022 冒険者パーティー
人には隠したい出来事の、ひとつやふたつはある。隠し事を暴き、晒すのは正しいことだろうか。世直し正義人だったら構わないのかな。シウは前世で観た、時代劇シリーズを思い出して、ひとつ頷いた。
「人間です」
「…………」
面白くなかったようだ。
若者向けのお笑い番組は「いじめ」のようで、あまり見ていなかった。そのことが悔やまれる。いや、それ以前にシウはジョークが苦手だった。今生でも、爺様の呟く「冒険者ジョーク」しか聞いたことがない。そして、それを笑ったことはあまりなかった。
少しの間、沈黙が続いたが、やはり口を開いたのは陽気に話す男だった。
「あー。ようするにあれだ。もしかして偽装してるのかと思ってさ」
「責めてるわけじゃないのよ。わたしも今、エルフの姿を人族に偽装させているから」
ほら、とティアが耳を見せる。そう言えば、「わたしエルフよ」とくるくる回った時に見えたが、彼女の耳は少し尖っていた。エルフの耳は横に広がる長いタイプかと思っていたら、耳輪、耳の上部が上に向かって少し尖っているだけだった。以前、ハイエルフの幼児に会ったこともあるし、「ふうん」としか思えなかったのだ。
シウがどう返せばいいのか困惑していると、グラディウスが口を開いた。
「いや、もし、人以外の種族ならと、思ったんだ」
「……どうしてそんなことを?」
気になったので質問したら、一番常識人に見える穏やかな男が答えてくれた。
「あるドワーフを探していてね。もしかしたら、君が関係者かなと思ったんだ」
それって、もしかして。シウはしょんぼりした気持ちになって彼を見つめた。
「……僕、そんなに背が低いでしょうか?」
ちょっと気にしていたので聞いてみたのだが、残念そうな顔をされるだけだった。
数秒の沈黙の後、陽気な男が突然背伸びをして溜息を吐いた。
「あー、結局じゃあ、やっぱり人族?」
「人族で、すみません」
「……お前ほんと面白いな」
意外と、彼にはジョークが通用しているのだろうか。シウも少し気分が持ち直した。
「まあ、ティアを邪な気持ち以外で助けようとしてくれたのは、確かにありがたいんだよ。悪かったな。こいつを助けてくれてありがとう」
「おねえさんにも言ったけど、お礼を言われるようなことはしてないよ」
「だとしたらよ、お前やっぱり年齢詐称? 超若く見えるだけ? それとも――」
「あっ、君もしかして鑑定魔法持ち?」
常識人が正解を当ててしまって、不意打ちに弱いシウは一瞬反応が遅れた。
違います、と言いかけたのだが、常識人はにっこりと微笑んだ。
「ごめんごめん、そういうわけか。若いのに落ち着いているのも、ギフト持ちだからなんだね」
そういうことにしていた方が無難だと思い、シウは諦めて頷いた。
「あの、内緒にしてるので……」
「分かってるって! ギフト持ちは、若い頃は苦労するもんな。気持ちは分かるよ」
陽気な男がにやりと笑った。そして、言う。
「じゃあ、俺たちのステータスも、分かってるんだろう?」
仕方なく、「少ししか分からないけど」と小さな嘘をついた。それならレベルもまだ中くらいだと言えるからだ。さすがに鑑定魔法がレベル五もあるとは、言えなかった。
彼等とは翌日また会うことになった。シウが、午後の仕事が残っていると言うと、約束させられた。さすがプロは違うなと感心する。
鑑定して視えたのだが、陽気な男はシウが初めて見る「精神魔法」を持っていたのだ。
翌日、昼ご飯は奢ってくれるというので、午後の仕事は受けずに鷹の目亭まで赴いた。
宿の食堂で食べるのかと思っていたのに、ティアが宿の受付前で「美味しいお店にいきましょう」と大きな声で言い出して、シウはハラハラしてしまった。
場所は西中地区で、オープンカフェがある木造の店だった。田舎風の味のある雰囲気で、どこか懐かしさを感じる。
エルフだから、やはり木々や緑に囲まれている方が安心するのかもしれないと思ったが、ティアは「ここのランチのステーキ美味しいのよ」と食い気が第一のようだった。
風も涼しくなってきたのでテラス席に陣取り、それぞれランチを頼んでから話が始まった。まずは、陽気な男から口を開いた。
「改めて自己紹介だな。俺がこのパーティーのリーダーで、キアヒ=ディガリオだ。精神魔法持ちで、レベルは三だ。あとは基礎魔法の幾つかが使える」
そこまでシウにバラしていいのかと心配になったが、鑑定魔法で知られていると思ってのことだろう。通常、自分の状態(ステータス)をぺらぺら他人に話したりはしない。それが商売道具であり、身を守る盾となるからだ。シウが自身の魔法レベルについて嘘をついたのも、当たり前のことだった。
ところで、リーダーのキアヒは、シウが勝手にあだ名を付けていた「陽気な男」だ。彼は白色人種に近い肌の色に、濃い色の金髪で青い瞳という、世の女性が色めき立つような無駄に色気のある青年だった。年齢は二十一。得意な仕事は口にしなかったが、斥候のアサシン系だと鑑定に出た。
キアヒが名乗り終わると、次を指名した。彼と同じ顔をしているが、雰囲気が全く違う、常識人っぽい男だ。
