188 闘技大会の初戦と再会
開会式が終わると、お昼だ。
昼時だから一般観客席の人も同じように外へ出るので、店を探すのにも苦労することになる。どうしようかと考えていたら、キリクが呼んでくれた。
「くどい料理で我慢できるなら、ここの裏に食事席もあるんだ。貴族はそちらでゆっくり済ますことが多い。一緒に来るか?」
というのでリグドールたちと顔を見合わせてから、頷いた。
それより、キリクもやっぱりデルフ国の料理をくどいと思っていたのだ。それを我慢しているのだから偉いものである。
食事の後は、いよいよ本番の闘技大会初戦だ。
広い闘技場を四つに区切り、それぞれ剣・武器全般・武器無し・団体と分かれて倒し合う。これらを時間ごとに三つのグループに分けて篩に掛けるのだ。
去年と一昨年の三位まではシード権があるようで、上位七名まで絞られてから勝ち抜き戦に参加となる。
面白いのが、剣だけ別に分けられているのに武器全般にも剣士が出ていることだ。同じ剣士相手には勝てないが、他の武器ならば勝てるということか。
「魔法は使えるのかな」
「それが攻撃や防御になるなら、使って良いそうだ。ただし、武器の組では武器に関わる魔法じゃないとダメらしい」
「へえ。レオン詳しいね」
「さっき、メイドに聞いた。試合のことや周辺のことも勉強しているから、分からないことは聞いてくれ、だって」
「それ、ちゃんと心付を渡したか?」
リグドールが心配そうに聞く。
「言われるまでもなく渡しているよ。俺を誰だと思ってるんだ」
「レオン様?」
シウが茶々を入れたら睨まれてしまった。
「……養護施設育ちで、小さい頃から小遣い稼ぎに働いているんだぞ。心付をもらえないと、二度とそこでは仕事しないって決めたことが何度もある」
「おお」
「大商人や貴族でもな、ケチな奴は多い。気前よくくれるのも裏があるけどな。だから相場というのに俺たちは敏感なんだよ」
「ふうん。じゃあ、キリク様はタダで気前よくお小遣いくれたから、裏があるのかな」
と、また茶々を入れた。が、今度は、呆れた顔をされた。
それから二人して指を差す。
振り返るとキリクが苦笑していた。後ろにいることは知っていたが、こちらに聞き耳を立てているとは思わなかった。
「たった銀貨六十枚ぽっちで、気前よくも裏もねえよ。そもそも、お前みたいな大金持ちに、袖の下にもならねえっての」
「キリク様に言われてもー。そもそもあれは老後の資金だから、今使えないものは意味ないんです」
「ヴァスタと同じこと言うなっての。そっくり親子め。いや、爺と孫か? まあいいや。とにかく、子供が気にするな。あと、この部屋のメイドにはまとめて心付しておくから、もう出さなくて良いぞ。子供が気を遣うなっての。お前ら賢すぎて嫌になるぜ」
最後は愚痴のようになってしまっていた。
イェルドがこちらに来てこっそりと教えてくれたのだが、
「キリク様の小さい頃はそりゃあ悪がきでして。心付なんて考えたこともなかったんです。あなた方の落ち着いた礼儀正しい態度に、過去を思い出して恥ずかしいのですよ。お気になさりませんよう」
ということらしい。
キリクは複雑な人だ。
何度か休憩したり、鑑定を掛け続けて酔ってみたりと過ごしていたら、剣のグループに見知った顔を見付けた。
「あれ? グラディウス?」
鑑定してもやはりグラディウスだった。そうなると他のメンバーの行方が気になる。
慌てて観覧席に一斉鑑定を掛けた。すぐに見付かった。
「わあ、あんなところに!」
「どうしたんだ?」
「知り合いを見付けたんだ。ちょっと挨拶してくるけど、いい?」
「おう、いいよ。俺たちはここで見てるし、な、レオン」
「ああ。気を付けてな」
「うん」
見張りがてら立って闘技場を見ていた竜騎士たちにも、少し席を外すと言ってから部屋を出て行った。
そして一般観客席まで降りていく。
貴族席と違って混雑しており、廊下まで人が右往左往している。その中を縫うように歩き、やがて一番下の席がある内廊下まで辿り着いた。
そこは怒号飛び交う騒ぎだった。賭けでもしているか、あるいは仲間の応援か、野太い声で応援合戦だ。
「キアヒ! おーい、キルヒ、ティアー」
と大声を上げて呼ぶと、ラエティティアが真っ先に気付いて振り返った。
「え、シウ? シウなの!?」
人族に偽装したエルフのラエティティアが笑顔で手を振ってくれた。それからすぐ横のキアヒたちの袖を引く。
二人ともすぐこちらへ気が付いた。
「おおー! どうしたんだよ、こんなところで会うなんて思ってなかったぜ」
