185 デルフ国へ出発




 旅行だからと特別に用意することなど何ひとつなく、シウはリグドールとレオンを連れてオスカリウス邸へと出向いた。

 二人は大荷物だ。

「……そんなに持って、家出するの?」

 と冗談を言ってみたのだが、怪訝な顔をされるだけだった。

「ええと、それ、僕の魔法袋に入れようか」

「いや。あ、そうか。飛竜と言っても貴族様の荷物もあるから邪魔かな」

「必要最低限のものだけ自分で持って、あとはアイテムボックスに入れてもらおうか」

 ということで、預かった。

 が、飛竜には荷物入れの籠が取り付けられているようで、子供の持つ「大荷物」など全く大したことがないのだということが分かった。

 なにしろ、ものすごい量の荷物が並べられているのだ。

 それらを黙々と、家僕や竜騎士たちが積み込んでいく。慣れた手つきは、さすがシュタイバーンでも一二を争うほどの飛竜数を誇る貴族家だけある。


 闘技大会へは、当主のキリクはもちろん、イェルド、シリル、サラなど、上層部はほとんどが行くらしい。

 この機に繋がりを持ったり、会合密談商売といろいろとあるようだ。

 シリルの妻は領地へと避暑に向かったそうで、スヴェンがいないことから、彼が連れて行かれたのだろう。

 ラーシュも一緒に連れて行ってくれたそうで、これからは裁判以外の時は領地で過ごすそうだ。

 シウたちにはデジレを従者として付けてくれたが、ようするに一緒に遊びまわれということだろう。

 レベッカも同じく旅行組だ。

 顔馴染みとなった竜騎士たちもいて、気が置けない旅ができそうで良かった。

 ただ、リグドールとレオンは緊張しっぱなしのようだったが。


 キリクの気楽な挨拶を受けて、隊は出発した。

 シウたち三人とフェレスはリリアナの飛竜に乗せてもらった。スヴァルフはこの隊のリーダーでもあるので一人で乗っている。キリクのルーナにはサラとレベッカとデジレが乗り、ルーナの番となるソールはサナエル一人で乗っていた。こちらはまだ不安要素があるからだろう。

 残りの飛竜には大量の荷物が積み込まれ、その為か操縦する騎士以外は各一人ずつの乗員、という配分となっていた。

 それぞれが順番にゆっくりと空へ飛びあがる。

 シウたちを乗せた飛竜も、振動を感じさせない発進となった。そして、旋回しつつ高度を上げていく。上空へ進むにつれ、リグドールとレオンは興奮を隠しきれなくなって、互いに喋り始めた。

「すごい!」

「見ろよ、街があんなに小さい」

「ほんとだ! あ、学校だろ、あれ!」

「それにしてもこんなに安定してるなんて思わなかった。飛竜がすごいのかな。騎士の腕だろうか」

「だよな! こんなに揺れないなんて。俺、酔い止め持ってきたのに」

「俺もだ」

 レオンも少年らしい態度で、面白可愛かった。

 リリアナも少年たちの純粋な賛美や感動が嬉しいようで、あれこれと説明してくれる。

「飛竜たちは風魔法を使うのよ。上手な子は全く振動を感じさせないし、寒さも防いでくれるの」

「へえ! すごい」

「じゃあ、この子はものすごく上手なんですね」

「そうよう~分かってるわね!」

 と意気投合したようだ。

 その後もリリアナは、飛竜の頭に乗って見せたり、少し角度を変えて景色を見下ろせるようにしてくれたりと、サービス満点だった。



 途中、休憩はリッテド領で一度、更に国境を越えてすぐの街で「闘技大会へ向かうための国境越えだ」と申告するため降りたので、計二度の休憩を行った。

 デルフ国の領名や領都も覚えてきたが、名前がシュタイバーンよりもややこしくて大変だった。貴族名鑑に至っては頭痛がしてきたので、シウは読むのを放棄した。

 ところで、この貴族名鑑は王城にある図書館で発見した。毎年発行されるようだが、手に入れられるのはごく少数らしい。

 道理でシウが王立図書館で見付けたシュタイバーンの貴族名鑑は古かったわけだ。最新のものは各国それぞれが貴重な資料となるから、当然王城内での保管となるのだろう。

 その王城内の図書も、禁書庫を含めてすべてを記録庫に保管したので、まだ読んではいないが自動索引も付けられているから、いざという時に調べようと思っている。

 本好きなシウだけれど、興味のない本がこの世にはあるということを知ったのも最近のことだ。必要のない本はこの世にないと、今でも思ってはいるが、正直なところ貴族の系譜や派閥、領地などに関してはあまり興味がない。

 まあ、他にも、自慢ばかりが書かれた日記風の大貴族当主一代記本も、面白くはなかった。煩悩丸出しの、官能小説ばり私生活を赤裸々に書き綴った妄想本も、だ。しかも、専門の筆耕官を雇わずに、どうやら自らの手記で本に装丁したらしく、そりゃあもう読むのに苦労した。この本を読んで良かったのは、文字を綺麗に書こうと思えたことだ。

