024 魔力切れ
キアヒたちの勉強会の成果だが、幸いにして彼等は魔法の上級者レベルで、一般人のエミナやアキエラよりも覚えは早かった。
基本を知れば後は早いとばかりに、食べ物のことしか頭になさそうなグラディウスでも理解してくれた。
そのグラディウスに土下座されて、シウは仕方なく彼等の人探しを手伝うことになった。それはそうとして、この世界にも土下座というのはある。ボディランゲージは世界共通らしい。
キアヒは、今度も日当払うからと軽い調子だったが、実際は勉強会の時も人探しも破格の金額を提示してくれていた。シウは冒険者見習いなので、そんなに要らないと断ったが、ギルドを通すと脅されて受け入れた。ギルドに突っ込まれたら、スキルがバレる可能性もあるから仕方ない。
ということで、人探しだ。
彼等の情報では、「プリームス」というのが探しているドワーフの名前らしい。はっきりとしていないが、鍛冶の神様に与えられた名かもしれないと、言われた。
シウが頼まれたのは、鑑定魔法でそれらしき人を探してほしいというものだ。
簡単に探せたらいいのだが、あまり表立って変なことはできない。彼等が、子供一人に任せるのは悪いと、付き添っていたからだ。
なんとか、てっとり早く探知ができないものかと考えながら、地道に鑑定を続ける。《全方位探索》に探知を重ねがけるのにも、本人を知らないのだから無理だ。犬の時と違って匂いでは探せない。さて、どうしようかなと、街の人間を一人ずつ鑑定しながらシウはキアヒと共に練り歩いた。
キルヒはグラディウスと二人で、ドワーフ族が多く住む区画に向かった。
ラエティティアは一人だ。精霊が付いているから大丈夫だと言っていたが、たぶん、一人で街歩きを楽しむのだろう。勉強会の時もそうだった。彼女は、貴族の子らにナンパされるのは嫌だが、それ以外は平気らしい。相手が貴族の子弟でなければ、軽くあしらえるのだろう。案外、貴族相手でも平気だったろうと、シウは思っている。
ところで、シウは一度も精霊を見たことがない。でも、どうやらフェレスには見えているようで、たまに「にゃっみゃっ」と飛び上がって狩ろうとしている。視線を考えるに、全く届いていないことが、どこか滑稽だった。それでも、見える彼が羨ましい。
シウは鑑定を続けながら、キアヒに確認した。
「ロワルの鍛冶屋はもう探したんだよね?」
「ああ。ものの見事に空振りだった」
「ドワーフって、ほとんどの人が小さいって本当?」
「ほんと。シウは見たことないのか」
「王都の本で知ったぐらいだから」
ひそかに、パンダの獣人がいたらいいなと思っていたが『この世界の種族について』という本には載っていなかった。残念だ。
「人間に偽装すると、身長に合わせて見た目も十二歳前後に誤魔化せるらしいぜ」
「どうでもいいけど、偽装って嫌な言葉だよね。変装じゃだめなのかな」
「……まあなあ。変装でもいいけど、あれだろ、言葉が軽いじゃねえか」
軽薄そうな態度を取るキアヒに言われると、何故だかシウの背中がむずむずした。
最初、シウは彼のことを心の中で陽気な男とあだ名していたが、今ではイタリア男という言葉に変わっている。というのも、キアヒは美しい女性と見ればすぐに流し目をくれるのだ。シウの付き添いだけなので暇なのだろう。特に異議を申し立てたりはしなかったのだが、話が終わるのはまだかと、ジッと見ていたせいで言い訳された。
「精神魔法のレベル上げだよ」
爽やかに言われては、こちらももう何も言えない。元より何も言う気はなかったけれど。とにかく、そんなキアヒのことは無視して、人物探知について考えた。
普段、シウは無意識下で《全方位探索》を使用している。おかげで自動的に脳内地図が出来上り、更に意識すれば、マーキングした人物の移動まで分かるようになった。
これもマイナスがないわけではない。《全方位探索》はあくまでも、薄い魔素の糸を張り巡らせた超節約探知術なので、範囲が広いわけではない。よって探知距離は半径三百メートルといったところだ。強く意識すれば広げられるが、節約の意味がなくなるので普段は行っていない。
今回、探し人は名前しか分かっていない。名前だけなので、鑑定魔法による人物鑑定をしていた。これを《全方位探索》と重ねてみてはどうだろう。
キアヒがまた美人に声を掛けている間、シウは広場の人々に試してみた。すると、勢いよく全ての状態表示がされて、頭がパンクしそうになった。これではだめだ。もう少し魔力量を削るため、上辺だけの鑑定をしようと《簡易人物鑑定》にした。言葉通り、表面だけの簡易な人物鑑定だ。広場にいた、見える範囲の人の名が、情報としてシウの脳内に流れ込んでくる。更に範囲を広げてみようと、
(《探索》)(《千》)
と心の中で唱えた。半径一キロメートルの距離だ。それでも、見付からない。
この辺りにはいないようだと思っていたら、フェレスがシウの胸元に入り込もうとしてきた。街を歩くだけで、広場でもただ立っていただけだから、飽きたらしい。体が大きくなって、もうシャツの中には入れないのに無理やり入ろうとしている。
「フェレス、ボタンが取れちゃうよ」
