189 友達同士を紹介




 ちょっと緊張している風なグラディウスと、普段通りだけど目が警戒しているキアヒとキルヒ、それから物珍しそうに見回しているラエティティアを空いてる席まで案内した。

 リグドールとレオンが気付いて、こちらに来たのでお互いに紹介し合う。

 落ち着くと、キアヒが懐かしそうな面白いものを見るような目でシウたち三人を眺めた。

「そうか、学校かあ。良かったな、仲良しの友達ができて」

「うん。あれからいっぱい増えたよ」

「いろいろ聞いてみたいが、せっかくの貴族席から見る試合だしな。お前さんたちも見たいだろ? 観覧しようぜ」

「あ、はい!」

 本物の冒険者を前に、レオンは少し緊張しているようだった。しかも目の前には先ほどまで戦っていた剣士もいる。魔法使いだけれど剣を持つレオンにとって、グラディウスは興味深い相手のようだ。キリク相手とでは緊張の度合いが違っていて面白い。

 時折、試合の様子を聞いたり教えてもらっていた。

 リグドールは年頃の少年らしく、美しいラエティティアが気になっているようだった。

 アリスはどうしたんだと思ったが、少年というのはこんなものだろうし、シウは見なかったことにした。


 試合が全部終わる前に、キリクが席を立った。

「あーあ。これから嫌な会食があるんだ。お前らは外食だろう? 良いなあ」

 と言いつつ、キアヒたちを見た。

 その存在に気付いていて、気にしていないところが彼らしい。

 キアヒたちは立ち上がり、略式ではあるがきちんと胸に手を当てて頭を下げた。

「よせよせ。冒険者だろう? そういったことは、契約を交わす貴族相手にしておけ。それより、名前を教えておいてくれ。シウの友達だろ? 覚えておく」

「キアヒ=ディガリオです。二十二歳、冒険者ランク五級で、リーダーです」

「そりゃあ、すごいな」

「キルヒ=ディガリオです。同じく」

「グラディウス=ガエル、二十一歳です。剣士です」

「ラエティティア=アルブスよ。弓使いなの」

「エルフか。こんなところに来るなんて珍しいな」

 口にした瞬間、ラエティティアの顔が引きつった。それを見て、キリクも失態に気付いたようだ。

「あ、そうか。すまん。隠していたんだな? 悪い悪い。いや、俺は――」

 そうして一度イェルドを振り返り、無言の会釈を受けてから、シウに向き直った。

「言い忘れていたが、まあついでだから話すが」

 そうして、眼帯を外した。

 その目は怪我を負っているのでも、眼球がないわけでもなかった。ただ、紅玉石のような赤い色をしていた。

「魔眼持ちなんだ。見えすぎてしまうのでな、普段はこうして眼帯をしているが、偽装ぐらいだと見抜いてしまうんだ。悪気はなかった」

「いえ、個室でしたから」

「口外しないよう、うちの者には言い渡しておく。リグとレオンも、俺の尻拭いを手伝え。分かったな?」

「あ、はいっ!」

「分かりました」

 と二人とも賢く返事をして了承していた。

 イェルドが、先を急ぎますのでと皆に頭を下げて部屋を出て行った。付いていきながら、キリクは素早く眼帯を付けて、シウに振り返った。

「お前にも話しておこうと思っていたんだが、つい忘れてた。また今度な」

「そんな、気を遣わなくても」

 苦笑しつつ手を振った。気をつけて行ってらっしゃいと言ったら、少しだけ嬉しそうな顔をしてから、すぐに嫌そうな顔をする。忙しい人だ。

 よほど行きたくない会食らしい。

 貴族は不便なものだ。

 貴族の便利さを享受しているものの、やっぱりそれでも貴族は嫌だなと思った。


 結局、どこかで一緒にご飯を食べながら、それぞれの話をしようということになった。リグドールたちもこのへんの地理には明るくないから、遠慮していたもののキアヒに強引に誘われて付いてくることになった。

 デジレはもっと気を遣って、今日はレベッカたちと一緒に出掛けるからと、先に会場を出て行ってしまった。

 シウたちは、キアヒについていき、少し裏通りにある小さな間口の店へ入った。

 奥へ行くにつれ広くなり、中は人でいっぱいだ。

「おーい、個室使うぞ!」

「おう。キアヒか。二階の青の部屋なら空いてるぞ。小僧を行かせるから適当に注文しな!」

 威勢よく店の主が叫んでいる。叫びでもしないと通じないぐらい、店の中は騒がしかった。

「個室だともうちょっとマシになるから、それまで我慢してくれよ。闘技大会期間中はどこもこんな感じだ。特に酒が入る夜はな、あっちこっちで賭けの話や試合内容を語り合うんで煩いんだ」