「俺はキルヒ=ディガリオ。キアヒの双子の弟だよ。固有魔法は複写魔法で、レベル三なんだ。基礎魔法はキアヒと同じ」
彼はキアヒと顔はそっくりなのだが、色気がまったくなく、真面目な学者風に見える。同じ細身の筋肉質で、筋力や敏捷さも似たような数値なのだが、似ていない。どちらかが故意に変えているのかもしれない。キルヒの職業は、斥候でシーフ系らしい。シーフとは「泥棒」という意味があるが、冒険者だと、罠の設置解除や手先の器用さを表すそうだ。
次は、待ってましたとばかりに大男が手を挙げる。
「俺はグラディウス=ガエル。剣士で、魔法は基礎魔法が三つしか使えん」
その代わり、彼は体力や筋力がバカみたいにある。
というよりも。このパーティーメンバーは全員が、かなりの上級者だった。ランク――級数――までは鑑定魔法でも出てこないので分からないが、状態(ステータス)の各数値が高いのだ。ちなみに鑑定で表示されないランクだが、これはギルドの決めたルールであり、本来の実力とは関係ないからだろう。だからこそ、一般的には魔力量がその人の実力を測る物差しになっている。
「わたしはラエティティア=アルブスよ。エルフで、弓使いなの。遠見魔法が使えるわ。ギフトじゃないからまだレベル二だけど。基礎魔法は闇以外使えるのよ」
すごいでしょう、といった顔をするので、シウは別の意味で頷いた。
彼女は魔力量が一〇八もある。一般人の平均が二〇に対して、一〇八。ものすごい数値だ。ただし、他の魔法以外の能力は一般人以下である。先日、ナンパ男たちから逃げ出した時も走るのを嫌がっていたが、確かに疲れるだろうと思った。
このメンバーは、最低限の人数としては良い組み合わせのようだ。育て親の元冒険者でもある爺様から、聞いたことを思い出してみた。前衛と、戦闘系と、遊撃に後方支援。ラエティティアには、基礎魔法の光属性がレベル四もあるので、治癒も使えるはずだ。と考えれば、やはりレベルの高いパーティーだと思う。
シウがいろいろ考えていたら、いつの間にか皆の視線を一身に浴びていた。
「ええと?」
首を傾げると、キアヒが無駄に色気のある笑顔を振りまいて、頬杖をついた。
「シウのことは聞かせてもらえないのかい?」
きらきらした瞳で囁かれても、話法でならともかく、魔法はシウには効かない。案の定、キアヒは苦笑して、
「なんだ。やーっぱり効いてないな。おかしいと思ったんだ」
だるそうに背伸びをして、諦めたように溜息を吐いていた。
そこへようやくランチが到着した。
精神魔法は状態異常を起こすようなもので、使いようによっては素晴らしい魔法なのだと思う。キアヒはナンパに使うそうだ。それをシウに教えてくれたのはキルヒだった。
「なんだよ、キルヒ。バラすなよな」
「どうせバレてるよ。ね、シウ」
グラディウスは我関せずで、先ほどからガツガツとステーキを丸のみする勢いで食べている。ちゃんと味わっているのだろうかと、シウは心配になる。
グラディウスの見た目は、黒髪のきりりとした剣士そのものだ。それが、表情を変えることなく無心に食べている姿を見ると、妙に悲しくなる。前世の、戦後の物資不足を思い出してしまうのだ。皆がひもじい思いをした。どうか、ゆっくり食べてほしい。
しかしながら、きっと彼にも何か、早食いに至る理由があったのだろう。
「……憐れんだ目で見てるけど。彼、ただの貧乏貴族の大家族出身で、軍隊育ちだから意地汚いだけよ。まあ、ある意味憐れだけど」
なんと。それならそれで、可哀想な過去はなかったのだから良かった。シウは膝の上のフェレスにもパンを分け与えながら、ゆっくりとランチを摂った。グラディウスにも見えるように。
食事も落ち着いてきた頃、シウは改めて皆に挨拶した。
「シウ=アクィラ、もうすぐ十二歳で、山奥生まれの山奥育ちです。育ててくれた樵の爺様が死んで、一人になったから、職探しで王都に出てきたところ」
キアヒもキルヒも早食いで、もう食後のお茶を飲んでいる。にこにこと頷いていた。
ちなみに、グラディウスは四枚目のステーキを食べていた。パンはすでに数えきれないほど食べている。この店はランチのパンの食べ放題を後悔することになるだろう。
「田舎育ちかあ。じゃあ、ちょいと変なのもしようがないか」
「失礼ねえ、キアヒは」
「ティアほどじゃねえよ。で、山奥ってどこよ」
「アガタ町、……村かな? それじゃ分からないか。イオタ山脈だよ」
今ではシウも、もうアガタ町が「町」ではないと分かっている。あれは自称町で、実質「村」だった。
「イオタ山脈ー? すっごいところだな。よくあんなところから旅してきたなあ。それだけでも、一端の冒険者じゃないか」
「職探しする必要ないよね」
キアヒとキルヒが話す中、グラディウスは付け合せのジャガイモフライを口一杯に含んで頷く。ラエティティアはそれを嫌そうに眺めていた。
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