 自動書記の魔法が使えるようになったものの、メモを取る際には必ず自分で書くようにしているし、朝起きてからも書道の時間を設けるようになった。

 今回は、デルフ国の文字や書物にも触れたいので、できれば王立図書館にも寄れたらいいなと考えている。

 軍国主義とも呼ばれるデルフ国だから、書物にも偏りがありそうで興味深い。

 とにかく、面倒には巻き込まれないようにしつつ、楽しもうと思っていた。


 デルフ国に入ってすぐ、ブライザッハ領にて入国の申告のために一度休憩を取った。その後は一路、闘技大会が行われる王都ボルナまで向かう。途中、アミウル大河を三度眼下に見た。ロワイエ大陸でも有名な大河で、ちょっとお目に掛かれないぐらいの幅がある。陸地を進むより船が良いと言われるほどだ。

 シウは前世では体が弱く、外国には行ったことがない。だから、テレビで観る外国の風景は異世界そのものだった。こうして転生し、世界を自分の目で見られるというのが不思議な気分だ。眼下の広すぎる大河など、世界各地を写すテレビでも観たことがない。大河は深さもあるため巨大な船が航行している。あまりに広いため橋は架けられていない。小さな船が数多くあるのは渡河のためらしい。

 デルフは隣国となるが、険しい山脈を境に景色がガラリと変わる。シュタイバーン国は平地が多く農業が盛んだ。牧歌的な風景が広がる。デルフは山々が続き、深い森があちこちに点在していた。標高の高い山脈は国境付近ぐらいだが、冬でも青々とした緑が残る針葉樹の巨木が森には多い。シュタイバーンはどちらかと言えば広葉樹が多く、冬になれば平地の森は落葉する。四季の美しさがあった。

 土地の形状が違うとはいえ、山脈を越えると景色も様変わりする。隣国なのに不思議なものだ。隣国と言えば、デルフの北にあるラトリシア国も、シュタイバーンから見ると隣国になる。ラトリシアは平地が多く、そのため北に位置している割りにはデルフほど寒くはならない。その代わり雪が多く積もる土地だ。

 ラトリシアの北部にシアン国、その西側でシュタイバーンの北にあたる隣国がシャイターン国である。シュタイバーンの南側にはフェデラル国があり、これらがロワイエ大陸の主だった国々だ。闘技大会には各国からの参加者も多く、それぞれの国の貴族までもが観覧に来る。多種多様な人が集まるため、お祭り騒ぎになるそうだ。

 本を読んでいるだけでは感じられないものがある。実際の景色を目にして、シウは肌で感じていた。闘技大会そのものも面白そうだが、実際を感じられるという意味では食事も楽しみだった。リグドールとレオンも食べ盛りの少年らしく、飛竜の旅の後半は食べ物の話で盛り上がっていた。


 ボルナ王都の郊外に、飛竜発着場と専用獣舎、更には騎獣用の獣舎も用意されていた。大型種はここに置いていくそうだ。

 キリクたちも一旦降りて手続きを済ませると、三頭だけを連れて飛び上がった。

 騎士や荷物は後から専用馬車で宿に向かい、調教師や当番の騎士だけが残る。いくらデルフ国が管理してくれるとはいえ、何があるとも限らないので見張りは必要だということだった。

 シウたちは飛竜に乗ったまま、宿へと向かった。

 国内外の高位貴族を受け入れられる宿となると飛竜の発着場も持ち、更には貸し切ってくれるキリクには飛竜の獣舎まで開け放ってくれるようだ。

 到着するや否や、揉み手をする勢いで宿の主や従業員たちが飛び出てきた。

「閣下! ようこそおいで下さいました!」

「……閣下はよせと言っているのに」

「ですが、我がデルフ国では戦場に立つ高位の方々を、尊敬の意を込めて閣下とお呼びする仕来りでございますので」

「そりゃあ何度も聞いたがな。バカにされているようで、気に食わん。尻がむず痒い」

「キリク様」

 イェルドの低い声で注意が入った。

 宿の主は苦笑を隠しつつ、にっこりと微笑んだ。

「隻眼の英雄様をバカにできる者など、この国にはおりません。さてさて、お疲れでございましょう。皆様どうぞどうぞ、お入りくださいませ」

 従業員たちは無言で一斉にそれぞれの仕事に取り掛かった。荷物を受け取って運んだり、貴人たちのお世話に走ったり。

 シウたちの荷物も持とうとしてくれたので、それは断る。不思議そうな顔をされるから、自分たちはついでに連れてきてもらった近所の子供ですと申告した。

 それでも一流の店の従業員だ、決して嫌な顔はしなかった。そうですか、とにこやかに微笑んで、それでは何かございましたらお呼びくださいませと丁寧に頭を下げて離れて行った。

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