呆れたように笑いながら、シウはフェレスを服の中になんとか押し込んで、もう一度探索してみた。今度は更に強化してみようと、気合を入れる。距離をもっと強力に伸ばしてみたのだ。そして――。
(《探索強化》)
あっ、と思った時には倒れていた。
ブラックアウトだと考える間もなかったが、手で胸元だけは守っていた。
目が覚めると、夕方だった。シウの瞳に真っ先に飛び込んできたのは、とても綺麗な青だ。さらりと頬をかすめるものが濃い金色をしていて、窓から入る夕日の光に当たって、余計キラキラと輝いて見える。
「良かった、目が覚めたか」
間近にあったのがキアヒの顔だと知って、心配させたのだと申し訳なく思った。
「ごめんなさい。僕、魔力切れを起こしたんだ?」
「……そうだ。悪かった。考えたら、魔力量あまりないって言ってたのにな」
彼が身を起こすと、フェレスを抱っこしたラエティティアが、横から顔を覗かせた。
「普通にしてたから、大丈夫だと思っていたのよね? ごめんなさいね、シウ」
シウが慌てて起き上がろうとしたら、反対側から体を抑えられる。キルヒだ。
「まだ寝てなきゃダメだよ。ごめんね。俺もついつい、大人の冒険者相手のように考えてしまってたよ」
「だよな。シウは頭いいし、魔術もよく知ってるから」
足元からはグラディウスの声がした。ところどころ聞き取り辛い。もぐもぐと咀嚼する音も聞こえてきたので、食べながら喋っているのだろう。
シウが視線を向けたのが分かったからか、グラディウスは慌てていた。
「ち、違うぞ、これはちゃんと肉だ。シウが、たんすいかぶつばかりとるなと言っただろう? ちゃんと健康のために、肉を食ってる」
「……いや、いいんだけど」
そんなに慌てなくてもと思ったが、先日の「健康な老後を迎えるため」の話で、余程思うところがあったのだろう。
シウはぼふんと、枕に頭を乗せた。その頭にキアヒが手を置く。力は入れず、赤子を撫でるような優しさだ。
「魔力切れは久々か? 普通は幼いうちに限界を知るからな」
「……うん」
嘘をつくのが嫌になるほど、彼は心配そうな顔をしていた。心根の優しい青年だ。
「悪かったな。ゆっくり休めよ。後で、家に連絡入れておくよ」
シウが、ベリウス道具屋で世話になっていることは彼等も知っている。場所も分かるだろうから任せることにした。フェレスもラエティティアが見てくれる。だから大丈夫だと思ったら、また瞼が重くなった。それにしても、魔力切れがこんなに大変だとは思わなかった。シウが「ふう」と小さく息を吐いた途端に、意識は途切れていた。
シウが次に目を覚ましたのは夜中だった。よく眠ったという気持ちと、まだ寝たりないという妙な感覚だ。ただ、あのめまいにも似た、重怠い感覚はなくなっている。
あれが魔力切れなのかと思うと、一般人の大変さが理解できた。キアヒも言っていたが、普通は幼い頃に何度も経験して自分の限界値を覚えるのだそうだ。体に起こる脱力感などで大体の安全圏内を知る。この初めての魔力切れは、明らかにシウの失敗だった。
最近のシウは、「最低限の魔力量で一日が過ごせるか」に挑戦していた。最低限とはシウ個人の魔力量だけを指す。つまり、一般男性の平均と同じ二十という量だ。
無尽蔵にあるシウの魔力庫を使わず、どこまでいけるか試したかった。元より節約が趣味だ。それに一番魔力を食う、転移などの空間魔法はほとんど使っていなかった。だから、これ幸いと試していて、それが常態化していた。
無意識とは恐ろしい。
シウは魔力庫に蓋をした状態で、広範囲の強力な《探索》を、しかも《人物鑑定》をフルにして使ってしまったのだ。あまりのバカさ加減に、自分で自分が嫌になる。
それでも不幸中の幸いで、実は見付けてしまっていた。ドワーフの彼を。プリームスとは名前ではなかったし、男性だということや、スキルのことまで分かった。
それぐらいの結果がないと、恥ずかしくて穴に落ちたまま這い上がれない気がする。
どちらにしてもかなり恥ずかしく、気持ちを落ち着かせようと溜息を吐いた。
「起きたのか?」
密やかな声がした。寝ていると思っていたキアヒが、窓辺近くの椅子から立ち上がって、シウの寝るベッドに近付いてきた。斥候アサシン系というのは、こういうことかと理解した。気配が感じられなかったのだ。もちろん、シウにだって、そこに人がいるということだけは分かっていたけれど。
やはり、まだまだ改良の余地はあるのだなと、自分の魔法の未熟さを思い知る。
「また何か考えてるな? 頭も休めないと、体だって治らないぜ」
「うん」
優しく撫でられて、シウは遠い遠い過去を思い出した。前世のことだ。
物心つくかつかないかの頃の、幼い自分。妾の子で、本家に引き取られたものの誰からも相手にされず、親身に接してくれることもなかった。けれど、世話係の彼女だけは優しく愁太郎を撫でてくれた。
眠りに誘われながら、シウは悟った。
ああ、そうか。あの少女姿の神様は、彼女に似ていたのだ。あの優しい少女に。
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