025 神様の姿




 慕わしかった少女の姿で、神様はにこやかに微笑んだ。

「人生でもっとも愛していた人の姿に、見えるらしいですよ」

 どうやら、人によって見え方は変わるようだ。

「そうよ」

 ありがとう、神様。

「どういたしまして。って、あなたみたいに何度もお礼を言ってくれる転生者、いないわ。もう少しみんな、わたしに感謝してほしいものです」

 遊び方に問題があるのかも、と思ったが慌てて思考を閉ざした。

 神様が横目に見ているが、知らんぷりである。

「まあ、いいわ。それよりも、シウさん。面白いことをしてますね」

「あ、ようやく神様を面白がらせることができましたか?」

「冗談です。面白くありません。なんですか、せっかくの素敵能力を『万が一使えなくなったら困るから、その時に備えて節約するんだー』的な発想は」

「すみません……」

「わたし、神様ですの。わかります?」

「はい……」

「その神様が与えた、チートなのよ、魔力庫って。無尽蔵に使える、誰も持っていない素敵アイテムなの。さっき調べたら、魔力庫の魔素が全然減ってないじゃないの」

「でも確か、無尽蔵にあると言っていたのに、減るんですか?」

 神様が、可愛らしい少女の顔で睨んできた。

「言葉尻をとらえるんじゃありません!」

「すみません!」

「……とにかく、使ってないということだけは分かりました」

「少しは、使ったような」

「空間魔法で『ちょこっと』でしょう? あんなの、屁でもないわ」

 神様が「屁」と言った。いいのだろうか。いや、いいのだ。だって神様が睨んでいる。シウは考えるのをやめた。あの顔で怒られるのは嫌だ。

 ああ、だから「愛した人の顔」で現れるのか。

「シウ、あなた意外にいい根性しているのね?」

「す、すみません!」

「あと、それとね。誰でもいいからそろそろ恋愛チートもやってみませんこと」

「恋愛ですか」

「少年といえば恋愛か、冒険でしょう?」

 どこかの誰かと同じことを言っているような気がしたが、シウは賢くも思考を閉じた。

「美少女でも美青年でも選り取りみどりです。頑張ってね! それから、魔力庫に罠や裏なんて存在していないのだから、ちゃんと使ってあげて。資源も能力も使ってこそよ。ええと、お金を使って経済を回す、と同じことです」

 神様の言いように感心していると、止めを刺してきた。

「魔法使いで引きこもりって、他の魔法使いに対する冒涜ですよ」

「で、でも、目立つといろいろ問題があると言ったのは神様――」

「目立たないでチート、これが楽しいんです! ……もとい、目立たずとも力を使えるでしょう? そもそもバレたって、大丈夫じゃないかしら。シウさん、自立しているというか、なんでも自分でやってしまいますから」

 あまり良い意味ではなさそうで、シウはまた思考にチャックをした。

「とにかく。節約ばかりしないで、ばんばん使って大丈夫ですからね。頑張って!」

「はい。一応、頑張ります。でも、あー、節約は趣味なのです」

「はいはい。節約はしてもいいです。その代わり、今回のように無理はしないこと。分かっていないようだけれど、零になるまで魔力切れを起こして倒れると、人は死ぬこともあるのよ? 今回は運良く上級者が傍にいて助けてくれたけれど」

 上級者が傍にいて、運が良い? 

「ああ、知らなかったのね。魔力切れを治すには、回復薬や治癒魔法もいいけれど、シウさんのように零になった場合は人から移すのが一番手っ取り早いのよ」

「人から、とは?」

「簡単に言えば、キスね」

「キス。ああ、人工呼吸のような? なるほど。キスと言うので接吻かと思いました」

「接吻。まあ、そうとも言うわね。そうした言い方も、なんだか素敵ね~」

 何もない空間でくるくる回っている少女を眺めていたら、いつの間にか夢から強制退場させられていた。せっかくなので、もう一度、最後に少女の顔を目に焼き付けておきたかったのに。

