021 ティアとその仲間達
王立ロワル高等学院は「高等」という名は付いているが、入学は十二歳からでも可能だ。ただし、厳しい試験に受からなければならない。庶民が入る場合も、同じく内容は難しいそうだ。身分の高い者にはお目こぼしがあるようだが、それでも庶民の通う学校よりは試験内容が難しいらしい。そうでなくては、国内一の難関校と言えないだろう。
シウの目の前にいる少年少女たちは、この学院所属のようである。制服を着ていることや、魔法のスキルがいまいちだったことから、魔法学校生ではない。もちろん、騎士養成学校の生徒とは思えない体格である。そして、彼等は全員、十五歳だった。
シウが彼等を鑑定し観察していると、「無礼な!」と、誰かが言った。
そちらに目を向けないまま詳しく鑑定してみたら、職業が「侍従見習い」と出ていた。知力が低いのに制服を着ていたので、身分は高いのかもしれない。
そう、学院にはなんと侍女や侍従を連れて通うことができるのだ。すごい世界である。
こうした知識はエミナから仕入れた。
正確には、エミナお気に入りの『スミナ王女物語』を書いた作者の別作品『アンリエッタ王女の学院生活』からである。誘拐されて、記憶喪失となった王女が紆余曲折の上、学院へ入るという話だ。内容は、商人の後ろ盾を得て秀才ぶりを発揮し、学院へ留学するという娯楽作品である。シウは、耳が痛くなるほどエミナから聞かされた。
思い出したらうんざりしてきて、ふうと息を吐いて食事を終えた。立ち上がり、フェレスを肩に乗せてテーブルから離れようとしたら、まだ少年少女たちがいた。彼等は、相手をしないシウの態度に驚き、呆然と立ったままでいたのだ。
念のため、シュタイバーンの法律について脳内の記録庫にある本を調べてみたが、問題なさそうだった。ようするに「無礼」で罪になることはない。
シウは先ほど、「侍従見習い」に「無礼」だと言われたので、ちょっと気になったのだ。まさか、侮辱罪が適用されはしないだろうな、と。
そうしたわけで立ち去ろうとしたのだが、彼等は許してくれなかった。
「ぶ、無礼者! 僕を無視するとは!」
「そうですわ、庶民のくせに」
屋台の店主はいつの間にか姿を消していた。ホッとするやら、逃げ足に感心するやらだ。シウは立ち去りかけた足を止め、振り返って少年少女を眺めた。何か言いたいことがあるのだと思って待っていたが、誰も口を開かない。困っていたら、
「なんとか言ったらどうなんだ!」
と、叫ばれた。呼び止められたのはこちらなのに、なんという言い草だろうか。驚くのはシウの方だ。もしかして、喧嘩を売ってみようと練習している? 庶民がどこまでつつけば怒るかとか? そこまで考えて、ないな、と首を振った。
自分の思いつきには呆れてしまう。シウは会釈して、彼等に笑いかけた。
「仕事があるので、『憐れ』な庶民を許してください」
「な、なんだと」
「働かないで食べられる身分ではないんです。庶民は働かないと、生きていけません」
ではこれで、と頭を下げて少年少女たちから離れた。
シウがかなり離れても、彼等はまだそこに立っていたようだ。
石畳を歩いていると、ティアが現れた。彼女は当たり前のように話しかけてきた。
「嫌味、通じてないわよ、きっと」
賭けてもいいわよ。そう続けるので、シウは苦笑した。
「ずっと、見ていたの?」
問いかけてはみたが、実際近くにいたことは知っている。ただ、会話が聞こえていたのは驚きだ。何かの魔法だろうかと考える。すると、彼女は笑顔になった。
「精霊の声が聞こえるの。あの屋台の近くにナラの木があったでしょう? 木精はわたしに味方してくれるわ」
ティアの言葉に、シウは羨ましく思った。
「いいね。僕はまだ幽霊も見たことないんだ」
「……幽霊と一緒にしないでよ」
「あ、そうか。ごめんね」
となると、これは口にはできないなと、改めてティアの容姿を見て思う。シウは、彼女が幽霊みたいだとひそかに思っていたのだ。
なんといっても、真っ白い肌に銀がかった白い髪、瞳は薄い青色という容姿をしている。ティアと夜中に出会ったら、大声で叫びそうな気がする。……それはそれでちょっと楽しいかもしれない。シウは内心で笑った。
そんな心の内が知られたわけではないだろうが、ティアは不機嫌そうにシウを見た。