「そうだろうね」

 部屋に入って扉を閉めると、確かに音がかなり遮断された。

 それでも遠くにガヤガヤとした声は聞こえる。

「さて。ここの料理は美味しいぞ。少なくともデルフ国の濃い味ではない」

「やった!」

「助かった……」

 リグドールとレオンの言葉に、キアヒたちは苦笑した。

「やっぱり洗礼を受けたか」

「じゃあ、宿だけの問題じゃなくて、この国の料理全般があれなんだ?」

「そうなのよ。だから、他国の人間からすれば死活問題なの。幸い、王都なら各国の料理を出す店も多いから、選べるのだけど」

 ラエティティアは肩を竦めて、溜息を吐いた。

「最初は美味しく感じるのよねえ。ただただ、濃くて、飽きてくるってだけで」

 その後は、食事談義に花が咲いた。


 美味しいと言うだけあって、この店の料理は少年たちの胃袋をがっちり掴んだ。

 同じデルフ料理なのに、ちゃんと味がするのにくどくない。煮詰め方を変えたり、ソースにも昔懐かしいものばかりでなく、新しく創作したものを使ったりしているそうだ。

 皆が勢いよく食べつつ、お互いの近況報告が始まった。

「じゃあ、魔獣のスタンピードはもう完全に落ち着いたんだな。いや、噂が流れてきた時は驚いたし、そんな話は嘘だと言うやつもいてな」

「時間がなかったから、ロワルまで確かめに行けなかったのよね」

「そっかあ。じゃあ通信で教えてあげれば良かったかなあ」

「そう、それなんだよ。子供大好きのグラディウスが、行こうって言わないからどうしてだろうと思ったらさ、本当に事が起こって大変ならシウが絶対に通信してくる、ないってことは安全だって言い張って」

「ああ、なるほど」

 と、酔い潰れかけているグラディウスに視線をやった。彼らしいエピソードに笑いが漏れる。

「でもまさか、本当に起こったことだなんてね。王都の近くでなんて、まるで『サタフェスの悲劇』みたい。同じにならなくて良かったわ」

「うん。魔獣スタンピードに慣れているキリク様がたまたま王都にいて、陣頭指揮を執ってくれたからね」

「ていうか、シウが発生地点発見して、応援が来るまで留めてたからだろー。俺たちのこともすぐに避難させてくれたし。慌てず動けたのも、シウが落ち着かせてくれたからだしな」

「冒険者様様だな。あ、ランク上がったんじゃないのか?」

「ギルドからはそういう話もあったんだけど、でもまだ十二歳だから、断ったんだ。指名依頼があれば、内容によってはランクを下げて回してくるけど」

「そりゃまた……」

 呆れたようにキアヒが笑った。

「それより、そっちは? エルノワ山脈に行ったんだよね」

「おう、それよ。結構頑張ったんだぞ。そっちには負けるが」

「魔獣のスタンピードなんて、怖くて当たりたくないよ。負けるが勝ちって言うけど、負けた方が良いって」

「そりゃそうだ。俺たちもロワルにいたら強制参加だったろうしな」

「一応、冒険者はほぼ王都の守りだったよ。現地には軍と騎士隊がほとんどだったし」

「その防衛線を突破されたらお終いだっただろ? 強制参加の場合は逃げ出すわけにもいかないからな」

「冒険者の立場って意外と弱いよね」

「意外も何も、流民扱いだからしようがない。街に出入りができるだけ有り難いってなもんだ」

「そっかあ。やっぱり引退後のこと考えて貯金は大事にしとこうっと」

「また、それか!」

「俺だったら使っちゃうなー。欲しいものいっぱいあるし」

「お、少年、それでこそだ。で、何が欲しい?」

 キアヒとリグドールは話があったのか、欲しいものリストを紙に書き出し始めた。

 レオンはラエティティアと話している。熱心に何を話しているのかと思ったら、武器の選定についてだった。

「エルノワ山脈では何を討伐したりしたの?」

 キルヒに聞くと、結構な数の魔獣を討伐していた。

「そんなにいるんだ?」

「スタンピードとまでは行かないけど、活性化していたなあ。シウの話を聞いて思ったが、竜の大繁殖期が関係しているのかもしれない。俺たちも最終的にマラクを倒したんだけどさ」

「すごい!」

 マラクは地竜の一種だ。飼い馴らすのが少し難しく、四足の恐竜タイプそのものだ。

「うん。頑張ったんだよ。大変だったしね」

 と苦笑して、続けてくれた。

「雄同士の争いの跡があったんだ。死骸もあったから、それを餌に魔獣が増えていたんだろうって、ギルドの結論。倒すのに他のチームとも協力し合って、それでも三日かかった。まあ、おかげで今は懐が暖かいんだけどね」

「竜って、儲かるんだね」

「そりゃあ。だから、冒険者になった者のほとんどが夢見るんだって。一度は竜を倒すってね」

 その死骸をバカみたいに持っているシウは、黙って頷いた。

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