【かやねえさま……】

 呟いた少女の名前を、とても懐かしく思いながらシウは涙を流していた。



 朝になると、皆が心配して覗き込み、シウはまるで小さな子供にでもなったみたいにチヤホヤされてしまった。これではフェレスと似たような扱いだと思ったが、心配かけたことに変わりはないので我慢した。

 そして神様が言っていた話は、ラエティティアによって肯定されてしまった。

「そうよ。キスで魔力を他人に与えることができるの。応急処置ね」

「人工呼吸かあ」

「なあに、それ。古代語? そんな呼び方なの?」

「いえ、えっと……」

 シウの余計なひと言で、人工呼吸について説明する羽目に陥ってしまった。ラエティティアからは、魔力を分け与える方法を聞く。体内の魔素を的確に送り込まねばならないので、そう誰もができるものではないようだ。

「それにしても、シウ。初キスだったんじゃないかい?」

 キルヒが嬉しげに言う。シウは素直に頷いた。

「爺様にもキスされたことないので、たぶん」

 アガタ村の幼子らは両親からキスされていた。赤子のうちはとくに、可愛いものらしい。でも育て親の爺様は、そうした過度のスキンシップが苦手のようだった。シウの覚えている限り、一度もなかったはずだ。考えてみるに、前世でもなかった。

 となると人生初の経験である。相手が男というのは如何ともし難いが、そも、人命救助の結果だからして仕方ない。いや、これは傲慢な考え方だ。シウは慌てて謝った。

「キアヒには悪いことをしちゃったね。ごめんね。美女じゃなくて」

 そう言った途端に、辺りがシンと静まり返ってしまった。偶然だろうが、フェレスまで、みゃあみゃあ甘えていた声を止めた。シウが首を傾げると、

「あー、シウの天然ボケは無視しよう。それで、プリームスのことだけど――」

 キルヒが話を変えた。そして、彼の言葉にシウも我に返った。

「そうだ。言い忘れていたんだけど、見付けたんだ」

「えっ?」

 皆が、シウの寝るベッドに近付いてきた。


 正確には「プリームス」はドワーフの名前ではなかった。また、鍛冶の神様から与えられた名でもなかった。それは――。

「え、プリームスって、鍛冶の神様の名前?」

「うん。ドワーフの信仰する、鍛冶の神様が『プリームス』って言うみたい」

「なんで分かったんだ?」

 キアヒが少し怖い顔をして聞く。普段、陽気なタイプの男がそんな顔をするのは、なんだか面白い。もちろん、シウは空気を読むので笑ったりはしなかった。

「人物鑑定したんだ」

「お前、あの広場にいた人間を全部やったのか?」

「広場って、人がたくさんいたのよね?」

「ああ、だから、魔力切れを起こしたんだね」

 それぞれ勝手に判断してくれたので、『どこにいた相手を鑑定したのか』という言い訳を用意しなくて済んだ。シウは、彼等のどれにも返事をせずに、話を続けた。

「鑑定したら、ギフトとして『鍛冶の神プリームスが祝福を与える』って出たんだ」

 その時に表示された情報は、こうだ。

『アグリコラ(ドワーフ)一三五、農夫、鍛冶職人?/魔力八五、体力八〇、筋力九八、敏捷二〇、知力二七/火三、水三、金四、土三/ギフト→生産魔法四/鍛冶の神プリームスが祝福を与える』

 鍛冶職人向きの能力なのに、真っ先に表示されたのが「農夫」である。もしかしたら、好みや趣味で変わるのかもしれない。シウ自身を鑑定した際にも、職業欄にあたる場所は空白だ。いまだ冒険者でも何者でもないと思っているせいかもしれなかった。

 能力全てを教えるのはプライバシーの侵害だろうから、シウは掻い摘んで、氏名と職業について説明した。

 グラディウスには「農夫って」と、脱力されてしまった。

 確かに探した相手が農夫だったら困るかもしれない。

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