「シウ、久しぶりだね」
「うん」
再会を語り合っているうちに、グループの試合が終わってしまった。
「あ、最後の見てないぞ。あいつ拗ねるんじゃないか」
「大丈夫よ。あそこからじゃ見えないもの」
「本戦でしっかり見るから大丈夫だって言えば、良いんだよ」
キルヒの台詞で、皆が納得していた。
グラディウスの扱いが相変わらずで、シウはちょっと笑ってしまった。
「とにかく、ここだと周りが煩いし、グラディウスの奴も連れてきて、どこかへ行こうぜ」
と連れだってその場を後にした。
円形闘技場の外に出ると興奮冷めやらぬ人々があちこちで勝敗の様子を語り合っていた。
キアヒとラエティティアと共に彼等の宿まで向かう。本当は近くにお店があれば良いのだが、どこもかしこも人で埋まっていた。初日はこんなものらしい。
宿に着いて、部屋で待っているとすぐにキルヒがグラディウスを連れてやってきた。
「シウ! 本当にシウなんだな!」
と汗と埃と泥に塗れた格好のままで抱き着かれた。思わず浄化を使ってしまった。
「おお、綺麗になったぞ。シウがやってくれたのか。ありがとう」
「どういたしまして。お疲れ様、グラディウス。勝ったね」
あら、見てたんだ? といった顔でラエティティアがシウに視線を向けた。まあね、と目線だけで答える。
もちろん、「見」ていたわけじゃない。感覚転移で、「視」ていたのだ。
俯瞰にするとよく分かるし、面白いのでずっとそうして試合を見ていた。
「シウはどうしてここに? 馬車でもかなりかかるだろう?」
「えーと、話せば長くなるんだけど。……要約すると、友達になったオスカリウス辺境伯が避暑に来るついでにって乗せてきてくれたんだ。飛竜に」
「わーお」
「そりゃあすごいな!」
「いいわねえ、隻眼の英雄と仲良くなったんだぁ」
「……要約しすぎのような気がするんだが、俺だけだろうか」
グラディウスの台詞に皆が笑った。
「でもだってなあ。シウだぞ? まあ、いろいろあったんだろうな?」
「うん。なんかもうね、ほんと、いろいろあったよ。あ、そうだ、アグリコラも来てるんだ。武器の市場を見て回るって、工房の人たちと馬車で。一度こっちで遊ぼうって約束してるんだよ」
「そうか! アグリコラも来てるのか」
「あら、じゃあ、剣も見てもらえるんじゃない?」
わいわい騒いでいたら、キルヒがフェレスに視線を向けた。
「フェレスもおっきくなったなあ! 何この可愛いスカーフ」
「シウもおめかししてるよな! ていうか、ちょっと背が伸びたか? うん?」
キアヒが抱き締めてきた。
「おお、やっぱり背が伸びたぞ。良かったなあ」
「どうせ見てすぐに分かんないぐらい、小さいよ。いいんだ。そのうち伸びるから」
「ははは。まあ、いいじゃないか。魔法使いは小さくてもさ」
シウがキアヒに構われている間に、フェレスはキルヒに揉みくちゃとなっていた。
「格好良くなったなあ! やっぱり騎獣は良いな。どうだ、ちゃんと飛べるようになったか?」
「にゃ!」
とべるよ! と自慢げに応える。髭がピンと立って、鼻がぴくぴくしていた。
「自慢してるよ、フェレス。成獣になって、いろいろ頑張ったもんねー」
「にゃ。にゃにゃ!」
「お、これは俺でも分かるぞ。俺は頑張ったんだぞー、だろ?」
「近いね。でも、フェレスは自分のこと俺って言わないなあ。どうも名前で呼んでるみたい。調教師の先生も、フェレスは子供っぽいところがあるって言ってたし」
「へえ。面白いな」
「ね、それで、隻眼の英雄と知り合った話とか、いろいろあった話を聞かせてよ」
「あ、うん。でも、抜け出してきたからなー」
少し考えて、皆に聞いてみる。
「ええと、席はまだ空いてるみたいだったし、たぶん大丈夫だと思うから一緒に行く?」
この後は時間が空いているというので、シウたちはまた闘技場まで戻った。
貴族席へ入る際もカードを持参していたし、門兵も顔を覚えていたらしくすんなり通してくれた。
オスカリウス家と書かれた部屋の前で、顔馴染みの竜騎士に聞いてみると、大丈夫だよーと軽い調子で中に入れてくれた。警護としてそれはどうかと思ったが、今回のような場合は助かるので何も言わずにキアヒたちと共に部屋へ入った。
皆が楽しそうに観戦していたのでイェルドに声を掛けたら、構いませんよとこちらも気楽なものだった。
本当に大丈夫なのだろうかと、少し不安になったシウだった。
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