023 言い訳の末の勉強会




 四人の話を聞いてしまった手前、シウもある程度は話すことにした。ただ、ギフトとして鑑定魔法を持っているとは言ったが、レベルは口にしなかった。基礎魔法が全種揃っていることで驚かれたから、本当のことは言わないでおこうと思ったのだ。

「道理で、俺たちみたいな冒険者を見ても動じないわけだ。考えたら十二歳でそれだけ魔法が使えるなら、俺たちより上だよな」

「いや、全然下です」

「なんで敬語なんだよ」

「……ええと、でも、魔力量は二〇しかないので、意味がないというか」

 ラエティティアが片方の眉を胡乱げに吊り上げた。

「待って、魔力が二〇しかないの?」

「え、うん」

「……人物鑑定できるってことは少なくともレベル三はあるわよね。ギフトだし。それで、基礎魔法も各種使える。ということは――」

「最低でも魔力が三〇以上ないと、おかしいね」

 彼女の話を継いだのはキルヒだった。しかし、おかしいと言われて、シウは驚いた。

 ちゃんと計算したのだ。隠蔽後の状態表示と辻褄が合うように。今回は、確かに鑑定魔法が彼等にバレている。しかし生産魔法はバレていない。隠蔽では生産魔法を捨て駒にするので、この場合の魔力量については差し引きでいい筈だった。すると。

「使える魔法が多いと、魔力も多くないと駄目なのよ。ましてや、ギフトとして生まれた時から固有魔法を持っているなら、魔力量は多いはずなの」

 そうラエティティアに言われてしまった。が、そんな情報は載っていなかった。

 シウは思案して、以前思いついていた言い訳を口にした。これはエミナとアキエラにも言ったことがある。

「圧縮できるんだ」

「何を?」

「……その、魔力量を」

 どこで節約が役立つか分からないものである。これなら計算上、全く問題ないはずだ。


 食後のデザートを頼んで、また話が始まった。

 ちなみに、グラディウスはデザートを三つ頼んでいた。

「実際のスキルと魔力量が合わなくて、節約する方法を考えたんだよ」

「へえ」

 声が信じていないと言っている。キアヒは半眼で、キルヒはにこやかだが目は笑っておらず、二人ともシウをじいっと見ていた。ラエティティアだけが、わくわく顔だ。

「節約って? わたし、初めて聞いたわ」

 そうだろうとも。なにしろ彼女は魔力量が一〇八もある。節約する意味など全くない。

 シウは二人の双子の顔が怖いので、ラエティティアに向かって喋った。

「魔法は理論とイメージが大切だから、詠唱句に重きを置かなくていいんだ。術式を縮めて、しっかり念頭におけば使える。それに、魔道具や刺青を利用して簡略化すればもっと節約できると教えてもらって――」

 と、この為にではないが、用意していた嘘を口にする。勝手に爺様のせいにしてごめんねと、心の中で謝っていたら。

「刺青してんのか? 子供に刺青したのかよ、親が!」

 キアヒが突然怒った。シウは、びっくりして戸惑いながら返した。

「親はいなくて、えっと」

「……ああ、そうか。まあ、いろいろあるわな。わりい」

 キアヒが突然怒ったのにも驚いたが、真面目な顔できまり悪そうに謝る姿にも驚いた。陽気な彼とは思えない。とはいえ、彼の怒りが治まってシウはホッとした。

「……その、節約するには、どれだけ現象を理解しているかが重要なんだ。これは王都に来て勉強したから間違いないと思う」

「勉強って、学校に通ってるの?」

「ううん。お金も勿体無いし、生活費を稼がなきゃならないから通う暇なんてないよ。そうじゃなくて図書館で」

「ああ……すごいわね。わたし、本は絶対読めないわ。眠くなっちゃうもの」

 そう言うと、ラエティティアは肩を竦めた。

「でも、理論や術式を理解してると、魔法って楽だよ?」

「そうなの?」

 魔力量の高い人は全く興味ないらしい。けれど、メンバーで一番魔力の少ないグラディウスは気になったようだ。と言っても、彼は一般人よりも多い、魔力量三一だが。

「それ、俺でもできるか?」

 口の中にホットケーキが入ったまま喋るので、涼やかな黒髪剣士も台無しである。なんだかなあと思いつつ、シウはできると頷いた。グラディウスは嬉しかったのだろう、よしっと声を上げて、残ったホットケーキをシウに食べさせようとしてきた。

