187 食事事情と開会式
夜も遅かったため、すぐ晩ご飯となった。全員が大広間に集まるので壮観だ。
食事は特に申告がなければ、朝と晩は宿で出てくるそうだ。
できれば、食材の無駄をなくすためにもだろうが、要らない時は事前に教えてほしいと部屋付きのメイドに言われた。
その為、シウは部屋を入ってすぐの飾り棚に紙を置き、シウたちの名前と日付欄を作って○×を付けるようにした。メイドは、日に何度も掃除や片付けなどで部屋へ来るそうだから、彼女に食事の管理をしてもらうことにしたのだ。
「まあ、これなら分かり易いですし、間違いもございませんね」
これまでは誰かが口頭で、見付けた従業員に言付けたりしていたので、時折伝達されておらず慌てたこともあったとか。
「他のお部屋にも使えないか、相談してみます。ありがとうございます」
高位貴族相手だと失礼にもなるので、相談ということなのだろう。
貴族の中には無駄にしてこそ貴族だと考える者もいるので(その分の宿代は払っている、ということらしい)、こうした店の従業員も大変だ。
晩ご飯はデルフ国の郷土料理が出てきた。
肉は分厚く、添えられているマッシュポテトのようなものがまた大量で、食べるのに難儀した。ただ、味はとても良かった。ソースも甘みや酸味のあるベリーソースを使っており、美味しい。
全体的にコクがあって、少々くどい印象のある料理が多かったが、味付けが濃すぎるというわけでもない。煮詰めるものが多く、旨味が凝縮されきっているのだろうか。
魚は燻製されたものを軽く炙って、濃いソースをかけて食べる。生クリーム系で、確かに美味しいのだがやはり全体的にくどかった。
パンは堅めで塩っけがあり、黒い。黒パンと呼ばれる伝統のものらしい。
生で食べると噛み切るには少々力が要るので、手で小さく千切って食べる。焼くとフランスパンのような感じで、外がカリッとして中がサクサクとした食感になる。焼いたものはスープに付けて食べるのがデルフ流ということだった。
美味しいけれど、夜に食べるには重たい食事だった。
お腹をさすりながら部屋へ戻ると、食べ盛りのリグドールとレオンも同じ感想だったようだ。
「明日から、ちょっと考えようぜ」
「だよな……夜にこれは重い」
「にゃ?」
フェレスは肉の塊を食べられて幸せだったらしい。皆の感想が不思議なのだろう。
「フェレス、胸焼けしてない? 肉ばっかりだったけど、野菜ジュース飲む?」
「にゃ、にゃにゃ!」
胸焼けはしていないが、ジュースは飲むらしい。
魔法袋から取り出すフリで、空間庫からジュースを出した。すると、リグドールやレオンも、俺も俺もと近寄ってくる。
「野菜がこれほど恋しいとは」
「俺も。うわ、これ、美味しいな……」
二人とも、部屋に備え付けのグラスに注いだものを、一気に飲んでいた。
「果物も入れているからね。旬の野菜に旬の果物。これが一番だよ」
「うわー、美味しい。さっぱりした」
「だな。これだとさっきの料理でも大丈夫か」
「でも毎日は辛いよね」
「だよなー。やっぱり、外で食べることも考えようぜ。なんてったって、お小遣いがある!」
と言って、腰帯の物入れから小袋を取り出した。
中身はもう確認していた。一人に銀貨六十枚もある。この銀貨はデルフ国のもので、デリタという単位だ。シュタイバーンはロカで、価値が若干違う。
たぶん、ロカ金貨五枚をお小遣いとして考え、それを両替してデリタ銀貨にしたのだろう。子供に渡すお小遣いとしては高いが、大会会場周辺の物価や食事、お土産のことを考えてのことのようだ。
七日間の旅行の間に使い切ってしまうと、後半は宿での食事になるので考えて使わないといけない。
まあ、リグドールはお小遣いを親から貰ってきているようだし、レオンも神官から、他の皆には内緒でと普段の小遣いとは別に貰ったらしいので大丈夫だろう。
とにかく明日から闘技大会が始まる。
皆、わくわくしながら夜遅くまで話をして眠りに就いたのだった。
翌朝も全員で宿での食事となった。
メニューは違うし、量も少ないのだが、やはり味付けはくどかった。それとなくメイドに聞いたところ、これが普通ということだった。むしろ、この宿の味は洗練されていて美味しいと言われているそうで、お下がりと賄いの味も同じだから、ここで働けて嬉しいということだった。
特に思ったのだが、デルフ料理は野菜が少ない気がする。ジャガイモや人参などはあるが、種類が少ないのか、あるいは育たないのか青物をあまり見かけない。
使われるのはハーブ類が多かった。
そうして、ちょっとした苦行になりつつあった料理を済ませると、闘技大会の会場へ馬車で向かうことになった。
「まあ、開会式は見とけ。模範演技や楽しい劇なんかで式を盛り上げてくれるんだ。最後には飛竜も頭上を飛んで、見事な開会式となる」
キリクと同じ馬車に乗って、そう説明を受けた。
リグドールとレオンはやはり緊張していたが、興味はあるので目が輝いている。
「開会式のあとは初日の乱戦が始まる。ここで数を一気に減らすため、各種目ごとには分けるが、あとは全員参加だ。これも結構面白いぞ。自然と組んで戦う者や、弱い者ばかり狙う者、乱戦に乗じて強い者を蹴落とそうとするやつなんかがいてな。逃げ回るのが上手いやつもいる。意外と、引き抜き目的の軍関係者や貴族もいて、その駆け引きも見られる。参加者もそれを見越しているから、見せ方ってものを研究していてな。ま、初日は見るべきだと思うぜ」
「ということは二日目からはあんまり?」
「贔屓の奴がいれば、見るのも良いだろうな。ただ、ずーっと見てると、飽きる」
「あ、そうなんだ」
「戦い方を勉強したいやつには良い刺激となるがな。二日目からは内容と出席者を確認しつつ、外の店を回るのも面白いだろう。席は確保しているから、いつでも入れるし、おっと、このカードだ。失くさないように持っておけよ」
「「「はい」」」
「それと、憲兵が出ているが、自衛のためにも武器は取り出せるようにしておけ。周辺の出店はまだ安全だが、裏通りへ行くほどスリや強盗も多い。気を付けてな。俺も明日から忙しくなるだろうから、宿以外ではほとんど会わないと思う。緊急時は通信してこい」
話しているうちに会場へと到着した。闘技大会の会場は王都のど真ん中にあり、まさしくコロッセウムといった様子の、とても大きな石造りの壁に覆われていた。
中からも外でもすでに歓声が上がっている。
キリクは貴族なので、専用の入り口まで馬車が進み、絨毯の敷かれた場所で降りることになった。
おめかしした方が良いとのデジレ情報で、エラルドの息子から流れてきた服を、シウとレオンは着ていた。
レオンの方が大柄だけど、年齢に応じた各種様々な服があったのでちょうど良かった。
リグドールはさすが大商人の息子だけあって、そうした服も用意してきていた。
「この立襟がつらい……」
「シウは元々、硬い立襟苦手だもんなあ」
「俺もちょっと苦手だ」
「レオンもか! まあ、俺もあんまり、この手の格好は好きじゃないんだけど」
と本音をバラして、リグドールは舌を出していた。
立襟のジャケットは薄手だが、暑い夏には少々息苦しい。
とはいえ、シュタイバーンに比べるとデルフはまだましで、避暑がてら闘技大会へ、というのも分かる気がした。
シウは襟元を外したくてうずうずしながら、フェレスを連れて歩いた。
キリクたちは貴族として案内されており、シウたちは後ろの方を付いていく。
デジレも一緒で、今日は従者の格好はしていない。ジャケットの下にはフリル付のシャツだ。デジレだから似合うが、シウは断固として拒否したスタイルだった。
ただ、フェレスにはフリルのスカーフを付けてしまった。
「フェレスが分からないからって、お前って案外ひどいやつだな」
とは、レオンが言ったことだった。
席に全員が到着すると、専用のメイドたちがやってきて飲み物などを用意してくれた。
やがて、開会式が始まるとメイドたちもどこかへ消えていく。
会場は中央の闘技場が見下ろせるようになっており、シウたちのいる貴族席はせり出した形の高い位置にあって、よく見える。
近い場所が良いという貴族もいるから、そちらは階下にあるが、どちらも結界魔法で覆われていた。
開会式の挨拶はデルフ国の国王で、宮廷魔術師が拡声魔法を使っての演説を朗々と続け、十分ほど続いたところで途切れた。
魔力切れを理由に終わらせたようだ。すごいことをやるものだと、宮廷魔術師を見たが、しれっとした顔をしている。嘘をついても平気なタイプだろうなあと眺めていたら、二人はそれぞれ席へと戻って行った。
次に大会手順などを説明する官吏がいて、その人にも別の魔術師が付いていた。
拡声魔法を使っているが、こちらは本当に魔力切れを起こしてやはり十分ほどで終わった。意外に魔力を使うものらしい。
それからちょっとした劇、武術の模範演技などが続けられ、最後にキリクが説明した通り、飛竜が上空を飛んでいった。うち、一頭が旋回しながら降りてきて、闘技場に降り立つ。同時にぐわっと大きく口を開けて咆哮だ。
それを聞いた観客席の人たちは驚きざわめき、そして喜んでいた。
リグドールとレオンもびっくりしながら、興奮して椅子から立ち上がって見ていた。見慣れているデジレでさえ楽しそうに、立って見ている。
興奮していないのはキリクやイェルド、竜騎士とシウたちだった。
ふと、振り返ってキリクが苦笑する。
「見慣れてると、どうってことはないよなあ」
である。
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