態で、気にしていない。
「君か、エドヴァルド。よし、こっちにきたまえ」
獲物が切り替わったおかげで、キリクが這う這うの体でシウのところまでやってきた。
シトロエはさすが商人だけあって、笑顔だ。
イェルドは我関せずで、一人ふらふらと他の展示物を眺めていた。
「なかなか個性的なやつだな?」
「面白い先輩です」
「まあ、面白いっちゃあ、面白いが」
「キリク様、面白い人好きですよね?」
にんまり笑うと、キリクは両手を上げて降参のポーズを取った。
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