 いらない、と断っていたら、キルヒが笑う。

「それ、食べかけだろ。お礼なら別のにしてあげなよ」

「そうか。じゃあ何が食べたい」

「要りません」

「子供は腹が減っているはずだ」

「減ってません! ていうか、さっき食べたばかりだよ。そもそも、炭水化物ばっかり食べて、どうするんだ」

 前世では体が弱かったため、健康オタク気味だった。そんなシウにとって、グラディウスの食事風景は見ているだけで胃が痛くなる。良かれと思って勧めてくれるのは分かるが、意味が分からないと首を振る彼に、ついつい食育とは何かと語ったシウである。


 そして「できる」、そう答えてしまったため、シウはグラディウスたちに魔法の節約術を教えることになった。エミナとアキエラに続いて、またも勉強会である。

 ラエティティアには「古代語を教えて」と言い出されたので、本を読めない人には無理だと断った。実際、本を読む、という作業ができなければ古代語なんて勉強できない。

 エミナたちとまとめて教えたいところだが、進み方も違えば目的も違うので諦めた。




 勉強会にも慣れてきた頃、いつものようにシウがキアヒたちの部屋へ行くと、不機嫌そうなラエティティアが窓辺に座っていた。そんな彼女は珍しいので、首を傾げる。

「どうしたの?」

 いつもは節約術など興味がないと言って、出掛けているラエティティアだ。顔を出しても、つまらなさそうではあるが、こんな風に機嫌が悪いことなど一度もなかった。今もシウの声が聞こえないのか、窓の桟をコツコツと苛立たしげに叩いている。

 シウの質問に答えてくれたのは、キアヒだった。

「また貴族の子供にナンパされたんだと」

 そこでラエティティアが振り返った。同時に、怖い顔で、ふんっと荒い鼻息だ。

「どの国でも、貴族はろくなやつがいないわ。貴族はしつこくて、嫌」

 キアヒが「だよねー」と適当な返事をしている。ふと気になって、シウは口を挟んだ。

「やっぱりあちこち行ってるんだね」

「おうよ。冒険者なら、冒険してこそだろ」

「ふうん」

「気のない返事だなー。シウも成人して本物のギルドカードを手に入れたら、あちこち行くんだろ?」

 当然のように言われて、シウは考えてみた。

「旅はしてみたいかなぁ。いろいろな景色を見たり、美味しい食べ物も知りたい。でも、冒険はしなくてもいいかな」

「お前、引きこもりだもんな。ずっと山の中で暮らしていたぐらいだし」

 にやにや笑われてしまった。追い討ちをかけるように、キルヒも笑う。

「あはは。そうかも。ていうか、なんでそんなに堅実なんだい。少年なのに」

「少年って冒険するものかな?」

「無謀というか、向こう見ず? それが少年の特権だと思うんだけど」

 ねー、と双子の兄にウインクしている。兄のキアヒは、そうそうと頷いて、きらきらと目を輝かせて言った。

「旅に出るってのは男のロマンだ。だから、子供のうちに一度は家出をやる」

 そうなのか。シウは、二人以外の男、グラディウスに聞いてみた。

「グラディウスも家出したことある?」

 書字板を抱えて待っている大男に、声を掛ける。グラディウスは、見た目だけはとても落ち着いた冷静な青年風で、真面目に答えてくれた。

「……ある。食べるものを探しに、家出をした」

 大家族で貧乏貴族出だった彼は、いちいち人生が食べ物に直結しているようだ。

「そういうわけ。シウは子供らしくねえんだよ。まあ、賢いもんなあ。学者向き?」

「だったら学院に入学してみたらいいね」

「だめよ!」

 キアヒとキルヒの言葉に反応したのは、ラエティティアだった。

「あんなのばっかりがいるような学校で、一体なにを教わるのよ」

 ふんっと、また鼻息荒く言う。よほど腹が立っているらしい。

「あー、早くロワルを出たいわ」

「そう言うなって」

 彼等の会話に、そういえばと思い出してシウは顔を上げた。

「ドワーフの誰かを探しにロワルへ来たの?」

「そうそう。グラディウスの剣の修理を頼みたかったんだ。探しているドワーフが『鍛冶の神様』って呼ばれてるからさ」

「まだ見付からないんだ?」

 考えてみたら彼等は冒険者なのに、仕事をしているようには見えなかった。

「人族に偽装されてるんだろうなあ。どうしたもんか。……。あ!」

 仰け反って伸びをしながら話していたキアヒが、急にシウへ視線を移した。嫌な予感がして、後退ったが、後ろにはグラディウスが素早く走りこんでいた。こんな時は孤独の気楽さよりも仲間同士の信頼が羨ましいと、素直に思ったシウである。

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