「あ、えっと、ごめんね?」
「何度も謝らなくていいわ。……ていうか、あなた変わってるわね」
「田舎から出てきたばかりで常識知らずなんだ」
「そういう意味じゃないんだけど。それより、この間のお礼がしたくて探してたの」
「いらないよ?」
シウよりもずっと背の高いティアを見上げて、頭を横に振った。そのせいでフェレスが、揺れる髪の毛に遊ばれてると思うのか、じゃれ始めてしまった。
「ふふふ。可愛いわね。騎獣の子?」
可愛いと言われて嬉しくなり、シウは笑顔で「うん」と頷いた。
「ねえ。仲間にも怒られたの。人間に偉そうな態度をとったんじゃないのかーとか、お礼も言えないのかーって」
「人間に?」
「わたし、エルフなのよ」
どう、と自慢げにくるりと体を回転するので、シウは困惑しながらも頷いた。
「そうなんだね?」
ティアは何故か不機嫌そうに、黙ってしまった。
鷹の目亭というのがティアたちの泊まっている宿の名前だ。
変わった店名だと思っていたら、主人がかつて冒険者で、「鷹の目を持つ男」と呼ばれていたことから取ったらしい。看板に小さく書いてある。
読んでいると、ティアが「早く」とシウを急かしてきた。受付を通り過ぎ、食堂に入ると何人かが固まって会話をしている。すぐティアに気付いて、声をかけてきた。
「その子がそうか?」
「そうよ」
立ち上がったのは一人で、残りの二人はにこやかに笑ってシウを見ている。
「グラディウスだ。ティアが世話になったようだ」
手を差し出してきたので、シウも差し出し握手した。彼は握手が終わっても離してくれず、ジーッとシウを眺めている。それから握ったシウの手に視線をやった。
首を傾げていると、座ったままの一人が陽気な声を出した。
「おい、やめろやめろ。お前どっかの変態みたいだぞ」
「へっ、変態だと!」
言われて初めて、自分がシウの手を握ったままだと気付いたらしい。慌てて跳ね飛ばされてしまった。大きく肩まで揺れたので、フェレスがびっくりして「んにっ」と変な声を出した。
「お前、変態の上に鬼畜かよ。子供の手を振り払うってどんだけ~」
「お、お、お前が妙なことを言うから!」
「だって、いたいけな少年の手を握ったまま見つめてんだもん。変態だろうよ」
その間、ティアが呆れたように肩を竦め、近くの椅子を引き寄せて座った。シウにも身振りで勧めてくる。シウが座ると、最後まで成り行きをみていた最後の一人が「ごめんね」と言って口を開いた。
「ティアを見て、目の色が変わらない男って珍しいから、気になってさ。会ってみたかったんだ。わざわざ呼んで悪かったね」
お礼とは口実だったんだなあと、今更ながらに気付いた。シウが黙って頷くと、言い合っていた男たちがこちらを向く。
「ちなみに、ティアに関心を抱かない男は『男が好き』派か、あるいはティアの本来の年齢を知っているかだ」
そうだろうか。そこまで断定しなくてもとシウは思ったが、口にはしなかった。彼が陽気な声で話を続けたからだ。
「エルフ好きは多いんだぜ。でも中には『ババア』なんて言うやつもいる。自分より年上の女が許せないタイプの男だな」
それは失礼な話だ。シウが心の中で返事をしていると、彼は更に続けた。
「ただ、大抵の男は、見た目が良けりゃあそれでいい。ティアも見た目だけは良い」
「失礼ね!」
「本当のことだろ? 邪魔すんなよ」
ティアが言葉ほどに怒っていないので、シウは黙っていた。陽気な男はまた続ける。
「ティアの精霊が言ってたそうだぜ。お前のこと、子供じゃないって」
「ええと、失礼な! って返せばいいのかな?」
「……お前、面白いな」
グラディウスは黙って見ているだけで、もう一人もにこにこしながらシウを見ていた。
「そもそも、お前、子供らしくねえもんな。この俺たちを見ても動じやしない。見た目だけは超絶美少女の、エルフと名乗ったティアを見ても、目を輝かしたりもしねえ。貴族の子弟を相手にしても平気だ」
「あ、それはさっきもそうだったわね。軽くあしらっていたわ」
ティアの追い討ちに、陽気な声の男はにやりと笑った。
「……お前、何者だ?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます