186 宿の様子とお小遣い




 宿の主はブラーケ=ノイハイムといい、宿の名前はそのままノイハイムだった。

 覚えやすくて助かる。

 シウたちには専用のメイドが付いてくれた。

 キリクの部屋と同じ並びにあるので、何かあれば行きやすい。キリクはこの宿すべてを貸しきり、後から来る知り合いや騎士たちの部屋をあらかじめ押さえているようだ。不測の事態に備えて、空き室も確保するのは高位貴族ならではのことらしい。

 他国の貴族はこうして高級宿に泊まったりするが、付き合いがあればデルフ国の貴族の館に招かれたりもする。そうしないと宿が足りないというのもあった。

 可哀想なのは馬車でゆっくり来る下位貴族で、ダブルブッキングなどにより締め出されることもあるそうだ。そんな時は、知り合いを頼って宿泊先を探すこともあるそうで、キリクはそういったことも想定して部屋を空けておくのだそうだ。

 だったら、最初から余分に確保しなければ良いのにと思うが、ダブルブッキングするのは下位貴族が泊まる中流程度の宿であり、どうしようもないとか。

 安全のためにも貸し切るのは当然のことらしく、いろいろと大変なのだなと感想を持った。


 どういう交渉をしてくれたのかは分からないが、フェレスは成獣なのに部屋まで連れて行くことができた。

「ようございますよ。坊ちゃまの愛獣でらっしゃるのでしょう? ささ、お連れください」

 とブラーケに言われてしまった。

 坊ちゃまって! と、リグドールたちと顔を見合わせてしまった。

 どうもこの主は敢えてそう言うと決めているようだ。キリクも敵わない相手だから、シウたちに敵うはずがない。

 諦めて、坊ちゃまと呼ばれ続けた。

「坊ちゃま達は四人部屋でよろしいと伺っておりますが、このお部屋はどうでしょうか。狭いようでしたら、階下になりますが、個室もご用意できます」

「あ、ここでいいです。夜、寝る間際まで話したりできるので」

 枕投げができるかしらと、ちょっとだけ頭を過ぎる。

 ただ、高級宿でそんなことをしてたら、怒られるかもしれないなと、もう一人の冷静なシウから突っ込みが入る。

「それにしても、閣下が可愛がる近所のお子様とは。……坊ちゃま、もしや隠し子では」

「違いますよ? もう、みんなそういうことを言うんですよねえ」

「え、そうなのか?」

「マジかよ」

「だから、なんで君らまで驚くんだよ。違うって。僕を育ててくれた爺様が、キリク様の恩人だったんだって。で、その時の恩を返したいからって、僕の後ろ盾になってくれたんだよ」

 ということにした。いや、半分当たっているが。

 そして、こうしたことは有耶無耶にしないで話してしまった方が良い。案の定、ブラーケも納得したようだ。

「ああ、そういうことでございましたか。いやあ、ようやく落ち着いてご結婚でもされたのかと。あるいは昔の女性が現れて、この子はあなたの息子よ、などと」

 ふふうと袖で口を隠して笑う。

 面白い人だ。そして、キリクが何故この宿を定宿にしているのかが少し分かった気がした。

「まあ、そうしたことにはなっていないのですねえ。残念です。閣下はお子様がお好きなようですから、配下の方々のご家族などもよく連れていらしてましたよ。皆さん、のびのびと遊びまわられておりましたから、当宿の者も慣れております。ごゆっくり、お寛ぎくださいませ」

 最後はそうした言葉で締め括って、ブラーケは去って行った。

 言葉通りに受け取って良いのか悩むところだが、ようは子供なのだから多少の騒ぎは許してくれるということだろう。

「それにしても、立派な部屋だねー」

「俺の部屋より広い!」

「神殿の客間よりも綺麗に掃除されてるな」

 三者三様に驚いて部屋を見て回る。

「お風呂もあるね。さすが、高位貴族が泊まる宿だよね」

「にゃ!」

 四人部屋に通された時点で、ベッドのひとつは自分のものだと思ったのかフェレスが勝手に占領している。

 と言っても夜には寂しくてシウのベッドへ入ってきそうだが。

 部屋の造りは中央に居間があり、放射状に並んで寝室が四つある。それぞれからも行き来ができる扉がついており、開け放てば話すこともできた。

 反対側にお風呂場や洗面所に便所などがあって、小さいが台所もついていた。

 小部屋があるのは従者用の部屋らしい。

 他にもクローゼットがあるし、本当に広い部屋だった。

 こうなるとキリクの部屋が気になる。

 ちょっと見に行こうと誘うと、さすがに腰が引けるのか二人とも悩んでいた。

 それでも、シウがフェレスと連れだって廊下へ出ると、残されるのが寂しいのか何なのか、慌てて付いてきた。


 部屋の扉を叩くと、すぐに開いた。

 開けてくれたのはレベッカだ。

「あら、もうお部屋から出てきたの?」

 と言ってクスリと笑う。

「子供たちって、こういう所へ来るとすぐに探検を始めるのよ。デジレやナフもそうだったわよね」

 名指しされた二人は顔を赤くしていた。

「レベッカさん、昔のことを」

「ふふふ。でもちょうど良かったわ。呼びに行こうかと思っていたところなの」

 そうして三人を居間から応接室らしき部屋へ案内してくれた。

 さすが、貴族の当主が泊まる部屋だけあって、広い居室にたくさんの部屋が続いていた。

「ここにはイェルド様とシリル様、そして護衛の騎士と魔法使いでもある母が部屋をいただいて、常駐しているの。彼等に用事があれば、訪ねてきてね。わたしは隣の部屋に詰めているわ。あなた方の部屋とのちょうど間になるの。反対隣は竜騎士たちが交替で詰めていて、階下の部屋も全て騎士や関係者で埋まっているから、その間は自由に行き来して大丈夫よ。その下となると、他の方々をお呼びする可能性もあるから、あまり行かない方が賢明ね」

「はい」

 面倒事に巻き込まれる可能性もあるからだろう。ダブルブッキングで頼ってくるということは、さほど強いつながりのある貴族でもないだろうし、何かに利用されても困るので、シウたちは注意をきちんと脳内に刻み込んだ。

 部屋に入ると、キリクがすでに服を着崩して、更に足を投げ出してソファに座っていた。イェルドの顔が若干怖いような気もするがお小言は口にしていない。休暇中だから、だろうか。

「お、来たか。よしよし。子供たちはみんな集まれよ。おい、ナフも来いよ」

「あの、僕はもう二十一歳で、成人をとっくに過ぎたんですけど」

「そうだったか? でも、まあ他の奴等にもやってるんだし」

 と言って、シリルが差し出した箱から、小さな袋を取り出した。良く見るとオスカリウス家の紋が刺繍された、立派な生地の袋だ。

「この闘技大会の間の小遣いだ。使い切っていいからな。ただし、足りなくなっても知らんぞ。追加はなし。あと、問題に巻き込まれた時に、この紋を見せると証明代わりになる。この地での滞在中は、お前たちはオスカリウス家の者となるから、何かあれば遠慮なく名を使えよ」

「え……」

 絶句したリグドールとレオンに、キリクはニヤリと笑ってみせた。

「ま、お前たちが問題を起こすとは思ってない。悪用するとも考えてないから、そうした意味での注意じゃないぞ。どっかの誰かは可愛くなくも、そうしたことを言いそうだから先に言っておくが」

 と、シウを見て言った。

「ひどい」

「誰もお前のことだとは言ってないんだが」

「こっちを見たくせに」

「はっはー。ま、こうしたお祭りだ。あちこちで問題は発生する。そうした時に役立てろってことだな。これで無理なら大人を呼べ。俺やイェルドたちが捕まらない時は竜騎士にも顔見知りはいるだろう? 仲間は大事にするんだ。だから頼れ。いいな?」

「は、はい! ありがとうざいます」

 リグドールとレオンは感激して頭を下げていた。

 デジレとナフも受け取って、ありがとうございますとお礼を言っている。

「シウ、お前も一応子供だからな!」

「あ、ええと、いいんでしょうか」

「あのねえ、こういう時は素直に受け取っておけよ。大人に恥をかかすんじゃない」

「そういうものですか。はあ。じゃあ、あの、ありがとうございます」

 キリクは恩賞の話の時にいたから、当然シウの財産については把握しているはずなのだが、こういうところは妙にきっちりしている。

「お小遣いかあ。人から貰うなんて、初めてかも。なんか、嬉しいです」

 ふと、そう呟いていた。

 すると周りがシンとしてしまった。

「あれ?」

「……お前ね、そういう、胸が詰まること言うのやめてくれ」

「はあ。……あっ、いや、でも、爺様がくれなかったとか、そういうことじゃなくて!」

「山では小遣いなんて、要らないもんな。山を下りたら自力で働いていたから、だろ? 分かってるよ。分かってるんだけど、なんかこう、子供の初めてって話に弱いんだよ。あー、もう!」

「キリク様、歳を取ったってことですよ」

「シリル……お前ね……」

「どうですか、今からでも子供を作ってみませんか? 初めてのたっちとか、初めての言葉、初めてのキス、感動しますよ」

「や、め、て……」

 キリクがソファに突っ伏してしまった。

 そこに笑いが戻った。

 でもシリルは半分以上本気だったに違いない。その目が笑っていないのだ。お見合いを画策しているのかもしれないなと思った。

 そうしていると、次々部屋に人が入ってきた。騎士たちだ。

 レベッカに聞くと、キリクはこうしたお祭りがあると部下にお小遣いをあげるそうだ。その家族も連れてくると、家族にまで上げるとか。

 こんな上司もいるのだなあと、シウは感心しながら部屋を後にした。

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